147.乱射魔の見え透いた嘘
入ってきたアナスタシアはカウンターに座っている俺を見つけると小さく会釈をしてから真っ直ぐに俺に向かってくる。
シャロとテッラ、それにハロルドもそれに気づいたようで顔を上げていた。
「こんばんわ、皆さん」
「あぁ、こんばんわ」
「こんばんわ、です。アナスタシアさん」
「やっと来たのかよ、デカ女」
「テッラ?デカ女って言うのやめなさいね?」
呆れたようにハロルドはそう言ってテッラを諫めていた。
諫められてもテッラは何処吹く風だったので意味はないと思うのだが、それでもハロルドは諫めることをやめようとはしない。
まぁ、見た目も相まって可愛らしい少女として見ているハロルドにとってはそうした言い方が気になってしまうのだと思う。
「ハロルド」
「ええ、わかってるわ」
「シャロ、テッラ。暫くハロルドと話しててくれ。俺は今からアナスタシアと依頼の報酬について話をしないといけないからな」
「はい。わかりました」
「あー……そうだな、それはしないといけないもんな。わかったあたしは大人しくしとくさ」
「それじゃ、頼んだ」
「ええ、任せてちょうだい。二人が退屈しないように、ちゃーんと話し相手になっておくわね」
そういってウィンクを一つしたハロルドはシャロとテッラに、俺とアナスタシアから離れた場所に座るように促していた。
シャロとテッラはそんなハロルドに大人しくついて移動してくれた。
ついでに言えば、その際にハロルドが指先で小さくカウンターを叩いていたのを確認できた。
「さて、世間話は必要か?」
「ええ、わたくしとしては必要だと思いますわ。少しばかり、付き合っていただけまして?」
「依頼人が必要だって言うなら乗るさ」
アナスタシアが少しばかりの世間話を。というのでそれに乗ることにした。
とはいえ最初からある程度はくだらない話をしてから、と思っていたのでアナスタシアが断ったとしても俺から切り出していたと思う。
もしくはそういう話になるように誘導していたのかもしれない。
「そうしていただけるとわたくしとしては嬉しい限りですわね」
「よし、ならどういう話をしようか。天気の話か?怪我の話か?好きな食べ物の話か?」
「そうですわね……そうした話は勇者様にして差し上げてはいかがでして?あの方であれば喜ぶと思いますわ」
「いや……むしろ怒られるんじゃないのか?」
「あぁ、その可能性もありますわね。アッシュさんが勇者様で遊んでいたことが原因だと思いますわ」
「酷いな。俺は真面目に話をしようとしてただけだぞ?」
「信じがたい話ですわね」
言いながらもアナスタシアは楽しそうにしていた。
まぁ、こうした話を遠慮せずに出来るというのは楽しい物だとは思う。
俺の場合はそういった相手もいるので普段から出来ることだが、帝都からやって来たアナスタシアにとっては、俺のような相手は貴重なのではないだろうか。
「そういえば……テッラさんは結局アッシュさんと行動を共にしている。ということでよろしくて?」
「何となく予想は出来てるんじゃないか?」
「ふふ……ええ、予想が出来ているからこその言葉ですわ。というよりも、テッラさんがアッシュさんから離れる姿を想像出来ませんものね」
優美な笑みを浮かべながらそう言ったアナスタシアは、やはりテッラのことを予想していた。
まぁ、あれだけ、と言うのはおかしいかもしれないが仲良くなっていたなので当然のことだと思う。
「あぁ、そうそう。実を言いますと、わたくしは暫く王都で活動をしようと考えていますわ」
そんなことを考えているとアナスタシアがそういえば。というように口を開いた。
「帝都に戻るにしても準備が必要になりますもの。それに……」
言葉を切り、表情が険しくなる。いや、苦々しい表情に変わった。
「イリエスか?」
何かあるのであれば、俺にとって心当たりはイリエスしかない。だからこそ、そう言った。
どうやらそれは正解だったらしく、アナスタシアは一つ頷いてから口を開いた。
「顔を見られ、敵としては認められなくとも素敵だと思う。と言われてしまいましたわ。警戒するのが当然かと」
「まぁ、妥当だな。もしイリエスがアナスタシアの姿を帝都で確認した場合は……すぐには殺し合いにはならないと思う。品定めしてくるだろうからな」
「ええ、わたくしも同じ考えですわ。殺し合いがしたいとイリエスが判断した場合は遠慮なく襲ってくると思いますもの」
そこまで言って、困ったような表情に変わったかと思うと、更に言葉を続けた。
「とはいえ、わたくしはイリエスとまともに戦えるような人間ではありませんわ。一方的に殺されて終わり。となる未来しか見えませんわね」
「イリエスが相手ならそういうこともあるかもしれないな。でも、アナスタシアだって相当強いんじゃないのか?」
「買い被りすぎですわ。わたくしに出来ることなど、磔の女王を打つこと程度ですものね」
そう言い切ったアナスタシアだったが、妙な違和感を感じる。
「とはいえ!磔の女王はわたくしの知る限り最高の相棒ですわ!!ええ!磔の女王さえあれば有象無象に負けることなどあり得ませんものね!!」
だがそれは一瞬のことで、すぐに磔の女王について非常に興奮したように語り始めた。
