171.演技派兄妹
村の外れまで進む道中、シャロが感心したように口を開いた。
「流石主様……ああいうのには慣れていますね」
「まぁ、当然だな。とはいえ、冒険者としてはあれくらいは出来るようにならないといけないかもしれないぞ?」
「そ、それは……が、頑張ります……っ!」
今すぐに、というわけではないので気負う必要はない。
いずれ出来るようになればそれで良いのだから。
「あぁ、頑張れよ。とはいえ一気に全部出来るようになろうとしなくて良いさ。とりあえずは朝起きて、支度をする。ってのを頑張ろうか?」
「むぅー……ちくちく意地悪です!」
「本当のことだから仕方ないだろ。まぁ、疲れ果ててぐっすり、ってなりそうだけど」
「……否定できないのが、悔しいです……」
ぷくぅっと膨れてしまったシャロに苦笑を漏らしてからシャロの頭をぽんぽんと撫でながら口を開く。
「本当に一つずつ出来るようになれば良いさ。シャロにも俺にも、時間はたっぷりあるからな」
「時間はたっぷり、ですか?」
「あぁ、シャロはまだ子供で、俺も二十にもなってない。時間はあるだろ?」
「……そう、ですね……まだまだ私たちには時間は沢山ありますからね……」
そう言ったシャロは嬉しそうに笑みを零した。
「えへへ……主様、時間は沢山、たーくさんっ!ありますから一緒に頑張りましょうね!」
「ん、あぁ、一緒に頑張ろうな」
シャロはきっと、俺がこの先も一緒にいるのだということが嬉しかったのだろう。
まぁ、そういう反応をされると俺まで笑みが零れてしまう。
だがこうしてほのぼのとした状況はシャロの言葉で終わりを告げる。
「あ、でも……そうやって一つずつ出来るようになる。ということでしたら主様もですよ?」
「……何のことを言ってるのか聞いても良いか?」
「さっきのユーウェインさんに対する態度とか、言葉とか……主様にも思うことや考えがあるとは思います。でも……やっぱりああいうのは敵を作ってしまうと思います。だからもっと自重するべきではありませんか?」
「…………まぁ、そうだけど……」
ユーウェインに対しての態度は、貴族が相手だったからだ。
本当に昔から貴族や王家筋は好きではない。
依頼でもなければ顔を合わせたくもないし、今回のように状況を察することなく騒ぐようであればつい手が出る。
冷静になって考えればあれは悪手だ。
「ですから、主様が出来るようになることの一つとして自重することを覚える。というのはどうでしょうか?」
「あー……そう、だな……わかった。少しでも自重できるように頑張ってみるさ」
「はい!頑張ってくださいね!」
俺の言葉を聞いてシャロは笑顔でそう言った。
かと思えば更に言葉を続けた。
「あ……主様主様!」
「今度はどうした?」
「ちょっとしゃがんでください!」
「え?いや、まぁ……良いけど……」
シャロに言われるままに立ち止まって片膝立ちになるようにしゃがむ。
「ふふふ……主様はちゃんと頑張ると決めることが出来ました。良い子良い子、です!」
そう言ってから俺の頭を撫でるシャロ。
流石にいきなりそんなことをされてしまえば俺でも動きが止まってしまう。
ただそうして動きを止めたのを良いことにシャロは俺の頭を撫で続けた。
「んー……主様の髪はサラサラで触り心地がすごく良いですね……カルルカンさんのふわふわとは違う魅力を感じます……!」
「……それを言うなら、シャロの髪だって触り心地が良いと思うぞ」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。それよりも何時まで撫でてるつもりだ?」
「……主様を褒める為ですから、もう少し撫でていた方が良いと思いますっ」
そろそろやめたらどうだ。という意味を込めて口にするとシャロは少し考えてからそう言った。
それもキリッとした表情で言うのだから呆れてしまう。
「シャロが撫でたいだけだろ……」
小さくため息を零してから言えばシャロは図星を指されたのを誤魔化すように笑いながらも俺を撫でる手は止めなかった。
それを強引に振り払う、というわけにはいかないのでどうしようかと考えていると足音が聞こえてきた。
その音を聞く限り人数は二人で、片方は子供。それも音が聞こえてきた方角を考えると俺たちが目的としていた母娘の可能性が高い。
「シャロ、人が来るからそろそろやめろ」
「もう少し撫でていたいと思いますけど……わかりました。また撫でさせてくださいね」
「それは断らせてもらおうか」
また、と言われたがそれを断るとシャロはショックを受けたような表情を浮かべていた。
「俺には幼い女の子に撫でられて喜ぶような趣味はなくてな」
「私は主様に撫でられると嬉しいですよ?」
「そうかそうか。なら今度は俺が撫でるからそれで我慢しろ」
「むー……あ、でも隙を見て撫でれば……!」
何やら不穏ではなさそうで不穏なことを考えているシャロに内心で呆れながら徐々に近寄ってくる足音の主へと視線だけを向ける。
やはりと言うべきか、女性が一人、子供が一人。たぶん村長が言っていたのはこの二人だ。
話しかけてから何か知らないか聞き出したいとは思うがいきなり声をかけられると警戒される可能性がある。
「……シャロ、俺に合わせてくれ」
