168.調査班の五人目
「あぁ、そういえば……アル、一つ聞きたいことがあるんだけど良いか?」
シャロが落ち着くまで、と思ったがふと思い出したことがあったのでアルに訊ねることにした。
「え、あぁ、何かあったのかい?」
「もう一人いるって話をライゼルから聞いたけどそいつは騎士なのか?」
「……え?」
「どういうことだ?団長からは何も聞いていないが……」
「いや、確かもう一人こちらから付ける。とか言ってたはずだ。騎士、とは言ってなかったけど聞いていないのか?」
確かライゼルから騎士とは別に一人、という話があったはずだ。
誰を、というのは聞くだけ意味がないと思っていたのと、アルなら知っているはず。と思っていたのであまり気にしていなかった。
だがアルとユーウェインが俺たちの下まで来てから他には誰も近寄って来ない。
「僕たちは何も聞いていないね……」
「あぁ……おい、お前の記憶違いとか、そういうことじゃないのか?」
「記憶違いか……シャロ?」
シャロも一緒に話を聞いていたので確認しようと思いシャロの名前を口にしながらシャロを見る。
その瞬間、アルとユーウェインの二人の様子が一瞬だけ張り詰めた物に変わった気がしたが、どうしたのだろうか。
「え、あ……そうですね、昨夜聞いた話だと私と主様、アルさんと……ユーウェインさん?以外にも、もう一人いるという話でしたね」
「シャロも聞いてたみたいだから記憶違いってのはないな」
記憶違いではないと結論を出して、それならばどうしてアルとユーウェインはライゼルから何も聞いていないのだろうか。
四人で疑問符を浮かべながらとりあえず五人目のことはなかったものとして四人で行動する。ということを提案しようとしたところで何やら視線を感じた。
誰かに見られている。そう思ってその視線の主を探すと冒険者たちの集団の中に見覚えのある顔を見つけた。
それと同時についつい嫌そうな、本当に心底嫌そうな表情を浮かべてしまったと思う。
「え、あ、主様……?」
「アッシュ、何だか凄い顔になってるよ……?」
「……おい、何かあったのか?」
「クソほど面倒な相手がいた」
今のような状況ではなく、王都で顔を合わせたのであれば話くらいは普通にするが、この場で顔を合わせるということは非常に面倒なことになる。
とりあえず、俺がこんな状況になってから言えることは一つ。
「アル、ユーウェイン」
「ん、何かな?」
「……何だ?」
嫌そうな俺とは対照的に、悪戯が成功した子供のように笑っている人物から目を離さずに言葉を続ける。
「王都に戻ったらライゼルをぶっ飛ばすけど邪魔するなよ」
「邪魔するよ!?」
「団長をぶっ飛ばすと言われて許すわけがないだろ!?」
「主様、何がどうなってそういう考えに至ったのかわかりませんけど……やめましょうね?」
そんなことを言いたくもなる。
ライゼルが言っていたもう一人は冒険者の集団から外れて俺たちの下へと歩み寄ってくる。
「はぁぁぁぁ……」
「大きなため息ですね……どうかしたのですか?」
「さっき言ってたもう一人が来てる」
「え?」
「見知った顔だな。荷物が増えたような、そんな気分だ……」
俺の心情など知らない五人目へとシャロたちが目を向ける。
歩いて来るのは黒髪の少女。
「……見覚えがある、ような……?」
「おい、誰だあれは」
「え?あ、主様……どうして、あの方が……?」
「ライゼルに謀られたってところか。まぁ、良い。アル、ユーウェイン」
「何かな?僕はあの子が誰だったか思い出そうとしているんだけど……」
「俺は見覚えがない。あれは誰だ?」
「聞けよ。とりあえず、二人で面倒を見るようにしてやれ。俺は今回の依頼は面倒を見るようにはなってなかったから基本的に放置するからな」
そう告げると困惑と疑問符を浮かべるアルとユーウェイン。
まぁ、誰が来たのか理解したならばちゃんと面倒を見てくれることだろう。
そんな風に考えていると俺の前へとやって来た五人目は意気揚々と挨拶をしてきた。
「こんにちわ!どうかな?びっくりしちゃった?」
「あぁ、あのバカは何やってるんだろうな。とりあえずオークに単身武器なしで突撃でもさせてやろうか。って思うくらいにはびっくりしたな」
「いやぁ……アッシュがそんな風に言うってことは相当びっくりしたみたいだね!あ、シャロもこんにちわ。二日ぶりだね」
「は、はい……えっと、こんにちわ、シルヴィさん」
俺にとっては嫌がらせか何かかと疑いそうになる悪戯と、愛称で呼ばれたシルヴィアはニコニコと笑顔を浮かべている。
そして本当に嬉しそうに、楽しそうに口を開いた。
「アッシュはもう気づいてると思うけど、僕が君たちの調査班の最後の一人になるからよろしくね」
「面倒はアルとユーウェインに見てもらってくれよ」
「大丈夫だよ、誰かに面倒を見てもらわないといけない。そんなことをずっと続けるわけにはいかないからさ。僕は自分のことは自分で面倒を見るよ」
「そうだと良いんだけどな……」
たぶん何処かで何か問題が出てくると思う。
いや、オークの繁殖の凄惨さを見ることになるのだから必ず問題が起こる。
シャロは何かあった際には俺が手助けするが、シルヴィアは自分でどうにかしてもらうつもりでいる。
最初からシルヴィアの面倒を見る。ということが依頼の中に組み込まれていればその限りではなかったが、ライゼルは事前に俺にこのことを教えなかった。
であればそこまでする義理はない。それに勇者としての旅が待っている以上は何もかも俺が手を出さなければならないようでは話にならない。
「……えっと、シルヴィ、だったね?僕はアル。よろしく」
