173.素直な謝罪と少しの意地悪
アルたちの下に戻る道中、シャロが何かを言いたそうにしながら俺のことを時折見上げてくる。
何が言いたいのかわかっているのでシャロが口を開くよりも先に俺が口を開く。
「猫を被るっていうのはああいうのを言うんだろうな」
「自分で言いますか!?」
「俺だってわかってるんだよ。酷い違和感を覚えるし、端的に言って気持ち悪いってな」
「いえ、気持ち悪いだなんて失礼なことは思っていませんよ?単純に主様って敬語を使えたんだなぁ……って思って……」
「それはそれで失礼だろ」
「あ」
自分で言ったことが失礼なことだと意識の外にあったようで、俺の指摘を受けて今気づいた。というように声を挙げた。
だが気持ちはわかる。俺は敬語を使わないし、この世界で最上位の存在であるイシュタリアが相手でもそれは変わらない。
そんな俺を見ていれば敬語が使えないのではないか、と考えてもおかしくはない。と思おうとしたが普通に考えておかしい。
敬語くらい誰だって使えるだろ、たぶん。
「い、いえ!主様が敬語を使っている姿を見たことがないのと、そういう姿が想像出来なかったのでつい……」
「まぁ、気持ちはわかる。でも失礼だったな?」
「うぅ……主様の意地悪がまた始まりました……」
「悪いな、意地が悪い人間なんだよ、俺は」
苦笑を漏らしながらそう言ってからシャロの頭をぽんぽんと撫でる。
そしてシャロは仕方がないですね、とでも言うように一つ息をついてから楽しそうに小さく笑みを零した。
こうしたやり取りも最初からは考えられないな、と思いながらほんの少し前のことを思い出す。
まぁ、随分と無様というか無残というか。とにかく酷いものだった。シャロに対しても酷いことをした。
それがこうして冗談を言い合える関係になったのは俺が歩み寄るようにしたから、というよりもシャロが俺のことを受け入れてくれたから。ということだろう。
シャロには感謝してもしきれない。だからこそ、何かあったとしても必ずシャロだけは守って見せると心に誓う。
「あ、そういえば……」
「まだ何かあるのか?」
「いえ、戻ったらちゃんとユーウェインさんに謝らないといけませんよ。と言おうと思いまして」
「……そうだな。わかった、ちゃんと謝るよ」
先に手を出したのは俺だ。俺が謝る以外には選択肢は存在しない。
ただそれでも大声を出して注目を集め、シルヴィアのことを勘付かれる可能性が少しでも出てくるのを避けるべきだ。
とりあえずそれを伝えて理解してくれるのならそれで良い。理解してもらえないのであれば、シルヴィアを唆して命令という形で無理やり理解させるのも悪くない。
「はい、ちゃんと謝ってくださいね!そうしたらなでなでしてあげます!」
「はいはい。でもそのなでなでってのは必要ないからな?」
「主様が必要ないと言っても、私が必要だと思うのでなでなでしますっ」
「それはシャロが俺の頭を撫でたいだけだろ……」
子供というのは何か気に入ると暫くそれに夢中になるものだ、と思っている。
それはシャロも例外ではなく、俺の頭を撫でるという行動が気に入ったようでどうにかして撫でようと企んでいた。
別にシャロが撫でたいというのであればそれでも良いのだが、流石に人に見られるのは恥ずかしいと思うだけの羞恥心は持ち合わせている。
せめて二人だけの時にでもして欲しい。
「はぁ……そういうのは二人だけの時にしろよ?」
「え、撫でても良いのですかっ!」
「ダメだって言っても聞きそうにないからな」
「それは、その……えへへ……」
「笑って誤魔化そうとするなっての」
えへへ、と可愛く笑って誤魔化そうとするシャロの頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でる。
少しだけ笑んでからそうした行動を取ってから前を見ると少し遠目だが冒険者や騎士の集団が見えた。
「よし、見えて来たな」
「そうですね。主様、忘れないでくださいよ?」
「その忘れるなってのはどっちのことなんだろうな?」
「勿論、両方です!」
謝ること、謝ることが出来たらシャロに撫でられること。そのどちらのことを言っているのか、と問えば両方だと答えが返ってきた。
それに苦笑で返して俺たちはアルたちの下へと歩を進めた。
▽
アルたちの姿がはっきりと視認出来る距離まで来ると、楽しそうに話をしているアルとシルヴィア、それを見て何やら酷く困惑しているユーウェインの姿があった。
「何だ、随分と楽しそうだな」
「あ、おかえり、アッシュ、シャロ」
「おかえり。それで……冷静にはなれたかな?」
「あぁ、時間はあったからな」
「主様主様」
冷静になれたと返しているとシャロが俺の服の袖をつまんでクイクイッと引きながら声をかけてきた。
それが何を伝えようとしているのか、それを察してシャロに対して小さく苦笑を漏らし、シャロの頭を一度だけ撫でてからユーウェインを見る。
俺の視線に気づいたユーウェインが、一体何があるのかと困惑しているように俺を見た。
その目には俺に対する怒りは見えない。見えないが、別の感情が見えるような気がした。
だがそれはあまり気にせずちゃんと謝っておこう。
「ユーウェイン」
「な、何だ……?」
「さっきは悪かったな」
「……は?」
「いや、つい手が出たからな。そのことを謝っておこうと思ってな」
俺が素直に謝るとは思っていなかったのか、もしくは謝るような人間に見えていなかったのか。どちらにしてもユーウェインは間抜け面を晒している。
ここでそれを指摘すると謝っているのか馬鹿にしているのかわからなくなるので、それについては何も言わない。
