129.憲兵の調査結果
扉の向こう側からは人の気配が一つしている。本当に一つだけなのか、気配を殺して複数いるのかわからないが扉を開けないことにはどうしようもない。
アナスタシアとテッラは扉の先にいる存在が敵だとしても動けるとわかっているのでさっさと扉を開けてしまおう。
「何の用だ?」
言いながら扉を開けると、そこにはグィードが深刻な表情を浮かべて立っていた。
「……本当に何の用だ?厄介事と面倒事は御免だぞ」
グィードの表情を見る限り、ただ話をするためだけに来たとは思えない。
部下たちに調査をするように指示を出していたことを思い出すと、何か見つかったと考えるべきだろう。いや、何かと言うよりもイリエスと遭遇した。とかその辺りか。
「……君の言葉は、本当だったようだな」
「調査の結果、帝国の兵士がいたってことがわかったのか、イリエスを見つけたのか。どっちだろうな」
「……すまないが、中で話がしたい」
「はぁ……まぁ、仕方ないか。ここまで来る人間の方が少ないだろうけど、聞かれたくはないだろうからな」
そう言ってからグィードを部屋へと誘導する。
グィードは相変わらず深刻そうな表情のまま部屋の中に入り、アナスタシアとテッラの姿を見て苦笑を漏らした。
「君たちは抜かりがないな……」
「警戒は当然のことだ。それで、話を聞かせてもらおうか」
ただの冒険者であればこうして警戒することはないのかもしれないが、生憎と俺たちはスラム街で生きてきた人間だ。気を抜いたようにしていても無意識に周囲を警戒している。と、思う。
俺がそうだからと言って他のスラム街出身の人間がそうだとは限らないのでたぶんそうしているはず、という程度にしておこう。
「……君の言葉を受けて坑道の奥を調査した結果、帝国の兵士がいたであろう痕跡を発見した」
「戦闘の跡以外にもか?」
「あぁ、そうだ。とはいえ戦闘の跡も酷い状態だったがね」
苦々しげにそう言ったグィードを見てあの場所のことを思い返す。
イリエスと戦ったあの場所はテッラが派手に暴れ、アナスタシアが磔の女王を乱射し、イリエスとその部下の弾丸が飛び交っていた。
あまり確認はしていなかったが改めて考えれば酷い有り様になっていたとしてもおかしくはない。いや、むしろ惨状と呼んでも差し支えがない状態になっているのか。
自分のやったことが原因で酷い状態だったと言われていることを悟ったアナスタシアとテッラは自分には関係のないことだというように我関せず、といった様子だった。
グィードとしてもこの二人がその惨状を作るのに一役買っているとは思っていないようだったので余計なことは言わないでおこう。
「いや、それは置いておくとして。坑道の奥へと進むと別の出口に続く道があった。そこから出て森の中を進むとイリエスたちを見つけた」
「それはグィードの部下が、だよな?」
「あぁ、そうだ」
「イリエスたちには見つからなかったのか?」
イリエスたちに追いついてその姿を捉えたとして、あのイリエスが追手に気づかないとは思えない。
そして追手に気づいたのであればそれを無傷で帰すような女ではないはずだ。何かを伝えるために一人か二人生きて帰すことはあるかもしれないのだが。
「見つかってしまったさ……だが、調査に向かわせた部下は全員無傷で帰ってきた」
「どういうことですの?あのイリエスが追手を無傷で帰すとは思えませんわ」
アナスタシアも俺と同じ考えのようで、疑問を口にしていた。
だがそうして口にするのはあまり良くない。自分はイリエスのことを知っていると言っているようなものだ。
「それは私も同感だ。だが……君は、イリエスについて知っているのか?」
やはりグィードはアナスタシアが何かを知っていると思ったようでそう言った。
これに対してアナスタシアが答えた場合は何かボロを出してしまうかもしれない。適当にはぐらかしておこう。そう思った俺が口を開くよりも先に、テッラが口を開いていた。
「それくらい戦えばわかるだろ。あの戦闘狂が敵対する相手を前にして無傷で帰すってのはあり得ないってくらいな」
非常に投げやりに言ったそれは、その程度のことは考えるまでもなくわかるはずだとグィードを挑発しているようにも取れる。だがこの言葉の真意はそうではなく、アナスタシアを庇うものだった。
テッラが真っ先にそうしたことに内心で驚きながらも、テッラの言葉を後押しするために俺も口を開く。
「あぁ、確かに戦えばわかるな。あれは敵対する人間な容赦なく皆殺しにするタイプの人間だ。ただ、まぁ……気分屋みたいな一面もあるみたいだったから運が良ければ生きて帰れる可能性はあるのか」
「ふむ……なるほど……確かにイリエスと一戦を交えたのであればそれがわかってもおかしくはないのか……」
アナスタシアが何か知っているというよりも、イリエスと対峙したのであればそれくらいは何となくでも理解出来るはずだという意味の言葉に納得したようなグィード。
これなら大丈夫だろうか、と思いながらついでとばかりに言葉を重ねる。
「二度と会いたくないタイプの人間だ、ってこともついでにわかったけどな」
「あー……絶対に面倒なことになるよな、あれは」
「イリエスとは一度でも出会いたくなどありませんでしたわ……」
そうして言葉を重ねればテッラとアナスタシアも同じようにイリエスに対しての所感を続けた。
