170.足で稼ぐ情報収集
「し、シルヴィア様!!先ほどまでの無礼の数々、誠に申し訳ありません!!」
「え、ちょっとユーウェイン?」
「先ほどの俺の態度や言葉は決して許されるものではありません!どのような罰でも受ける覚悟は出来ています!!」
「あの、ちょっと声が大きくないかな?」
「どうぞ、シルヴィア様のお気の召すままに……ぐぅっ!?」
大きな声でシルヴィアの名前を呼ぶので黙らせるためにユーウェインの腹部に拳を叩き込む。
そして俺は呻き声を挙げて膝を着いたユーウェインに対してうんざりとしたように口を開く。
「おい、この状況で誰なのか気づかれたら面倒なことになるし、そもそも本人がお忍びで来てるってわかってるか?わかってるよな?そこまで頭が回らないようなら勇者の旅の供に選ばれるわけはないからな」
「ぐっ……それは、そうだが……!シルヴィア様への、無礼を詫びなければならないだろうが……!!」
「そうだろうな。お前みたいな奴はそうだろうとも。でもな、本人の意図を察しようともせず、自分の自己満足と自己保身に走ってんじゃねぇよ」
「なっ!?自己保身だと!?」
「俺にはそうとしか見えないな」
俺にとって貴族と言うのは基本的に地位に執着している。
そういう考えがあるので純粋にシルヴィアに対して謝罪をしたいのか、自己保身に走る為に必死になっているのか判断がつかない。
これがアルの場合は純粋に謝罪したいのだと思えるのだが、ユーウェインだとそうもいかない。
「貴様ぁっ!!」
そんな俺の言葉を受けて激昂したユーウェインは立ち上がると同時に俺に殴りかかってきた。
図星を指されたせいなのか、はたまた純粋に謝罪をしようとしていたのにそれを邪推されたせいなのか。
俺には判断がつかないがとりあえず殴りかかってきたユーウェインの腕を取って捻り上げ、地面に叩きつける。
「ガァッ……!」
「アッシュ!!」
それと同時にアルが俺の名を叫ぶようにして俺の追撃の手を止めた。
追撃と言っても叩きつけた後に後頭部に拳を叩き込んで顔面を強打させようとしただけで重傷にはならない程度のものだ。
シャロとシルヴィアは咄嗟のことで反応が出来なかっただけで、アルによって手を止めた俺を慌てて止めに入った。
「アッシュ!?何をしているの!?」
「主様、落ち着いてください!やり過ぎは良くありません!」
「シャロ?!やり過ぎどうこう以前の問題じゃないかな!?」
「いえ、主様はこういう場合容赦のない追撃をするはずですから、それを止めないと!テッラさんから色々と話は聞いていますからね!」
「どうしてそこでちょっと自慢げなのか僕にはわからないんだけどな!?」
俺を止めに入ったはずなのにどうしてかちょっと愉快な会話をしているシャロとシルヴィアに毒気を抜かれた俺はため息を一つ零してからユーウェインを解放した。
「はぁ……わかった。放すよ」
「アッシュ……」
「はいはい。そう非難がましく見ないで欲しいな」
「クソッ……!!」
俺を見るアルにそう返してからユーウェインへと目を向ける。
悪態をつきながら立ち上がったユーウェインはまた殴りかかったとしても俺に難なく返されてしまうと理解しているようで俺を睨みつけるだけに留まっていた。
「アル、シルヴィ、ユーウェインのことは任せる。俺がいない方がユーウェインは冷静になれそうだしな」
「うん、わかったよ。でも……アッシュも冷静になるべきではないかい?」
「かもな。シャロ、ここは二人に任せて行くぞ」
「え、あ、はい!」
俺を睨み続けるユーウェインのことはアルとシルヴィアに任せて俺はシャロを連れて三人から離れることにした。
少し歩いてから少し振り返り、三人を見てからシャロは口を開いた。
「主様、少しらしくないような気がしました」
「どの辺りが?」
「ユーウェインさんに対して辛辣なところが、です。それに……その、テッラさんのような言葉遣いでしたから……」
「あー……まぁ、テッラの口の悪さは俺の真似をしてた結果だからな」
「え?」
「元々は俺もスラムの人間らしくクソみたいな言葉遣いだったんだよ。まぁ、多少矯正はしたけど貴族相手にはどうにもな」
そう言ってから軽く肩を竦めて見せたがシャロは信じられないというように俺を見ていた。
「主様の口が悪い姿はあまり想像が出来ません……」
「いや、今でもそれなりに口は悪いと思うぞ。子供の頃はテッラよりも酷かったからマシになってるけどな」
「子供の頃の主様、ですか……」
「あんまり思い出したいものでもないけど酷かった。ってだけは言えるな」
そう言えばシャロは戸惑いながらも何かを考えていたが、それよりも伝えるべきことを伝えることにした。
「それよりもシャロ、今から少し情報収集をするからそれを見て何かを学んでくれると嬉しい」
「え?今から情報収集って……目的の国境付近までまだまだありますよ?」
「信じられないよな?でもこういう場所でも多少は情報を集めることが出来るんだ。まぁ、見てろって」
そう言いながら村の中心から外れた場所にいる村人に向かって歩く。
シャロは戸惑いながらも俺の後をついて来る。
「こんにちわ」
「え、あぁ……こんにちわ。冒険者さんかい?」
「あぁ、そうだ。少し話を聞きたことがあるんだけど良いか?」
「聞きたいこと?あぁ、それは構わないけど……」
「ありがとう。北のオークに関してこの辺りで何か聞いていたりはしないか?」
「北のオーク……んー……私にはわからないねぇ……」
北のオークについて、と言えばわからない。という答えが返ってきた。
想定内の答えだったので次の言葉を口にする。