「ただ、大声を出して他の冒険者や騎士に注目されるとシルヴィが勇者だって気付く奴が出てくるかもしれない。そんなことにはならないようにするべきだろ」
「あ、あぁ……それに関しては、冷静になってみればその通りだと思うが……」
「そうか、それがわかるなら良いんだ。本当に悪かったな」
「いや……俺も、考えなしだった。その……す、すまなかった……」
本当なら俺のような相手には謝りたくはないはずだ。
貴族というのは自分よりも地位がしたの人間に対して謝るということをしたがらない。というかほぼしない。
今回はシルヴィアがいるからそうした方が良い。と判断しただけなのかもしれない。
「お互いに謝ったならこれで解決!ってことで良いよね?」
「うん、良いと思うよ。それにしても……アッシュから謝るなんて思わなかったよ。どういう風の吹き回しだい?」
「シャロに少しだけ怒られてな」
「お、怒ってはいないですよ!?」
「あー、シャロに怒られたっていうことなら納得かも」
「アッシュはシャロに弱いみたいだからね……」
「だから、怒っていないですってば!」
そう言ってぷんぷんと擬音が聞こえてきそうな様子を見せるシャロに苦笑を漏らしてから口を開く。
「おいおい、あんまりシャロをからかうよ」
「主様!」
自分を庇う、というかアルとシルヴィアの二人を止めた俺を見て嬉しそうにするシャロ。
「シャロをからかって良いのは俺だけだ」
「主様!?」
二人を止めた理由がそんなことなのか、とショックを受けたような驚いたような様子でシャロが声を挙げた。
そんなシャロを気にせずにユーウェインへと再度話しかける。
「ところでユーウェイン」
「な、何だ?」
「さっきの会話からシルヴィが勇者だって気づかれない方が良いってのは理解してるんだよな?」
「それは、まぁ……ここにシルヴィア様がいるとわかれば騒動になる可能性は充分にあるからな」
「だったらどうするべきか、わかってるだろ」
「……何が言いたい?」
シャロのことを気にしないようにユーウェインと話をしているのだが、その間シャロは俺に何か言いたいが話の邪魔をしてはならないと判断したらしく、無言ではあるが頬を膨らませて俺を見上げるという無言のアピールをしていた。
それはそれで可愛いのだが今はそんなシャロを見ているわけにはいかない。せいぜい視界の端に映る姿を楽しむくらいしか出来ないだろう。
もしくはさっさとシルヴィアにでも押し付けてシャロの相手をするのが良いかもしれない。
「こうして勇者だってばれないように変装してるんだ。当然ユーウェインも協力するべきだ」
「そうだな……シルヴィア様に協力するべきだということはわかる。とりあえず、人が寄って来ないようにするべきか?」
「そうじゃないんだよな……なぁ、シルヴィ?」
シルヴィアに対してそう言うと、何が言いたいのか察したシルヴィアが小さく笑みを零してからユーウェインに向かって言葉をかけた。
「そうだねー。ってことで、ユーウェイン」
「は、何でしょうかシルヴィア様」
「こうして変装をしている時の僕のことはシルヴィアじゃなくてシルヴィって呼ぶように。良いね?」
悪戯っぽく笑みを浮かべてからシルヴィアはユーウェインにそう言って、それからウィンクを一つ。
それを受けてユーウェインは頬を赤らめながら口をパクパクとさせている。どうやら言葉が出てこないらしい。
アルはそんなユーウェインを見て笑わないように我慢しているのか、小さく肩が震えていた。
「そ、それは、その……ぎ、偽名というよりも愛称のようなそれを口にするのは、恐れ多いと言いますか……」
「うん、愛称だからね。でも変に偽名を使うよりも愛称で呼んでる方が他の人には気づかれないんじゃないかな?」
「た、確かにそうかもしれませんが……!」
そうしたやり取りをしている二人を放っておいて無言のアピールが反応してもらえないことから少しだけ不安そうに服の袖を引くシャロへと目を向ける。
すると漸く反応が返って来たとほっとしたように一息ついてから拗ねたようにシャロがこう言った。
「主様はやっぱり意地悪さんです」
「悪かったな、意地悪さんで」
「そうやって開き直るのはどうかと思います!」
「開き直るってよりも、自覚があるだけなんだけどな……」
少しだけ怒っているようなシャロにそう返すとまたも頬を膨らませてしまった。
それに苦笑を漏らしながら、意地悪ついでに少しふざけたことでも聞いてみるか、と思った。
「でも、そんな俺でも好きだろ?」
さっき見たシルヴィアのようにウィンクを一つ。
完全にふざけて行ったことだったのでまたシャロに怒られるというか、意地悪だと言われるのだろう。と想像していたのだが、それは外れてしまった。
「え、あ、そ、それは…………大好き、ですけど……」
想像とは違い、シャロは赤くなってごにょごにょと小さな声でそう言いながら胸の前で人差し指同士をツンツンとさせていた。
それを見て一瞬、状況を理解出来なかったが自分の行動がふざけるにしても本当に馬鹿なことをしたと理解した。
と、同時にそんな馬鹿なことをしている俺のことを大好きだと言ってくれるシャロのことが可愛くて仕方がなかった。
「ったく、シャロは本当に可愛い奴だな!」
だからそう言ってシャロの頭をわしゃわしゃと少し強く撫でた。
「え、わわっ……!か、可愛いだなんてそんな……っ」
可愛いという言葉に反応したシャロの頭を撫でながら思うことは一つ。
わかりきっていたことだが、俺のお世話役はめちゃくちゃ可愛い。
そんなことを思いながら何事かと俺とシャロを見るアルたち三人を放っておいて、今暫しシャロを愛でることにした。




