164.偽名というよりも愛称
とりあえず最低限の挨拶と自己紹介は終わった物として話を進めようと思う。
まぁ、しなければいけないような話はほとんどなく、ちょっとした世間話程度の物になるとは思うのだが。
「そういえば……あれからアッシュは何もなかった?」
そう思っていたのだが、シルヴィアに先手を取られた。
「王都に戻ってからか?特には何も……って言いたいところだけど、騎士団団長、憲兵団団長、ギルドマスター、それから北方の貴族四人を相手にちょっとした尋問みたいなことは今日あったな」
「それって大丈夫だったの!?どう考えても普通に集まるような人たちじゃないよね!?」
「色々あったんだよ。まぁ、一番大きかったのは北の国境付近にオークが現れたって話だけどな」
「……それ、詳しく聞かせてもらっても良いかな」
オークの話を口にするとシルヴィアは真剣な表情に変わり、詳しく聞かせて欲しいと言った。
「詳しく、って言われてもな。俺が聞いた話だと北の国境付近、あの山脈を沿うようにしてオークの被害が出てるって話だ。まぁ……被害の出方とかを見る限り相当な数がいること、それに伴って繁殖が行われていること、それらの調査の為に憲兵団から人が出てて騎士団もその編成は終わってるらしい」
「オークの被害が……でも、どうしてそれをアッシュに?」
「ライゼルが言うには俺に騎士団のサポートをして欲しいみたいだな。まぁ、騎士団全体のサポートじゃなくて調査の為に分けられた極少数で作られた調査班のサポートだろうけど」
騎士を二人と俺とシャロの四人なので分隊と言うよりは調査班と表現することにした。まぁ、人が多いと今度は俺が動けないのでそのくらいの人数になってしまうだろう。
もしかするともう一人か二人くらいは増やせるのかもしれないのだが。
「ライゼルさんは随分とアッシュのことを高く評価してるみたいだね……」
「何処かの誰かさんが俺の話をしたみたいでな」
「…………あ、アルならアッシュの話をしてそうだよね!」
「アルもしてそうだな。他にも心当たりがあるんじゃないか?」
「ユーウェインかな?」
「主様もシルヴィアさんもわかってやってますよね」
俺もシルヴィアもわかって言っている。そんな下らないやり取りを見ていたシャロが何処となく呆れを含んだ声でそう言って来るのも仕方がない。
まぁ、普段から白亜や桜花、ハロルドにテッラと言った面々と同じようにお互いにわかっているのにはぐらかすようなやり取りをしているので当然のことだ。
「俺はわかってやってる。シルヴィアは誤魔化したりしたいだけかもしれないけど」
「えー、僕もわかってやってるよ」
「そうかそうか。それならどうしてライゼルに俺のことをあれこれと言ったのか、聞かせてもらえるんだよな?」
「えっと……何があったのか、って聞かれてアッシュに助けてもらったって話をしただけだよ?その時に色々とアッシュってすごい!って話もしたけど……」
「別にすごいって言われるようなことは何もなかったと思うんだけどな……」
俺は俺の出来ることをしただけでそこまで凄いと言われるようなことはないと思う。
イリエスとのことであればそう言われてしまう可能性も零ではないが、シルヴィアはそのことを知らないはずだ。
「僕にとってはすごいなぁ、って思うようなことばかりだったよ?」
「それはシルヴィアに出来ないことが多いからだろ。これから勇者として旅をしないといけないんだから色々と出来るようになっておいた方が良いと思うぞ」
「あはは……それは僕も痛感したよ。でも全部は一気に出来るようになれないからまずは野営の準備とか、その辺りを出来るようになりたいね」
「野営の準備か。そういえばシャロはその辺り出来るのか?」
前回シルヴィアは野営の準備が出来なかったことでそのリベンジ。ということだろう。
その話を聞いてシャロはどうなのだろうか、と思ってそう聞いた。
出来なくても不思議ではないが、実は出来ます。と言われても納得してしまいそうだ。
「私ですか?一応出来ますよ」
「え?」
「へぇ……誰に教えられたんだ?お母様か?」
「いえ、里の皆さんに教えてもらいました。私がいた場所ではそうした野営も時には必要になりましたから。あ、でも……私の場合は一応教えてはもらいましたけど必要な状況にはまずならないだろう。とのことでしたよ」
「そうか……教えてもらっておいて良かったな」
「そうですね……近々、私はちゃんと野営の準備が出来ることをお見せします!」
気合充分、というようにシャロがそう言っているのを微笑ましく思っていると視界の端でシルヴィアが信じられない。とでも言いたげな表情でシャロを見ていた。
何故か、と少し考えてすぐにその原因に思い至る。
「……シルヴィア。シャロは野営の準備が出来るらしいぞ」
「人の傷口を抉るのはやめてもらえるかな!?」
「いや、あからさまな反応をしてたからつい……」
「主様、ついでそういうことをするのはダメだと思いますよ」
「だな。悪かった、シルヴィア。野営に関してはこの先出来るようになれば大丈夫だから気にするなよ」
「シャロの言うことは素直に聞くけど容赦なく僕の傷口に塩を塗りたくっていくのやめない?」
別に傷口に塩を塗りたくっているつもりはない。
単純にやり方を学んで野営の準備が出来るようになれば良い。という意味で言ったのにシルヴィアには穿った捉え方をされてしまった。
