Side.騎士と神官と魔法使い
盗賊団の討伐を終えて、王都への凱旋の道中。シルヴィアの表情は曇っていて、アルがそのフォローをしていた。
それを見て、自分たちがフォローを入れようと思い、シルヴィアに声をかけたユーウェインたちだったが、それはシルヴィアにやんわりと拒絶されてしまった。
拒絶の理由としてはアッシュに対して良い感情を持っていない三人ではどうして自分がこうした状況になっているのか理解出来ないと思ったから。説明したとして、きっと三人はアッシュの活躍を認めず、寧ろ自分に対しての態度や扱いに対してあれやこれやと悪いように言うだろうと判断したから。
そうした主に二つの理由からやんわりと拒絶して、自分と同じようにアッシュのことを信頼しているアルと話をすることを選んだのだ。
勿論、そんなことを知らない三人にしてみればどうしてシルヴィアが人たちを拒絶し、アルと話をしているのかわからず、だからと言って二人の会話に無理やり入ることも出来ない。非常にもやもやとしたままシルヴィアとアルの後ろを歩く三人だった。
「……シルヴィア様がどうしてああも憂いた表情を浮かべているのか、わかりませんね」
「あの冒険者の演説。あれが原因」
「グィードといったあの男はシルヴィア様の活躍によって、と口にしていた。事実を口にしていたのだからシルヴィア様がああして憂うことはないはずなのに……」
「僕たちにわからないことが、アルトリウスにはわかっているみたい」
「口にするべきではありませんが……少し、気に入りませんね……」
「……あぁ、そうだな……どうして、アルトリウスが……」
三人にとってはシルヴィアと共に旅をすることはとても名誉なことであり、選ばれた際には表には出さないまでも内心では歓喜に震えていた。
それだけではなく、本来であれば遠くから眺めることしか出来ないはずのシルヴィアの傍で共に歩めることに胸が高鳴った。
ユーウェインは第三王女として公務に励む姿や、勇者となるべく騎士と共に鍛錬に挑む姿。そうした凛々しくも、何処か年頃の少女の可憐さを見せるシルヴィアに心惹かれていたのだからそれも仕方のないことか。
また勇者となり、魔法をより扱えるようになることから魔法について詳しく学ぶために魔法院に通い、この世界のほぼ全ての人間が信仰する女神イシュタリアへの祈りを捧げるために教会へと足を運ぶ。
その際の真剣に魔法について学ぼうとする姿や、真摯に祈りを捧げ続けるシルヴィアの姿を見ていたヨハンとローレンもユーウェインと同じく心惹かれ、その傍に寄り添いたいと思っていた。
「……気に入らないのは、アルトリウスだけじゃない」
「あのアッシュという名の冒険者も、ですか」
「シルヴィア様に対して口の利き方がなってない。それに馴れ馴れし過ぎる」
「あぁ、本当にな。第三王女であり、勇者であるシルヴィア様に対して初めから馴れ馴れしく接するなど、普通では考えられないというのに……!」
ユーウェインの言うように、本来であれば王家の人間に対してあのような口の利き方をするなど本来ではあり得ない。だがアッシュは一切気にせずに普段通りに話しかけていた。
ユーウェインたちにはそれが信じられないことで、また同時に羨ましくもあった。
自分たちはシルヴィアと言葉を交わしているとは言えども、親しげに話をすることは出来ず、やはりお互いの地位の差という物を意識してしまう。
貴族の生まれということもあり、幼少期からの教育の結果。ということだ。本来であれば必要なことなのでそれに対して文句のつけようはないが、シルヴィアと話をする際にどうしてもそれが引っかかる。というのは良くない。
だからこそ、そうしたことが一切なく、自然体で会話をしているように見えるアッシュが羨ましくて仕方がないのだ。
「…………でも、気に入らなくても、感謝はしないといけない」
「それは……そう、ですが……」
「……あの男が、シルヴィア様に野営地を抜け出すように話をしていたらしいな……」
「アルトリウスが言ってたから、嘘ではないはず。アルトリウスは平然と嘘がつける人間じゃないから」
「それのおかげでシルヴィア様は盗賊団に捕まることがなかった、とのことですから……」
ローレンの言うように、もしアッシュがシルヴィアに野営地を抜け出すように話をしていなかった場合は、シルヴィアも盗賊団に捕らわれていたことだろう。
先ほどはシルヴィアの活躍によって、という話を事実としていたがそれはあくまでも、今回は捕らわれることなく、こうした状況でも冷静に行動出来る人間が傍に居たからこその活躍だ。
もしアッシュがいなければどうなっていたか。きっと全員が盗賊団に捕らわれ、その中でも勇者という存在であるシルヴィアがどんな目に合うのか、それは三人にとって想像さえしたくはないことだった。
「はぁ……ヨハン、ローレン」
「何」
「どうかしましたか?」
「本当に、非常に不本意ではあるが、あの男に礼を言わなければならないのか……?」
「そうした方が、シルヴィア様の心証は良いとは思いますね……」
