15.疑問と違和感
ハロルドが何かを言いたげにしているが、それに気づかないふりをしながらシャロが戻ってくるのを待つ。
ただやることがないので玩具箱から普段は使う機会の少ない武器を取り出して軽く整備でもしておこうか。
そう思い、玩具箱から武器と整備に使う道具を取り出してカウンターの上で整備を始めた。最初は慣れなかったし、王都では武器も整備の道具も容易に手に入るようなものではなかったのでハロルドの世話になったのを覚えている。
これを使ったことは王都の中ではほぼないが、王都の外で山賊退治や魔物の討伐をする際には活躍してくれているので、重宝している。
「ちょっと、カウンターでそれの整備なんてしないでよ」
「あいつが戻ってくるまで暇なんだから仕方ないだろ。それに、整備しておかないといざって時に使えないなんて御免だな」
「いや、それはわかるんだけどカウンターで整備しないでって話よ」
「別に良いだろ。夜に開けるにしろ、まだ時間はあるんだから」
「それはそうだけど……流石にここでそんな物騒な物を扱わないでほしいわね」
「その物騒な物を扱ってたのはハロルドじゃなかったか?」
「扱うの意味が違いわよ……もう、ちゃんと後片付けするのよ?」
「わかってるよ」
ハロルドに文句を言われている間も一切手を止めずに整備をしていたのだが、物騒な物を扱うなと言われたので、元々これを用意してくれたのはハロルドなのだから、扱っていたのはお前だろ。ということを伝えればそういう意味じゃないと一蹴されてしまった。
軽い冗談だったのだがハロルドには呆れられてしまった。それでも整備自体はしても構わないということになったのでそのまま続けさせてもらおう。
「それにしても……よくそんなのを使おうなんて思うわよね……」
「便利だぞ。魔力を消費するようになってるけど、俺にとっては大したことないしな。いや、改造してあって魔力がなくても撃てるけど」
「アッシュはそうでしょうね。でも普通は王都でそれを調達しようとか、使おうなんて思わないわよ」
「むしろこの辺りでは知らない人間の方が多いから、予想外の一撃ってことで使い勝手は良いんだけど……帝国領から調達してくれたことには感謝してるよ」
「まぁ、調達は良いんだけど……まさかそれを作った人がわざわざ訪ねてきて整備の仕方や改造の仕方を教えてくれるなんて思わなかったわねぇ……」
しみじみと言うハロルドだが、あの時は本当に驚いた。教えてくれたことではなく、訪ねてきた人物の性格というかキャラクターというか。なかなか類を見ないタイプだった。
一言で表すなら天才。紙一重で変人。もしくは変態。腕は確かなのにすぐに暴走するので教わるにしても苦労した覚えがある。苦労どころではなかった気もするが。
というか、帝国と王国の国境は険しい山脈によって容易に越えることは出来ないはずなのに、この子の今後を思えばどうってことない、と言っていたのにも驚いた。
「何て言えばいいのかしらね……天才だけど変人って感じだったわ」
「変人ってより変態かもな。こいつに対して愛があるどころじゃなかっただろ」
言いながら整備中のそれをハロルドに見えるように持ち上げると、それを見たハロルドはため息を零していた。あの時のことを思い出したせいなのか、俺にはわからない。
「そのうち帝国にでも行くことがあれば顔を出してみるかな……」
「行くことがあれば、ね……行く予定なんて全くないでしょ」
「ないな。言ってみただけってやつだ」
「でしょうね」
とはいえ、事実世話になってしまったし、何かを企むにしても自身の作品に関することだけ。といった人物だったので悪印象は抱いていなかったりする。
どちらかと言えばそうした吹っ切った人間というのは嫌いではないどころか好感を抱いてしまう。
なので、もし本当に帝国に行くことがあれば顔を出すついでに整備でもしてもらえれば良いな。なんてことを思っている。
ただ、現状では王都から離れる気がないのでそれも叶わないだろう。
「はぁ……思い出しただけで何だか頭痛くなってきちゃったわ……」
「ハロルドがあそこまで押されるなんて思わなかったけどな」
「あれは仕方ないわよ。私の話なんて聞かないで自分の言いたいことだけ言って、君も興味があるのか、なんて言いながら私にまで整備の仕方を教えようとしてくるのよ?私はそういうのに興味がないのに、断っても断っても遠慮しなくて良い、とか言ってくるんだもの」
「俺は嫌いじゃなかったぞ。それに整備の重要性も教えてもらったし、どっちかって言えば好きな部類だったな」
「……アッシュがそんなこと言うなんて珍しいわね……」
「相手が珍しい人間だったからじゃないか?」
少し驚いた様子のハロルドにそう返してから軽く整備していたそれを玩具箱に収めてから入り口の扉へと目を向けた。
小さな足音が聞こえてきたので、そろそろシャロが戻ってくるかもしれない。
そう思っての行動だったが、果たして俺の予想は当たっていた。
「ただいま戻りました!」
扉を開けて入ってきたシャロの手には少し大きめの袋があり、それが宿に置いてきた荷物であることが一目でわかった。
少し大きめとは言っても俺が想像していたよりも小さな袋なので、シャロはあまり荷物を持たずにエルフの里を出てきたということだろうか。
