158.北のオーク
咳払いを一つしてからどうにかシルヴィアとの話に戻すことにする。
まぁ、露骨だったのでハロルドはニマニマとしながら俺とシャロを見ているし、ライゼルも生暖かい視線を向けてくる。
一瞬苛ついてしまったが、それを表に出すよりはさっさと話を元に戻した方が良い。
「とにかく話を戻すぞ。野営の準備をしながらシルヴィアと話をした時からやけに友好的だったのを覚えてる。それがシルヴィア本来の人柄だとは思うけど、あそこまで素直で人をあっさり信じるようだとこの先王国領を旅する中で騙されるようなこともありそうだと思ったな」
「ふぅん……友好的、ね……それが勇者様の人柄っていうのは何となくわかるけど、確かに危ういわね……」
「友好的なのも人を信じるのも良いことだと思いますよ?」
「あぁ、良いことだろうさ。でもな、この世界にはそういう人間を騙して自分の利益を得ようとする人間が腐るほどいるんだ。ちゃんと警戒心を持っておかないとダメだからな?」
何故それが問題なのか、というように首を傾げているシャロにそういうものだと説明しながらちゃんと他人を警戒するようにと言った。
幼い子供に言い聞かせるような口調になってしまったが、頭ごなしに言いつけるよりは良いだろう。
「は、はい……が、頑張ってみます……!」
「頑張ってどうにかなるようなことでもない気がするわね……」
「それでも、頑張ります!」
神妙な顔つきでそう言ったシャロの頭を撫でてからシルヴィアと何があったの、その話の続きを口にする。
「その後は……女の冒険者たちが水浴びに行くってのについて行ったシルヴィアの何かあったら困るってことでアナスタシアをこっそりついて行かせたら……」
「行かせたら、何かあったのかしら?」
「……俺が心配してるって感じのことを伝えたらしくて、懐かれた」
「懐かれた、という表現はどうなのでしょうか……」
何とも言えない表情を浮かべてシャロがそう呟いたが聞こえなかったことにしておこう。
「それからは……面倒だからざっくり言うけど話し合いの場を設けてシルヴィアと話をしてる間に野営地が襲撃されて、パニック状態になってるシルヴィアを落ち着かせてやるべきことをやった。それくらいだな」
「それはちょっとざっくり言い過ぎよね?もっと何かあったんじゃないかしら?」
「本当に何もなかったんだよ。あー、でも……シルヴィアが全員無事に助け出したいって言ってたのは実現出来たからもしかしたらそれで妙な信頼を得た可能性はあるのか」
「ふむ……自分たちでは不可能に思えたことを実現されたのであれば、憧憬を抱くのも無理はないと思うが……シルヴィア様の様子を見る限りはそういった物とはまた違ったように思えるのだがね」
「そんなことを言われてもな。それに俺が話せるようなことはこのくらいだぞ」
三人とも納得していないようだが、本当に俺に言えるのはこれくらいのことだ。
初めからやけに友好的だったのはどういうことなのか、俺が聞きたいくらいだったりする。
「そんなことよりも、俺としては北のオークってのが気になるところなんだけどな」
あまりこの話ばかり続けていても埒が明かないので別の話題に変えてしまおう。
あの貴族たちが言葉にした、オークについて話を聞くのも悪くない。というか、厄介事な気がするので詳細を聞いて警戒しておきたい。
「北のオークか……そうだな…………一つ、依頼を受けてもらいたい」
「ハロルド」
「ええ、わかってるわ。ライゼル、依頼をするなら私を間に入れてもらわないと困るわ」
「わかっているとも。だが話をしておくくらいは問題ないだろう?」
「……ええ、良いわ。ただその依頼は私が預かる。良いわね」
「勿論だ」
依頼を受けてもらいたい、とのことだったのでハロルドの名前を呼べば仲介人としての役目を果たすために動いてくれた。
俺としては既に厄介事だと思っているので出来ることなら依頼を受けたくはないがたぶん受けることになるような、そんな予感がしている。
「だが……シャロくんに聞かせて良い物かどうか、悩んでしまうな。私としては、出来ることならば聞かせたくはない」
「オークが出てきて、子供に聞かせたくない話か。それは俺に依頼するようなことじゃなくて、騎士団の仕事じゃないのか?」
どういう話なのか何となく察してしまった。
そのせいでどういった状況なのか想像してしまったせいで苦々しく思いながらそう言い捨てた。
「アッシュくんの言うように本来であれば騎士団、もしくは憲兵団の仕事になる。だが……」
「えっと、私には状況がわからないのですが……騎士団や憲兵団ではどうにもならないような、そんな状況なのでしょうか……?」
「いや……そういうわけではないのだが……どうにも人手が足りない状況でね……」
「人手が足りない、ですか……?」
人手が足りない、というのはどういうことだろう。
騎士団と憲兵団の人間を合わせても人手が足りなくなるというのは想像がつかないのだが。
「どうにもおかしなことになっていてね……北、と言えば何があるのか、と問われればどう答える?」
「北……国境ね」
「確か帝国と王国を隔てている険しい山脈があるはずですよね?」
「そうだ。その山脈に沿うようにオークの目撃情報が挙がり、近頃は近隣の村や町に被害が出ている」
