154.悪い情報と悪い情報と悪い情報
「さて、灰についてはもう良いだろ。随分とそっちにばかり負担をかけてるようだし、これ以上はやめておくんべきだと思うぞ」
「見事におじさんたちは色々とはぐらかされてるけど……うん、でも……そうだねぇ……これ以上聞いてもおじさんたちに面倒事とか厄介事とか負担とか苦労とか、そういうのばっかり圧し掛かってきそうだし……」
「ヘクター殿……憲兵団の団長としてはそれで良いのかと思ってしまうのですが……」
「良いのではございませんか?というよりも私としてはもう面倒なので全て投げ出したいと思っているのでございますが。それにアッシュ殿はむやみやたらと自身の力を振るうのを良しとしてはいないようでございますからねぇ」
何となくだが、ヘクターとクレスはこれ以上灰に関わろうとする気がないように思えた。
ただ自分たちの理解の及ばない得体の知れない何かに、関わろうとする人間の方が少ないか、と納得することは出来る。
まぁ、今は急なことでそういう反応を示しているだけで今後どう立ち回るのかわからない。
流石に第一憲兵団の団長とギルドマスターがこんな厄介な物を放っておくとは思えない。
「だねー。これが俺の力だ!って見せつけたがるタイプじゃなくて、今回みたいな時とか本当に大切な子を守りたいとかいう時くらいじゃないと使いそうにないね」
「もしくは使わざるを得ない状況にならなければ、ですね……」
「なら今はおじさんたちがあれこれ考えても仕方ないでしょ。ってことにして……ライゼル、少年のことはそっちに任せても良い?」
一度、一番冷静なライゼルに任せて自分たちはその間に何か考える。ということで良いのだろうか。
それ以外にも元々面識のあった人間が相手であれば俺が妙なことをしでかさない。とも思っているのかもしれない。
まぁ、あれは脅しで使っただけなので今後使おうとは特に思っていない。なのでライゼルに任せる、という判断でも問題はないと思う。
「うむ、任された。アッシュくんのことは……そうだな、アルがいれば大丈夫だろうさ」
「そこで厄介な人選してくれるな……いや、良いけどさ」
アルを俺のストッパーに、というか傍においておけば問題ない。もしくは定期的に顔を出させて話をさせれば良いということだろう。
そうして俺に何らかの変化があればライゼルに報告する。という形を取り、ライゼル自身も時折顔を出すのか。と思った。
だがそれは微妙に違っているようだった。
「いやはや……実はアルはどうにかアッシュくんと話をする機会を増やしたい、だが騎士団としての役目がある。それに修練も、と悩んでいるようでね。アッシュくんと会話をし、様子を見るというのが大事な役目となればアルの悩みも多少は解決されると思うのだが、どうかね?」
「ライゼルって割とちゃっかりしてるよな。俺の監視みたいなことを引き受けつつ、それを利用してアルの悩みをどうにかしようとか、完全に自分にとって利益に繋がるように動いてるだろ」
「これでも君よりは大人なのでね。このくらいのことはするさ」
「やれやれ……まぁ、アルだけなら問題ないか。ただ、たまにはライゼルもストレンジに顔を出せよ。部下に全部押し付けるほど屑じゃないだろ?」
「それは当然のことだ。ただ……王国騎士団の団長と言う立場上そう頻繁に顔を出すことは出来ない。ということだけは理解しておいてくれると助かる」
「わかってる。だからたまにはって言ってるだろ」
別に俺個人としてはライゼルが来なくても良いと思っている。
まぁ、ハロルドはライゼルのことが好みだと言っていたのでたまには引き合わせておいても良いだろう。
それにストレンジにライゼルが来るようになればその理由を考えて、俺が原因だとハロルドなら察するはず。
多少なりと貸しを作っておく。ということにしておこう。もしくはシャロやテッラのことで色々と迷惑をかけているのでそのお詫び、ということにでもしておこうか、と思っている。
「それよりもイリエスの話に戻るけど、色々はぐらかすの面倒になってきたからざっくり言うぞ」
「堂々とはぐらかすのが面倒になった、とかって言うのもおじさんとしてはどうかと思うんだけど……」
「先にライゼルに押し付けるようなことをした奴が何を言ってるんだろうな」
「あははー……それを言われるとおじさん何も言い返せないかなぁ……」
面倒になったと正直に言えばヘクターが呆れたように言葉にした。
それに返すようにライゼルに押し付けた、ということを口にするとサッと目を逸らしてヘクターがそう言った。
「ヘクターどのはこういう時にへたれ、ということでございますか。いえいえ、昔なじみの私としましてはそういうものだと理解はしているのでございますよ?」
「チクチク刺さるからそういうのやめてもらえる?おじさん別にへたれじゃなくて、そういう返しされちゃうかーって思っただけだし?」
「そこは快活に、もしくは豪快に笑いながら言葉を返すことも出来たのではございませんか?ライゼル殿であればそう返すと思うのでございますが……」
「そこでライゼルと比べるのはやめて欲しいなー。っていうか、ライゼルは色々ぶっ飛んでるって知ってるでしょ?」
「ええ、勿論でございます。ライゼル殿は……いえ、言葉にするのはやめておくべきでございましょうね」
「だねぇ……あんまり言うとライゼルに怒られちゃうからこれくらいにしておこうね」
ヘクターとクレスの話を聞いているとライゼルだけが三人の中でも飛び抜けているらしい。
いや、二人の言葉をそのまま使うのであればぶっ飛んでいる。と言うべきか。何にしてもどういうことなのだろうか。
それが気になってライゼルに視線を向けたがライゼルは笑みを浮かべるだけで何も言わない。