「磔の女王の連射性!帝都で作られている銃などと比べるべくもなく、圧倒的なそれによって放たれる鉄杭!!あぁ!制圧力、破壊力、殲滅力!!どれをとってもこれ以上の物などわたくしは知りませんわ!!」
「アナスタシア」
「なるべく目立たないようにと考えていましたので磔の女王を使うことはないと思っていましたわ!それが蓋を開けてみれば使う機会があったのは僥倖と言えますわね!!」
「アナスタシア?」
「それも人目など一切気にせず、好きに打てましたわ!もしかするとアッシュさんに当たってしまうかも、とも思いましたけれど些細なことでしたものね!」
「おい」
止まらないアナスタシアに声をかけているが、俺の言葉が聞こえていないような気がする。
これをどう止めた物か。と頭を悩ませていると、アナスタシアが急に黙り込んだ。
「ただ……」
「ただ?」
「その、実を言いますと、わたくしだけでは磔の女王の整備は完全には出来ないと言いますか……磔の女王を作った方は非常に特殊な方で、その方に頼むしかないと言いますか……」
「つまり、整備不良で誤作動を起こす、もしくは撃てなくなるかもしれない。ってことか?」
「ええ、その通りですわ。本来であればあそこまで撃つことはありませんわ」
「嘘だろ」
「撃つことはありませんわ!!」
本来であれば撃たないと言っているが信用出来ない。
アナスタシアは絶対に乱射魔だと思っているので、一度撃つことがあればついうっかり乱射して悦に浸ると思う。
「と、とにかく!!そうした問題もあって、それをどうしようかと考えているところですわ!」
「まぁ、武器の整備ってのは大事だからな」
「ええ、それも王都で主流の剣や槍などの近接武器ではなく、内部の機構が複雑な、帝都でも珍しい物ですものね。整備が出来る方は限られますわ」
アナスタシアの言うように剣や槍などの武器であれば王都でいくらでも整備というか、手入れをしてくれる場所がある。
だが俺の使っている迷子の双子や磔の女王のような銃器に分類される武器を整備してくれる場所など存在しない。
整備をしたいのであれば自分でするか、そういうことが出来る人間をどうにかして見つけるか、帝都に戻るしかないだろう。
「と、いうことですので……この後、ハロルドさんにお話を伺おうと思っていますわ」
「整備出来る人間に、心当たりがあるかどうか、だな?」
「どうにか整備が出来る方を見つけなければ、磔の女王を使うことが出来なくなってしまいますもの。大金を積んででも必ず見つけていただくつもりですわ」
そこまで言い切ってアナスタシアは何かを思いついたように俺の顔を見て、それから言葉を続けた。
「そういえば、アッシュさんの銃は」
「迷子の双子」
「失礼いたしましたわ。迷子の双子の整備はどなたが?」
俺にとっては大事な相棒である迷子の双子にはちゃんと名前がある。
そうした意味を込めて名前を告げれば怪訝そうにするでもなくアナスタシアはすぐに言葉を訂正した。
磔の女王のことを大切にしているアナスタシアにしてみれば、俺がそうして名前を呼んでいる銃のことを、自身と同じように大切にしていると考えたのだと思う。
事実として迷子の双子は俺の大切な相棒のようなものなので、妙なシンパシーを感じている。
「俺だ。自分で整備出来るようにって叩き込まれたからな」
「叩き込まれた……アッシュさんはもしや、帝都に?」
足を踏み入れたことがあるのか、という意味だろう。
「いや、迷子の双子を作った奴が来てな」
「え?」
「私の子供を預ける相手がどんな相手か見極めてあげよう!よし君なら大丈夫だ!次はこの子たちの扱いと整備の仕方を教えてあげるからよく聞くように!って一方的にガンガン話してきたんだ」
「あの」
「見極めるとか言いながら一目見て大丈夫だって判断してたのは何だったんだろうな、って感じもするけど……整備の仕方を教えてもらえたのは、有難かったと思うな」
「ちょっと」
「あいつは確かに天才だけど、変人、変態でもあったな。銃に対する愛情で頭がいかれてるんじゃないかって思うほどだった。それにあいつは自分が作った銃を自分の子供だって言い張ってた。迷子の双子は俺が付けた名前だけど、本当に双子なんだとさ」
どんなことを言われたかと思い出しながらそう話していたのだが、アナスタシアからは待ったがかかっているようだった。
気にせずにこのまま話を続けても良いような気がするが、此処は大人しくアナスタシアに振っておこう。
「どうかしたのか?」
「どうかしたのか、ではありませんわ……まったく、わたくしが話をしようとしているのを遮るのはどうかと思いますわ」
「さっき磔の女王のことで俺が声をかけても止まらなかったのは誰だっけ?」
「ところでアッシュさんの迷子の双子を作り上げた方はどういう名前なのかお聞きしても?」
アナスタシアもさっき同じことをしただろう。という意味のことを言うと先ほどの言葉などなかったようにそう聞いて来た。
ここで余計に突いても意味はないので素直に答えることにした。
アナスタシアは俺の話を聞いて、もしかしたら、という風に何かを考えているのできっと知っている名前を口にすることになるのではないか、と思っている。




