148.似た者同士
「迷子の双子を作ったのは、ライラ・ライ・ラ・ラライラ博士だ」
初めて聞いた時はふざけた名前だな。と思った。
そして、それを本人にも伝えた。
「本人曰く、インパクト重視の名前を勝手に名乗ってるらしいけどな」
本人もふざけた名前だと認めていたし、博士と呼んでくれたまえ。ということだったので俺はライラ、もしくは博士と呼ぶようにしていた。
何の博士なのかわからなかったが、まぁ、銃器だとか兵器だとか、そっちの博士なのだろう。と一人納得したのを今でも覚えている。
「あぁ……やはり、ライラ博士でしたのね……」
アナスタシアは博士と面識があるようだった。
というか、磔の女王のような頭のいかれた人間が作ったような武器を作るのは博士くらいのものなのかもしれない。
「その……既に予想はついていると思いますけれど、わたくしの磔の女王はライラ博士の作り上げた、わたくしの最高の相棒ですわ」
「しれっと最高の相棒とか言うのな」
「当然ですわ。事実として磔の女王はわたくしの知る限り最高の相棒ですもの」
まぁ、アナスタシアにとってはそうなのだろう。
俺にとっては博士の作った物の中で最高なのは迷子の双子だと思っているように。
「ですが、アッシュさんがライラ博士から整備の手解きを受けたと言うのであれば……磔の女王の整備も出来るのではなくて?」
磔の女王を整備することが出来る人間が見つかったのではないか、と期待したようなアナスタシアの言葉を受けて少し考える。
一応大掛かりな道具は持っていないが、ある程度ならば俺でも出来るような気がする。
まぁ、内部を見ないことにはどうしようもない。
「たぶん、出来るとは思う。とはいっても磔の女王の内部がどうなってるのかわからないから、断言は出来ないけどな」
「そういうことでしたら、報酬についての話が終わり次第、新たなる依頼と言う形を取るかもしれませんわね。勿論、整備が出来るかどうか、見てからの話にはなりますけれど」
「わかった。それじゃ、報酬について話をしようか」
漸く本題に、ということになるがまぁ、ある意味では磔の女王に関する話も本題と言えば本題になるだろう。
勿論、それはこの後での話になるのだが。
「当初の予定通りに百万オース、イリエスとの遭遇と言う厄介事に対しての追加料金も支払いますわ。ええ、アッシュさんの言い値で結構でしてよ」
追加料金に関して依頼人が提示し、それを請負人が値上げ交渉する。というのが普通だ。
だがイリエスというとんでもない厄介事とぶち当たってしまったせいか、アナスタシアは俺に追加料金は幾ら必要なのか提示するように言ってきた。
まぁ、俺が依頼人だとしても、イリエスと遭遇するようなことがあれば同じことをする可能性は高い。
「いや、追加料金はなしだ。イリエスに関してはアナスタシアの依頼が原因じゃないし、俺個人の事情とアルの依頼が重なってる。それなのに追加料金を取るってのは筋が通らないと思うぞ」
「……わたくしとしては、追加料金を要求された方がイリエスと関わらせてしまったことに対して気が楽になるのですけれど……きっと、何を言っても意味のないことですわね」
そういったアナスタシアは、少しだけ困ったような、嬉しそうな、何とも言えない表情をしていた。
どうしてそうした表情を浮かべていたのか、それはアナスタシアにしかきっとわからない。
「悪いな。ただ、本当にイリエスのことはアナスタシアが気にするべきじゃないと思ってる。災害にでも遭遇したような、そのくらいどうしようもなかったことだって考えておくさ」
「災害と同レベルに考えると言うのもどうかと思いますわ。とはいえ、わたくしとしましてもその意見には同意ですけれども」
「ならやっぱり追加料金はなしだ。それでも気になるなら、磔の女王の整備が出来るようならそっちに色を付けてくれればそれで良いかな」
「そういうことでしたら、わかりましたわ。アッシュさんが磔の女王を整備してくださるのでしたらたっぷりと色を付けさせていただきますわ」
「そいつはどうも」
小さく、いつもの優美なそれよりも楽しげに笑みを浮かべたアナスタシアの言葉に俺は短く返した。
ただ、そう返した俺もきっと小さく笑んでいたような気がする。自覚はないので良くわからないが、たぶんそうだと思う。
アナスタシアとこうして話をするのは、意外と楽しいように感じているのできっとそうだ。
「では……報酬につきましてはハロルドさんに渡しておきますわ。依頼に一度仲介人を挟んでいる以上は、それが礼儀かと」
「あぁ、此処での依頼はそうなってるな。とはいえ、元々俺に直接持って来た依頼だから仲介人ってのも建前でしかないんだけどな」
「ええ、本来であればアッシュさんに払う報酬とは別に仲介料が必要になるはずですものね。今回は必要がないとハロルドさんに言っていただきましたわ」
「ハロルドならそうするだろうな。他の仲介人ならそこで仲介料を要求するだろうけど」
「常識的と言いますか……ハロルドさんは善人なのだと思いますわ」
そう言ったアナスタシアは何処となく羨ましそうにハロルドへと視線を向けた。
当のハロルドはシャロとテッラの二人を相手にして和やかな雰囲気を作りながら会話していた。
シャロとテッラは時折キャンキャンと子犬同士吠え合うようなこともあるが、何だかんだで相性が良いはず。そこに人に合わせる、人と打ち解けることが得意なハロルドが入ればそうなるのも当然か。
「俺たちに比べれば、それは当然善人だろうさ」
「いいえ、わたくしたちと比べるまでもなく、ハロルドさんは善人だと思っていますわ。本来であれば、こうして表に出せないような仕事の仲介人をするような、そんな人ではない程に」
