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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第三章 希望に満ちて、絶望に翳る
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159.想定外の決意

 オークの群れとの戦闘が予想されること。

 オークの増え方から考えて繁殖が行われていること。

 その繁殖に利用されている人間の姿は子供が見るべきではないこと。

 不測の事態が起こった際のリスク管理のこと。

 そういった様々なことを考えるとシャロがオークの調査に同行するというのは頷けるようなことではなかった。


「ダメだな」


「お願いします!主様のお手伝いがしたいんです!!」


「アッシュ、ただ否定するだけだとシャロは納得しないと思うわよ」


 俺が何を考えてシャロの言葉を拒絶したのか。

 それを言わなければシャロは納得しないと言いながら、ハロルドもどうしてなのか気になっているようだった。

 言葉にこそ出さないがライゼルも俺の様子を窺っているので同じく理由を知りたいのだろう。


「シャロが戦えることは知ってるけど、オークの群れとの戦闘にはリスクがある。それに不自然な点があるって言うなら何か不測の事態があればどうなるかわかったものじゃないだろ」


「大丈夫です。主様の足を引っ張るようなことはしませんから!」


「シャロはやる気みたいよ。どうしてもダメなの?」


 引き下がる様子のないシャロと、そのシャロを援護するハロルド。

 オークの群れということでどういった状況に直面するのか。それを考えればハロルドも俺の考えを理解してくれるはずだ。

 シャロのことを応援したい、ということでそこまで考えることが出来ていないのかもしれない。


「ライゼル。村や町に出てる被害ってのはどういう被害が出てるんだ?」


「畑や家畜、建造物は勿論として……人にも被害が出ている」


「人に出てる被害は死傷者が出てるってだけじゃないだろ」


「あぁ……オークの群れの巣に攫われた村人や町人も多い、と聞いている。それ以外にも旅人や冒険者も同じように被害に合っているだろうな」


 俺が被害状況を確認するとライゼルはそう答えてくれた。

 畑を荒らされ、家畜を殺され、家などを破壊される。オークに襲われたのであれば当然だ。

 だが俺が一番聞きたかったのは人が攫われているという言葉だった。


「攫われたって……」


 言葉を零してからハロルドの表情が苦々しい物へと変わった。


「……そういうことなら、確かにシャロを連れて行けないわね……」


「うむ……世の中には、知らない方が良いこと、知るべきではないことがあるからな……」


 オークは種族的にオスしか存在せず、繁殖をする場合は人型の生物の女を攫い、繁殖のための苗床にしてしまう。

 今回のように数を増やして被害が拡大されているのであればそうした苗床にされた人の数は一体どれほどになるのか。考えたくもない。


「……シャロ、オークが群れを成し、数を増やしてるって状況なら確実に目を覆いたくなるような惨状に出くわすことになる。そんなのものをシャロには見て欲しくないんだ」


 過去に二度。その惨状を目にしたことがある。

 一度目はオークに攫われた娘を楽にしてやってくれ。という依頼を受けた時。

 助けるのではなく、楽にする。ということに疑問を抱いた覚えがあるが、繁殖のための苗床になっている人間を見た時にその言葉の意味を理解した。

 あんな状態で生き永らえたとしてもただ苦しみ続けるだけの地獄が待っている。それならばいっそのこと、という想いで出された依頼だったのだ。

 二度目はオークの子を産んだ娘など必要ないと処分するようにという依頼を受けた時だ。

 依頼主は貴族の当主だったが、そんな娘は嫁ぎ先もなく利用価値がないからと処分していなかったことにする。と言われた際にはやはり貴族というのは屑ばかりか、と思った。

 それでも一度目で見た惨状を思えばそうした方が救われない人間に対しての最低な救いになると考えて依頼を受けた。

 そして、今回の依頼で三度目の、それでいて一度目と二度目よりも凄惨な光景を見ることになるだろう。


「……それは、主様でも、ですか?」


「あぁ、そうだ。あんな光景、慣れることはないだろうさ」


「そうですか……」


「だからまた王都で待っていてくれるか?」


 シャロは本当に俺の手伝いがしたいと思ってくれているのだと思う。

 それは嬉しいことだが、今回は条件が悪い。それにきっとシャロを連れて行けるような状況ではないはずだ。

 

「……主様、どうしても、ダメですか?」


「シャロ?」


「危険なのも、私に見せたくないような物があるのもわかります。でも、どうしても私は主様のお役に立ちたいと思っています」


 真剣な表情で真っ直ぐに俺を見つめるシャロがどうしてそう思ったのか。

 それを聞かずに大人しく待っているように、と言うのは良くないような気がした。

 だからこそ俺は黙ってシャロが言葉を続けるのを待つ。


「私は主様のお世話役として主様の傍にいます。ですが私が主様のお世話をしたことなどほとんどありません。逆に主様にお世話をしてもらうばかりです」


 シャロの言うように基本的には俺が勝手にシャロの世話をしている。

 お世話役として頑張っている。と言ってもそれはあくまでも俺の言い回しについて注意をしたり、ちょっとした気遣いで何かしてもらうことがあるくらいだ。

 本当の意味でお世話役としての何かが出来ているわけではない現実を、シャロは理解している。


「お世話役としての役目が果たせないのであれば、せめて主様のお役に立ちたいと思うことは、いけないことですか?」


 そう思うことは悪くない。だが本当に今回は条件が悪すぎる。

 これがシャロのように幼い子供ではなく、俺と同年代の人間であれば多少の逡巡はするかもしれないが本人の意思に任せるだろう。


「私はまだまだ子供です。でも、主様の傍に立つためには子供だからと危ないことから遠ざかり、目を覆いたくなるような惨状から目を逸らして、いつまでも主様に守られてばかりではいられません」