共通するのはイリエスと関わったことに対して良い感情など持ち合わせておらず、再度顔を会わせたくないという思いどころか出会いたくなどなかったという考えだ。
「君たちがそう思うのも無理はないだろうな……」
「まぁ、グィードでさえ言うだけ厄介な存在ってことだな」
イリエスに関しては概ね全員が似通った印象を持っていたためにグィードは思っていたよりもすんなりと納得してくれた。
であれば話題を変えてより確実に誤魔化せるようにしたい。
「何にしても、今はイリエスについてあれこれ言っても仕方ないな」
誤魔化すための最適な話題はやはり本来の目的について、だと思う。
だからイリエスに対しての印象や所感を口にするのは終わりにして、グィードがわざわざ訪ねて来てまでしたかった話とやらを聞かせて貰おう。
「それよりも本題に戻った方が良いだろ」
「む……確かにそうだな」
話が脱線していたことに気づいたグィードが少し気まずそうにしながらそう言って、咳払いを一つしてから本題へと移った。
「私の部下がイリエスたちを見つけ、そしてイリエスに気づかれたが全員無傷で帰ってきた。と言ったな?」
「あぁ、そう聞いた」
「私としては全員が無傷ということもあって君たちが嘘を言っていた、とまず考えた。だが部下の話を聞くとイリエスと見つけたと言うのだ」
「あー……無傷ならそう考えてもおかしくないか。もしくは見つからなかったって線もあるけど」
「うむ。そうだが、それは置いておくとして。では何故、全員が無傷だったのか、ということを話そうか」
「あのイリエスが、って考えるとどうにも奇妙だな」
イリエスであれば見敵必殺とばかりにグィードの部下たちを殲滅しそうなものだが、さて、一体どういった風の吹き回しだろうか。
「部下からの聞き取りだが、イリエスを見つけたというよりも、イリエスに見つかった。が正しいのかもしれないな……」
「イリエスに、見つかった?」
「それはどういうことですの?」
黙って話を聞こうとしていたアナスタシアがつい、といった様子で声を挙げた。
「言葉の通りだよ。私の部下が見つけたのは、イリエスの部下で、警戒して隠れていたら背後から声をかけられた。とのことだ」
「背後から、となると……イリエスがその気なら全員死んでいますわね……」
「あぁ、その通りだ。だからこそ、私の部下たちもイリエスと対峙して死を覚悟していたのだがね」
まぁ、その気持ちはわからなくはない。
俺のようにイリエスという人間についてあまり知らず、引けないと判断して戦うことになったのではなく、どういう人物なのか既に知っている状態で背後を取られていたのだ。
死を覚悟したとしても何らおかしなことでははない。
そしてパッと見ただけなので断言は出来ないが、イリエスとグィードの部下では格が違い過ぎる。
無傷で帰ってくることが出来たのは奇跡か、はたまた悪魔のきまぐれか。
「だがそうはならなかった。その理由がわかるかね?」
その問いはこの場にいる全員に対してのものではなく、俺に対しての問いだった。
グィードは真っ直ぐに俺を見据え、俺の返答を待っている。
「……わからないな。お前の部下を見逃さないといけない理由はないはずだ」
本当は何となくわかっている。
「私の部下に対してのイリエスはこう言ったそうだ」
帝国にとって許されざる存在であるはずのクレイマンを、イリエスは捜索することをやめた。
「私は今日、得難き敵を見つけた」
それは何故か。簡単だ。
イリエスは今回の件で見つかるとは思っていなかった、敵を見つけた。
「だから私は気分が良い。貴方たちを見逃すほどに」
そして望外の敵を見つけたことでその他のことがどうでも良いことになってしまった。
「だから命が惜しいのであれば早く逃げ帰りなさい、と」
グィードの部下など眼中になくなり、本来であれば殲滅するべき相手を見逃すほどに、本当にどうでも良くなってしまったのだ。
だからこそグィードの部下たちは無傷で帰ってくることが出来た。
彼らにとっては運が良く、俺にとっては災難なできごとがあったからだ。
「得難き敵、というのはきっと君たち……いや、君のことなのだろうね」
グィードのは依然として俺を見据えている。
「そうだろうな。イリエスと戦って生き延びた俺を、あいつはそう考えたみたいだ」
「自覚はあるのか……先ほどはそれについて何も言わなかったが……いや、君が口にしたところで私は信じなかったか……」
「アッシュが何を言ってもどうせ信じなかっただろ」
憲兵という存在に嫌悪感ー抱いているテッラはグィードを非難するようにそう言った。
それを受けてグィードは力なく笑い、口を開いた。
「何も言い返せないな……アッシュくん、申し訳なかった」
俺の言葉を信じることなく疑ったことに対して謝罪をして頭を下げるグィードを見て、それが当然のことだと思っていた俺は頭を上げるように言う。
「俺は気にしてないから頭を上げろ」
「気にしていない、か。そう言ってもらえると私としても助かるよ」
頭を上げたグィードはまだ何か言いたいことがあるように思えた。
それが何かはわからないにしてもどうにも面倒で仕方がない、厄介事の気配がする。
いや、憲兵団の団長の一人に目をつけられた時点でそれは当然のことか。
何にしても、本題に話を戻したはずが、まだ本題には入っていなかったようで話はまだまだ続きそうだ。




