137.良い姉貴分
あれから三人でピースフルに向かい、シャロとテッラが満足するまでパンケーキやタルトを食べたり、その後宵隠しの狐でシャロとテッラに甘えられる俺を見て白亜と桜花が軽く暴走したり、ストレンジでハロルドにテッラを紹介したり、依頼の品を渡したりと思いのほか忙しくなった。
ハロルドにテッラを紹介した際に驚かれたが、クレイマンであることを伝えればシャロよりも早く納得していたので更に情報を集めていたのかもしれない。
それから幻想の終わりを渡した際にクレイマンのことは秘密にし、出来る限りただのテッラとして生活するように、とテッラに対して言っていた。
テッラはその意味を理解しているので余計なことを言われた、という風に思うこともなく素直に頷いていたのが印象に残っている。
それと、シャロと話をした際には出来なかった詳しい話もその時に済ませているので、シャロもハロルドもちゃんと納得してくれた。
そして今は言えに戻り、それぞれが眠る前に一息ついている状況だ。
「ふぅ……今日は本当に疲れたな……」
「テッラが疲れたのは桜花のせいか?」
「絶対にそれだ。桜花さんは本当に俺に対して容赦がなさすぎるんだよなぁ……」
「桜花さんは楽しそうでしたけどね……」
三人で思い出すのはテッラを嬉々として追い詰めている桜花の様子だった。
桜花はテッラのことが嫌いだからそうしているのではなく、あくまでもあれはじゃれているようなものでしかない。
変なところでサディスティックな一面がテッラに向いているので止めようかとも昔は思ったが、そういうコミュニケーションもあるか、と考えを改めた。
決して桜花のサディスティックな一面が俺に向くと面倒だとか、そういうことは思っていない。
「あたしは全っ然楽しくないけどな!!」
「それを桜花に聞かれるとどうなるんだったか」
「や、やめろよな!そういう怖いこと言うの!!」
「怖いことなのですね……」
困ったような顔でそう言ったシャロをキッと睨みつけるようにしてからテッラは口を開く。
「怖いことなんだよ!!昔はっきりと伝えた時なんか……!!」
その時のことを思い出したのかテッラは小さく震えていた。
俺もその時に一緒にいたが、完全に桜花の玩具にされているテッラを見てあれが桜花の本性か、と戦慄してしまった。
その際に困ったように笑った白亜に頭を撫でられたのも覚えている。普段なら軽く押し退けるそれが心地よくてほっとしたのは俺だけの秘密となっている。
「まぁ、あんまりその時の話はしてやるな。テッラにとってはトラウマになってるみたいだからな」
「は、はぁ……そういうことでしたら、わかりました」
「悪いな。テッラはとりあえずホットミルクでも飲んで落ち着いたらどうだ?」
「お、おう……そうだな……とにかく落ち着いて、忘れるんだ、あたし……!」
言いながらホットミルクをちびちび飲んでいるテッラはたぶん桜花とのことを忘れることはないだろう。
シャロはそんなテッラを見てどうしたら良いのかわからない様子だったので、ひとまずテッラはそっとしておいてシャロの相手をすることにした。というか、俺がシャロの相手をしたいだけだったりする。
「テッラはそっとしておけば良いとして。シャロはそろそろ寝る時間か?」
「はい。もう少ししたら眠ろうかな、と思っています」
「そうか。あぁ、夜更かしはなしだからな?」
「わかっていますよ。主様も、ちゃんと寝ないとダメですからね?」
「はいはい。随分と世話役らしい言葉が言えるじゃないか」
「主様にはちゃんとこうして言わないと武器の整備で夜更かしするかもしれない。ということをハロルドさんから聞いていますからね!」
「……ハロルドも余計なことを言ってくれたな……」
どうやらハロルドの入れ知恵らしい。図星なので何も言い返せない。
ため息を小さく零してから諦めたように俺はシャロにこう言った。
「わかったよ。夜更かししない程度に切り上げてちゃんと寝るさ。それで良いだろ?」
「はい、ちゃーんと休まないと、めっ!ですからね!」