「やれやれ……思ったことを口にしただけなのに、随分と酷い勘違いをされたな……」
「主様の言い方が悪かったからだと思います。それと、直前のやり取りとか」
「うん、直前に傷を抉られてなければ素直に受け止められたと思うよ」
「そうか……ならそういう意図はなかったってわかったんだから素直に受け止めておいてくれ」
「悪びれもなく言われてもね……まぁ、今回は素直に受け止めておくよ」
怒っているわけではないようで、そう言った際のシルヴィアは何処となく楽しそうだった。
もしかするとこうしたふざけたくだらないやり取りがしてみたかったのかもしれない。
先ほど普通の友達みたいに、ということを言っていたので間違いないだろう。ここまでくだらないやり取りかどうかは置いておくとして。
「シルヴィアさんは何だか楽しそうですね」
「うん!すっごく楽しいよ!傷口を抉られたり塩を塗られたりもしたけど、こういうやり取りって憧れてたからね!」
「根に持ってるな」
「それは仕方がないことだと思いますよ」
「まぁ、俺が悪いわけだしな。それで、話は戻すけどオークの話を聞こう何て思ったんだ?」
話を強引に戻してシルヴィアがオークのことを聞こうと思った理由を問う。
もしかすると前回のように自分も参加したいとでも言いだすつもりなのではないか、という考えが頭を過ぎる。
「え、いや……ちょっと気になっただけだよ!アッシュは気にしないで良いからさ!」
「怪しいな……」
「あ、怪しくはないと思うんだけどなー……あ、それよりもそろそろパンケーキが来るんじゃないかな!?」
わかりやすい誤魔化し方をするシルヴィアだったが、事実としてフィフィがパンケーキや苺のタルトを持ってこちらへと向かって来ようとしていた。
「はぁ……シャロ、フィフィがいる近くにいる間はシルヴィアの名前を呼ぶなよ」
「あ、はい。わかりました。それでは何と呼びましょうか?」
「んー……何て呼んでもらえば良いのかな……」
「シルヴィで良いんじゃないか?」
「それは偽名というよりも愛称ですよね?」
「変に捻った偽名よりも愛称の方が気づかれないこともあるんだよ。大体、第三王女のことを愛称で呼ぶような奴がいると思うか?」
「……普通はいませんね」
「シルヴィかぁ……シルヴィかぁ……!」
俺とシャロがそんな話をしているとシルヴィアは何故か非常に嬉しそうに愛称を口にしていた。
シャロと二人で疑問符を浮かべ、首を傾げてながらシルヴィアを見ていると俺たちに気づいてから顔を赤くして俯いてしまった。
どうやら恥ずかしくなったらしい。まぁ、傍から見ていて何をやっているのだろうか、とは思ったがそこまでなのか。
「あ、えっと、その……愛称で呼んでもらえるって、良いよね!僕ってそういう風に呼ばれたことがないからこう胸に来るものがあるというか、ね!とにかくこれからはシルヴィって呼んでくれると嬉しいからよろしく!」
パッと顔を上げてから弁明を始めたシルヴィアだったが、どうやら愛称で呼ばれることが嬉しいようだった。
そして今後は愛称であるシルヴィと呼んで欲しい。とのことだった。
「その格好の時はそれで良いけど、元の格好の時は普通にシルヴィアって呼ぶからな」
「何で!?愛称で呼ぼうよ!ね!?」
変装をしていない時はシルヴィアと呼ぶ。と言えばシルヴィアは信じられないことを聞いた。とでも言うような反応を返してきた。
そしてすぐに愛称であるシルヴィと呼ぼうという提案という名の要求をして来る。
「いや……どっちの格好の時もシルヴィって呼んでたら普通に勘付かれるだろ」
「主様が二人の方を同じ名前で呼んでいる。となれば同一人物なのでは?となってもおかしくはありませんね」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「諦めろ。どうせ俺やシャロと顔を合わせるのは変装してる時くらいだろうしな。それよりもフィフィが鳴かない金糸雀の効果範囲内に入るからこの話は終わりだ」
「うっ……わ、わかったよ……で、でも!ちゃんとシルヴィって呼んでくれないとダメだからね!?」
フィフィが来る。ということでシルヴィアの名前は出せなくなる。
また元の恰好、今の恰好、という話をするのは不自然であり、するべきではないと理解しているシルヴィアは渋々引き下がった。
だがそれでもシルヴィと呼ぶように、と強く要求してくる辺り本当に愛称で呼ばれるのを気に入ったらしい。
「わかったわかった。だから大人しくしろよ、シルヴィ」
「……えへへ……」
愛称で呼ぶと嬉しそうに笑みを浮かべるシルヴィアは第三王女だとか勇者だとか、そういった存在には見えず、本当に年頃の少女にしか見えなかった。
きっとシルヴィアはこうした年頃の少女のような姿こそが素の姿なのだと思う。
普段は第三王女としての、勇者としての振る舞いを心掛けているのだろう。
だがそうするばかりではいつか圧し潰されてしまう可能性もある。だからこそ俺のような第三王女として扱うでもなく、勇者として扱うでもない俺に懐いているのかもしれない。
そう考えると懐かれて面倒だ、という想いとは別に多少なら構わないな、とも思ってしまう。
まぁ、普段それなりに気を張らなければならないシルヴィアがリラックス出来るというのであればたまにはこうして相手をするのも悪くはないのかもしれない。