140.幼い者同士のじゃれ合い
どうにかカルルカンと仲良くなろうと考えながらも、それでもいきなり馴れ馴れしくすると良くないことを学んだシャロはひとまず大人しくしている。
カルルカンたちはカルルカンたちでシャロを警戒しつつ、俺の傍に子供たちを引き連れて歩み寄って来ていた。
とりあえず俺に歩み寄ってきたカルルカンには申し訳ないが、カルルカンの巣の中央へと向かって歩く。
「俺たちはお前たちに子供が出来たって聞いたからその様子を見に来たんだ」
俺が口を開けばカルルカンたちは俺を見上げながら、首を傾げていた。
首を傾げたカルルカンのうちの一匹が不思議そうな鳴き声を一つ上げた。
何故様子を見に来たのか、ではなく、どうしてその子も一緒なのか、という疑問を浮かべているもので、カルルカンたちにとっては俺が来るのはわかるが、シャロがいる意味がわからないらしい。
「俺の連れだ。なるべく優しくしてやってくれ。そうしてくれると俺も助かるし、嬉しいかな」
俺がシャロに優しくしてくれると助かる、嬉しい。ということを伝えるとカルルカンたちの目の色が変わったのがわかった。
そして思い思いに鳴き声を上げているうちの一匹が今回は特別にシャロがいてもズドンとしないと約束してくれた。
それに安心すると共に何かあればやるつもりだったのかと少しだけ血の気が引いてしまった。
だが少し考えればわかることだ。子供を大切にしている場所に怪しいと判断する相手が入り込んでいるのだ。それくらいのことはしてもおかしくない。
先手を打つことが出来て良かった、と思っておこう。
「ありがとう、助かる。それと子供たちだけど俺たちは触らない方が良いよな?」
そんな状況の中で子供を触らせて欲しい、とは言えない。だがもしかしたら、という可能性があるのでそうした言い回しをした。
するとカルルカンたちは俺に待つように言ってから少し離れた場所に集まり、相談を始めた。
「あの、主様」
「あれはさっきの質問に対する答えを相談してるみたいだぞ」
「いえ、そうではなくてですね」
「なら、どうした?」
「ああやって集まって相談してるカルルカンさんたち、可愛いですよね!」
「お……おう。そうだな」
シャロにとってカルルカンたちの相談している内容よりも、集まってひそひそ話をするように鳴き声を上げている姿が可愛い。という方が気になったらしい。
そしてその様子を出来るだけ間近で見ようと思ったのかじりじりと距離を詰めているシャロに呆れていると、ぐりぐりと何かを押し付けられるような感覚がした。
何を押し付けられているのやら、と思いながらそちらに目を向けると、カルルカンの子供のうちの一匹が俺に頭を押し付けているところだった。
ついでに言えば、この巣にいる子供たちが全員集まっている。
「……お前たちの親がどうするか相談してるんだから、大人しくしておいた方が良いんじゃないか?」
目線を合わせるようにしゃがんでからそう言ったのだが、そんなことは関係ないとばかりに俺を取り囲むと楽しそうに鳴き声を上げてはくるくる回ったり飛び跳ねたりと子供らしく無邪気に振る舞っていた。
そんなカルルカンの子供たちに取り囲まれている状況で、どうするべきかと考えていると親であるカルルカンたちが少しだけ大きな鳴き声を上げた。
次の瞬間、俺の周りを飛び跳ねていたカルルカンの子供が俺に対して突進してきた。
突然のことで、更に敵意などはなかったために反応することが出来ず、押し倒されてしまった。
「うおっ!?」
先ほどカルルカンは一向に構わん!!と言っていたのだが、それは子供に触ることだけではなく、たぶん子供が俺にじゃれつくことも含めていたのだと思う。
まぁ、その許しが出る前から子供たちは俺に充分じゃれついていたと思うのだが。
ただそうした状態になると納得できないと言うか、話しについていくことが出来ない人物が一人。シャロだ。
「あ、主様が仔カルルカンさんにもみくちゃにされてます……そういうの、ずるいと思います!!」
「ずるいとか、そういう、話じゃな、いだろ……ってかやめろお前ら!!」
子供特有の遠慮と容赦のなさもあって全力でじゃれついて来るカルルカンの子供たちをどうにか傷つけたりしないように押し退けるのだが、すぐに別の子供がじゃれついて来る。
悪戦苦闘しながらシャロに言葉を返してから、どうにもならないと思いやめるように言う。
だが子供にとっては意味がないようで、状況が変わることはなかった。
むしろ俺の反応を面白がってか、先ほどよりも状況は悪化している可能性の方が高い。
「あぁ……主様と仔カルルカンさんが楽しそうです……」
そんな俺を羨ましそうに見てくるシャロと、微笑ましい物を見るようにしているカルルカンたちに内心で思うことがある。
そんなことを言っている場合ではないとか、お前たちが一向に構わなくても俺が構うわ、とか。
ただ今はこの状況を打開するのが優先だ。
「シャロ、悪いけど手を貸してくれ!」