普通なら子供が旅をする、自分たちの手から離れた場所で生活する、となればあれやこれやと持たせるような気がするのだが、見る限りそうしたことはなかったように思える。
それにカフェでの様子を見ると、王都まで来るのに必要な路銀はあったとしても、王都での生活のことを考えていなかったのではないかと思えてしまった。
考えていたのであれば、食事を我慢するようなことはあり得ないと思うのだが。
「随分と荷物が少ないんだな」
「はい、必要な物だけを持って王都に来ましたから」
「親はそれで良いって?普通、かどうかはわからないけど色々持たせたがると思うんだけど」
「あ、えっと……と、特にそういうことはありませんでしたよ?」
何故そこで言いよどむのか。そういうところにどうしても不信感を抱いてしまうのでやめてもらいたい。
本音を言えば悪い子ではないので信用したいのに、育ちのせいで何か不審な点があるだけで信用することが出来なくなってしまう。
それにイシュタリアの神託という話だが、あれも本当かどうかわかったものではないので実はそれも俺が不信感を抱いている原因だったりする。
とりあえずはイシュタリアと接触することが出来ればそれの確認が出来るのだが。
「そうか。そういう親もいるよな……」
納得したように言ってはいるが、まったく納得なんて出来ていない。
「そう、ですね……そういうこともあると思います……」
それでもシャロはそれに気づかずにそう言った。
ただ、落ち込んでいるというか、少し罪悪感でも抱いているように見えたので本当に親が何も持たせなかったのか、もしくは親に反対されたのに勝手に出て来たのか。そのどちらかになるのだろう。
前者であれば気の毒に思う。後者であればどうして勝手に出て来たのか、その理由が気になる。
警戒しているから、ということもあるのだろうがここまで個人に対して興味を持つというか、知りたいと思うことが多いのは珍しいと自分でも思う。
「そんなことよりも、アッシュは聞きたいことがあるんじゃなかったの?」
自分でも珍しいことに戸惑っていたところにハロルドの声がした。
そうだ、シャロには確認を取っておかなければならないことがあった。
「そうだったな。ちゃんと確認しておきたいんだけど、ゴブリンを倒せるってのは本当か?」
「ゴブリンですか?はい、倒せますよ」
「こんな風に言うのもあれだけど、まだ十歳のお前にゴブリンが倒せるなんてのは少し信じられなくてな。エルフってのは子供のうちからゴブリンくらいは倒せるようになるってのが普通なのか?」
何も気負う様子もなくゴブリンを倒せると言うシャロにそんな疑問をぶつける。俺たちにとってはそんな子供がゴブリンと戦うことはあり得ないというのが常識だが、エルフにとっては別段珍しくもないことなのかもしれない。
そう思ったからこその確認だったのだが、シャロはそれに首を横に振って否定した。
「いえ、エルフの里でも子供がゴブリンを倒すのは珍しいと思います。ただ、私の場合はお母様に身を守る術が身に着けておいた方が良いと言われて……」
「……だからって普通、ゴブリンが倒せるまで鍛えるもんか?」
「お母様はいずれはもっと強くなっていざというときに多くの人を守れるように。とも言っていました。だから私はお母様の言う通りに強くなろうと……」
そう言っているシャロの様子は徐々に暗くなっているように感じた。どうにもシャロにとってお母様というのは言うことを必ず聞かなければならないような存在だったように思える。
それほどまでに尊敬できるような人物だったのか、はたまた恐ろしいと思っていた人物だったのか。それは良くわからないが、俺はきっと後者なのではないかと感じた。
「それでとりあえずゴブリンは倒せると」
「はい……戦ったことがあるのは、ゴブリンだけなので他はどうかわかりません……」
「なるほどな……」
もしかするとゴブリン以上の魔物も倒せる可能性がある。ということだろう。
何故だろうか。シャロと話をして情報が出てくれば出てくるほどにわからなくなってくる。悪い子ではない。善良な子供だ。でも話をすると違和感と不信感を抱いてしまう。
本当にどうしてこんな子供のことで悩まなければならないのか。シャロの言葉が事実なら原因はイシュタリアにあるので今度会ったら絶対に文句を言ってやる。
そんなことを心の中で決めながら、いつまでも荷物を持ったままというのは良くないのでシャロに荷物を置いてくるように促すことにした。
「とりあえず、荷物を置いてきたらどうだ。ハロルドが案内してくれるだろうからな」
「そこで私に投げちゃうのね……まったく、シャロ、付いてきなさい」
ハロルドに案内を丸投げすれば、ハロルドは呆れたように言いながらもちゃんとシャロを二階への案内をしてくれた。
シャロもその言葉に返事をしてからついて行ったので結果として残ったのは俺だけになった。
そこで俺はため息を零してからこれからどうするかを考える。
シャロの様子を見るのは当然ではあるが、頭では信用しても問題ないと思っている。ただ長年生きてきた環境のせいか、自身の傍に誰かが居るとなれば警戒心がどうしてもなくならない。
とりあえずはもう数日ほど様子を見てみよう。シャロ本人は何かを隠しながらも、隠し事になれていないのか簡単にボロを出すことがある。
それらを数日である程度見極めてから判断しても遅くはないはずだ。