157.女勇者と何があったのか
とりあえずハロルドの反応を見て遊ぼうと思い、ライゼルを連れてきたがそれも終わりで良いだろう。
ライゼルの意識が俺とシャロに向いている間にメイクを直して酒の用意をした。ということには流石だな、というように感心するよりなかった。
何にしても次はライゼルと話をしなければならないのでそちらに取り掛かろう。
「ライゼル。シャロとハロルドは置いておくとして、話がしたいんだったよな」
「聞きたいことが幾つかあってね」
「アルのことか?」
「それもある。だが何よりも聞かなければならないのはシルヴィア様に関することだ」
「シルヴィアに関することでライゼルに話すようなことはないと思うけどな……」
やけに懐かれてしまったのでそのことについてだろうか。
もしそうだとして、俺に何が言えるのかわからない。何故あそこまで懐かれてしまったのか自分でよくわかっていないのだから。
「何、大したことではないのだがね。ここ数日ほどシルヴィア様と話をする機会を作ってみればどうにも君のことばかりを話している。であれば何があったのか、シルヴィア様の目線ではなく君の目線で説明してもらえないかと思っただけのことだ」
「俺目線で、って言われても何を言えば良いのか……」
俺にとっては俺がやるべきことをやっていたら何故か懐かれた。という程度にしか思えない。
もしくはアナスタシアが俺にシルヴィアを押し付けてきたから、とかそのくらいだ。
「アッシュってば、シルヴィア様に随分と気に入られてるみたいね……」
「勇者様、ですよね……主様、一体何があったのですか?」
「俺は俺のやるべきことと出来ることをしただけだぞ?」
「ふむ……君にとっては特別なことはしていない、ということなのだろうが……」
どうにも俺の言葉を信じていないというか、本当は何かあったのではないか、と思われているらしい。
「そうねぇ……こういう時はお酒でも飲んで、アッシュの口が滑らかになるようにするっていうのはどうかしら?」
どうしたものか、と考えているとハロルドがそんなことを言いながら追加のグラスに酒を注いでいた。
しれっとライゼルに差し出していた酒と同じ種類のようで、たぶんハロルドもどういうことがあったのか聞き出そうと考えているのだと思う。
「シャロには……ジュースで良いわよね?」
「あ、はい!お気遣いありがとうございます」
「良いのよ。私もアッシュの話に興味があるから。シャロもそうでしょうし、一緒に聞きましょうね?」
「わかりました。では、邪魔にならないようになるべく静かにしておきますね」
そんな話をしてからハロルドはシャロのためのジュースを用意した。
どうやら逃げ場はないらしい。いや、逃げる気はないのだが。
それでも何を話せば納得するのだろうかと考える。まぁ、たぶん納得しそうにないことしか言えないのだが。
「お互いにお酒が入った方がスムーズに話が進むんじゃないかしら?勿論、無理にとは言わないわ。でも……うちのとっておきのお酒だから味は保障するわよ?」
ウィンクを一つしながらハロルドはそう言って、ライゼルを見た。
「ふむ……一杯二杯ならば問題ないかと私も思っていたところだ。だが男二人で飲むには華がないと思わないかね?」
ライゼルはその視線を受けて、グラスを手に取ってハロルドへと向けてスッと持ち上げる。
それにどういった意図があるのかすぐに理解したようで、小さく笑みを零してカウンターから新たなグラスを取り出して、それに酒を注いだ。
「なら私がその足りない華になろうかしら?」
酒の注がれたグラスを持ち上げてライゼルの持つグラスへと近づける。
「それは何とも美しい華だ」
ライゼルはそれに応えるようにして互いに軽く乾杯をした。
特別な行動をしているわけではない。だが、どうしてか二人の間には確かに色気のある雰囲気が流れている。
「あら、そんな美しいだなんて……ライゼルも、とても素敵よ?」
「おや、君のような女性にそう言われてしまうと妙な勘違いをしてしまう男性もいそうだな」
「そんなことを言って……貴方は勘違いしてくれないのかしら?」
「さて……どうだろうな」
お互いに笑みを浮かべながらそんな言葉を交わすライゼルとハロルド。
それを見てこれが大人のやり取りという奴か。と思っていると、シャロも同じことを思ったようで言葉を零した。
「これが、大人の男女というやつなのですね……!」
「あぁ、間違ってはいないな……」
「何と言うか、大人の女性と言うのには憧れる物がありまして……私もいつかああいった雰囲気を作ったり出来るようになるでしょうか?」
「さて、どうだろうな。とりあえず言えることは、俺にはああいうのは無理そうだってことくらいだ」
「主様には無理、ですか?」
俺には無理だな、ということを口にするとシャロは意外そうに俺を見た。
「ああいうのは年齢を重ねた男と女が揃ってないと難しいだろ。俺みたいな若造には無理だ」
それにあれはお互いにある程度の好意がないと出来ないことだとも思う。
ハロルドはライゼルのことを好みのタイプだと言っていたが、ライゼルはライゼルでハロルドのことを憎からず思っているような、そんな気がした。
またあの二人は以前からの知り合いのようなので、俺の知らない何かがあってお互いを意識している。という可能性は零ではないはずだ。
「そういうものなのでしょうか……」
「そういうものだと思うぞ?それよりも、ハロルドとライゼルは良い雰囲気だし、俺たちだけで乾杯でもしとくか」
「そうですね……お二人の邪魔をするのは悪いですから、私たちだけで乾杯しましょうか」