「あ、えっと……手を貸す、というのは……?」
「こいつらを退けてくれればそれで良いから!」
「退ける、と言われましても……」
困惑しているシャロだが、手を貸してもらうしかない。
「手荒にしなければ押し退けたりするだけで良いんだ。つまり、カルルカンの子供を触っても大丈夫ってことだな」
「主様!今すぐにお助けしますね!」
「こういう時の子供らしい現金さ、嫌いじゃないぞ」
触っても良いのか、触れるのか、とそわそわしていたシャロなので俺を助ける名目であれば触っても問題ないと言えば先ほどまでの困惑などなかったように俺を助けるために動き始めた。
いや、俺を助けるためというよりもカルルカンの子供に触れるため、と言った方が良さそうだ。
「これは主様を助けるためですからね!ですから仔カルルカンさんは主様からちょーっと離れましょう!離れないというのでしたら、仕方がありませんから私が引き剥がすというか、押し退けるしかありませんよね!」
言い訳を口にしながら嬉々として俺とカルルカンの子供の間に入ると、カルルカンの子供に抱き着くようにして体全体で俺から引き離そうと始めた。
その表情はとても幸せそうで、抱き着かれているカルルカンの子供もまだ幼いためかそれを楽しそうな鳴き声を上げながら抜け出そうと身を捩っていた。
「わわっ……もう!そうやって抜け出そうとしても、そうはいきませんからね!」
そう言ってシャロが逃がしてなるものか、と抵抗するとそれを受けてどうにか抜け出そうと更に身を捩る。
シャロもカルルカンの子供も非常に楽しそうで、俺にじゃれついていた子供たちはいつの間にかシャロの周りに集まって次は自分だ、いや自分だ、間を取って自分だ、と好き勝手に鳴きながら順番待ちをしていた。
子供たちから解放された俺は立ち上がり、少し乱れてしまった衣服を整えるとシャロたちから少し距離を取っているカルルカンたちの下へと移動する。
「はぁ……まったく、お前たちも少しは止めろよな」
言いながら先ほど一向に構わん!!と言っていたカルルカンの頭をぐりぐりと強めに撫でる。
抗議しているようで、実際にはシャロがカルルカンの子供と触れ合える許可を出してくれたことに感謝しての行動だ。
そんな俺の心情を理解しているかどうかは別として、俺に撫でられたカルルカンは満足げに一鳴きした。
他のカルルカンも俺の周りに集まって来るが、全員が全員自分を撫でろと言うのではなく、半数が撫でるように要求し、半数がシャロと子供たちを見守っている。
流石に子供がいると普段のような態度は取らないらしい。親らしさを少しくらいは見せてくれる。
「……なぁ、少し良いか?」
そんなカルルカンを見てふと疑問を抱いたのでそのことを問いかけてみようと思った。
「親としてはさ、子供は大切か?」
当たり前だ、と口々に答えるカルルカンに更に問いかける。
「何よりも、大切か?」
これにも、当然だ、と答えた。
「そうか……親ってのは、子供のことを大切にするもんだよな……」
何を当たり前のことを聞いているのか。不思議そうにそう聞いてくるカルルカンに曖昧に笑んでから誤魔化しておく。
親が子供を大切にするなら、どうして俺の親は俺の捨てたのか。ほんの少し、気になってしまっただけだ。
だからカルルカンたちがそれを気にする必要はない。
「何でもないから気にするな。それよりも、シャロとお前たちの子供たちが随分と楽しそうにしてるけど放っておいても良いのか?お前たちにとっては、怪しい奴、って思ってるんだろ?」
先ほどから暖かい眼差しで自身の子供たちとシャロのじゃれ合いを見守っているので、その辺りはどうなのだろうかと気になったのでそう口にした。
すると小さく頭を振ってからカルルカンは鳴き声を上げてその答えを示した。
「……親なら、子供が楽しそうなのを邪魔しない、ね」
勿論そこには子供が安全かどうかも含まれているが、シャロが子供たちに危害を加えるようなことはしないと判断されたらしい。
だからこそ、こうしてただ見守るだけに留めているとのことだ。
「そういうことか。ならこのままもう少し見守ってやっててくれ」
任せておけ、と一鳴きしたカルルカンを軽く撫でてから王都を出た辺りからずっと感じていた視線の主の下へと行くことにした。
誰が見ているのか、それがわかっていたので特に反応を示さなかったがシャロはカルルカンの子供に夢中になっていて、気づきそうもないので丁度良い。
少しばかり、その視線の主と話をしなければならないこともあるのでカルルカンたちに一言断りを入れてからその場を離れることにした。
カルルカンたちは不思議そうにしていたが、とりあえず見守るのは任せろ、という心強い言葉が返って来たので大丈夫だ。
「それじゃ、頼んだ。あぁ、何かあったら呼んでくれよ?」
その言葉に対して元気な鳴き声を返してくれたカルルカンたちに後は任せて、俺は後方の樹の影に隠れている視線の主の下へと歩いて向かった。