133.楽しそうな狐たち
非常に楽しそうな話し声に、本当に何を話しているのやら。と思いながら進むと、いつも俺が座っているカウンター席を空けて、左右にシャロと白亜が座り、カウンターの向こうには桜花がいた。そして、その周りには従業員全員が集まっていた。
そこに俺とテッラも歩み寄ることになるのだが、全員が話に夢中になっていて俺たちには全く気づいていない。
「それで、主様は私が甘えすぎないようにしないといけない、という話をしていたらいつの間にか主様が私の髪を乾かしてくれていました」
「アッシュくんってばシャロちゃんのこと甘やかしてますねぇ」
「だな。それもシャロが気づかない間に、とか意識を向けてない間にやってるから気づいた時には、って感じか」
「そうです!だから甘えないように、甘えないように、って考えててもいつの間にか主様が色々やってくれていて、気づいたら自然と甘えてしまっているというか……」
「むむむ……これは随分と手慣れてますね……!」
「どういう風に接したら良いのかわからない、みたいなこと考えてたみたいだけど……まぁ、やっぱりアッシュだな!」
「そうですね!何だかんだで昔から子供とは関わることも多かったみたいですし、本人が戸惑っていても自然とそうした接し方になっちゃいますよね!」
「そういうアッシュも、良いよな!」
「はい!あ、でもそうやって自然と甘えさせるというか、甘やかすことが出来るなら私たちにも自然と甘えて欲しいですよねぇ……」
「あぁ……それなら俺も自然と甘やかしてくれねぇかなぁ……」
どういう話をしているのかと思って黙って聞いていると、俺がシャロの髪を乾かしていた時の話をしているようだった。
まぁ、その後の甘えて欲しい、自分も甘やかして欲しい、という言葉には小さくため息が漏れてしまった。これはいつものことなのであまり気にはしないが、前に甘えて、甘えさせたことがあるので何かあるのではないか、と思ってしまう。
とはいえ、シャロの面倒を見てもらったのだから礼はしないといけない。そういうことを要求されれば、たぶん応えるとは思う。
ただそうなるとテッラがどういう反応を示すのか、考えると少しだけ頭が痛い。
「でも……アッシュに甘やかしてもらうとか、甘えさせてもらうとか、そういうもの良いけどアッシュに甘えられたいって思うのは贅沢かな?」
「わかります。すっごくわかります。私もアッシュくんに甘えてもらえるとすごくキュンキュンしちゃいますけど、甘えてみたらどんな風なのかって気になります!それにほら、シャロちゃんを甘やかしている話を聞くと、私もそういうの気になっちゃうのは仕方ありませんよね!」
「主様に……わ、私も、主様に甘えられたらどうなるのか、気になります……!」
「ですよね!」
「よっしゃ!それじゃ、アッシュが帰ってきたらそうなるように何とかするか!みんなも協力してくれよな!」
何故かこの場にいる、俺とテッラ以外の全員が俺がシャロと白亜に甘えて、桜花に甘えさせる。となるように事を運ぼうとしていた。
白亜の声に応えて従業員全員が喜色を湛えた声で返事をする姿を見て、顔が引き攣ってしまうのが自分でもわかった。
流石に自分よりもずっと年下の少女に甘えることは出来ないし、白亜に甘えるというのはしたくない。いや、充分に甘えてしまっているという自覚はある。だが白亜が求めているのは別の甘え方だ。
桜花に関しては何をしろというのだろうか。桜花が俺に甘えてくる、ということなのか、シャロに対するように甘やかせ、ということのなのか。どちらにしても厄介だと思う。
桜花は白亜のように暴走することはあまりないが、あれでとても強欲、もしくは欲深いので一度味を占めれば次も、と要求されると思う。歯止めが効く内は良いが、歯止めが効かなくなることもあるので本当に厄介だ。
「アッシュが甘えてくる……いや、あたしとしてはないな。やっぱりアッシュには甘えて構ってもらうのが一番だよな」
「そういう考え方もどうかと思うけどな……まぁ、そろそろ声をかけるか」
テッラとしては俺に甘える方が良い、と判断したらしい。本人は自信満々にそう口にしていたが、俺としてはそれはそれでどうかと思ってしまう。
何にしても、このまま放っておくと俺にとっては不味い方向に話が飛躍的に進んでしまいそうなので声をかけて止めることにした。
「随分と楽しそうに話をしてるみたいだけど、そういうのはお断りだぞ」
そう口にすると、全員が俺を振り返った。
「主様!ご無事だったのですね!」
「アッシュ!それに……えっと……」
振り返ってまず口を開いたのはシャロだった。俺の姿を見て、安堵したような、それでいて嬉しそうに、喜んでいる様子を見ると自然と頬が緩んでしまう。
その後に白亜が声を挙げたが、俺の隣にいるテッラを見て言葉を詰まらせた。誰かわからない、ということではなく、名前を呼んでも良いのか判断が出来なかった。ということだろう。
「テッラだ、変態狐。それと牛……いや、あの……お、桜花、さん……」
それに気づいたテッラが名前を名乗るが、次に桜花に対してつい、というように口をついた言葉を飲み込んでから名前を呼んだ。