「……最初に群れを作って、繁殖を繰り返して広範囲に被害が出ている。とかかしらね……」
「どうなのだろうね……調査は行われているがどうにも不自然な点が多いらしい。私がアッシュくんに依頼をしたいのは、騎士団や憲兵団、冒険者たちが本格的にオークの討伐を開始する前の調査だ」
やはり厄介事だったか。
そこまでオークが増えているということは繁殖が行われていることになるので胸糞の悪い物を見ることになりそうだ。
シャロに聞かせるべきではない、というのはその繁殖に関してだろう。子供が聞くような話じゃない。
また、オークたちの調査となれば確実に戦闘が起こる。一匹や二匹ならどうということはないが、群れになって来ると面倒だ。
「俺一人でか?」
こういう場合は放っておいても後々面倒なことになると相場が決まっている。
ならばこの依頼を受けて被害を抑えるように動くべきだ。
だが一人で、となればオークの群れと戦う際にリスクが大きくなってくる。出来ることならテッラとアナスタシアにも依頼を回してもらいたい。
あの二人であればオークの群れを相手にしても上手く立ち回ってくれるはずだ。
「いや、オークの群れとの戦闘や調査中に起きる不測の事態に対応するためには複数人必要になるだろう」
「人選は?」
俺に任せる、と言ってくれれば楽なのだがどうだろうか。
「現状調査をしているのは憲兵団の人間だ。騎士団からも人を出さなければならない状況であり、既に調査のための編成も済んでいる。アッシュくんには騎士団のサポートとして調査に当たってもらう。という形になるな」
まさか騎士が大勢いる中で俺にサポートをしろとでも言うつもりか、と胡乱な目でライゼルを見ると小さく苦笑を漏らしながら続けた。
「とはいえ広い範囲の調査が必要になることから大人数で動くよりも基本的には少数で動くことになる」
「なるほど……ってことは騎士を一人か二人付けるってことだよな」
「誰が付くのか、何となく予想は付くのではないかね?」
「ライゼルのことだからアルを付けるつもりだろ」
「うむ、もう一人付けるかどうかだが……」
もう一人付ける、と言うのであれば使える騎士にして欲しい。
見習いであったり最近になって漸く一人前の騎士として認められたような騎士ならば必要ない。
だが中堅の騎士となると妙なプライドを持っているし、古参の騎士は調査程度に乗り出そうとはしないだろう。
怠慢、ということではなく単純に自分の役目は王都を、王家を守ることだという強い自負があるからだ。
そのため、緊急時でもなければ王都を離れようとはしない。らしい。
あくまでもそういう風の噂を聞いたことがあるだけだ。
「下手な騎士を付けると俺が動きにくくなる。アルならたぶん大丈夫だと思うけど……」
「なるほど……アッシュくんが動きにくくなると調査が進まない。となれば……騎士団から二人目を出すのは得策ではないか……」
「まぁ、そうなるな。最低限、問題なく動けるような人選にして欲しいもんだな」
「わかった、こちらで考えておこう」
俺とアル、それともう一人を入れて三人。
どんな人間が来るのかわからないがオークの群れとの戦闘を予想するのであればまだ足りない。
「アッシュを入れて三人、ね……もう一人か二人は欲しいところじゃないかしら?」
「あぁ、オークの群れが相手なら人手は必要だな。それに不自然な点があるって話だから、何かあった時の保険になるような人間が必要だ」
「ふむ……確かにそうかもしれないが……誰か心当たりがあるのかね?」
「一応な。声をかければたぶん来てくれるだろうさ」
テッラとアナスタシア。この二人であれば報酬によっては手伝ってくれるはずだ。
いや、テッラの場合は報酬どうこうではなく俺が依頼を受けるなら自分も同じ依頼を。というくらいはしそうなのだが。
そんなことを考えていると横から割り込むように声がかかった。
「あ、あの!主様!」
「ん、どうかしたか、シャロ?あぁ、ジュースのおかわりか?それならハロルドに言うべきだと思うんだけどな」
「いえ!そうではなくてですね、その……えっと……」
シャロのグラスが空になっているのでジュースのおかわりかと思ったがそうではないらしい。
どうにも言い淀んでいるが、一体どうしたのだろう。
「シャロ、落ち着きなさい」
「は、はい……」
「何やら覚悟を決めたような表情だが……ふむ、これは私が口を挟むべきではなさそうだ。静観させてもらうとしようか」
ライゼルは静観する、という言葉通りに口を閉ざし、グラスを傾けてから俺とシャロのことを見ている。
ハロルドはシャロに落ち着くように言ってから空になったグラスにジュースを注ぎ、見守る体勢に入っていた。
「えっと、あの……ですね……?」
「何だ?」
「わ……」
「わ?」
「私に!主様のお手伝いをさせてください!!」
意を決したようにシャロは大きな声でそう言った。
そして真剣な眼差しで俺のことをじっと見つめ、俺からの言葉を待っているようだった。
シャロの言うお手伝い、というのはきっとオークの群れを調査する手伝いのことだろう。
それを理解してしまった俺は、一体どう返事をするのが正しいのか、わからなかった。




