162.鳴かない金糸雀
何を言っても俺が聞き流していることを悟ったシルヴィアは拗ねたようにむくれながら、それでいて大人しく俺の後ろをついて来る。
このまま放っておいても良いかと思ったが、折角ピースフルで話をするならフィフィの言っていたように追加注文することになるだろう。
「シルヴィア」
「…………何?」
返事までの間と声から僕は怒っている。ということが伝わってくる。
まぁ、それがいつまで続くのか、少し楽しみだ。
「甘い物は好きか?」
「甘い物?うん、好きだけど……」
「そうか。なら話のついでに何か頼むと良い。お勧めはパンケーキだな」
「パンケーキ?」
「あぁ、他にも色々あるけど最初はそれが良いかと思ってな」
そんな話をしながらピースフルに、というよりもシャロの待つ席へと戻った。
シャロの表情が見える段階で思っていたのだが、明らかにむくれている。
拗ねているというよりも怒っていることが原因だと思うが、いきなり飛び出せばそうもなるかと納得する。
「シャロ、悪いな」
「……主様が何を思って席を立ったのかわかりませんでしたけど、まさか女の人に声をかけて来るとは思いませんでした」
今までに見たことのないジト目を披露するシャロに、そんな目が出来たのか。と妙な感心をしてしまった。
だがいきなり飛び出したことに怒っているのではなく、俺がシルヴィアを連れてきたことに対して怒っているようだった。
確かに良く考えなくてもわかることだが、どう考えても俺がナンパをするために飛び出して、成功させて帰ってきたように見えるだろう。
「事情があってな」
「事情ですか……」
「あぁ、その事情を説明する前に……」
シルヴィアを見る。名前を明かしてしまっても良いのかどうか考えてのことだが、シルヴィアには意図が伝わらなかったようで首を傾げていた。
これが白亜たちやハロルド、テッラやアナスタシアであれば確実に通じていると思うのだがやはりシルヴィアが相手ではそうはいかないか。
「名前を教えても良いか?」
「名前?うん、別に大丈夫だけど……主様ってどういうことなんだろ……?」
たぶん何も考えずに名前を教えても良いと言ったシルヴィアに対してため息を一つ零してから玩具箱の中からマジックアイテムを取り出す。
このマジックアイテムの見た目は、小さな鳥籠の中に小鳥が蹲っている。と表現するのが良いだろう。
それとシルヴィアの言葉の後半はしっかりと聞こえていたが面倒なので聞こえなかったフリでもしておこう。
「鳥籠と、小鳥?」
「それにしては小さすぎるような気がしますね……」
「マジックアイテムだ。この小鳥は生き物じゃないから気にしなくて良いぞ」
「マジックアイテム!?え、嘘、本当にそんな珍しい物持ってるの!?」
「あぁ、ちょっとしたコレクターみたいになってるからな」
元々は手札は多い方が良いと思って集め出した物だ。まぁ、使わない物も多いのでコレクターと言っても嘘ではないので良いだろう。
「主様は色々なマジックアイテムを持っているようですからね……他にもあるのですよね?」
「それなりには集めたからな……色んな場面で使えるから便利だぞ?」
「んー……アッシュってば謎が多いよね……」
謎が多いと言われても困る。
誰であろうと生きていれば様々な秘密を抱えることになるはずだ。
俺の場合はそれが他人よりも多い、ということはあるが謎というほどでもないだろう。
「確かに、主様には謎が多いと思います!主様と一緒に生活をしていても主様のことでわからないことは多いですよ!それに……信じられないようなことを隠していることもありましたよね?」
信じられないようなこと、というのはきっと加護やイシュタリアとの関係についてだと思う。
ただそれをはっきりと口にしないのは他人に聞かせるべきではないとシャロも理解しているからだろうか。
「俺にしてみればシャロも充分に謎ばかり、って感じなんだけど……いや、そんなことは今は良いか」
そうだ、今はそんなことよりもこのマジックアイテムについての説明をしなければならない。
「今はこれの説明の方が先だからな」
言ってから取り出したマジックアイテムをスッと押してテーブルの中央へと動かす。
「まずは名前から、ってのが普通だな。こいつの名前は――」
「鳴かない金糸雀」
「……博識だな、フィフィ」
フィフィが紅茶を持って来ているのはわかっていた。
わかっていたからこそシルヴィアの名前を呼ばないようにしていたが、まさかフィフィがこれの名前を知っているとは思わなかった。
「製作者はフィンチという名の男性でマジックアイテムを数多く手がけ、その悉くが失敗作となる中で唯一完成することになったのが当時フィンチ氏が大切な家族として飼っていた金糸雀の死骸を利用したこのマジックアイテムです」
「効果は一定範囲内の音を範囲外に聞こえなくするって効果で人に聞かれたくないような会話をする時に使えるな。とはいえその範囲内に入りさえすれば普通に聞こえるからマジックアイテムとしては弱い部類に入るんじゃないか?」
