169.認識阻害魔法の力
「……何かあるのかい?」
「何々?どうかしたの?」
「えっと……ついつい集まっちゃいましたけど、たぶん私とシルヴィさんは気にしなくても良かったのかもしれませんね……」
「シャロが正解だな。まぁ、とりあえず……アル、シルヴィを見てくれ」
「え、あ、うん。見たけど……うん、見覚えがあるような、ないような……?」
ワクワクと楽しそうにしているシルヴィアに対してシャロはふと思い至ったというように言葉を零した。
俺はそれに正解だと答えてから試しとしてアルにシルヴィアを良く見てもらった。
見覚えがあるような、ないような。という非常に曖昧な言葉が返ってきたが認識阻害の効果としてはそういうものなのだろう。
「アルでも気づかないかぁ……ちょっと自画自賛しても良いかな?」
「そういう魔法なんだから当然だろ。僕の魔法って凄い。とか下らないこと言ったらその黒髪引き剥がすぞ」
「これ魔法で黒くしてるだけだからそんなことしたら大惨事だからね!?」
「頭皮ごとやることになるのか……」
「主様、ちょっと猟奇的すぎませんか……?」
「シャロ、ちょっとどころじゃないからね?すっごく猟奇的だからね?」
完全にアホな会話をしている俺たちを見てアルは非常に困惑していた。
まぁ、目の前でこんな会話をされればそれも当然か。と思っていたがどうやら微妙に違うらしい。
「もし本当にシルヴィア様だとして、シルヴィア様がそういった会話をするのは違和感があるかな……」
「そう?僕としてはこういう会話にも憧れてたから嬉しいけどね。あ、猟奇的な会話ってことじゃなくて本当に軽いノリって言うのかな?そういうので会話出来ること、だよ」
「……そう言われると、確かにシルヴィア様もそういう話をしていたけれど……」
「んー……どうしたら僕だってわかってくれるのかな……」
アルは微妙にシルヴィア本人なのかもしれない。と思っているようだが、認識阻害の魔法によって半信半疑、という程度までにしかならない。
これをどうにかしてシルヴィア本人だと認識してもらわなければならないが、やはり認識阻害の魔法を一度解除するのが手っ取り早いと思う。
勿論、他の冒険者や騎士たちに気づかれると面倒なことになるが後ろ姿くらいであればシルヴィアだとは思わないはずだ。
「シルヴィ、一度魔法を解けば良いんじゃないか?後姿を見られたくらいならシルヴィアだって気づかれないだろ」
「あー……それはそうかもしれないんだけど……」
「何か問題があるのですか?」
「えっとね……まだ慣れてなくて、魔法の発動までどうしても時間がかかるんだよね……」
「どれくらいかかるんだ?」
「んー……十分くらいは必要かな?」
「それは……あまり良くありませんね……」
「それだけ時間があれば確実にばれるだろうな」
さて、では一体どうしたものか。
それを考えていると仲間外れにされることになったユーウェインがイライラした様子で割り込んできた。
「おい!さっきから何の話をしているんだ!!」
「シルヴィアだって認識してもらうにはどうしたら良いのか。って話をしてるんだよ」
「その女がシルヴィア様のわけがないだろうが!」
「おいシルヴィ、認識阻害の魔法をさっさと解け。もう面倒になってきた」
何を馬鹿なことを言っているのか。と表情で語ってくるユーウェインにうんざりとしてきたので投げやりにそう口にする。
まぁ、投げやりに言ったその言葉の通りにシルヴィアが魔法を解くとは思っていない。
「えぇ!?無理だよ!?今回は本当にお忍びで来ているんだからね!?」
「楽で良いだろ?」
「楽かもしれないけど普通に考えてダメだよ!」
「そうでもしない限りこの二人はずっとこんなもんだと思うぞ」
「……それは、そうかもしれないけど……」
実りのない言葉のやり取りを繰り返す俺とシルヴィアだが、本当に何も進展しない。
そんな俺たちを見てシャロがおずおずと声を挙げた。
「あの、主様」
「どうしたシャロ。何か良い手が思い浮かんだのか?」
「えっとですね、こういう場合はお互いしか知らないことを話せば良いのではないか、と思いまして……」
