12.初めての友人
ストレンジの外でシャロとアルの二人が話をし、時折俺に話が振られる。それに対して短くではあるが返事をする。という形で時間を潰していたのだが、会話の端々から二人の育ちの良さが滲み出ていた。
口調や仕草、会話の内容。そうした物は平民のそれとは幾らか違いがあり、どちらかと言えば貴族に近いような気がする。
貴族であれば確かに王族と関わることもあるだろう。それに役職によっては王城の中で何らかの仕事をしていてもおかしくはない。
ただ、アルを観察していてどうにも隙が見当たらないことから武芸を嗜むといった程度では済まないことがわかった。もしかすると王国騎士として王族に仕えているのではないだろうか。
そして本当に王国騎士であり、その上司ともなれば最低でも部隊長クラスはあると思っても良いのだろうか。
「アッシュ?」
「主様、どうかしたのですか?」
そうしたことを考えていて黙り込んでいたせいか、シャロとアルの二人が心配そうに俺の顔を覗き込んできていた。
「あ、いや……何でもない」
「そうかい?」
「何か、考え込んでいたようですが……」
「気にするな。ただ、どうにも育ちの良さが見えてくるものだな、って思っただけだ」
「育ちの良さ、ですか?」
俺が育ちの良さが見えてくると言えばシャロは不思議そうに首を傾げ、アルは苦笑を浮かべた。
「そんな風に言われたのは初めてかもしれないね」
「周りの育ちも良かったからそれが当然だったんじゃないか?」
「そう、なのかな……?」
「多分だけどな。それにエルフってのは基本的に育ちが良い、もしくは上品って感じらしい」
「私自身はわかりませんが、確かにお母様や周りの方は上品な方が多かった気がします」
シャロ本人には自覚はないらしいがら充分に上品な部類に入ると俺は思っている。というか、母親のことをお母様と呼ぶ時点で一般的ではないような気がした。
いや、エルフにとってはそれが一般的なことだと言われてしまえばそれまでなのだが。
そんな風に他愛のない話を三人でしながら暫く待っていると、ストレンジの扉が開き茶色の髪を短く切り揃えた男性が出てきた。
なるほど。確かにハロルドがナイスミドルと言った通りだ。それに服の上からでも鍛えられていることがわかるので、これはハロルドの好みにぴったりはまっていそうだ。
そして、それに気づいたアルがその男性に対してこう言った。
「団長、もうお話はよろしいのですか?」
部隊長クラスと予想していたがまさかの団長だった。そして王族に近い存在で団長という呼ばれ方をするのは騎士団のトップだけだ。
これでアルは王国騎士だと思って間違いないだろう。
「あぁ、長らく待たせてしまってすまなかったな」
「いえ、自分は良いのです。ただ……」
アルはそこで言葉を切って俺とシャロを見た。
自分は待たされたことは気にしないが、彼らを待たせたしまったのが気になってしまう。という思いがあるのだろう。
「暇潰しの相手がいたから俺は殆ど気にならなかったな。お前はどうだ?」
「私もアルさんと話してたので気になりませんでした」
「そうか……そう言ってもらえると助かるよ」
まったく気にしていないと、俺とシャロが言えばアルは安心したようにほっと胸を撫で下ろした。
シャロの場合は話をしていたから。俺の場合はあれやこれやと雑多に考えていたからだ。
そして、その考えていたことのせいというか、おかげでこの男性の名前に当たりが付いた。ただ、その名前は名乗らせるべきではないだろう。
名乗らせた結果が本当に王国騎士団団長の名前である、ライゼル・グランクルスだった場合は最悪とまで言わないが、面倒だ。
王国騎士団団長がこんな場所に依頼をしに来ている。という事実は知るべきではないことだ。今は大丈夫だが、厄ネタになる可能性だってある。
「ふむ……アルと随分と仲が良さそうだな」
「そう見えるのか?」
「アルはどうにも同年代の友人が少なくてな……やはり才能に恵まれているというのは、妬まれてしまうことも多い。他者の才能を妬む前に、自らを鍛えることを優先すべきだというのに、嘆かわしいことだ……」
仮称ライゼルに仲が良さそうだと言われて、その後すぐにそんな話を始めた。
完全に若者の不甲斐ない、情けない姿を嘆く教師のように見えてしまう。というか、他人の才能を妬むのは勝手だがそれで王国騎士としてやっていけるのか甚だ疑問だ。
「いや、彼らはまだ見習いでしかないのだが……やはり腕を磨くだけではなく内面、精神力を鍛える必要があるのかもしれないな……」
「なぁ、それは俺が聞かないとダメか?」
「ん?あぁ、いや、すまない。アルに友人が出来たことが嬉しくて、そして同年代の者たちの姿に落胆してしまったのだ。君はそうして誰かを妬んでしまった経験はあるかね?」
「あるに決まってるだろ」
幼い頃にへらへら笑って平穏無事に生きるのが当然です。私たちは幸せです。なんて顔してた奴らを妬んでたし、俺を捨てた親のことを恨んだ。
あくまでも過去の話なので今となってはそういうことはないのだが、昔はそんな感じだった。あれは完全に黒歴史だ。思い返すと本当には恥ずかしい。
「…………そうか。だが、今は違うのだろう?」