「機会があれば、で良いと思う。わざわざ今から探して、まではしなくて良いはず」
「そうか……わかった。機会があれば礼くらいは言うようにするか……」
アッシュのことは気に入らないが、それでもその気はなくとも一応はシルヴィアを助けることとなったアッシュに対してお礼の言葉くらいは言うとしよう。という結論を三人は出した。
出したのだが、あくまでもそれは機会があればであって、自分たちからわざわざ探し出してまでする必要はないとしていた。
結局のところ、そうした方が良いだろうと結論が出たとしても本人たちの地位や、自分たちは何も出来なかったことに対する後ろめたさやプライドが邪魔して素直にお礼を口にする。ということは出来ないのだ。
もしそのことをアッシュに知られれば、きっと呆れてしまうことだろう。それでも、貴族のそうした心情に対して何となく理解が出来るという点で馬鹿にするようなことはないはずだ。
「ただ、本当に気が進まないな……」
「わかります。ええ、わかりますよ。あのアッシュという男がそれなりの地位についていたり、家柄があるのであれば問題ないのですが……」
「たぶん、そうしたことはないと思う。立ち居振る舞いを見る限り、そうした教育は受けてないはず」
「そうだな……ただ、何て言えば良いのか……たぶん、荒事には相当慣れてるような気はしたな。いや、荒事というよりも修羅場を潜っているというか……」
気が進まないという話から逸れ、アッシュについての分析、とまではいかないがそんな気がした。という程度の話をユーウェインが始めた。
「それに、俺たちが捕まった状況をあいつは厄介だとか、面倒だとか、その程度にしか考えてなかったってアルトリウスが零してたな」
「それが事実であれば、慣れているだとか、修羅場を潜っているだとか、そういう話では済まないような気がしますね……」
「たぶん、僕たちについてはあまり考えてなかったと思う。僕たちのことはついでに助けることが出来れば良いか。くらいで、死んでいたら死んでいたでそれまでの話。と考えていたかもしれない」
「……シルヴィア様であれば全員を助けたいと言うでしょうが、あの男は……」
ローレンはそう言って言葉を切る。
続きは口にしなくても何が言いたいのかわかっているユーウェインとヨハンの表情が曇る。
もしかすると自分たちは助からなかったかもしれない、ということを考えてのことではない。
自分たちが助けることが難しいと判断されればきっとアッシュは自分たちを見捨てただろう。その結果として自分たちや冒険者たちが死んでしまった場合はシルヴィアがどれだけ悲しんでしまうのか、それを考えたからだ。
親しい誰かが死んでしまう。それを悲しむのは当然だがシルヴィアはそれだけではなく、関わることはなくとも同じ場所にいた他の冒険者が死んでしまったとしても酷く悲しんでしまうだろう。
「私たちが死ぬようなことがあればシルヴィア様は悲しむでしょうね……」
「シルヴィア様は、優しいから僕たちの死だけじゃなくて冒険者たちの死も悲しむ」
「あぁ、そうだろうな。シルヴィア様はそういう方だ」
「だからこそ、僕たちは死ぬわけにはいかない。そして、シルヴィア様を死なせるわけにもいかない」
「勿論、それだけではなくシルヴィア様が関わる人々もです」
「……俺たちに出来るだろうか」
シルヴィアを悲しませないためにはどうするべきなのか。三人はどうしたら良いのかとそれを考える。
考えていたのだが答えは簡単なものだった。誰も死なせなければ良い。誰も傷つけさせなければ良い。シルヴィアと関わる全てを、守り抜けば良い。
全てを守り抜くと言葉にするのは簡単だが、それがどれほど難しいことなのか、実現が不可能に近いことなのか。それは三人にはわかっている。というよりも、それでもシルヴィアのことを思えばそれ以外の道はないように思えていた。
「わからない。でも、今のままでは絶対に無理」
「ええ、その通りです。ではどうするべきなのか。もうわかっていますね?」
「それが出来るように強くなるしかないだろ」
「経験を積んで、どんな状況でも対応できるようにもならないといけない」
「それに多くを守るのであれば、貴族としての地位や誇りによる民への態度を少しばかり改める必要もありそうですよ」
それぞれが口にした言葉はどれも確かに必要なことであり、それだけでどうにかなるものではない。
それでも目下の目標として、とりあえずはそれでも良いのかもしれない。
何にしても、貴族の地位や誇りによって驕っていた部分のある三人にとってはこれは良い転機になるのかもしれない。例えそれが元々はアッシュやアルトリウスという人間に対する、自覚なき嫉妬からだとしても。
三人は王都へと戻り、本格的にシルヴィアの勇者としての旅が始まるまでに己に出来ることは何か、何を出来るようになれば良いのか。それを考えることだろう。
その答えがどういった物になるのか、それはまだ誰にもわからない。
その答えが本当に正しいのか、それは誰にもわからない。
だが、それでもきっと良い方向へと三人は変わっていくような、そんな予感を抱いていた。