「効果範囲は鳴かない金糸雀を中心に半径約十五メートルほどですが、そういった音を外部に漏らさない魔法というものが存在していることもあり、非常に効果の弱いマジックアイテムであることに間違いはありません。とはいえマジックアイテムというのはその効果は当然のことですが完成に至る過程や完成後にどのような人物の手に渡り、どのような事象を引き起こし、どのような惨劇や悲劇、喜劇の中にあったのか。はたまた人の手に触れ得ぬまま永い時を過ごしたのか。そういった事柄も価値に付加されるのですよ」
コトリと音をさせて紅茶を俺とシャロ、そしてシルヴィアの前に置きながらフィフィはそう言った。
いつもの姿からは想像も出来ない程に知的で、何処となく怜悧な表情を浮かべているフィフィだったが、その瞳の中には喜悦の色が浮かんでいた。
「フィフィ、さん……?」
「……あ、ごめんなさぁい。ついつい変なことを話しちゃいましたねぇ」
シャロがそんなフィフィに戸惑いながら名前を呼ぶと、先ほどまでの様子がスッと消え、いつものフィフィがそこにいた。
困ったようにたはは、と笑いながらそう言って手に持ったお盆で顔を隠すようにしたが先ほどまでの様子をなかったことには出来ない。
そう思っているのは俺だけのようで、シャロは未だに困惑していて、シルヴィアはどうしたら良いのかと俺とフィフィへと交互に視線を動かして現状の理解に努めようとしていた。
「フィフィはマジックアイテムについて随分と詳しいみたいだな」
「……いやぁ、実は昔からマジックアイテムに興味がありましてぇ……」
「興味がある、って程度でこれの名前がすぐにわかって、簡単な経歴を言えるってのはどうにもおかしいと思うんだけどな」
「えーっとぉ……お、乙女の秘密ということでぇ……」
目を泳がせながら、お盆で俺の視線を切るようにしてそう言ったフィフィは明らかに何かを隠している。
だがそれについてあまり言いたくはないようだった。
まぁ、本人が隠しておきたい、もしくは教える気がないというのなら放っておくのが良いだろう。
とはいえ、少しくらいならちょっかいをかけても大丈夫なのではないか、とい悪戯心が湧いてくる。
「そういえば……」
「な、何ですかぁ?」
「シャロの被ってる帽子だけど名前は何だったかな」
「ふわり解けてですね」
実は隠す気などないのではないか、と思えるほどの即答だった。
というか、以前にあれを素敵な帽子と言ったのはふわり解けてだと理解してのことだったのか。
「マジックアイテムの中でも普段から身に付けていても違和感がなく、魔法を無効化する効果は不意討ちや闇討ちに対して非常に有用です。勿論、真っ向勝負となった場合でもその効果は衰えることはありませんからふわり解けては対魔法使い用のマジックアイテムとして最上位に入るのではないかと思います」
「隠す気あるか?」
名前を口にするだけではなくそれに対しての所感まで口にするようでは隠す気がないと思えてしまう。
だからこそ率直にそう聞いてみたのだが、それをなかったことにするようにこう言った。
「あ、そういえばぁ……追加のご注文などはありますかぁ?」
「誤魔化せると思うなよ?」
「当店お勧めのパンケーキなどは如何でしょうかぁ?」
再度お盆で俺の視線を切りながら、俺を見ないようにしながらシャロとシルヴィアに対してそんなことを言い始めたフィフィに呆れてしまう。
これはもはやネタでやっているのではないか、とも思ったのだがどうにもフィフィは本気でやっているらしい。具体的に言うのであれば俺の視線を切る為に必死でお盆を使ってガードしている。
俺が少し動くだけでササッとお盆を動かし完璧に視線を切って見せるフィフィに呆れ半分感心半分といったところだ。
「え、あ、えーっと……そ、それならパンケーキを頼もうかな……?」
「あ、それでしたら私も……」
「苺のタルトですねぇ?」
「はい!三倍です!三倍!」
「三倍……?」
「あぁ、苺のタルトに乗っている苺の量が通常の三倍になるらしい」
「へぇ……そうやって増やしたり出来るんだ……」
「そうなんですよぉ。パンケーキの場合はアイスとメープル、チョコレートのソースが増量出来ますねぇ」
「…………ぼ、僕も二倍とかにしてもらっても良いかなっ?」
フィフィの言葉を受けてシルヴィアは微妙な間を開け、少しだけ喜色を含んだ声でそう言った。
パンケーキのトッピングが二倍になった場合の想像をしていたのだと思うが、食べ物に釣られているようでシルヴィアのことをちょろいと思ってしまった。
まぁ、俺も白亜と出会ったばかりの頃に宵隠しの狐で和食を食べられると聞いて釣られていたので口に出すことは出来ない。盛大なブーメランになってしまう。
「わかりましたぁ。アッシュさんはぁ…………どうしますかぁ?」
「そうだな……それじゃ、俺も苺のタルトを頼もうか」
「三倍ですかぁ?」
「いや、二倍で」
「かしこまりましたぁ……では少々お待ちくださいねぇ」
俺たちから注文を受けたフィフィはそう言って、まるで俺から逃げるようにそそくさと離れて行った。
まぁ、逃げたのだと思う。注文を受けている間もずっとお盆で俺の視線を切り続けた居たのだから確実だろう。
何にしてもフィフィが離れてくれたので鳴かない金糸雀の効果範囲には俺たち三人しかいないことになる。
これならシルヴィアの名前を明かしたとしても他に聞く者はいないので安心して話が出来そうだ。




