181.戦闘開始と少しの助言
「さて、楽しい雑談も終わりだな」
そう言ってからシャロの頭から手を離して玩具箱から大きな片刃のナイフを取り出して握る。
「主様?」
「人影、いや……オークだね」
シルヴィアはその手に聖剣を呼び出す。
認識障害の魔法を聖剣にも施しているので誰かに見られても聖剣だと認識はされないだろう。
「来たか……数は十数体、だったかな」
アルは腰に下げた剣を抜く。
「それぞれが三体程度は倒す必要があるな」
ユーウェインはそう呟いて腰に下げた剣の柄に手を伸ばした。まだ抜きはしないがこれからの戦闘に対して僅かに緊張しているように見えた。
だが数拍後、剣を抜いてからしっかりと握り、いつでも戦えるようにしている。ように思える。
「三体、ですか……」
「簡単に言ってるけど、オークの方が数が多いんだ。囲まれると面倒じゃないか?」
「そうだね……そこはほら、スキルを使って一気に決めるとか?」
「うん、そういうのも一つの手だね」
スキルで一気に複数体を仕留める。ということが出来るのであればそれも悪くはないと思う。
ただこの世界にはそれが全く通用しない相手がいる。ということを忘れてはならない。
「ならお手並み拝見と行こうじゃないか」
そんなことを考えている間にオークの姿をはっきりと視認出来る距離になっていた。
こちらから視認出来るということは、オークも俺たちの姿を見ているということになる。
「それじゃ、軽ーく蹴散らしてやるか」
「うーん……アッシュってばこの状況を軽く見てる?」
「事実軽いだろ。オークが十数体、こっちは五人。なんだ、随分と楽じゃないか」
「……あまり緊張しないように軽い調子で言ってたけど、そこまで簡単なことじゃないと思うんだけど……」
「ふざけている、わけではないのが何ともな……お前にとっては、本当にその程度のことなのか……」
シルヴィアたちは少しだけ複雑そうな表情を浮かべてそう言った。
俺が軽く見ていることを諫めるべきか、それとも本当にその程度のことでしかないという実力によって裏打ちされているのか。どちらなのか、判断が出来ないせいだろうか。
それと、本当に、本当に僅かではあるが羨望のような感情が見て取れた。もしかすると俺が平然としているのを見て、それだけの実力があるのだと思われたからかもしれない。
日々鍛錬を積んでいる三人よりは強いと自覚はしているので、その強さに対する羨望なのかもしれない。
まぁ、勝手に俺がそう思っているだけなので真相はわからないのだが。
「主様にとっては本当にその程度のことなのかもしれませんね」
「その程度のことなんだよ。オークよりも、余程人間の方が面倒だからな」
オークの雄叫びが聞こえる。
俺たちを見つけ、俺たちを殺す為にオークたちは走り出し、迫ってくる。
「アッシュの言ってることは良くわからないけど、とりあえずオークの相手に集中しよう!」
「そうだね!気にしてもどうしようもないからね!」
「本当にな!まったく……少しは耳を傾けるべきかと思えばこれだ!!」
何となくだが、俺の言動と自分たちの実力などを考えてモヤモヤしていたような気がする三人はそう言ってオークへ向かって駆け出した。
完全に八つ当たりをするつもりにしか見えないのは俺の心が汚れているからなのか、事実だからなのか。
「主様、私も行きます」
いつの間にやら神樹の刃を手にしたシャロがそう言って俺よりも一歩前にでた。
だが俺は今にも駆けて行きそうなシャロに待ったをかける。
「待て」
「どうかしましたか?流石に三人であの数は厳しいと思います。私が参戦したところでそう変わるとも思ってはいませんけど……」
「いや、そうじゃなくて……無詠唱魔法での魔法はあんまり人に知られない方が良いからスキルを使ってるフリをするか、もしくはシングルのフリをしておいてくれ」
シングル。
簡単に言ってしまえば魔法の名前を口にすることだけで発動させることが出来る魔法のことだ。
そういう魔法がある。というだけではなく、魔法の熟練度が高ければ高いほど様々な魔法をシングルとして扱えるようになるとされている。
無論、そんな物をシャロが使える。という時点でどういうことなのかと疑問が浮かぶだろうが、無詠唱のそれよりはまだ納得される可能性がある。
「スキルか、シングルですか……わかりました。では、行ってきます!!」
そう言ってから今度こそシャロは駆けて行った。
既にアルたちはオークと戦い始めているので俺ものんびりとしているわけにはいかないのでシャロの後を追う。
アルたちに遅れること十秒ほど。状況としてはそれぞれが一体のオークと戦っているが、後方からも走ってくるオークがいるのでこの状況もそう長くは続かないはずだ。
またスキルを使って一気に、と口にしていたがまだ一体も倒せてはいない。というか、傷すら負わせてることが出来ていなかった。
先に来ていたオークとアルたちが戦っているが、もう少しで後続のオークたちも合流しての乱戦となりそうだ。
「随分とゆっくりと遊んでるんだな」
「これが!遊んでいるように!見えるのか!!」
