Side.三者三様の勝利
アッシュに助けは必要なのか。と問われて必要ないと答えた三人はオークを睨みつけ、剣を構えている。
三人はオークの一挙一動を見逃さないようにしながら自身の呼吸を整える。一瞬だけアッシュと対峙しているオークの雄叫びが聞こえが、地面が揺れるような感覚と共にその雄叫びは中断された。
何が起こったのか、見てはいない三人にとってわからなかったがきっとアッシュが何かをしたのだろう。という漠然とした考えは浮かんでいた。
シルヴィは単純に流石アッシュだ、と感心していた。それと同時に勇者となった自分よりも強く、それだけではなく自分たちを気遣う余裕すらある姿に少しばかりの羨望のような感情を抱いていた。
自分では出来ないことをやってのける誰かに憧れる。というのは無理からぬ話だ。
だがそんな考えを今は頭から追い払い、目の前のオークへと集中する。
シルヴィアが対峙しているオークには既に多くの部位に傷があった。
アッシュの言葉を聞いてオークの大振りな攻撃の後の隙を突き、オークを翻弄するように素早く小回りが利くことを生かして動いていた。
だからこそどうにか多くの傷を与えることが出来たのだ。とはいえそのどれもが致命傷には程遠い。
「さぁ、かかってきなよ!」
きっとこのまま続けたとしても千日手になってしまうと考えたシルヴィは、やはりスキルを叩き込むしかない。そう考えたシルヴィアはオークを挑発するようにそう言って、どうにか隙を見出そうとしていた。
もし今までよりも大振りで力に任せて棍棒を振るうようなことがあればその瞬間を見逃すことなく、スキルを叩き込む。
そう決めてオークが動くのを待っていたシルヴィアだったがその時はすぐに来た。
何かが焼ける匂いとオークのものと思しき叫び声が聞こえてきた瞬間、対峙していたオークがシルヴィアへと棍棒を両手で振り上げ、大きく踏み込んだ。
シルヴィアはそれを好機と見て棍棒が振り下ろされる瞬間、後方へと下がり聖剣を掲げるように振り上げた。
オークの棍棒は大地を叩き、地面を僅かに揺らす。だが距離を取ったシルヴィアにとってはそれは何ら障害になるようなものではなかった。
「聖なる光、その力を此処に!セイクリッド・リュミエール!!」
そう言葉にしてシルヴィアはその手にした聖剣を振り下ろした。
瞬間、聖剣から光が放たれた。
「ガァ…………」
一瞬。本当に一瞬だけオークの悲鳴が聞こえたがそれをかき消すように光の奔流はオークを飲み込んだ。
だがその光の中にオークの影が見える。まだオークは倒れてはいない。
「まだ……まだぁ!!!」
シルヴィアの言葉に呼応するように光は勢いを増した。もう光の中に見えたオークの影は見えない。
今のシルヴィアにとっての全力で放たれたその光はきっとオーク程度では耐えることは出来ないだろう。
聖剣から放たれた光が落ち着く頃にオークのいた痕跡は何もなく、僅かな燐光のみが漂うばかりとなっていた。
「ふぅ……よし!これで一体!」
漸く一体目のオークを倒した、と小さく一息ついてからシルヴィアは満足げに、それでいてまだ戦おうと気合を入れるように言葉を口にした。
そして周りを見渡すとアルとユーウェインもオークを倒すことが出来たようで残っているのはアッシュとシャロの対峙している四体のオークだけとなっていた。
シルヴィアは聖剣を握り直すとアッシュたちに手を貸すために駆け出した。
その胸には自分だってちゃんと戦えるのだという自信と、もしかしたらアッシュに褒められるのではないか、という淡い期待を抱いていた。
▽
アルは剣を手にオークを見据える。
呼吸は既に整い、戦闘の最中だというのに非常に落ち着いた心でオークと対峙していた。
「助けは必要ない、何て言ったけど……もう助けられた後だったかな……」
そう呟いて苦笑を漏らす程度には平常心を保っているアルだったが、それでもすぐに真剣な表情へと変わり、剣を構えた。
先ほどまではオークの攻撃を誘い、隙を突く。という戦い方を行っていたが少しばかり事情が変わってしまっている。
あまり悠長に戦っていてはアッシュにばかり負担がかかってしまう。と判断したからだ。
それに先ほどまでの戦いでオークは出血しており動きが徐々に鈍くなっている。
そのような状態のオークなどもはやアルにとっては何の障害にもなりはしない。
アルの姿を見てオークが棍棒を構えようとした瞬間、アルは地面を蹴り、オークへと肉薄する。
本当に一瞬の出来事であり、眼前に迫ったアルに対してオークは反応をすることが出来なかった。
勢いをそのままに振り下ろされた剣はオークの腕を深く斬りつける。
そしてその剣の軌跡を追うように稲妻が奔る。
「クスィフォス・ケラウノス!」
アルの言葉に呼応するようにその稲妻が強い光を発し、雷撃となってオークを襲う。
「ガッ、アアガガァァァァ……!!」
雷は傷口から体内へと侵入し、血液に乗って全身へと巡る。
五臓六腑を焼き尽くし、血液は沸騰させ、眼孔や口、鼻などからは黒い煙が立ち上っていた。
そしてオークは膝から崩れ落ち、大地へと倒れ伏した。
「我が剣は雷光の如し……なんてね」
アルが冗談めかしてそう呟けば、バチバチと音を立ててオークを撃ち続けていた雷撃が霧散していく。
完全にオークが沈黙し、完全に息絶えたことを見て取ったアルはそれに背を向けて走り始める。
「今からならアッシュの手伝いが……出来ると良いなぁ……」
