135.きっと一番の甘党
あれから混沌とした状況を白亜たちに抱き着かれたままで過ごし、ある程度満足してもらえたようで解放されることとなった。
そしてまだ日が昇っている時間だったために一度宵隠しの狐を出て家に戻ることにした。
戻ることにしたのだが、その道中でシャロがどうしてテッラもついて来るのかと疑問を口にした。
「あの、主様。どうしてテッラさんも一緒に歩いているのですか?」
「あぁ、それは……」
「それはあたしもアッシュの家に住むことにしたからだ」
「……え?」
「あー……うん、そうだな。家に戻ってから少し説明しておきたいこともある。質問とかあるならその時にしてくれ。良いか?」
「あ、はい……主様がそう仰るのなら……」
シャロとしてはどうして、と思ってしまうのも無理からぬことだ。
だがどういった経緯なのか、それを説明したならばきっとシャロは理解してくれるはずだ。理解はしても、納得するかどうかは別なのだが。
とはいえなんだかんだで納得して、二人とも仲良くしてくれるような気がする。あくまでも、そんな気がする程度なのだが、まぁ、こういう時の予感と言うのは割と当たるので大丈夫だろう。
そんなことを考えながら三人で歩き、俺の家に戻ることになった。最初に扉の前に立ったのはシャロで、念入りに鍵をかけてを取り出してから鍵を開けていた。
本来なら別の何かを用意しなければならない状態になり始めている。それなのに何も考えられていないと言うのは良くない。本当に近いうちに何か手を考えなければならない。
だが念入りに鍵をかけて以上の何かがあるか、と問われればない。と言い切れる。さてどうしたものか。
「アッシュ、考え事も良いけど、とりあえず入ろうぜ」
テッラに言われて既にシャロが扉を開けて俺たちが入るのを待っていることに気づいた。
「あぁ、悪い」
そのまま放置、というわけにはいかないのでさっさと家の中に入り、話をするための準備をすることにした。とはいえ、最近は紅茶ばかりでそれを淹れるのはシャロの役目となっている。つまり、任せるしかない。
「シャロ、話をする前に紅茶の用意を頼めるか?」
「はい、わかりました」
「なら頼む。俺が淹れるよりもシャロが淹れてもらった方が美味いからな」
「それは主様の淹れ方の問題ですよ。でも、そう言っていただけるなら、少し張り切ってしまいそうですね」
そう言ってキッチンへと向かうシャロの表情は一瞬しか見えなかったが頬が緩んでいるのが確かに見えた。
「シャロの淹れてくれる紅茶は美味いからな。きっとテッラも気に入るだろうさ」
「えー、本当かよ」
「あぁ、本当だ。まぁ、俺の淹れ方が悪いってことで叱られたりもしたけど」
「アッシュにそう言えるってことは、本人も自信ありって感じか……よし、あたしが見極めてやる!」
「オチが見えた」
シャロの淹れてくれる紅茶は本当に俺と同じ茶葉を使っているのかと思うほどに美味い。それをわかっている俺はこうして息巻いているテッラがどういう反応をするのか、何となくわかってしまった。
紅茶の味やテッラの性格をわかっているから、とも言えるのかもしれない。
何にしてもオチが見えてしまっているので呆れたようにそう言ってからシャロを待つことにした。
紅茶の準備を進めているシャロは先ほどまでテッラがこの家に住むと言うことに不満というか、疑問を抱いているようだったが、今はとても機嫌が良さそうに見える。
見えるというか、鼻歌交じりに準備を進めているので機嫌が良い、と断言しても良いだろう。
「なーんか、あのチビ助の機嫌良くないか?」
「あぁ、相当機嫌良さそうだな」
「……まぁ、理由はわかるけどさ」
シャロの機嫌が良い理由。それは俺がシャロの淹れる紅茶が美味い。と言ったからだと思う。
褒められて機嫌を良くする、というのは普通の反応であり、更に言えばシャロはそうやって仲の良い相手に褒められるととても喜ぶので確実にそれが機嫌の良い理由だ。
「あーあ、あんなに楽しそうにして……」
「良いんじゃないか?それにそんなことを言ってるテッラは随分と優しい表情になってるぞ」
「……き、気のせいだろ。何であたしがそんな顔しないといけないんだ?」
「わかっててそんな風に言うのか。まぁ、テッラももう少し大人になれば素直になるか?」
「うっせーな!あたしは別にアッシュの言うようなことは何にもないっての!!」
そう言ってフシャーッっと猫のように俺を威嚇するテッラだったが、事実としてシャロを見る表情は優しかった。
テッラは口が悪いが根は良い子なので、自分よりも年下の子供が楽しそうに、嬉しそうにしている姿を見れば優しい表情を浮かべて見守りもするだろう。
「はいはい。わかったわかった。そういうことにしておいてやるよ」
「事実だっつの!!」
「あぁ、シャロ。テッラは甘い物が好きだから砂糖とミルクを忘れないように持って来てくれよ」
「あ、はい!わかりました……テッラさんって、甘い物がお好きだったんですね」
テッラが吠えるのを聞き流してからシャロに砂糖とミルクを持って来るように頼む。
俺とシャロは紅茶を飲む際にはそうした物を入れなくても問題なく飲めるのだが、テッラは紅茶やコーヒーを飲む際には砂糖とミルクをたっぷりと入れなければ飲むことが出来ない。
飲もうと思えば飲める、ということは一切なく、本当に飲めないのだ。それでも紅茶の味の良し悪しは何となく理解出来るのだから不思議な味覚をしていると思う。