そう言ってからグラスを軽く持ち上げるとシャロもそれに応えるように両手でグラスを持ち上げた。
お互いに軽くグラスを当ててから俺は酒を、シャロはジュースを口に含んだ。
ハロルドがとっておきの酒と言っていただけのことはある。
微かに感じる甘い香りを楽しみ、喉を焼くような酒精に吐息が漏れる。だがその強い酒精とはうらはらに長く柔らかな余韻に浸ることが出来る。
「あぁ、確かにこれは良い酒だな。酔えないのが残念なくらいだ」
そう言葉を零してから再度グラスを傾ける。
以前までは酒に酔えたので嗜む程度ではあったが口にする機会があった。
だが最近では酔えなくなってしまったので、嗜む程度にだったのが場の空気や雰囲気を読んで飲む、というようにしている。
とはいえ、酔えなくても美味い酒なら飲もうと思えるものだ。
「……主様も、何だかちょっぴり大人な雰囲気です……!」
「何を言ってるんだろうな」
何故か感動した様子を見せるシャロに呆れたようにそう返してからグラスの中身を呷る。
「はぁ……喉を焼くようなこの感覚は悪くないな。勿論、味も上等となれば文句なしだ」
「む……アッシュくんは随分と酒に強いようだが……」
「少し前からな。それで、二人で良い雰囲気を作って酒を飲むならまた今度にしてくれ。シルヴィアと何があったのか聞きたいんだろ?」
「おや、これはどうにもハロルドの言うようにアッシュくんも酒が入って気分良く話してくれそうだな」
「普段ならこんなことはないけど、奮発して良いお酒を出したもの。当然よね」
自慢げにそう言ったハロルドは自然な動作で空になったグラスに酒を注いでくれた。
そのグラスを手に取って軽く揺らす。その仕草でグラスの中の氷が崩れて小気味の良い音を響かせた。
「まぁ、上等な酒だよな。当然、気に入るさ」
そう言ってからグラスを一度置き、シャロに視線を向ける。
「シャロも気になるんだったよな?」
「はい。主様に何があったのか、何をしていたのか、気になりますからね」
「そうか。なら俺とシルヴィアの間で何があったのか話すとするか」
俺の言葉を聞いて全員の視線が俺に集まる。
それぞれグラスを手に持ってはいるが口に運ぶことはなく、シャロとハロルドは興味津々といった様子で、ライゼルは一言一句聞き逃さないとでもいうように真剣な表情を浮かべていた。
「とは言っても本当に大したことはしてないんだ。野営の準備でぐだぐだやってるのを手助けするって名目で接触して、話をしたのが最初の出来事か」
「あぁ、アッシュにとっては口実が簡単に見つかって楽だったとかそういうことかしら?」
「それもある。まぁ、連れの三人が鬱陶しいことこの上なかったけどな」
「連れの三人、ということはユーウェイン、ヨハン、ローレンか……」
「野営の準備ですか……慣れていないと難しい、とシャーリーさんから聞きました。勇者様たちは旅をする予定になっているのに、練習とかはしていなかったのでしょうか?」
最初の出来事を口にすると三者三様の反応を返してきた。
ハロルドの言うように口実としては上々だと思ったし、ぐだぐだやってくれて俺としては助かったと思っていた。
「さて、どうなんだろうな。ただその時にシルヴィアと初めて話したんだけど……ユーウェインたちが必要ないって言ったそうだ。たぶん自分たちが出来ると思っての言葉だろうとは思う。そこのところ、団長殿はどうお考えで?」
とはいえ、騎士がそんな自分たちなら、という過信で勇者であるシルヴィアに負担、迷惑をかけることになったのだ。
本来であれば許されないこと、と考えても良いのではないだろうか。
「そうだな……ユーウェインには少しばかりきつめに言っておかなければならないだろうな……あれは一人で野営の準備が出来ると思っていたのだろうが……やれやれ、シルヴィア様を任せるにはまだまだ未熟か」
「不意打ちを喰らって一発で無力化されて、結局は事が終わるまで何も出来なかったからな。未熟どころの話じゃないだろ」
「うむ……ユーウェインは騎士の中では若く、有望株と言われてはいるが……内面の未熟さが目立つせいか、そうした問題も起きてしまうか……」
素直に思ったことを口にするとライゼルは苦々しげな表情を浮かべてそう呟いた。
「アッシュ、貴方がそこまで言うような状態だったの?」
「自分のちっぽけな誇りを優先して、出来もしないことを出来ると思い込んで、守るべき勇者に被害が出そうだったんだ。あれは流石にお粗末すぎる」
「主様は評価が厳しいような……あ、いえ……厳しいのではなくて、出来て当然のことが出来ていないから厳しい言い方をしている。ということですね」
一人で納得したようにそう言ったシャロだったが、すぐに小さく笑って俺を見た。
一体何があったのかと思って見つめ返すとシャロはふわりと俺に微笑みながらこう言った。
「私の時もそうでした。でもあれはそれだけじゃなくて私のことを心配してくれていたことは、わかっていますからね」
「あー……そういうこともあったな……まぁ、何だ。あの時は言い過ぎた。悪かったな」
結局あの時のことは謝ることを出来ていなかったので、今更だがここで謝っておく。
「いえ、大丈夫ですよ。主様が私のことを心配してくれたことが、嬉しかったですから」
ニコニコと笑顔を浮かべているシャロの言葉に照れ臭くなってしまう。
少しだけ視線を逸らして指先で軽く頬を掻きながらこれ以上この話を続けるともっと照れ臭くなるような話をされる気がする。
どうにかシルヴィアと何があったのか、その話に戻して誤魔化さなければならないだろう。




