184.荒らされた意外な物
無事に村に戻り、オークを討伐したという話をした途端に集まっていたデウカオン村の村人たちは歓声を上げることとなった。
そしてアルを取り囲むようにして口々に礼を言い、時折俺やシルヴィアたちへも礼を言っていた。
次期王国騎士団団長、と謳われているという話をしていたのだからそうなるのも当然のこととして俺はそんな集団から引いた場所で村人たちを眺めていた。
勿論、シルヴィアたちへは事前にどういった話の持って行き方をしたのか話をしていたのでその様子に多少なりと困惑はしていたが、異議を唱えるようなことはなかった。
まぁ、ユーウェインは非常に納得がいかない。とでも言いたげに機嫌を悪くしていたのだが。
そして気づけば何故か村の中央の広場で宴会が始まっていて、その中心には逃げることの出来なかったアルがいる。
ついでに言えば騎士であるユーウェインも捕まってしまい、アルの隣で立ち去ることも出来ないくらいに村人が次から次へと話しかけていた。
ただの冒険者と思われている俺とシャロ、シルヴィアの三人はそこまでではないが調査隊の人間だということで歓迎はされていた。まぁ、そこまで重要視はされていないようだったのだか。
なので宴会の席を離れないまでもその中心から外れた場所にいたがそこまで人が話しかけてくることはなかった。
そんな状況で俺はこの村に来てからずっと思っていたことをシャロとシルヴィアに話すことにした。
「なぁ、村人たちを見て何か気づくことはないか?」
「え?何かおかしなところがあるの?」
「おかしなところ、って言うよりも……まぁ、そうなるか。って思えるようなことだ」
「そうなるか、って……えーっと……アルとユーウェインの歓待はすごいけど僕たちにはそこまで気が回ってない。とか?」
俺の言葉に首を傾げてからシルヴィアは中心で身動きが取れなくなっているアルとユーウェインを見ながらそう言った。
だが俺が言いたいことはそれではないし、特に問題があるようなことではないので否定するように首を振る。
「えー。それじゃ……何て言うのかな、料理が割と雑というか、豪快っていうか……」
「あ、もしかして……女の人の姿が見えない。ということですか?」
「え?……あ、本当だ!」
「シャロが正解だ。この村では女の姿がない。まぁ、隠れているだけ、って可能性も考えたけどこの状況で出てこないとは思えないからな……」
この村に到着してから今まで男の村人の姿しか見ていない。
オークが突然現れた、という話と村の中に女の姿がない。となれば考えられることは一つだ。
「多分オークに連れ去られたんだろうな」
「……全員?」
「その可能性が高い。シルヴィ、この村は大した規模じゃないし、村の外に畑があって、牛や羊も村の外で放牧することが多い。って話で良いんだよな?」
「うん、僕とユーウェインが聞いた話だとそうだね。まぁ、本当に聞きたいオークに関する情報はあんまり集められなくて、どうしてかそういう話を聞き出すことになっちゃったんだけど……」
シルヴィアとしてはしっかりとオークに関して情報を集めたかったようで、残念そうというか、少し落ち込んでいるように思えた。
確かにそう考えていたのであれば残念に思うのもわかる。だが俺としてはそうではなかった。
「いや、良い情報を集めてくれた。オークに関しては元々調査の為に来たんだから早いか遅いかだけの話だ。それよりもそういった基本的な情報を集めることも忘れないようにしないとな」
「え、そ、そうかな……?」
「あぁ、シルヴィもユーウェインも良くやった。って思ってるさ」
「そ、そっか……そっかぁ……えへへ……」
偶然の産物にしても褒める時は褒めるべきだ。というお前は何様だと思われそうなことを考えながらシルヴィアをまるで子供を褒めるように褒めておく。
まぁ、シルヴィアはシルヴィアで非常に嬉しそうに照れているのできっと問題はないはずだ。
「さて、話を戻して……たぶん女の村人はオークに連れ去られたか、もしくは可能性としては限りなく低いけど何処かに隠れているはずだ」
「オークに連れ去られた、ですか……」
「あぁ、だから俺たちは調査を進めて行けば胸糞の悪い物を見ることになると思う。シャロにはもう言ったけど目を逸らすなよ。この世界は綺麗なことばかり溢れてるわけじゃない、クソみたいにろくでもないことがそこら中にあるって理解する良い機会になるだろうさ」
オークの巣で捕まった女がどういう目に合うのか。考えなくてもわかると思う。
だがその先があるのがこの世界だ。あんなものは関わらないで済むなら関わらない方が良いに決まっている。
とはいえ今回の調査に関わった以上は目を逸らさずに現実を見なければならない。二人には酷なことだとは思うが、この世界の真実、とまではいかないがクソみたいなろくでもないこの世界の在り方を知る良い機会になるのかもしれない。
「……主様がそこまで言うとなれば相当なのでしょうね……」
「えっと……そ、そんなにひどいの……?」
「反吐が出るくらいにはな」
「…………この調査について来たことを後悔してしまいそうです……!」
「アッシュが言い切るってなると……うん、覚悟だけはしておくよ……」
「そうしてくれ。まぁ、アルやユーウェインにもきつい物があるだろうけど……あれだ、男なら耐えて見せろ。とか言っておけば意地になって耐えてくれるだろ」
俺の言葉を受けて深刻な表情を浮かべる二人に軽い調子でふざけたことを口にする。
覚悟をしておく、というのは大切なことかもしれないが気を張り続けていてもいつか潰れてしまうだけだ。
「うーん……それはちょっと雑すぎないかな?」
「念の為にお二人にも注意はしておいた方が良いと思いますよ?」
「あぁ、それくらいはするさ。っと、また話が脱線したな。とりあえず次はシルヴィとユーウェインが集めてくれた情報に関して俺の考えでも話しておくか」
