146.特殊な加護
シャロが落ち着くのを待ちながらどう説明するかを考える。
なるべくわかりやすいように伝えなければならないのと、扱いには気を付けること。それと可能な限り隠すことも教えなければならない。
「すー……はー……すー……はー……」
深呼吸をして必死に落ち着こうとしているシャロを見る。
たぶん、もうすぐ大丈夫だとか言うのだと思う。
「……よし、もう大丈夫です!」
予想通りだ。
「どういった加護なのか、説明をお願いします!」
「シャロが落ち着いたって言うならそれを信じようか」
シャロとしては自分に与えられた加護がどういった物なのか、気になって仕方がないのだろう。
神から加護を与えられるというのは、つまりは選ばれた人間ということになる。
まぁ、シャロの場合は選ばれたどうこうよりも単純にイシュタリアに与えられたことが嬉しい。という程度だとは思うのだが。
「まずシャロに与えられたのは相当強力な加護で、強化型の加護だ」
「強化型……?」
「あぁ、それも単純に何かを強くするとかじゃない特殊なやつだ」
「特殊……」
何故イシュタリアがこんな扱い難い加護をシャロの与えたのかわからない。と思うレベルの特殊さだ。
ただ、俺であればほぼ確実に使えないのと、他の物を使った方が早いので俺に押し付けない理由はわかる。
「シャロに与えられた加護は、想いの強さを力にする加護だ」
「想いの強さを、力にする……」
「神の奇跡は強い神性と神威による奇跡。人の奇跡は想いの強さが引き寄せる奇跡」
イシュタリアほどの神格を持っていれば奇跡を起こすくらいは容易いことだ。
海を割り、大地を砕き、空を裂く。その程度ではない。
星を降らせ、月を崩壊させ、太陽を炸裂させる。天災を越える天災、世界の破滅を指先一つで招く力があるはずだ。
「人が奇跡を引き寄せる?」
「そうだ。神が奇跡を起こすのは当然として、人だって奇跡を引き寄せられる」
「起こすのではなく、ですか?」
「あぁ、人は奇跡を起こせない。この世界の奇跡は世界を揺るがすほどの力がないと無理だ」
イシュタリア曰く、奇跡とは世界そのものに影響を及ぼすだけの力がなければ起こすことは出来ず、それが出来るのは神だけだと言う。
では何故俺がその奇跡について言及しているのか。
簡単だ。想いの強さを力に変えるなら、もしかすると本当に、純粋なまでの想いがあれば、この加護ならば奇跡を引き起こせるのではないか。そんな風に思ってしまったからだ。
たぶん、これはそういう加護だ。何を思って与えたのかはわからない。
イシュタリアの考えは俺では全て推し量ることは出来ないので、そういった予想しか立てられない。
「でも、もしかするとその加護があれば……ってことで、こうして話をしてる」
「な、なるほど……でも、本当に人が奇跡を引き寄せられるのですか?その……話を聞いていると、そう簡単なことではないというか、主様の言うような加護であっても難しいというか……」
「あくまでもそうした可能性があるってだけだ。シャロの言うように俺たち程度が奇跡を引き寄せられるわけがないからな。ただ、そこまでのことが出来なくても、本当に強い想いがあれば普段では発揮できない力が発揮できるのは確かだ」
「でも、その……話を聞いている限りだと、この加護は扱いにくい加護のような……」
「シャロの言うように、本当に扱いにくいと思う。まぁ、無理に使う必要はないから、使えるようになろうとしなくても良いような気はする。それに使えるように、ってなってもどうやれば良いのかわからないからな……」
「あ……た、確かに、そうですね……強い想いによって、となると練習というか、修行とかも難しいですよね……」
俺としてはイシュタリアに押し付けられた加護は無理に使う必要はないと思っている。
基本的にあのろくでなしの女神は思い付きで加護や祝福を押し付けるので、必要だと思ったから押し付けるわけではない。
まぁ、それは俺に対してだけなのかもしれないのでそれを口にすることは出来ない。
「ただ、イシュタリア様が私にこの加護を、となれば何か意味があるのかと思いますね」
「あー……どうだろうな。イシュタリアの考えを推し量ろうとするだけ意味がない。推し量れるわけがないんだ」
「あはは……イシュタリア様と付き合いのある主様が言うのでしたら、そうなのかもしれませんね」
俺の言葉を受けて納得した様子を見せるシャロ。
だが、それでも少しだけ迷いがあるような気がした。
「……シャロとしては、イシュタリアの加護だってことで使えるようになっておきたい。って思うのかもしれない。でもそう簡単に使えるようになるとは思えなくてな。今は我慢して欲しい」
「あ、いえ!だ、大丈夫です!こうしたことは主様の方が詳しいと思いますから、主様の考えに従います!」
「そうか。ありがとう」
そう言ってシャロの頭を撫でる。
子供が、自分はどのようにしたい。と考えているのを今はやめておけ。と言っていることになるので、非常に申し訳ないと思っている。
だからこそ、申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちを込めて頭を撫でたのだ。
「……主様は、何かあると私の頭を撫でますよね?」
「ん、あぁ……まぁ、そうだな」
「テッラさんにも同じことをしているのですか?」
「テッラ……あー……どうだろうな。意識はしてないけど……」
「同じことをしているのですか?」