 何処までも真っ直ぐに、真摯な言葉を紡ぐシャロからは自身の選択によって起こることに対する覚悟が出来ているような、そんな気がした。

 それが俺のシャロを連れて行くべきではないという考え、想いを揺るがす。


「主様が私のことを心配してくれていることはわかっています。でも私だって戦えます。自分の身は自分で守れます。私は、主様の隣に立ちたいのであって、後ろで守られていたいのではありません」


 自己主張などあまりしないシャロが自分の考えをはっきりと口にする姿は普段とは違い、凛とした何処となく気高さを感じさせる姿だった。


「ですから主様、お願いします。私を連れていってください。きっと、今はまだ主様の隣に堂々と立てるほどの力はないと思います。それでも、少しはお役に立てるはずですから!」


 本当であれば、シャロを危険を連れて行くべきではない。それは理解している。

 だが自信がそうしたいという想いを強く持ち、覚悟を決めたようなシャロにそれを言っても意味がないのかもしれない。

 それに既に覚悟が決まっているのなら、それを踏みにじるようなことはするべきではない。


「シャロ、本気で俺について来るって言うんだな?」


「はい!主様が許してくれるのであれば、何処にでも!」


「何処にでも、って程の返事は期待してなかったんだけど……幾つか条件がある。それが守れるなら連れて行く」


「条件、ですか?」


 他人の抱いた覚悟や決意を踏みにじることなど出来るわけがない。

 俺は基本的にやめておけ、制止したり断ったりということはするが強制的に、というのはしない。

 どういった経緯で覚悟や決意を抱いたのかわからないが、それでもそういった物はその人にとっては重要な、重大な何かがあったはずだ。

 今回、シャロがそうした覚悟、決意の下に俺の役に立ちたいと言うのであればそれはそれを見守るべきなのだろう。

 とはいえ、何かあればシャロを必ず守るという俺の考えに揺るぎはない。


「あぁ、まず一つ目は俺の指示に従うこと。二つ目は現実を見るために目を逸らさないこと。三つ目は……」


 三つ目の条件を口にする前に右手を握り込み、ゆっくりと開く。


「これを常に身に着けること。この三つが条件だ」


 これ、と言ってシャロに差し出したのはまるで銀がくすんだような灰色の指輪だ。


「これは……?」


「ちょっとした保険だ。今言った条件を守れるなら連れて行く。どうする?」


 これが何かの説明はしない。本当に保険として渡すだけのものだ。


「……わかりました。その条件を守ります」


「そうか……なら受け取ってくれ」


 そう言ってからシャロは俺の手から指輪を受け取った。

 少し特殊なこの指輪を付けてくれるのであればシャロの安全はある程度確保出来たようなものだ。

 と、そんなことを考えているとシャロは指輪を受け取ってからそれを眺め、何を思ったのか左手の薬指に嵌めた。


「ちょっと待ちなさい!」


 それを見て真っ先に反応したのはハロルドだった。


「え?」


「シャロ、どうしてそれをその指に嵌めたのかしら?」


「えっと……自分がその人の傍にいたいと思える相手から贈られた指輪はこの指に嵌める物、とお母様から聞いているので……」


「あー、ええ、それは間違ってはいないわね。でも、その……ね?」


 その指に指輪を嵌める。ということがどういう意味なのかシャロはちゃんと理解していないらしい。

 ハロルドは間違いではないが正しくはない。ということをどうにか伝えなければならないと思っているようだった。


「うむ、その、な……その指に指輪をするというのは違う意味があってだね……?」


「そうなのですか?それでは一体どういう意味があるのでしょうか……?」


 本当にわからないようで首を傾げているシャロにどう説明した物か、と大の大人が頭を抱えている。

 別に難しく考える必要はなく、本来の意味とでも言えることを教えてやれば良いだけだと思う。


「シャロ、左手の薬指に嵌めるってのは俺たち人間の間では婚約指輪や結婚指輪に対する扱いだ。別の指にした方が良いんじゃないか?」


「こ……婚約指輪!?え、あ、そ、そういう意味だったのですか!?」


「あぁ、だから別の指に……」


「で、でも、あの……あ、主様の傍にいたいと思っているので、その気持ちに間違いはありませんから、別に、その、わざわざ変えなくても良いような気がしたり……」


 ごにょごにょと言いながら、時折俺をちらちらと見てくるシャロは嵌める指を変えるつもりはないらしい。

 それならそれで仕方ないが、一つだけ言っておかなければならないことがある。


「そうか……あぁ、でも妙な勘繰りをする奴もいるだろうから俺から受け取ったって言うのは黙っておけよ」


「妙な勘繰り、ですか?」


「俺が特殊な趣味を持ってる、とかな」


 冗談めかして言ってから軽く肩を竦めるとシャロは不思議そうにしながら頷いた。


「わかりました。主様がそう言うのでしたら、主様から受け取ったことは秘密にしておきます」


「そうしてくれ。それにそういった意味で贈る指輪ならもっと上等な物にするさ」


「な、なるほど……」


 何に納得しているのかわからないが、一人で納得したようにシャロは頷いていた。

 頷いていたのだが、何を想像したのか顔を赤く、どころか耳まで真っ赤にしながら頭を左右に振っていた。

 そんなシャロを見ながら今回の依頼の難易度が上がったことを考え、少しだけ頭を抱えたくなる。

 だが何かあったとしてもシャロだけは無事に王都に連れて帰ろう。これを最低限の絶対条件として心に誓いながら、ライゼルの人選がどうにか使える人間であってくれ、と願ってしまった。

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