そう零してから苦笑を浮かべるアルは先ほど吹き飛ばされたこと以外での消耗は窺えなかった。
アッシュにとってアルはまだ甘い、まだ弱い。という評価を下されているがそれでも王国騎士団において一人前の騎士として認められ、次期団長候補とすら謳われるだけの確かな実力と将来性を有している。
それを感じさせるほどの余裕を持ってアルはアッシュの下へと急いだ。
▽
ユーウェインはオークを睨みつけて忌々しげに舌打ちを一つした。
その理由はユーウェインとオークの姿を見ればわかる。
ユーウェインには小さな傷がいくつもあるのに対してオークはそれよりも更に少ない数のかすり傷がある程度だった。
「隙を突け、と言われたが……よくもまぁ、事も無げに言ってくれたものだな……!!」
アッシュのアドバイスは確かに理にかなっている。だがそれが出来るかと言われれば話は変わってくる。
オークの一撃は大振りで、隙が存在するといえば存在する。だが振り下ろし、振り上げ、無理な姿勢からの強引な左の殴打、とこのようにオークの攻撃は止まらない。
これでは一撃一撃の間にある隙を突いてもすぐにオークの攻撃を食らってしまう。
とはいえそれでもシルヴィアとアルは棍棒を避け、拳を受け流し、隙を突いて一撃を与える。ということをしている。
だからこそユーウェインは酷く苛ついている。
「あぁ、クソ!!何故アルトリウスに出来て俺に出来ない!!」
アッシュがオークを相手に軽い調子で戦って平然と倒すのは気に入らないが仕方がない。ライゼルが自分たちの手に負えるような存在ではないと称するほどの相手なのだから。
シルヴィアが華麗に、とまでは言わないが有利に戦うことが出来ているのは良いことだ。勇者として鍛錬を続けてきたシルヴィアの才能と努力が実を結んでいるのだから。
だがアルがそのシルヴィア以上に余裕を持ってオークを制することが出来ている現実を認めたくはなかった。
代々騎士として王家に仕えてきた、というのは同じだとしてもカレトヴルッフ家よりもウリエス家の方が貴族としての地位は高く、またユーウェインは幼い頃から騎士となるべく剣を振り続けてきた。
ユーウェインは同年代のアルよりも早くに剣を手に取り、父親から剣の扱いを教えられ、兄と競い合うようにして腕を磨き、王国騎士団の騎士となった。
最初は見習いからのスタートで不服に思うこともあったが父や兄もそうだったのだから仕方がないと考え、日々の鍛錬に励み続けた。
その際、同年代の騎士見習いの中でアルのことを家柄で見下し、剣の腕を敵視し、ライゼルの覚えの良さに嫉妬し、総合的に見てアルを一方的に敵意を持って見ていた。
そんな中、漸く一人前の騎士として認められ、更にはシルヴィアの旅の供までも任されることとなった。
それがどれだけ嬉しかったか。努力と実力を認められた。密かに慕っているシルヴィアと共にいられる。王国の為、王家の為、ウリエス家の為に活躍することが出来る。アルよりも自分の方が上なのだと、そう思っていた。
だが蓋を開けてみればどうだ。盗賊団の討伐では一切活躍が出来なかった、どころか役にすら立たなかった。解決したのはアッシュたちであり、その中にはアルもいた。
それに関して、多少なりと思うことはあったがシルヴィアが無事だったことので良しとしていた。
しかし盗賊団の討伐に関する顛末が騎士団や王城内で広まるにつれて自身に向けられる視線が懐疑的な物へと変わっていた。
本当にシルヴィアのことを任せて大丈夫なのか、騎士としての役目を果たすことが出来るのか、と。
今回の調査において汚名を返上することが出来ればその懐疑的な視線もどうにかすることが出来るはずだ。
そう思っていたのに、この体たらくだ。
結局一番活躍しているのはアッシュで、その次にシャロ。そしてきっとアルだ。
そんな状況はユーウェインとしては認められない。認めたくない。
「……あぁ、もう良い。お前の相手をしている暇なんてないんだからな!!」
自棄になったようにそう叫んだユーウェインは手にした剣をオークの足元へと投げつけて地面へと突き刺した。
オークはそれに怯んだように半歩下がった瞬間、ユーウェインは右手を高く掲げた。
「落ちろ、天雷!!ブリッツシュラーク・エスパーダ!!」
瞬間、落雷がユーウェインの投げつけた剣へと目掛けて奔った。
そしてそれは近くに立っていたオークを撃ち据え、ただの一撃でオークを絶命させるだけの威力を有していた。
真っ黒に炭化したオークだったものはぼろぼろと崩れ落ちるのを一切気にせずユーウェインはそれに近寄り、剣を手に取った。
「フン……最初からこうしておけば良かったな。魔物なんてものはスキルを使って消し飛ばす。これに限るな」
先ほどまでは苛立ったり自棄になっていたユーウェインだったが、自身のスキルでオークを倒すことが出来たのを見て何処となく得意げにそう口にした。
状況を見る限り、自棄になった行動がたまたま良い方向に転がっただけ、というようにも思えるがユーウェインはそれに気づいていない。もしくは気づいていないフリをしているのか。
そんなユーウェインがシルヴィアとアルの様子を見れば二人ともアッシュの下へと駆けていく姿が見えた。
オークを倒すのは自分が一番遅かったらしい。その事実にまた機嫌を悪くするユーウェインだったがまだオークの生き残りがいることを思い出し、自身もアッシュの、というよりもオークと戦う為に駆け出した。