俺のお世話役がくっそ可愛い。
「えっと、あ、主様?私、何かおかしなこと言いましたか……?」
俺の動きが止まったのを見てシャロが心配そうというか不安そうにそう聞いて来た。
「あ、いや……そうじゃなくて、そうした子供に対する注意の仕方をされるとは思ってなかったんだ」
本当に欠片も思ってなかった。というか、あれは卑怯だと思う。
「あ、そういうことでしたか……いえ、桜花さんが白亜さんに注意するときに言っていたので真似してみようかなぁ、と思いまして……」
「確かに桜花は白亜に対してああいった言い回しをすることがあるな……」
桜花にそうした注意のされ方をされて白亜はデレデレしていたのを思い出す。あれは注意になっていないと思ったが、もしかすると白亜の注意を自分に向けるためにわざとやっていたのかもしれない。
何だかんだで計算高いところもある桜花なので、きっとそうに違いない。
そして白亜はそれをわかった上で桜花にデレデレしているはずなので、やはりあの夫婦は仲が良い。
「まぁ、良いか。それじゃ、夜更かしするとシャロに怒られそうだから各自部屋に戻って寝るとするか」
「わかりました。あ、でも片づけをしないと……」
「それは俺がやっておく。だからシャロはもう上がって良いぞ」
「そうですか?ではお言葉に甘えて……お先に失礼して、おやすみなさい。テッラさんも、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ、シャロ」
「え、あ、おう。おやすみ」
俺とテッラにおやすみと言ってからシャロは二階へと上がって行った。
シャロは平気な顔をしていたが、きっと強い眠気を覚えていたはずだ。いつもであればこの時間には既に部屋に戻っていて、ぐっすりと眠るためにベッドに入っていると思う。
だからこそ部屋に戻って、と言ったのだ。ただ、そう言ったとしても俺とテッラはまだ部屋に戻るつもりはなかった。
「あーあ、なんて言うんだろうな。あたしはさ、チビ助はもっと我儘なのかと思ってた」
シャロを見送ってから二人とも無言だったが、突然テッラがそう口にした。
「アッシュに甘えて、好き勝手やってるんじゃないのかって思ってた」
俺はそれに対して何も言わず、テッラの言葉をただ聞く。
「だって、チビ助はまだまだガキだろ?何だかんだでアッシュは子供には甘いから、我儘を通してるかと思ってた」
テッラを見れば、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。
「でも、違うんだよな。そんな風に思ってたのは、アッシュに甘えて、アッシュに甘やかされてるチビ助にあたしが嫉妬してたせいだったんだ」
嫉妬、というのはどういうことなのか。少し考える。
たぶん昔から俺の後ろをついて回っていたのに、そのポジションをシャロに奪われたような気がした。とか、そういうことの延長線だろうか。
「アッシュに甘えてるってのは間違いなかったけど、我儘は言ってなかった。今日だけの短い時間だけど、たぶんチビ助は我儘とか、自分がどうしたいとか、どうして欲しいとか、そういうのを口にすることがあんまりなかったんじゃないか?」
「本当に、良く見てたな」
「ってことは当たりか」
これからシャロの面倒を見てくれるようにテッラに頼むことも出てくる。
だからこそ隠すべきではないと思って一つ頷いてから言葉を続けた。
「シャロはどうにも俺たちとは違った意味で育ちが特殊みたいでな。我儘だとか、自分がこうしたいって言うのを抑圧してたみたいだ。たぶん、シャロの言うお母様とやらが関わってるんじゃないかと思ってる」
「お母様、か。そういう呼ばれ方してる奴にろくな奴はいないってのがスラム出身のあたしの考えなわけだけど、そこんところどう思う?」
「どうだろうな。ただ、シャロはそんなお母様のことを慕ってはいるみたいだったぞ」
「ふーん……クソ親ってわけじゃないのか。いや、親のことを悪く思えないだけって可能性も捨てきれないけどさ」