俺の意図に気づいたのかどうか、それはわからないが二人は深刻な表情を和らげて俺に対して少し呆れたような表情へと変わっていた。
それに対して変わらず軽い調子で返してから話を元に戻す。
「うん、聞かせてくれるかな。今後の参考になるかもしれないし、ね?」
「はい、私にとって主様がそのことからどう考えるのか、というのは気になります。それに勉強にもなりますからね」
「そこまで大したことじゃないんだけどな……」
この二人は俺に対しての評価が聊か過剰な気がする。
まぁ、自分でも色々とやってその全てが運良く丸く収まっているのでそのせいなのかもしれない。
「オークを撃退する、ってことで平原を進んだよな」
「うん、進んだね」
「それがどうかしたのですか?」
「その時に遠目に畑の様子を見たんだ」
「え?」
「不思議なことに畑が酷く荒らされていた」
「……それって不思議なことなの?」
この世界のオークがどういう存在なのか、ということを知っていれば不思議に思うようなことだが、シルヴィアにはいまいちピンと来ていないようだった。
「…………オークは村を襲った際には人を傷つけたり、牛さんや馬さん、羊さんを食べる。という話は聞いたことがありますけど……畑を荒らした。という話は聞いたことがありませんね……」
だがシャロは俺の話を聞いて記憶を探り、オークに関しての聞いたことがある話、というのを口にした。
「そうだ。オークは人を襲うし家畜を食い殺す。けどな、本来は畑なんて荒らさないんだ」
「そうなの?」
「オークにとって畑は眼中にないんだ。野菜を食うわけでも、悪戯をしたいわけでもないし、人や家畜を襲って食い殺す。っていうのがオークだからな」
畑を荒らすのはボアのような動物系の魔物だ。
「主様の話を聞けば確かに不思議、というよりも奇妙ですね……」
「だろ?だからオークがどうして畑を荒らしたのか、っていうのを考えると面白いことがわかるかもしれないぞ」
「なるほどなー……小さなことを見落とさない、か」
「まぁ、結構難しいことだと思うけどな」
そう言って肩を竦めながらも考える。
オークのような魔物が畑を荒らすことはない。それなのに何故畑を荒らしたのか。
もっとも単純な答えとして一つ思い浮かぶのだが、規模がおかしいのでどうしても可能性は低くなってしまう。
「その難しいことをさらっと当然のように出来るのは流石ですね……」
「当然だろ?このくらい出来ないと」
「スラム街では生きていけない。ですよね?」
「あぁ、その通り。何だ、良くわかってるじゃないか」
「主様の常套句のようなものですからね。でもたまに自虐のように使って開き直るのはめっ!ですからね!」
シャロはそんな言葉を口にしながら少しだけ自慢げに、それでいて悪戯っぽい表情を浮かべていた。
それに俺は苦笑を漏らして返しているとシルヴィアが口を開いた。
「ほわー……何だかこう……通じ合う二人、みたいな感じだね……」
「時間にすると大したことはないけど、まぁ、一緒にいるからな」
「主様主様、そういうのは時間の長さよりもどういった関係を築いているのか、とかお互いのことをどう思っているのか、とかそういうことの方が重要だと思いますよ?」
「それは……まぁ、確かにそうかもな」
「ってことは……濃密な関係を築いてきた、ってことだね……!」
何故かそんなことを言ってシルヴィアが少しだけ頬を赤く染めていたが、何を考えているのやら。
「そう大したものじゃないと思うけど……まぁ、シャロと仲良くなれて良かったって思ってるよ」
本心からそう思う。まぁ、たまにからかい過ぎて怒らせてしまうこともあるので嫌われないかと少し不安になったりもするのだが。
いや、それは完全に自業自得か。
「私も主様と仲良くなれて良かったと思います!でも、もっと仲良くなりたいとも思います!!」
「そいつはどうも。まぁ、これからも一緒にいるならもっと仲良くなれるかもしれないな」
「かも、ではなく仲良くしましょうよ。私としては主様が私に甘えてくれるようになるくらいには仲良くなりたいんですけど……」
「それは……また随分とハードルが高いな……勘弁してくれ」
誰かに甘える。というのは俺らしくないと思う。
いや、最近になってそう思い至った話、というのをするのであればハロルドや白亜たちには随分と甘えていると思うのだが、シャロの言っているのはそういうのとはまた別のこと。のような気がした。
「むぅー……今はそうかもしれませんけど、いつか絶対に甘えてもらえるくらいには仲良くなってみせますからね!」
「ふふ……シャロは積極的だね?」
「主様は一歩踏み込めば一歩下がる。という話をハロルドさんから聞いていますから、ぐいぐい押した方が良いそうなので……」
「よし、ハロルドには帰ったら抗議しないとな」
くだらない会話をしながらも、悪くはないと思ってしまうのだから始末が悪い。
「まぁ、今は良いとして。アルやユーウェインには今夜寝る前にでも話しておくさ」
「うん、それが良いね。何処か泊まれる場所があるのかはわからないけど……」
「それなりの場所は用意されるだろ。アルとユーウェインのおかげでな」
「お二人のおかげ、というか……主様が押し付けた、というか……」
「あの二人のおかげだ、って言っておいた方が収まりが良いだろ?」
「うーん……アッシュってばこういう時にちょっと悪いこと考えるよね……」
「はい……でも、それも主様らしいような、そうでもないような……」
そんな言葉を交わして呆れたようなシルヴィアと少し悩むシャロに小さく笑みを零してから未だに村人たちから代わる代わる話しかけられているアルとユーウェインを見る。
あまり遅くまで起きていても明日からの調査に支障をきたす可能性があるのでそろそろあの二人を引っ張り出さなければならないかもしれない。