「……それは、そうかもしれないな」
実際にハロルドは善人だと思う。アナスタシアの言うように、こうした仕事をするような人間には思えないほどの。
それでも仲介人の仕事をしているのには何か理由があるはずだ。とはいえそれを聞き出そうとするべきではない。
無用の詮索はしない。それは依頼人も請負人も、仲介人も同じことだ。
「まぁ、事情があるんだろうさ。それを詮索するのはやめておいた方が良いと思うぞ」
「わかっていますわ。このような仕事をしている人間は誰しも人には言いたくないような事情を抱えているものですものね」
「なら良いんだ」
これで話すべきことは話した。ことになると思う。
流石にこの場で磔の女王を整備出来るかどうか見るにしても場所を取ってしまうので、ハロルドがやめてくれと言うだろう。
迷子の双子を整備するのでさえ嫌がるのだから、磔の女王はまず無理だ。
「磔の女王の整備に関しましては……」
「人に見られたくはないだろ。王都ではその見た目で武器だと思う奴は少ないはずだからな。まぁ、武器が入ってる、ってくらいなら思う奴もいるだろうけどさ」
「ええ、その通りですわね。想定外の攻撃というのは効果的ですもの。隠しておくべきですわ」
俺の言葉に同意してそう頷いたアナスタシアは更に言葉を続けた。
「ですが、それだけではありませんわ」
「それだけじゃない?」
他に何かあるのかと思ってアナスタシアにそう問えば、アナスタシアは口を開く。
「ええ、まず……磔の女王の姿を人目に晒したくはありませんわ!」
人目に晒す、というのはわからなくもない。
ここは俺のような仕事をしている人間も訪れるので、それがいつ敵となるかわからない。
であれば自身の武器に関して隠したいと思う気持ちは良くわかる。
だからこそ俺が迷子の双子の整備をするのはハロルドやシャロ、テッラ以外に人がいないときだけだ。
「手の内を晒したくはない、という意味もありますけれど、単純に磔の女王が見世物のようになってしまうのが気に入りませんの」
わかる。その気持ちは非常に良くわかる。
人が周りにいる状態で整備などすれば必ず一目を引いてしまう。
その結果として見世物のようになるのを嫌う気持ちは、痛いほどに良くわかる。
「アッシュさんはわたくしの気持ちを理解してくれているようですわね。安心いたしましたわ」
「迷子の双子のことがあるからな」
「ええ、そうだとは思っていましたわ。やはりわたくしとアッシュさんは考えが似ているというか、近い感性を持っているようですわね?」
「あぁ、そうだろうな。味方であれば心強いし、やりやすい。敵になれば……まぁ、面倒だな」
「同じ意見ですわ。敵にならないことを祈っておきますわね」
「俺もだ。とはいえ、シャロのこともあって危険な依頼はあまり受けないようにするつもりだから大丈夫だとは思うんだよな」
肩を竦めてからそう言って、視線を一瞬だけシャロへと向ける。
ハロルドとテッラの二人に頬を膨らませて何かを言っている姿は大変可愛らしい。
「アッシュさんに何かあれば、シャロさんは心配すると思いますわ。そうなれば当然のことですわね」
「昔なら生きていくために無茶だって通してたけど、シャロが自分で生きていけるようになるまではちゃんと守ってやらないとな。まぁ、テッラの時よりは時間がかかりそうな気もするけど」
テッラは状況が状況だったので生きる術を叩き込むようにしていた。
そして一人で生きていけるようになったことがわかってからは、後は好きにしろ。と放り出した。
まぁ、結局はアルヴァロトが出来て、一緒に行動していたのだが。
「テッラさんの時よりも時間がかかる、というよりも……」
何と言えば良いのか、少し困ったような表情を浮かべてアナスタシアは一度言葉を切り、シャロへと視線を向けてから言葉を続けた。
「アッシュさんはシャロさんが一人で生きていけるようになったとしても傍にいることを選ぶような、そんな気がしてきますわね……」
アナスタシアの言葉に、一瞬動きが止まってしまった。
そんなことはない、と思うが、自分がシャロに対してどういうスタンスというか、接し方をしているのか考える。
自分で言うのも何だが、随分と過保護で、周りからすれば俺がシャロから離れることはない。と思われても仕方がないと思った。
「……まぁ、そうかもな。最近はどうにも自分のことでもわからないこととか、変わったな。って思うこともある。とはいえ……結局は未来の話だ。どうなるかわからない」
「自身で自覚のある問題を先送りにしているだけのような気もしますわね……いえ、追及するのは野暮、もしくは人の事情に踏み込むべきではない。ということでこれ以上の言葉は控えさせていただきますわ」
「そうしてくれると助かる。本当に、何て言えば良いのか……とりあえずは、シャロが一人でも生きていけるようになってから、だな」
「そういうことにしておきますわ。存分に悩んでくださいまし」
「あぁ……存分に悩んで、シャロの為になるようにするさ」
そう返すと微妙な表情をアナスタシアが浮かべていた。
「それは良いのですけれど……何と申しましょう……ある意味では似た者どうしなのかもしれませんわね……」
アナスタシアの言葉の意味が良くわからなかったが、とりあえず今後の課題はシャロのことだ。
俺の勝手なエゴでシャロをずっと傍に、というわけにはいかない。
イシュタリアの神託だって、いつかは別の神託を下すか、終わりを告げる可能性だってあるのだ。
ならばそうなった時にどうするのか、今はまだ良いとしてもいつかちゃんとした答えを出しておかなければならないだろう。