オークの振るう棍棒は空を裂く音、というよりも空を抉るような音をさせてユーウェインへと迫る。
ユーウェインはそれを剣で受けるのではなく、避けながら悪態をつくように俺にそう返してきた。
「そうやって言い返せるなら大丈夫そうだな。オークは一撃一撃が大振りだから隙を見て削れ」
「チッ……あぁ!アドバイスには感謝してやる!!」
余計なフォローはしないが、とりあえず簡単なアドバイスだけしておいてそのままユーウェインとオークの横を通り過ぎる。
その瞬間、オークの意識が俺に移ったがユーウェインはそれを見逃すことなくオークへと斬りかかり、致命傷には程遠いが腕に大きな傷を与えていた。
たったそれだけ、と思えることだがこれでユーウェインは戦いやすくなるだろう。
次にシルヴィアがオークへと斬りかかり、オークがそれを棍棒で防ぎながら強引に棍棒を振り回してシルヴィアを弾き飛ばす。という場面に遭遇した。
だが数メートルほど弾き飛ばされたシルヴィアはどうにか体勢を保ち、油断なく構えてオークの動きを注意深く警戒している。
「シルヴィ、調子はどうだ?」
「問題ないよ、と言いたいけど……スキルを使う隙がなくてやりづらいかな……」
「そういう場合の対処なんて決まってる」
「隙が出来るのを待つか、隙を作るか。でしょ?」
「そういうことだ。あぁ、オークは図体がでかい分どうにも小回りが利かない、ってのも言っておくか」
「小回り、だね……うん、やってみるよ!」
そう言ってシルヴィアは再度オークへと斬りかかる。
先ほどよりも剣を振るう速度は速く、鋭い。オークも多少の傷など意にも介さず棍棒を振り回すがシルヴィアはそれを軽やかに回避してまた剣を振るう。
スキルなど使わなくともこのままオークを倒せそうだな、と思いながら更に進む。
進んだ先には今まさに戦闘に乱入しようとしている後続のオークが二体。どうやら一番近くにいるアルを狙っているようだった。
アルはまだ二体のオークに気づいてはいない。流石にこれは放っておけないとナイフを握っていない左の袖口に隠していたナイフをオークに向けて投げる。
オークの意識が完全にアルに向いていたので不意打ちは容易だった。棍棒を持つオークの腕にナイフが突き刺さり、呻き声を上げたかと思えばすぐに俺を睨みつけてきた。咆哮を上げて、俺へと駆けてくる二体のオーク。
だが次の瞬間、ナイフが突き刺さったままだったオークが膝から崩れ落ち、そのまま地面へと倒れ伏してしまった。
突然のことにもう一体のオークが足を止めて動揺していた。勿論、その隙を見逃すつもりはないので地面を蹴り、オークへと肉薄すると手に持ったナイフを首目掛けて突き出す。
動揺したオークの隙を突くように、認識の外から繰り出された鋭い一突きはオークの喉を突き破り、骨を断ち、命を散らせる。
「易いもんだな」
言いながらオークに突き刺したナイフを斬り払うように振り、オークの死骸を打ち捨てる。
倒れ伏したオークはナイフに仕込んだ毒によって絶命しているので俺が殺したオークは二体。だがオークの後続はまだまだ存在している。
悠長にしている場合ではなさそうだ。
とりあえず一番近くのアルの様子を窺うためにアルの傍へと近寄る。
「やぁ、アッシュ。僕にも何かアドバイスをくれるのかな?」
「どうだろうな。なくても問題ないだろ?」
「そう見えるのかい?」
アルはオークの振るう棍棒を受け流し、隙を突いてオークの腕を浅く斬りつける。
どうやらアルは戦いながらユーウェインやシルヴィアに対して俺が言ったことを聞いていたようで、はっきり言ってアドバイスなど必要なさそうだった。
「あぁ、順調そうだな」
「アッシュには負けるよ。一瞬で二体、流石だね」
「オーク程度に遅れは取らないさ。アルは周りが見えてるみたいだからシルヴィアとユーウェインのフォローは出来るか?俺がやると何を言われるかわからないからな」
「あはは……わかった、それくらいなら任せて」
「あぁ、任せたぞ」
こうして言葉を交わしている間にもアルはオークとの戦いを続けているのでシルヴィやユーウェインよりも余裕があるのだとわかる。
いや、シルヴィアもあれで余裕があったのでユーウェインだけが追い込まれそうになっていたのか。
とはいえアルに任せたのだから放っておいても良い、と思っておこう。
アルとのやり取りを切り上げてオークの後続が来るまでの間にシャロの様子を見る為に目を向ける。
三人を見てアルは随分と余裕があると思っていたがシャロはそれ以上に余裕を持って戦っていた。
シャロが神樹の刃を振るえば炎が舞い、雷が奔り、風が踊る。
オークがシャロとの距離を詰めればそれと同じだけシャロは下がり、オークが踏み込んだだけ炎に焼かれ、雷に撃たれ、風に裂かれる。
一歩踏み込むだけで多くの傷を作り、かといって下がればシャロが一歩詰めて決して逃さない。
はっきり言ってしまえばシャロが負ける要素が現状見つけられない。
とはいえ放っておくのもあれなので一応気に掛ける必要がある、と勝手に思うことにして今まさにオークを倒したシャロの傍へと向かうことにした。