砂糖とミルクをたっぷりと、何てことをすれば紅茶本来の味がわからなくなると思うのに、どうしてそれがわかるのか、本当に不思議だ。
「う、うっせーな!別に甘い物が好きでも良いだろ!?」
「悪いとは言ってませんよ。ただ、テッラさんも私と同じで甘い物が好きなのですね、と思っただけです」
「……どーせあたしみたいに口の悪い女には似合わないとか思ってんだろ……」
「そんなことはありませんよ。私も甘い物が好きですから、良くわかります。甘い物を食べていると、何だか幸せな気持ちになりますよね!」
「……ま、まぁ……ひ、否定はしないけど……」
「あ、そうだ!甘い物がお好きなら今度一緒にピースフルに行きませんか?」
「ピースフル……?」
「はい!私は苺がたっぷりと使われている苺のタルトが一番好きです!でもピースフルに行くならパンケーキを頼むべきだと、そう思いますね!」
「苺のタルトに、パンケーキ……」
「ふわふわのパンケーキに冷たいアイスが乗っていて、その上からメープルとチョコレートのソースがたっぷりと……あ、主様が以前にそのメープルとチョコレートのソースの量を倍にして注文していましたから、もしかしたらもっと増やせるかもしれませんね……」
「…………い、今から行こうぜ!いや、あたしが行きたいとかじゃなくてチビ助が食べたいかもしれないだろ!?」
シャロの話を聞いているうちに徐々にそわそわとし始めていたテッラだったが、我慢が出来なくなったのか今からピースフルに向かおうと言ってきた。
それも自分が苺のタルトやパンケーキを食べたいからではなく、シャロが食べたいと思っているかもしれないから。という責任転嫁のようなことをしていた。
「え……いえ、折角紅茶を淹れましたから……それに、お話をするのではないのですか?」
「あ、いや、そうだけど……」
「テッラ、また後で行けば良いだろ?今は話し合いが優先だと思うぞ」
「うっ……わ、わかったよ……」
本当なら今すぐにでもピースフルに向かいたいと思っているテッラは俺とシャロの言葉を受けてから渋々この家に残って話し合いをすることに同意した。
ただその態度や様子を見る限りはピースフルに対する未練のような物がひしひしと感じられるので、話し合いが終わったらすぐに連れて行かないと拗ねてしまいそうだ。
そうしたことを考えている間に紅茶の準備を終えたシャロがトレーにカップなどを乗せてテーブルへと持って来た。
「どうぞ、今日はちょっと贅沢にピュアブラッドを使ってみました」
「ピュアブラッド……え、マジか、あのめちゃくちゃ高価な奴だよな!?ちょっと贅沢に、とかってレベルじゃねーぞ!?」
「ええ、わかります。本当にその通りです。でも、主様が……」
「……アッシュ、何したんだ?」
「別に俺は何もしてないけど……まぁ、依頼の礼として茶葉をもらって、俺が普通に淹れて飲んでたのがダメたらしい」
「あー……アッシュのことだからピュアブラッドとかの価値を気にせずに何となく気に入ったからって飲んでそうだよな……」
「ええ、ですから私が紅茶を淹れて、主様にも淹れ方を教えることになりました。良い茶葉を使うなら、そうした淹れ方にも気を付けるべきですからね!」
何となくわかる、という風に口にしたテッラと、あの時のことを思い出してぷんぷんと怒っているシャロを見ながらどうした物かと考える。
これは何を言っても意味がない状況になっているのではないだろうか。
「それについては悪かったって。淹れ方についてはシャロに教えてもらってるし、俺一人で勝手に淹れないようにしてるだろ?」
「それはそうですけど……」
「落ち着けって、チビ助。それよりもこのままだと紅茶が冷めるぞ?」
「あ、そ、そうですね……主様とはまた今度お話をしないといけませんけど、今は我慢ですね、はい」
「マジか……いや、これに関しては説教でも甘んじて受けるけどさ」
紅茶に関してはシャロにはこだわりがあるらしく、この話題を続けるのは俺にとってあまり良くないのでとりあえず話を終わらせることにした。
「それよりも……テッラは砂糖を幾つ入れるんだったか……」
「ん?五つだけど?あ、ミルクもたっぷり入れないとな!」
「そ、それは、流石に入れ過ぎだと思いますよ……?」
「良いんだよ、あたしはこれで飲むのが好きなんだから」
言いながら角砂糖をドポドポと紅茶に入れて、それからミルクをたっぷりと注いだテッラはティースプーンでそれをかき混ぜてから口に運んだ。
それを見てシャロの表情が少し引き攣っていたのはやはり紅茶に対するこだわり故だろうか。
「シャロ、テッラはああやって入れないと飲めないんだ。大目に見てやってくれ」
「で、でも……」
「飲まないんじゃなくて、本当に飲めないんだよ」
「……主様がそういうのでしたら、わかりました……」
納得はしていない様子だったが、それでも引き下がってくれたシャロに心の中で感謝しながらテッラを見る。
砂糖とミルクがたっぷりと入った紅茶を口にして、その甘さに納得したのか上機嫌になっていた。
そんなテッラを見てシャロはそれ以上何も言えないようで、困ったような表情へと変わっていた。まぁ、テッラについてはこれから一緒に暮らせば本当に砂糖とミルクを入れなければ飲めないということがわかるだろう。
そうした相手のことがわかっていく中で二人が仲良くしてくれれば良い、と思いながら一息つき終えたらちゃんと話し合いをしようと思った。