「あぁ、昔の話だからな」
「ふむ……既に過去を吹っ切れているというべきか、乗り越えているというべきか……」
「……なんだよ」
何故か俺をじっと見てくるライゼルだが、その目はどう考えても俺のことを値踏みしている。もしくは見極めようとしているとしか思えなかった。
先ほどの回答に何か思うことがあったのかわからないが、あまり良い気分ではない。
「いや、君に少し頼みがあってな」
「面倒なことはなしにしてくれよ。金になるってのなら多少の面倒は許容するけど」
そうだ。多少の面倒程度であれば金額によっては請け負っても良い。
それがライゼルからの依頼だとしても、名前を知らず、どういう存在か知らず、ただの依頼人として関係を持つのであれば問題はない。はずだ。
「何、大したことではないさ。君にはこれからもアルの友人として仲良くしてやってほしいんだ」
「友人じゃないんだけど?」
「先ほども言ったが、同年代の友人というのはアルにとっては貴重な存在だ」
「友人じゃないんだけど?」
「それに君はどうにも私の知っている若人とはまた違っているような気がする。言葉では言い表せないが……うむ、きっとアルにとって得難い友となるだろう」
「なりたくないんだけど?」
「というわけで、これからもアルの友人として仲良くしてやってくれ!」
「話聞けよ!!」
シャロのときもそうだったが、どうしてこう人の話を聞かずに自分の都合というか考えを押し付けるようなことが出来るのだろうか。
もう少し常識的な行動というか、相手のことを気遣った行動をするのが普通だったと思う。いや、スラム街で育った俺の常識が間違っているのかもしれない。
本当は二人みたいにぐいぐい自分の考えを押し付けるのが正しい、わけないな。
「はぁ……!アル!お前からもこいつに何か言ってやれ!」
俺が何を言っても意味がないことと、少しばかり常識が通じそうにない状態だったので最もライゼルと話が通じそうなアルに任せようとアルを見れば、何やら不安そうに俺を見ていた。
「そ、その……アッシュは僕の、友人になってくれるのかい……?」
「は?」
「団長の言うように、僕は同じ年齢くらいの友人が少ないというか、いなくて……えっと、アッシュが僕の友人になってくれるなら、すごく嬉しいなって……」
「おい」
「も、勿論アッシュが嫌だって言うなら僕は諦めるけど!それでも、なんて言えば良いのかな……僕はきっと何処かで君に惹かれているんだと思う。だからアッシュと友人になりたいんだ」
「待て」
「だから!だから、どうか僕の友人になってください!お願いします!」
言ってからアルは勢いよく頭を下げながら握手を求めるように右手を出してきた。
前世のテレビで好意を抱いている女性に対して告白した時の男性の様子にそっくりで、この世界でもこういう行動はあるのだな。と見当違いなことを考えてしまった俺は悪くないはずだ。
だって、話を聞かないライゼルを諫めてくれるかと思えば、ライゼルの言葉に賛同しているようだったのだから。というか完全に賛同していて俺と友人になりたいとかほざいていた。
「はぁ……お前、この二人をどうにかしろ……」
俺ではどうにもならないと考えてシャロに丸投げすることにした。
そして、丸投げしてから嫌な予感がした。予感というか、確信のようなものがあった、というのが正しいのかもしれない。
「主様……アルさんもこう言っていますから、お友達になっても良いのではありませんか?」
「はぁ……」
「悪い方ではないと思いますよ。それに主様のご出身を聞いても気になさらないような、優しい方ですし……」
「あー……」
「あ、勿論主様が嫌だと言うのであれば私には何も言えませんが……」
「そーだなー……」
完全に手詰まりというか、完全に話が俺とアルが友人になることになっているというか。
そんな状況についつい投げやりというべきか、気の抜けた返事をしてしまった。
どうしようか。いっそストレンジの中に入ってハロルドを巻き込んでこの三人を諫めてもらおうか。
いや、ダメか。たぶんハロルドは面白がって、もしくはハロルドなりの考えがあって三人の味方に付きそうな気がする。ついでに嫌がる俺を見てまだまだ子供だな。みたいな目で見てくると思う。
もう考えるのも面倒なので友人になってみるか。友人になったからと言って前世のように何処かに遊びに行くということもないはず。
流石に、王国騎士がぽんぽんと遊びに行くなんて出来ないと思いたい。
「わかった……アル、よろしくな……」
諦めてアルの友人になることを選んで手を取れば、アルは顔を上げて俺の顔を見ると同時に俺の手を両手でしっかりと掴んできた。
「ありがとう!君と友人になれて、僕は果報者だ」
言ってから、満面の笑みを浮かべてから心底嬉しいといった様子で言ったアルを見て、次に視線だけ動かしてシャロとライゼルを見る。
シャロは嬉しそうに小さく拍手をして、ライゼルは一人で何度も頷いていた。
本当に、どうしてこんなことになったのだろうか。もしかすると今日は厄日なのかもしれない。
そんなことを思いながら、もうさっさとストレンジに逃げ込んでしまおうかと考えてしまうのもきっと仕方のないことだろう。