珍しく二人きりで
Twitterでアンケートをした結果に基づいて主人公と僕っ娘勇者の買い物デート(買い物をするとは言っていない)です。
太陽は中天へと昇り、王都は行き交う人々の活気で溢れていた。
そんな人混みをあてもなくふらりと俺は歩いていた。
いつもであればシャロと一緒に行動するのだが、今日は桜花の下で料理を習っているので俺は一人で行動している。
ついでに言えばテッラはアナスタシアと共にギルドの依頼をこなしている。今までは俺にべったりだったが最近はそうしてアナスタシアを連れまわしていることも増え、仲良くやっているようで何よりだ。
だが代わりと言っては何だが俺が非常に暇になってしまった。どうしたものか、と思いながら王都を歩いているが何か面白いことは何処かに転がっていないだろうか。
そんなことを考えていると正面から見覚えのある人物の姿が見えた。相手も同じようで少し驚いたような表情を浮かべてから、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「こんにちわ、アッシュ!こんなところで会うなんて奇遇だね!」
「こんにちわ、シルヴィ。元気そうだな」
「うん、元気だよ。それにアッシュと会えたからもっと元気になれたかもしれないね!」
「はぁ……いや、本当に元気だな……」
何故そこまで元気なのだろうか。と思いながらシルヴィアを見れば、シルヴィアは心底嬉しそうにニコニコとしていた。
まぁ、こうしてお忍びで王都にいるということはまた余計なストレスでも溜め込んでしまったのだろう。
「それで、シルヴィは何をしてるんだ?」
「僕?特に何も……ただふらふらーっと歩いてただけだよ。そういうアッシュはどうしたの?」
「俺も同じでふらっと歩いてただけだな」
「そっか……そっかぁ……あ、それなら僕と一緒に歩かない?」
そう提案したシルヴィアは微妙に緊張した面持ちで、俺の返事を待っていた。
「そうだな……まぁ、特に予定もないからそうするか……」
「本当に!?嘘じゃないよね!?」
パァッと表情を輝かせながら嘘ではないことを念押ししてくるシルヴィアに少し引きながら答える。
「あ、あぁ……ここで嘘を言っても仕方ないだろ……」
「あ、うん、そうだね、うん……えっと、それじゃ……行こうか、アッシュ!」
シルヴィアは非常に嬉しそうに俺の手を取るとぐいぐいと引っ張り始めた。
抵抗するのも面倒だったので手を引かれるままにシルヴィアと共に歩くこととなった。
▽
「あ、見て見て!あれ可愛い!」
適当に歩いていると小物を売っている店の前でシルヴィアが足を止めた。
可愛い、と言いながら指差しているので何を指差しているのかと見るとそこには猫の置物が置いてあった。
「猫の置物か……って、招き猫かあれ」
異質というか、それだけが浮いている。
どうして王都で招き猫なんて物があるのだろうか。
「招き猫?」
「商売繁盛の縁起物だな」
「へぇ……でも普通に可愛いからそういうの抜きにしても良いかもね!」
「可愛い……可愛いか……?」
まぁ、縁起物ということもあって何らかの縁で手に入れたのか。と思ったが普通に売り物として置いてあった。本当にどういうことだろうか。
そう考えているとシルヴィアはあれを可愛い。と言った。
確かに可愛いと言えば可愛いかもしれないがあの招き猫の顔は何処かふてぶてしさがあり、可愛いとは言い難い。ような気がする。
「可愛いよ!だって猫だよ猫!」
「あぁ、シルヴィは猫好きなのか」
「うん!猫って可愛いよね……ツンッとしてる姿も甘えてくる姿も……本当に可愛いよね!!」
「そうかそうか。買うのか?」
猫好きな人間にあれこれと言ってもどうしようもない。ということを理解しているので適当に流してから売り物として置かれているので買うのかどうかを聞く。
「……うーん……部屋には合わない、よね……」
王城にあるシルヴィアの私室がどういった内装をしているのか知らないが、あの招き猫は確実に合わないだろう。
もっと誰が見ても可愛らしい猫の置物であれば可能性はあるが、あれは無理だ。
「まず合わないだろうな」
「……こ、ここは我慢だね……!大丈夫、我慢、出来る、よ……?」
「怪しいな……」
我慢出来るとのことだがシルヴィアの様子を見る限り非常に怪しい。
この場に残っているとふらふらとあの招き猫に手を伸ばしてしまいそうなのでさっさと離れてしまおう。
「ほら、離れるぞ」
「う、うん……招き猫……」
「未練たらたらかよ……」
招き猫から目を離そうとしないシルヴィアの手を引っ張ってその店から離れることにした。
未練たらたらということもあって微妙に抵抗されたことに軽くイラっとしたのは俺だけの秘密。ということにしておこう。
▽
とある店先に置いてある物が目に付いて足を止める。
