178.王都で流れている噂
「二人の仲が良いのはわかったけど、そろそろ進まないかい?言い方はあれだけど……余所者の僕たちがこんなところで立っているだけでも目立つのに、二人がそんなことをしているから更に目立っているよ」
アルにそんなことを言われて、シャロと二人で周りを見ると確かに遠巻きにして俺たちを見ている村人たちの姿があった。
不審そうに、というよりもあれは何者で何をやっているのだろうか、という好奇心の方が大きいような気がする。
「確かに目立ってるな。とはいえ、今回は上手く使えそうだけどさ」
「それはどういうことでしょうか?」
「……もしかして人を探す手間が省けた、ってことかな?」
「そういうことだ」
それと子供と楽しそうにしている。という姿を見ていた人間であれば多少なりと警戒心が薄れているはずだ。
まぁ、良くわからない相手ではあるが子供相手に楽しそうにしていた。これだけで印象が良くなるのは善人くらいのものなのだが。
「アッシュ、微妙に悪い顔になってるよ」
「気のせいだろ。それよりも村長が何処にいるのか聞いてみるか」
「気のせいではないと思いますけど……とりあえずはそうした方が良いかもしれませんね」
別に悪い顔などしていないのにシャロもアルもそんなことを言ってくる。
それを軽く流してから適当な村人を見た。そして目が合ったのを確認してから軽く会釈をする。
そうすると会釈をされたから同じように会釈を返してきた村人の下へと歩み寄る。
「悪い、少し良いか?」
「え、あ、あぁ……どうかしたのかい?」
「俺たちはこの辺りのオークに関して調査に来たんだけど、少し村長と話がしたいんだ。何処にいるか教えて盛らないか?」
「おぉ!や、確かに良く見ればそっちのお兄さんは王国騎士団の鎧を着てるじゃないか!!」
俺の言葉を聞いて嬉しそうに声を挙げ、その後すぐに俺の後ろにいるアルに、というかアルの来ている鎧を見て更に歓喜の声を挙げた。
「あぁ、そうだ、騎士が来てる。それも将来有望な騎士がな。王都じゃ次期王国騎士団団長なんて噂されるような奴だ」
「それは本当か!?本当なら村の皆に教えておかないと!失礼なことがあったらいけないからな!!」
「その前に村長が何処にいるのか教えてくれ」
「このまま真っ直ぐ進んだ家だ!村長なら基本的にいつも家にいるはずだから尋ねてみると良い!」
「そうか、わかった。それと、他の人たちに調査の為に俺たちが来たってことは伝えておいてくれ。その方が動きやすくなるはずだからな」
「わかった!それじゃ、また後で!!」
早くみんなに伝えなければ、と思っているようでその村人はそれだけ言うと走り去ってしまった。
それを軽く手を振って見送ってから村人の指していた方向を見る。
そちらには遠目ながらわかる大きめの家が、ということはなく。他の家と変わりない普通の家があるだけだった。
まぁ、随分と離れているのでそのせいで小さく見えるだけかもしれないので断言はしないようにしておこう。
「場所はわかったから向かうか」
「アッシュ……」
「本当にああいう噂が流れてるんだ。利用できるなら利用しないとな」
「それは……確かに、アッシュならそうするだろうけど……」
「……悪かったよ。アルが不快に思うってわかっててやった時点で許されないだろうけど、謝らせてくれ」
あの噂はアルにとって心中穏やかな物ではないとわかっている。
それなのにわざわざ口にしたのは、次期王国騎士団団長という人間がいるとわかれば情報を聞き出すのが楽になると思ったからだ。
他人のことよりも依頼を優先した、どうしようもくらいにろくでもない考えでアルに不快な思いを指せてしまったことを謝るために頭を下げた。
「あ、そんな、頭を下げる必要は……いや、うん、そうだね。その謝罪は受け取るよ」
謝らなくても、と言いかけたアルだったが何かを思ったのかそう言って俺の謝罪を受け取ってくれた。
「けど、許すには条件がある。もうその噂のことは言わないで欲しいんだ」
「それだけで良いのか?」
「アッシュにとってはそれだけ、と思うようなことでも僕にとっては重要なことなんだよ。それで、どうする?」
「それを断る理由が俺にあると思うか?」
「ないね。それなら」
「あぁ、今後は口にしない。約束しよう」
「決まりだね。それじゃ、よろしく頼むよ、アッシュ」
言いながら何処となくわくわくした様子で右手を出してくるアル。
それが何を求めているのか何となく察した俺はその手を取って握手を交わす。
するとアルは少しだけ照れたように、それ以上に嬉しそうに頬を緩めていた。
もっと軽口を叩き合い、皮肉を言い合うくらいが俺には似合っているような気もするが、たまにはこういうのも悪くないだろう。
そう思っていると今まで俺とアルの会話を黙って聞いていたシャロが口を開いた。
「主様、アルさん。村長さんが何処にいるのかわかったのでしたら、そろそろ向かった方が良いと思いますよ」
「確かにそうだな……よし、行くか」
「うん。話をして、それから防寒具だね」
「風が吹くと寒いと感じる、ということは……」