「そうか……何か知っていそうな人物に心当たりは?」
「そうだなぁ……村長なら何か知ってるかもしれないよ。行商人や村同士の話は必ず村長の耳に入るからね」
「なるほど。その村長は何処に?」
「この先を真っ直ぐ進んだ先にある、他よりも大きな家にいるはずだよ。そこが村長の家だからね」
「わかった。それならそっちに向かってみる。わざわざありがとうな」
「これくらいはお安い御用さ。北の調査、頑張りなよ」
そう言ってその村人から教えてもらった村長の家に向かうことにした。
だがその道中では予想出来ていたシャロの質問に答えることとなった。
「あの、どうしてこの村で情報収集をしようと考えたのですか?先ほどの人も知らないと言っていましたし、村長さんも知らない可能性だってありますよね?」
「そうだな。でもここは王都からそう離れた村じゃない。となれば必ず行商人が通るはずだ」
「行商人、ですか?」
「あぁ、王都の北に位置するこの村を通るのは高い確率で北からの行商人か、王都からの行商人だ。もし北からの行商人がいれば北の状況が少しはわかるかもしれないだろ?」
「な、なるほど……でも、それは運が良ければの話なのでは……?」
おずおずとシャロがそれでも運が良ければ、という程度でしかないのではないか。と聞いて来る。
確かにシャロの言う通りだ。あくまでも運が良ければ何か情報が手に入るかもしれない。という程度のことでしかない。
だが情報収集ということになれば手当たり次第に聞き込みをする、足で稼ぐというのが有効なのだから悪い選択ではない。
「そうだな。運が良ければ情報が入る。運が悪ければ入らない。でも、元々ここで情報を集める予定はなかったんだ。運が良い方だったら儲け物だろ?」
「それは、まぁ……そうかもしれませんけど……」
「こういう小さな積み重ねが思いもよらない何かに繋がる。そういうこともあるんだ」
「はぁ……主様がそう言うのでしたら、そうなのかもしれませんね……」
納得はしていない。だがこういうことに関しては自分よりも俺の方が詳しいとわかっているのでそうして自分を無理やり納得させるようにしていた。
まぁ、こういうのは実際に体験してみないとわからない物だ。もしかすると今回の調査でそうしたこともあるかもしれない。
どうなるかわからないが、シャロが何か学ぶなり成長してくれればそれで良いのでこれ以上考えるのはやめておこう。
そんな会話をしながら進めば、小さな村ということもあってかすぐに村長の家に辿り着いた。
そしてその家の軒先に置かれたロッキングチェアに腰かけている老人を見つける。
小さく前後に揺れながら穏やかな寝息を立てている。ということであれば声をかけるのも憚られるのだが、何やら難しい顔をしていた。
だが俺とシャロに気づくと人当たりの良い笑みを浮かべて声をかけてきた。
「おや、冒険者さん。何か用かの?」
「あぁ、少しな」
「ふぅむ……もしや、北のオークに関して話を聞きに来た、ということじゃろうか?」
「察しが良いな……いや、流石村長ってことなのかもしれないけど」
「世辞はいらんわい。まぁ、悪い気はせんがのう!」
そう言って呵呵と笑ってから村長は言葉を続けた。
「儂が知っておるのは北のオークが現れたのは本当に突然のことだったそうじゃ」
「突然の?普通は何らかの兆しがあるはずだろ。森や山の動物の様子や目撃情報とか」
「儂もそう思うわい。じゃが……本当に突然のことだったと儂は聞いておる」
突然オークが湧いて出た。ということはあり得ない。
魔物が現れた場合は近くの野生動物の様子が変わったり、何らかの目撃情報や痕跡が見つかるはずだ。
それが見つからなかった。というのはおかしい。
「まぁ、詳しい話は儂よりも……」
「誰かいるのか?」
「うむ、最近この村にやって来た母娘がおってな。それも北にある村からじゃ」
「へぇ……話してくれると思うか?」
「やましいこともない二人じゃからな。話してくれるじゃろ」
「そうか……その二人は今どこに?」
「この先を真っ直ぐ行った先に少しばかり新しい家があるんじゃ。そこに二人は住んでおるわい」
村長が指差した先は村の外れを示していた。
最近来たばかり、ということもあってまだ村人に馴染めていないから村外れに暮らしているのか。はたまた単純にそこにある家を使っているだけなのか。
何にしても向かってみる価値は充分にありそうだ。
「わかった。そっちに向かってみる」
「うむ、儂からはこの程度のことしか語れんですまんのう」
「何言ってんだよ。貴重な情報を持ってたじゃないか。礼ってほどじゃないけど……酒は嗜むか?」
「酒は飲まん!と、婆さんと約束しておるんじゃ。まぁ、こっそり飲んでおるんじゃがな!」
そう言ってまた呵呵と笑う村長。この調子ではこっそり飲んでいたとしてもその婆さんとやらには気づかれていそうな気がする。
まぁ、それをわざわざ言う必要はないので情報提供のお礼。ということで玩具箱の中から酒を取り出して渡す。
「良いか、その婆さんに見つからないようにこっそり飲めよ?」
「わかっておるわかっておる!婆さんは村の中心で村人の指揮を執っておるはずじゃから今のうちにこっそりこっそり味わうとするわい」
「あぁ、そうしてくれ。それじゃ、ありがとうな、爺さん」
「うむ!頑張るんじゃぞ、お若いの!」
そう言葉を交わしてから別れる。村長は俺が渡した酒を持っていそいそと家の中に戻って行った。
それを見届けてからシャロと共に村長が指差した方へと歩き始めた。
目指すべきは北の村からやって来たという母娘だ。