不可抗力というか何というか、手を繋いだ状態だったためにシルヴィアも足を止めることになり、何があるのかと俺の視線を辿ったようで口を開いた。
「えっと……い、苺……?」
「……いや、そういえば苺大福をまた作ってくれって言われたな、と思って……」
「苺、大福……?」
結局まだ作っていないので近いうちにでも作ろうかと思っているとシルヴィアが言葉を続けた。
「ねぇ、苺大福って何なのかな?苺はわかるよ、普通に苺のことだもん。でも、大福って?」
「大福っていうのは……あー……東の方の菓子のことだな」
「東の方……ちょっと興味があるかも……」
大福に関する説明が面倒だったので嘘ではない情報を口にする。
というか、大福に関する説明というのは微妙に面倒くさい。実物があるなら食べてもらうのが早いのだが、大福に関してはたまに桜花が作るか、俺が作るか。そのどちらかしかない。
近いうちに桜花に頼んで材料を用意してもらって作ってみようか。
「えっと、アッシュはその大福が作れるの?」
「ん、あぁ……作れるぞ。材料さえあれば、だけどな」
「へぇ……そうなんだ……えっと、ね、アッシュ?」
「どうした?」
「その、苺大福っていうの食べてみたいなー、って」
どうやらシルヴィアは苺大福に興味を持ったらしい。
王都では非常に珍しい物なのでその気持ちは理解出来る。
「わかった。機会があればな」
とはいえシルヴィアがお忍びで王都を散策している時にタイミングを見計らって作る。といことは出来ないので機会があれば、と言っておく。
そんな機会は来ないだろうな。と思いながらの言葉だったがシルヴィアは言葉通りの意味として受け取ったようで嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「うん!約束だからね!」
こうした笑顔を見ると、まぁ、本当に機会があれば、もしくはその機会を作っても良いかもしれない。と思ってしまう。
ただ完全に子供に対して仕方がないな、と思うような感情なので俺と同じ年齢であるシルヴィアに対する感情ではないような気がする。
いや、そんなことは気にするだけ意味がないことか。
「あぁ、約束だな」
「それじゃ……はい!」
はい、とシルヴィアは小指を立てた右手を俺へと向けてくる。
「……指切り?」
「そう!友達と約束をする時は指切りをするっていう決まりがあるらしいって聞いたことがあるからね!」
「別にそういった決まりはないんだけどな……」
「……い、良いから指切りっ!」
指切りをする決まりがある。と得意げに言ったシルヴィアは所謂ドヤ顔をしていたが、そういった決まりはないのだと俺が言うとシルヴィアは一瞬フリーズした。
そしてすぐに自分が得意げに言ったことが間違いであったと理解して顔を赤くしながらずいっと右手を押し付けるように伸ばしてきた。
「はいはい……ほら、指切りだ」
仕方がないので同じように右手の小指を立ててシルヴィアと指切りをする。
「指切りげんまん、嘘ついたらー……えっと……せ、セイクリッド・リュミエールを千回、はないよね……百回、いや……十回!そう、十回撃つからね!はい、指切った!」
「死ねと?」
指切った、といって絡めていた小指をお互いに放す。
シルヴィアのセイクリッド・リュミエールの威力を考えると十回まともに喰らえば普通に死ぬ。
まぁ、斬って捨てれば良いので特に気にしていない。
「アッシュの場合はナイフ一本で軽くいなすよね」
「いなす、というよりも斬るかな」
「だよね……だから!セイクリッド・リュミエールでも問題ないってこと!」
「はぁ……わかった。まぁ、面倒そうだから約束は守る」
「面倒そうだから、っていうのがなぁ……まぁ、いいや。それよりも他のところも見て回ろうよ!」
俺の言葉を聞いて少しだけ頬を膨らませたシルヴィアだったが、すぐに気分を切り替えたのか俺の手を取ってそう言った。
頬を膨らませていたはずのシルヴィアは既に笑顔を浮かべていて、そうして他のところを見て回るのが楽しみだ、と思っていることが伝わってくる。
それについつい小さく笑みを零し、仕方がないな、と思いながらシルヴィアの隣を歩く。
「よし、それじゃどんどん行こう!」
「はいはい。はしゃぎすぎて転ばないようにな」
「そんな子供じゃないんだから、大丈夫だよ」
今度は拗ねてしまったようで唇を小さく尖らせるシルヴィアに苦笑で返してから王都を二人で歩く。
まぁ、たまにはこうして普段は一緒にいない誰かと行動を共にする。というのも悪くはないのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は少しだけ強く握られた手を握り返す。
どうせ今日はまだ時間がある。折角なのだから俺もシルヴィアのように出来る限り楽しんでみよう。
前後の話とか今後の展開とかと繋げる気のない話の書きやすさよ……