「もしかすると夜も冷え込む可能性はあるな。穏やかな気候の王国領、とはいえ警戒をしておいた方が良いか」
「はい。それと何処か泊まれる場所も必要だと思いますよ」
何処かに空き家でもあればそこを借りたい。
誰かの家に泊めてもらう。というのは相手に気を遣わせてしまうし、こちらとしても落ち着かない。
「空き家でもあれば一番だな」
「そんな都合よく空き家なんてあるのかな……」
「あれば良いって程度の話だ。ないならないで考えるさ」
そう返して三人で村長の家へと向かった。
途中ですれ違う、というか少し離れた場所から俺たちを見てくる村人たちがいたがその全員がアルを見て深々と頭を下げていた。
次期王国騎士団団長と噂される騎士がいるとなればオークの被害に悩まされていて状況であれば縋り付きたくなるほどの救いに見えるだろう。
「……こういうのは、あまり好きじゃないな……」
「完全に俺のせいだな……本当にすまない」
「いや、良いよ。それに……これでアッシュは色々とやりやすくなるんだよね?」
「まぁ……苦労をかけるよ、本当に」
「これくらいは良いよ。代わりにアッシュが頑張ってくれるはずだからね」
「勿論だ」
村人の視線と態度に眉を顰めたアルだったが、俺との会話で仕方がないというように眉尻を下げてからそう言った。
信頼と、少しばかりの悪戯心が見て取れるそれに俺は苦笑混じりに返しているとシャロがそういえば、と言うように口を開いた。
「そういえば、王都には魔物除けがありましたけどこの村にはあるのでしょうか?」
「ないんじゃないかな?あればオークの被害も出てないと思うから……」
「こういう村に魔物除けはないだろうな」
王都にあるのはあくまでも王家が設置するように勅命を下した物であり、基本的に辺境の村には設置されていない。
もしかするとその領地を治める貴族が設置している。という可能性がないわけではないが、一つ一つのコストが高すぎて現実的ではない。
「たぶんだけど今は村の周囲を見張るための自警団でもいるんじゃないか?」
「あぁ、確かにいそうだね……でも、オークを見つけても……」
「何処かに避難するか、隠れるか……そんなところだろうな」
「戦える方がいれば変わるかもしれませんけど……いえ、オークの群れが相手だと人数が揃わないときつそうですね……」
「人数が揃っていてもオークの群れが相手となればどうにもならないかもしれないかな……」
シャロとアルは現状を少しだけ考えて陰鬱な表情を浮かべていた。
「それをどうにかするために俺たちが来ているわけだ。そんな顔をする暇があるんだったら色々と調べないとな」
「……うん、それもそうだね」
「はい!まずは村長さんからお話を伺いましょう!」
気を取り直したようにアルは頷き、シャロは元気よくそう言った。シャロのそれは空元気のような気もする。
とはいえそれを指摘するのは無粋過ぎるので何も言わずに小さく笑みを零すだけにしておく。
そんな会話をしながらも歩き続け、遠くに見えているだけだった村長ものらしき家が近づいて来た。
この距離になって気づくが、人の出入りが多く、その人々の表情は暗い。
「……シャロ、アル、見えるか?」
「人の出入りは見えるよ。あれは見回りの報告とか、そういうことでもしてるのかな」
「はい、私も見えます。それと……表情が暗い、ような……?」
「あぁ、憶測でしかないけど何か被害が出たんだろうな。何もなければ今は無事だって多少なりと安堵の色が見えるはずだ」
元々のんびりと調査をしよう。などとは考えていないが、これは思っていたよりも急いで調査をしなければならないようだ。
そして可能な限りはオークがこの村に近寄らないように手段を講じる必要がありそうだ。
「……アッシュが僕の噂を口にしたのは、あんまり僕としては良い気分じゃなかったけど……」
「けど?」
「その噂を上手く使えればこの村の人たちの不安を少しは和らげることが出来るかもしれないね」
「まぁ……可能性としては充分にあるな」
「そっか。ならアッシュ、上手く使ってくれないかな?」
「そこで俺に投げるのか……いや、まぁ……やるだけはやるけどさ」
「うん、よろしくね」
無茶ぶりのようなものだが、それでも俺が勝手に噂のことを話してしまったのだから仕方がない。
どれほど出来るかわからないが、やれるだけのことはやっておこう。と、考えたがその噂の使い方を間違えると面倒なことになりそうだった。
「まぁ、やれるだけのことはやってみるさ」
「頑張ってね、アッシュ」
「えっと、よくわかりませんけど、頑張ってくださいね!」
「はいはい。頑張る頑張る」
そう軽く流してから村長の家へと歩を進める。
先ほどまでよりは出入りの人間が減っているので定期報告が終わった。とかそういうことなのだろう。
何にしても沈んでいるはずの村長と話をして、上手く噂を利用して多少なりと気を持ち直してもらうとしよう。
そうすればそれを気にした村人が村長に話を聞き、それが他の村人に伝染するはずだ。まぁ、願望のようなものではあるが、そうなって欲しいものだ。