「……まだ小さい頃はやってた、かもしれないな。今はそうでもないと思うけど……?」
何やらシャロから妙は迫力を感じる。
冷静になって、どうだったかを思い出しながらそう答えた。
実際はどうなのか、自分ではわかっていないのだが。
「本当ですか?」
「……た、たぶん……」
何だろう。今までに感じたことがない圧力を感じる。
それも抗えないというか、まともに抵抗出来ないような、そんな圧力だ。
「……いえ、そういうことなら良いのです。主様を信じますよ?」
「あ、あぁ……そうか。えっと、ありがとう……?」
「いえいえ。私の方こそ、変な質問をしてしまって申し訳ありませんでした」
シャロから感じた今の圧力は何だったのだろうか。
非常に形容し難いが、二度と感じたくない。と言い切れる圧力だった。
本当に、絶対に勝てないと思えてしまうような、そんな恐ろしいものだった。
「あ、すいません!あんまり長く話していると王都に戻るのが遅くなりますよね!」
「お、おぉ……そうだな、早く王都に戻らないとな」
「はい!」
あれをなかったことにするようなシャロに少しだけ引きながらそう言葉を返す。
シャロの言うように確かに早く戻らなければ日が暮れてしまう。
とりあえず、戸惑いながらもシャロを先導するように王都への道を進んだ。
▽
王都に戻り、冒険者ギルドでテッラと合流してから宵隠しの狐で食事を取る。
そこではいつも通りのあれこれやテッラで遊ぶ桜花などといったことがあった。
まぁ、俺としては今日やるべきことで残っているのはアナスタシアと報酬について話をすることだけだ。
だからこそ宵隠しの狐での食事は早々に切り上げてストレンジへと戻ってきていた。
「デカ女待ちかー」
「アナスタシアよ、アナスタシア。テッラはどうしてあの子のことをデカ女って呼ぶのかしらね?」
「デカいからに決まってんだろ」
「まぁ、確かに身長は高めよね。それに……」
「デカいんだよ!何だよあいつ!!」
「落ち着きなさいね?大きいのは私も思うけど、妬んだって仕方ないと思うわよ?」
「妬んでねーよ!ただあのクソデカ牛女は一目見た時から許せねーだけだ!!」
「それ、完全に妬みからでしょ……」
テッラとハロルドは非常に楽しそうに会話をしている。
流石ハロルド、と言うべきか出会って二日目のテッラと十全に話をすることが出来ている。
テッラもハロルドを相手に自然体で話をすることが出来ているようなので、テッラのストッパーはハロルドに丸投げしても良いかもしれない。
「テッラさんはアナスタシアさんと仲が悪いのでしょうか……?」
アナスタシアに対してあれこれと言っているテッラを見てシャロが不安そうにそう言った。
シャロにとっては自分の知り合い同士が互いを嫌い合っている。というようなことは悲しいのかもしれない。
「いや、テッラとアナスタシアは俺の目には随分と仲が良いように映ったぞ。あれは……まぁ、遠慮する必要がない相手に対しての態度って感じじゃないか?」
「そういうものなのでしょうか……?」
「テッラはそういうタイプだな。まぁ、シャロに対しても結構遠慮がないように見えるよな」
「あ、それは確かにそうかもしれませんね。テッラさんは私に対して遠慮がないというか、その、容赦がないと言うか……」
「それはテッラの口の悪さのせいでそう思うだけじゃないか?」
「んー……主様がそう言うのでしたらそうなのかもしれません。それにテッラさんとは話をした印象として、悪い人ではないような気がしました」
悪い人ではない。とシャロは思っているようだが、俺とテッラは世間一般的には悪い人間だ。
盗みも殺しも幼い頃からやって来ていたのだから良い人なはずがない。
「悪い人ではない、か」
「はい。あ、でも……」
「でも?」
「いえ、その……主様であれば、良い人というわけではない。と言いそうだなぁ、と思いまして……」
シャロに言われてつい何も言わずにシャロの顔を見返してしまった。
「あ、あれ……?ち、違いましたか……?」
「いや……今まさにそう思ってたから驚いただけだ」
これはどういうことだろうか。
俺の考えが簡単に見透かされるようなものだった、ということなのか。
もしくは俺がどういう考えを持つ人間なのか、シャロが理解し始めたということなのかもしれない。
「……俺がどういう考えをしそうなのか、何となく理解してる感じか?」
「そういうことでしたら、ちょっと嬉しいですね」
少しだけ照れ臭そうにしているシャロを見て、考える。
もしかするとシャロは俺が思っている以上に俺のことを理解しようとしているのかもしれない。
興味のない人間の考えなど理解しようとは思わない。またどういった考えを持つのか、理解しようと思っていなければそう簡単には理解出来ない。
勿論、シャロが俺の考え全てを理解出来るようになっているとは思わっていない。
「……流石お世話役、ってことで良いのか?」
「そういうこと、で良いのでしょうか?でも、主様のお世話役としては確かに主様の考えが少しはわからないといけませんよね!」
嬉しそうに言ったシャロはやはり俺の考えを理解しようとしていたようだった。
何と言えば良いのか。想像以上にシャロの頭の回転は早いように思えた。こういうところもイシュタリアがシャロを俺のお世話役とした理由なのだろうか。
などと考えているとストレンジの扉が開いた。そこにはアナスタシアの姿があった。
どうにもこうしたことを考えるのは先送りするしかなさそうだ。