まぁ、余計な詮索はするべきではないか。と思ってヘクターたちに視線を戻す。
「ヘクターがへたれなのはどうでも良いとして、話を戻すけど良いよな」
「あー……うむ、そうしてくれると助かるな……どうにも現状ではヘクター殿たちは話の進行を務める余裕がないように思えてならない。アッシュくん、進めてくれ」
「わかった。あぁ、悪い情報と悪い情報、それから悪い情報。どれから聞きたいかだけ聞いても?」
「え、何それ全部悪い情報なわけ?どうしようもないよねそれ」
「それじゃ悪い情報からだ。イリエスは魔弾使いだけど近接格闘にも慣れてる。修羅場を潜った数は圧倒的に多いだろうからまともに戦おうとしない方が良いんじゃないか?あぁ、でもライゼルたちなら戦えるような気もするな」
魔弾使い、ということで近接格闘は出来ない。と思われてもいけないのでそう言っておく。
どんな切り札や奥の手を隠し持っているかわからないが、基本的な情報をまずは押さえておかなければならない。
「それとイリエスは加護持ちだ。どんな神に与えられたのか知らないけど、致命傷を与えたのに本人は平気そうにして一瞬で傷が塞がっていた。再生か何かの加護じゃないか?」
致命傷を与えた時点ですぐに傷を塞ぐようなことをしなかったのは俺たちを油断させるためなのか、もしくは終わったと思って武器を降ろした後に加護の力で平気な姿を見せて動揺を誘おうとしたのか。
どういった意図があったのかわからないが、やはり腹に穴を空けるよりも額に穴を空けてやった方がよかったのかもしれない。と今では後悔している。
「あぁ、それとあれはまだ何か隠してるような、そんな気がするな。加護に関しても隠してたみたいだけど、それを知られたからってどうということはない。みたいな余裕もあったし……別の加護くらい持っててもおかしくないのかもな」
ああいった人間は更なる奥の手を隠し持っているはずだ。そうでなければあれほどの余裕を見せるとは思えない。
それが加護なのか、別の何かなのか。わかるはずはないのだが、とりあえずは加護の可能性を挙げておいた。
俺のように神に気に入られて色々と与えられている可能性だって零ではないのだから。
「ってことで、イリエスは銃を使う人間だけど近接格闘の心得があって距離を詰めればどうにかなるような相手じゃない。たぶん再生の加護を持っていて即死させない限りでは致命傷でも死なない。まだ奥の手として何か隠している。ってところだな」
簡潔にまとめてみるとその程度か。と思えてしまう。
だがその内容をよく考えると頭を抱えたくなってしまう。
もしかしたらイリエスのことを過大評価しているのかもしれないが、過小評価して痛い目に会うよりはましだ。
「悪い情報ばっかりだねぇ……というか加護持ちって……」
「最悪の情報と言うべきかと思うのでございますが……それに私たちとしましては聞き逃せないことも言われてしまったのでございますよ?」
「イリエスに致命傷を与えるほどなのか、君は……」
「穴を空けた。という言葉から灰は使っていないようだが……なるほど、どうにもアッシュくんのことを甘く見ていたようだ。あわよくばアルに切磋琢磨する友人を、とも思っていたのだが……アルではどうにも足元にも及びそうにないな……」
四人の俺に向ける目の色が少しだけ変わっていたがあまり気にしなくても良いはずだ。
俺のことを警戒して迂闊な行動に出ないようにしてくれるのであればそれで良いと思っているからだ。
とはいえライゼルだけは本当にちゃっかりしていると思う。俺を利用する算段をひっそり立てていたようで、それにはつい呆れてしまった。
「ライゼル……思ってたよりも遥かにちゃっかりしてるって言うか、強かなんだな……」
「そうでもなければ騎士団の団長など務まらないさ。言い方は悪いが……利用出来るならばしっかりと利用しなければならない。魔物討伐の為の遠征であれば新人を組み込み遠征の経験を積ませる。魔物との戦いに実戦で慣れさせる。というのは基本だろう?」
「確かにそうだけど……いや、別に良いんだよ。でも……アルは嫌がりそうだな」
「……アルにはいつか騎士団の団長の座を譲ろうかとは考えているが……こうしたことが出来るようにならなければそれも無理だろうな……いや、何。他にも色々とあるのだがね?」
そう言って小さく笑うライゼルは、噂の通りに次期団長にアルを据えようとしているようだった。
まぁ、俺としてはそれに対してどうこうと言うつもりはない。ただ、少しだけ考えてしまうことがある。
「その色々ってのはアルにはなかなか難しそうだな」
「うむ……アルは本当に真っ直ぐに育ってくれている。だからこそ、団長と言う地位につけば清濁併せ呑むようなことになる。それが聊か心配なのだがね」
「その辺りは今後の課題だな」
そう言って肩を竦めると、ライゼルは快活に笑って返してくれた。
「あっはっはっはっは!その通りだ!いや、だからこそ、アッシュくんとの関わりというのはアルにとって良いように作用してくれればな、と思っているのだ」
「そういうことか。まぁ……別に良いけど。アルと一緒にいるのは疲れることもあるけど、悪い気はしないし」
「そうか。そう言ってもらえて何よりだ」
何処となく嬉しそうにそう言ったライゼル。
本当にアルのことを思って色々と苦心しているのだろうと思う。
それだけ大切にしているこということであり、そうした人間が傍にいるからこそああも真っ直ぐな性格になったのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺の話を聞いてあれこれと三人でひそひそしているヘクターたちを見る。
イリエスのことだけではなく聖剣についても話をしなければならないので、次はその話をしよう。