「なるほど……シルヴィ、そういった話は何かあるのか?」
シャロの提案に確かにそれならばある程度本人だと認識されそうだ。と思ったのでシルヴィアに確認を取る。
往々にして本人たちにしかわからない話、というものは存在しているはずなのでシルヴィアは頷いてくれる。と思った。
まぁ、その予想通りに何かを考えるようにしてからこれだ。ということを思い出したのかシルヴィアは一つ頷いてから口を開いた。
「ユーウェイン」
「何だ?」
「この前の模擬線で僕が斬った右腕は大丈夫?傷跡とか残ってないかな?」
「なっ!?」
「あんまり深くはなかったけど、それでも結構な量の血が出てたから心配してたんだけど……」
「どうしてお前が知っている!?それは騎士団の人間かシルヴィア様でなければ知らないはずなのに……!!」
別にユーウェインにとって恥ずかしい話がある。ということではなく純粋にシルヴィアはユーウェインのことを心配していただけのようだった。
だが当のユーウェインはどうしてそれを知っているのかと酷く動揺をしていた。
それを見て、これは畳みかけるべきだと思ったのかシルヴィアの言葉は止まらない。
「それから野営の準備が出来るようにって練習してたのはどうなったのかな。僕はライゼルさんから色々と教えてもらったから少しはマシになってると思うんだけど……」
「へぇ、ユーウェインみたいな貴族出身の騎士でも自発的に練習するのか」
「うん、ライゼルさんの話だとユーウェインはこの間の盗賊団の討伐以来自分で色々と調べて練習してたんだって。他にも野営だと自分たちで食事をどうにかしないといけないからってことで料理にも手を出すべきか悩んでるとか」
「料理か……料理か」
料理、と聞いてついシャロへと視線を向けてしまった。
そしてそれが偶然シャロと目が合う形になってしまったせいか、シャロは俺がどういうことを考えたのか察したようでムッとしたような、というよりも少し拗ねたような反応を見せた。
「主様の意地悪……」
そしてぷいっとそっぽを向いたシャロに苦笑を漏らしながら謝る。
「悪い悪い。シャロだって練習してるもんな」
「そうですよ!ちゃんと練習して、この間は桜花さんから卵焼きが上手に出来てたって褒めてもらいましたから!」
「桜花が褒めるレベルで卵焼き作れるのか……」
「はい!ですからちゃーんと上達しています!それなのに主様はああいう態度を取るのだから、そういうのはダメだと思いますよ!」
「……子供ってのは、成長が早いって本当だよな……よく頑張ってるよ、偉い偉い」
桜花は料理に置いては妥協を許さない。
それは酔い隠しの狐で提供する料理を手掛け続けているから。夫となる白亜の胃袋をがっちりと掴んで放さないようにするために腕を磨いていたから。という理由がある。
そういえば可愛い子供の為にもっと腕を磨かなければならない。と俺を見ながら言っていたのはどういう意図なのだろう。
まぁ、きっと完全に俺のことを自分の子供のようなものとして考えてはいそうだ。
何にしても純粋に成長の早いシャロに感心しながら、頑張って腕を磨いているシャロを褒めるべきだと思いそう言ってから頭を撫でる。
優しく、というよりも少し強めに撫でる。
「えへへ……そうです、頑張っている私はちょっと偉いと思います!」
拗ねていた様子がなくなり、ふにゃっと頬を緩ませて、それでいて何処となくドヤ顔でそう言ったシャロ。
こうした姿は最近よく見るが、やはり子供のこうした姿は微笑ましい。
それがシャロという時点で俺の中ではその比ではなくなってしまうのだが、まぁ、現状は気にしなくても良いと思っておこう。
「アッシュとシャロは本当に仲が良いようで羨ましいね……」
「うん、僕もそう思うよ。アッシュは僕に対する扱いが結構雑だったりするからね。あ、だからってシャロみたいにして欲しいってわけじゃないよ?」
「流石にあれは恥ずかしい、かな?」
「あはは……そういうわけじゃないんだけど……何て言えば良いのかな。もっとこう……親友みたいな関係性を築いてみたいよね?」