テッラの言うように、幼い子供というのは親のことを悪く思えなかったり、それが普通だと洗脳されていることがある。前世で言うところの毒親という存在であればそれくらいするだろう。
そしてそういった存在は何処の世界でもいるものだ。シャロの親がそうなのか、と聞かれればわからないとしか言えないのだが。
「そうだな。でもそのお母様は今、シャロの傍にはいない」
「ってことは、あたしたちがシャロの傍で色々と変えて行けば良いってことか。我儘言えるように、とかさ」
「そういうことだ。それを察してくれる辺り、流石テッラだな」
「おいおい、そんな褒めてもやる気くらいしか出ないぞ?」
「そいつは重畳、ってな。シャロのこと、頼めるか?」
「仕方ねーなー……良いぜ、頼まれてやるよ。これでチビ助が嫌な奴なら断るけど、あいつは良い奴みたいだからな。それに、なーんか放っておけないしさ」
最初にシャロのことを話した際には否定的な感情を持っていたのはわかっていた。
それがたった一日一緒に行動しただけでこうも変わるのは、やはりシャロが良い子だから、ということが大きく関わっているだろう。そして、口は悪いが根が良い子なテッラの性格もある。
というか、二人とも非常に良い子だと言えるのでそんな二人が揃えばそうもなるか。
テッラは困ったように笑いながらシャロのことを放っておけないと言っているが、何処となく悪い気はしていないように見えた。
「これはシャロにとって、良い姉貴分が出来るかもな」
「おいおい、何だよそれ」
「俺は面倒見が良いとか言ってたけど、それはテッラもだよな?」
「あー、まぁ、否定はしねーよ。アッシュと違ってな」
俺と違って否定はしない、と言ったテッラは楽しげに笑っていた。
「はいはい。何にしても、そうして面倒見の良いテッラならきっと良い姉貴分になるだろうな、って思っただけさ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
良い姉貴分になると言われて、テッラは呆れたようにしていたが、それでもその表情は楽しそうだったので本当に良い姉貴分になってくれるだろう。
少し前まではこんな風に誰かのことを考えるとは思わなかったが、不思議と嫌な気分はしない。むしろ楽しいとすら思えている。
「何だろうな、あのチビ助は随分と恵まれてるな」
「あぁ、そうだな。でもそれを言うなら俺やテッラも随分と恵まれてると思うぞ」
「はは、違いねーな。あたしは本当に恵まれてるよ、アッシュに出会えて、アルヴァロトってのに所属して、本当に、本当に恵まれてる」
俺も、イシュタリアに出会い、白亜に出会い、桜花に出会い、アルヴァロトのメンバーに出会い、本当に恵まれている。
こうして恵まれている何て思えるようになるとは思っていなかった。俺は周りが、もしくは自身の境遇が本当はあまり見えていなかったみたいだ。
それが見えるようになったきっかけは、シャロとの出会いなのだから、シャロには感謝している。
「まぁ、何にしても明日からチビ助の面倒はあたしも見てやるよ」
「それは有難い話だ」
「おう!でも今日はさっさと寝ようぜ!じゃないとチビ助に怒られるぜ?」
「めっ!って奴だろ?怒られたくないからさっさと休むとするか」
そう言って空になったマグカップを片付けるためにキッチンに向かう。
「俺は片づけをしてから休むから、テッラは先に上がってくれて良いぞ」
「ならお言葉に甘えて。おやすみ、アッシュ」
「あぁ、おやすみ、テッラ」
そう言って二階に上がって行くテッラを見送ってから片づけをする。
アナスタシアとの報酬のやり取り、フランチェスカ家からの依頼について報告、グィードから聞いたイリエスに関する報告の証言など、解決していないことが多い。
それでも俺にとって一番優先するべきシャロのことを任せられる相手がいるというだけで随分と気が楽になる。
ただ、本当に出来ることなら解決していないことがさっさと解決することを祈るばかりだ。