「え?合わせるってどういう……って、ふきゅっ……!」
片膝立ちの状態から立ち上がることなく、今度は俺がシャロの頭をわしゃわしゃと撫でる。
いつもよりも強め、というよりも少し乱暴に撫でているのは決して先ほど頭を撫でられたことに対する仕返しではない。断じてない。
「ったく!兄貴の頭を撫でる妹ってのも悪くはないけど、まだまだそういうのは早いんじゃないか?」
「え、あ……え?」
突然のことに戸惑いを浮かべるシャロを気にせずにわしゃわしゃと撫で続けていると目的の母娘が傍にやってきた。
「こんにちわ。あんまり強く撫でると髪がくしゃくしゃになっちゃうからお兄さんはちょっと気を付けた方がいいですよ」
「あ、こんにちわ。うちの妹がちょっと小生意気なことをしたものでつい……シャロ、ごめんな?」
兄妹でじゃれ合っているが、少し乱暴なのではないか。という風に見えるようやっていたが上手くいったらしい。
母親が眉尻を下げてからそう言って来たのに苦笑を漏らしながら答えてシャロと目を合わせる。
俺の言動の意図を察してくれるかどうかは賭けのようなものだったが、問題ないようでシャロは俺にしっかりと合わせてくれた。
「えっと……兄さんが謝ってくれたので今回は許してあげます!でも次にやったらさっき兄さんが小生意気なんて言ったなでなでですからね!」
ぷんぷんと怒るシャロはなかなかの演技派だった。
そう言ってから俺と目が合った際に、これで大丈夫でしょうか。と目で語ってきたが上々だ。
まぁ、何か言うとしたらさらっと自分の願望を入れてくる辺り演技派という以外にもなかなかやってくれる。
「あらあら……仲が良いのね」
小さく笑う母親の様子を見る限りは妙な警戒はされていないように思える。
とはいえ娘の方は母親の影に隠れるようにしているのでこちらには警戒されているらしい。
これが単純に人見知りをしているだけなのか、何となく怪しいと思われているのか。前者であればどうでも良いが後者だと少し面倒だ。
「ほら、アイナ。お兄さんたちに挨拶しなさい?」
「……こんにちわ」
アイナと呼ばれた娘は少しだけ顔を出してそれだけを言うとすぐに母親の影に引っ込んでしまった。
「あー……こんにちわ。ちょっと、嫌われちゃったのかな……?」
「ごめんなさいね?うちの子ったら人見知りが激しくて……」
「いえ、そういうことなら仕方ないですよ」
なるべく和やかに母親と会話をしているのだが、視界の端に映るシャロが微妙な表情を浮かべていた。
俺がこんな口調で話しているから違和感が酷いことくらいは自分でもわかっている。
それでもこれくらいの猫を被るのは普通に出来るのだからシャロには我慢してもらおう。
「あ、申し遅れました。俺はアッシュ。それと、妹のシャロです」
「シャロと言います。よろしくお願いしますね」
簡単な自己紹介を済ませてからシャロと共に一礼をする。
「あら、ご丁寧にどうも。私はジュリア。それと娘のアイナよ」
言ってから俺たちに一礼を返すジュリア。その際にアイナも小さく頭を下げていたので本当に人見知りが激しいだけなのかもしれない。
「ところで……この村では見ない顔ね。旅人さん、かしら?」
幼い妹と一緒にいる。ということから冒険者よりも旅人の方が可能性としては高いと考えたのかそう問われた。
「はい、普段は王都にいるんですけど妹に王都の外を見せてやりたくて……」
「そうなの……でもまだシャロちゃんに旅は早いんじゃないかしら。それに……」
「それに?」
「北の方ではオークが沢山現れたみたいだから、危ないわよ」
「オークが?」
不自然にならないようにオークについて聞き出そうと思っていたがジュリアの方から話題に出してきた。
この流れならオークについてあれこれ聞いたとしても不自然ではない。
どれほどの情報を持っているのかわからないが、出来る限りの情報を聞き出さなければ。
「そうなのよ。私たちはオークが現れる前にこの村に来たから詳しくはわからないけど……」
「オークが現れる前に、ですか?その、こんな言い方はどうかと思いますけど、ジュリアさんたちは運が良かったですね……」
「……元々いた村の皆のことを想うと胸が痛いけど、アイナが無事でいてくれる。それだけは本当に良かったと思ってるわ。なんて、あんまり声を大にしては言えないわね……」
言葉の通りに以前いた村の住人のことを考えたのか、表情は暗い。
どうにかフォローする形で話を進めればもしかすると情報をぼろぼろと零してくれるかもしれない。
「いえ、自分の子供が無事でいてくれることを喜ぶのは当然だと思いますよ。俺も、妹に何かあったらと思うと……」
「……そうね、ごめんなさい。嫌なことを想像させちゃったみたいで」
「あ、良いんです。でも……」
「でも、何かしら?」
「旦那さんはこの村にはいないんですか?北の村からこの村に移り住むなら家族で移ってくるのが普通だと……」
これでとっくに死別している、何かがあって離婚している。となれば気まずいことになるがここは踏み込むべきだ。
まぁ、俺と同じことを考えたであろうシャロが不安そうにしていたがこうして無神経とも思える踏み込み方も時として必要になる。
今回はそれが良い方に進むか悪い方に進むか、賭けでしかないが果たしてどうだろうか。