「わかるよ。僕もそういう関係には憧れているからね。あぁ、勿論誰でも良いってわけじゃないけど」
「うん、それは知ってる。前にアッシュのことを話してる時にそういう話を聞いたからね」
シャロを撫でている間、アルとシルヴィアはそんな会話をしていて、ユーウェインは何か考え始めていた。
まぁ、たぶんシルヴィアの話を聞いてもしかしたら。と思い始めたのだと思う。
そしてそれはアルも同じようでシルヴィアをじっと見つめていた。
「もう一押し、って感じか」
「本当にシルヴィア様、なのかな……」
「シルヴィア様だとして、俺は……!」
神妙な表情のアルと先ほど自分がどういう言葉をぶつけたのかを思い出して顔色が悪くなるユーウェイン。
今回は認識阻害の魔法が原因なのでシルヴィアが気分を害することはないと思うのだが、それでも第三王女に対しての口の利き方としては致命的だと思う。
まぁ、それを言うならシルヴィアだとわかって扱いが雑な俺の方が致命的なのだが。
「んー……もう一押し、もう一押し……あ、そうだ。聖剣を見せれば良いんだ」
「あぁ、確かにそれはもう一押しになりそうだな」
「でもシルヴィさんは武器を持っていませんよね?」
「シャロの神樹の刃と同じだと思うぞ」
「あ、な、なるほど……失念していました……」
そう言ってシャロは恥ずかしそうにしていたが、俺としてはわざわざそんな手段を取る冒険者の方が少ないので仕方がないと思う。
というかシャロは基本的に荒事から離れているので失念していたとしてもおかしくはない。
「えっと……我が手に来たれ!」
シルヴィアが武器を呼び寄せるための呪文を口にすると同時に、シルヴィアの手には一振りの剣が握られていた。
冒険者が扱うような武骨な剣とは異なり、美しいとすら表現できるような洗練されたデザインのその剣こそが勇者の証とも言える聖剣だ。
とはいえ、それを持ち出して冒険者や騎士に見られても困るのでシルヴィアの手に握られた後、一拍遅れて俺が玩具箱から布を取り出し、それを聖剣へと被せる。
「え?」
「シルヴィ、聖剣も見られたらダメだろ」
「あー……そうだね……まぁ、アッシュが対処してくれたから問題ないよね!」
「はぁ……アル、ユーウェイン。これが聖剣だってのは二人ならわかるよな?それで聖剣を持ってるのが誰なのか。それもわかるよな?」
二人には見えるように布をずらせばアルは得心がいった。というように一つ頷いた。
だがユーウェインは完全に動きを止め、冷や汗を流し始めた。
「そうか……これが団長の使っていた認識阻害の魔法を受けた側の感覚か……シルヴィア様だとは認識出来なかったとはいえ御無礼を申し訳ありませんでした。今までの無礼の数々をお許しください」
「僕は気にしてないから大丈夫だよ。それよりも……」
「それよりも、何でしょうか?」
「こうやって変装してる時は僕のことをシルヴィって呼ぶように!良いね?」
「そ、それは……恐れ多いと申しましょうか……」
「変装してるのにシルヴィア様、何て呼ばれたら意味がないでしょ?だから恐れ多いとかそういうのはなしにして、他の人に気づかれないように協力して欲しいんだ。それとも……あんまりやりたくないけど命令って形にしないとダメかな?」
流石に愛称となるシルヴィと呼ぶのは恐れ多いとアルは呼べないと口にしたが、困ったように眉尻を下げて命令でなければダメなのか。とシルヴィアが問う。
それを受けてアルは少しだけ考え込んでから俺を見た。
「呼んでやれば良いだろ。本人もそう望んでるんだからさ」
「……うん、そうだね。わかりました。では次からシルヴィと呼ばせていただきます」
「うん!あ、それともっと砕けた調子で話してよ?怪しまれるといけないからね!」
「えっと……わ、わかったよ、シルヴィ」
戸惑いながらも砕けた口調でシルヴィと呼ぶアル。
それを聞いてシルヴィアは嬉しそうに笑顔を浮かべているのを見て、アルは何処となくほっとしたような様子を見せていた。
ただそんな二人とは裏腹に固まったまま動かず、冷や汗が尋常ではない状態になっていた。