「…………俺はユーウェインだ」
そうして考えているとアルとユーウェインがシルヴィアへと声をかけていた。
それを聞いて違和感を覚えた俺は口を開く。
「なぁ、何でわざわざ名乗ったんだ?」
「え?」
「何がだ」
「いや、今更自己紹介は必要ないだろ」
「必要じゃないかな。たぶん初めて会うはずだよ」
「あぁ……見覚えがない相手だからな。まぁ、同じ調査班になるなら名乗るくらいは必要だ」
どうやら二人はシルヴィアだと気づいていないらしい。
俺は一目見てすぐにシルヴィアだとわかった。ならば普段からシルヴィアと接することのある二人ならすぐに気づきそうだと思っていたのだが、どういうことだろうか。
「えっと……お二人は本当に気づいていないのですか?」
「気づいていない?何のことだかわからないんだけど……」
「……何かあるのか?」
「いえ、だって……」
そこまで言ってからシャロがシルヴィアを見ると、シルヴィアは少しだけ困ったように笑ってから口を開いた。
「えっとね、実は認識阻害の魔法を使ってるんだ。だからアルもユーウェインも気づいてないんだよ思うよ」
「あぁ、そういうことか……とはいえ、それを解除すると騒ぎになるよな」
「多分ね。でもそうだと認識されればこの魔法は意味がない。って聞いてるから説明したら良いんじゃないかな?」
「なるほど。なら今後のことを考えて説明しておいた方が良さそうだ」
シルヴィアとそう話を付けてからどういうことなのかわかっていないアルとユーウェインに説明を始める。
「認識阻害の魔法を使ってるからわからないかもしれないけど、シルヴィアだ」
説明と言うにはあまりにも投げやりな物だったが、それを聞いたアルとユーウェインの二人はぽかんと間抜けな表情へと変わった。
そしてシルヴィアの顔をまじまじと観察してから口を開いた。
「……いや、シルヴィア様ではない、と思うよ?」
「あぁ、シルヴィア様はもっと可憐なお方だ。この女とは似ても似つかないな」
「んー……認識阻害の魔法って強力なんだね……アッシュには通用しなかったから大したことないのかと思ってたけど、僕が思っていたよりも効果があるみたい」
そこで一度言葉を切り、ユーウェインを見る。
「でも……仲間からこう言われるってなると、ちょっと辛いものがあるね……」
そんな言葉を零してから少し悲しそうな表情を浮かべるシルヴィアに対して流石にユーウェインも気まずくなったようで目を逸らした。
アルはそんなユーウェインを非難するような目で見ていて、シャロは不思議そうに俺とシルヴィアを見ていた。
それからこそこそと俺に話しかけて来たので俺も同じように返すことにした。
「えっと……主様は一目でシルヴィさんのことを誰かわかったんですよね?」
「あぁ、この程度でシルヴィを見間違うことはないさ」
「そんなに付き合いもないのに、よくわかりましたよね……」
「髪の色、髪型、認識阻害。それくらいならどうにでも。それに……」
「それに?」
「……いや、何でもない。あぁ、そうだ。シャロが普通に俺たちの話を受け入れられたのは認識阻害の魔法をふわり解けてが無効化したからだろうな」
今の変装したシルヴィアのことを勇者であるシルヴィア本人だ。と言っても認識阻害の魔法がある以上すんなりとは納得されない。理解されない。
だがシャロにはふわり解けてという魔法に対して非常に強力な対抗手段を持っている。
もしそれがなければシャロは俺の言葉をあんなにすんなりとは受け入れることはなかったはずだ。
「なるほど……でも、そういうことでしたらアルさんとユーウェインさんにはどうやってシルヴィさんのことを理解してもらえば良いのでしょうか……?」
「そうだな……」
どうしたものか、と考えてからふと思いついたことがあった。
「むー……何だか意地悪な時の主様の顔になってます……」
「あぁ、意地悪なことを考えてるからな。まぁ、見てろって」
シャロに言われるほど悪いことを考えている顔になってしまっていたらしい。
事実として悪いことを考えているのだから仕方がない。
「なぁ、ユーウェイン」
「何だ?」
「シルヴィアのことをさっきは可憐だって言ってたよな?」
「あぁ、事実としてシルヴィア様は可憐なお方だ。だが勿論、可憐なだけではない。真剣に剣を振るう姿は凛々しく、イシュタリア様へと祈りを捧げる姿は美しく、民を想い憂う姿は慈愛に満ちている」
「へぇ……随分とシルヴィアのことを見てるんだな」
「……別に良いだろう」
そう言ってユーウェインはそっぽを向いてしまった。
耳が赤くなっているので自分が何を言っていたのか、それを理解したらしい。
何だかんだと言っても思春期を過ぎたか過ぎないか、という程度の年齢ということもあってかなかなかに初々しい反応をしてくれる。
だがそんな言葉をかけられることとなったシルヴィアは少しだけ困ったように眉尻を下げていた。
「んー……ユーウェインもお世辞を言うんだね……」
「普段は口にしないのか?」
「うん。僕としてはお世辞とか言われない方が気楽なんだけどね」
ユーウェインはお世辞で言っているわけではないと思うのだが、シルヴィアにとってはあれはお世辞らしい。
そのことについて少し呆れてしまったが、それを顔に出さないようにして俺とシルヴィアの会話を聞いて怪訝そうにしているアルを手招きして、とりあえずはアルにシルヴィアだと認識してもらうことにした。
とはいえ何をすれば納得してくれるのだろう。いっそのこと認識阻害の魔法を解いてもらおうか、などと考えながら、何故か手招きしていないシャロとシルヴィアまでひそひそ話に参加しようとしている姿に苦笑を漏らしてしまった。