「アッシュくん、おかえりなさい!それとテッラちゃんですね!」
そんなテッラを気にせず、嬉しそうに俺におかえりと言い、テッラの名前を呼んだ。
「それで、牛、何ですかね?」
「な、何でもない!牛とかは桜花さんの気のせいだろ!?」
「本当に?」
「本当だって!本当に桜花さんの気のせいなんだってば!!」
昔からだが、テッラは桜花のことが苦手だ。本人曰く、怖いらしい。
まぁ、桜花が怖い、というのはテッラの口の悪さが災いしているのでどうしようもない、と思う。
そんなテッラと桜花は置いておくとして、俺は俺でシャロと白亜にぐいぐいと引っ張られていつもの席に座り、周りを従業員たちに囲まれてしまっていた。
「さて……では、アッシュさんには色々と話を聞かないといけませんね!」
「シャロちゃんとのあれやこれやを、根掘り葉掘りしっかり詳しく、だね!」
「あ、苺大福美味しかったです!もう、本当に、ほんっとうに!!また食べたいくらいに!また!食べたい!くらいに!!」
「ちょーっとそれは露骨過ぎるような……あ、でも私も食べたいなー、なんて……」
「こういう時ははっきり言った方が良いんじゃないかな?ということで、また苺大福が食べたいので今度作ってね!」
「よーし、ちょーっと黙ろう!全員で喋るとアッシュも混乱するだろ!……する、よな?」
「菖蒲、俺に何を話せって?紫苑、根掘り葉掘りってのはお断りだ。軽くなら話すかもしれないけど。胡桃、それは催促だよな。瑠璃、それはそれで露骨じゃないか?杏、シャロに作るついでならまた作るかもな。って感じで問題ないな?」
全員が一気に話しかけて来たことで、俺が混乱するのではないかと白亜が心配していたので五人にちゃんと返答してみせた。言っていること自体は複雑なことではなかったのでちゃんと答えることは出来る。
問題があるとすれば、誰が何を話しかけて来たのかちゃんと把握出来るかどうかだったが、流石に昔から通い詰めているだけあって全員の声を判別することが出来た。
間違えるようなことがあれば何を言われるのだろうか。まぁ、たぶんだがからかわれるだけで終わりそうだ。
「おー…これは見事としか……あ、シャロちゃんとのあれやこれやを話してもらいますから!」
「声と口調で判断された、ってところ?まぁ、それよりも軽くってどのくらいなのかわからないから質問するしかないよね!ね!」
「流石アッシュさん!催促してますので苺大福を、何卒、何卒……!!」
「これは私たちのことをちゃんとわかっている。っていう萌えポイントなのでは……?あ、いや、露骨ではないと思うよ?」
「桜花さん風に言えばキュンキュンしちゃいます!ってところですよね。それとシャロちゃんのついででもドンと来い、です!」
俺の言葉を受けて、また全員がそれぞれ言いたいことを口にした。
少しだけシャロに視線を向けると、自分が話しかけられたわけではないのにそれぞれが口にする言葉を受けて目を回しているように見える。
それに苦笑を漏らしてから軽く頭を撫でる。
「ふぇ……?」
ぐるぐると目を回していたシャロだが、俺の手の感触に気づいて気の抜けた声を漏らしながら俺を見上げた。
「そうやって一気に話すと、俺じゃなくてシャロが混乱するみたいだな」
「あぅ……話しかけられたからというよりも、主様が答えて、それに対して皆さんがそれぞれ反応と返答をしているからですよぉ……」
「そうか、悪かったな。それじゃ、一人ずつ話をするとしようか?」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、それでいてちょっと拗ねたようにぷいっと顔を背けてから言ったシャロの姿に微笑ましさを感じてしまう。
それは俺だけではなく桜花に追い詰められているテッラと、追い詰めている桜花を除く全員が同じように感じているだろう。
というか、ほんわかとしている表情を浮かべているので確実にそうなのだろう。
「アッシュがそういうなら仕方ないな。ほら、皆も気をつけろよ!」
「はーい!」
気をつけるように、という白亜の言葉に元気良く返事を返した五人はニコニコと笑顔を浮かべていた本当に楽しそうだった。
そんな楽しそうな五人の反応に更に拗ねてしまったシャロの頭を撫でてどうにか落ち着いて貰おうとするが、どれほどの効果があるのだろうか。
拗ねたままのシャロを見るにはあまり効果がないような気がする。と、思ったのだが頬が緩み始めているのでどうやら拗ねたフリをしているだけのようだった。
これはこのまま続ければ拗ねたフリすらやめていつものシャロに戻ってくれるだろう。
それに俺としては今回の遠征でシルヴィアのことやイリエスとの戦いで精神的に負担を受けていたので癒しが欲しいと思っていたところだ。こうしてシャロを撫でる。というのは俺にとっては非常に癒し効果が高いので願ってもない。
というわけで、俺とシャロの様子を微笑ましく見守っている白亜たちと、テッラを楽しそうに追い詰めている桜花、必死に現状を打開しようとするテッラを気にせずにシャロを撫で続けよう。




