128.見た目に似合わない大食らい
スープが完成して、ついでとばかりに玩具箱からパンを取り出す。がっつり食べるのではなく、本当に簡単な食事になるが、こういう場ではそういうことの方が多い。
森の中で動物を狩る、ということが出来ればそうでもないのかもしれないが坑道の中では無理だ。まぁ、鼠くらいであれば探せば見つかるかもしれない。
ただ鼠の肉を食べるのか、と聞かれれば首を横に振ることになる。もしこれがスラム街であれば立派な食料になる。だが流石にスラム街を出て、普通の冒険者を装っている状況では遠慮願いたい。
「これって……」
「随分と野菜を細かく刻んでいる、そのせいか煮込んだ結果ほとんど溶けている、という点を除けば普通の野菜スープですわね」
「何だ、不服か?」
「いえ、そのようなことはありませんわ。ただ、思っていたよりもシンプルな料理ということが意外だっただけですわ。それと鍋の大きさや作った量に対して少し疑問がありますけれど、それは流しておきますわ」
俺の作った野菜スープが思っていたよりもシンプルな料理だったために、アナスタシアは意外そうにそう言った。
それと俺の作った量に対しても言及されたが流しておくらしい。まぁ、多めに作ったとでも思ったのだろう。
「こんな場所と状況でわざわざ凝った料理を作るのも面倒だったからな。これくらい簡単な料理で済ませたくもなるさ」
責任者であるグィードには疑われていて、こうして小部屋でグィードたちの調査が終わるのを待っている。
そんな状況で凝った料理を用意するのは面倒だ、と答える。本当のことを少し伏せているだけで嘘は言っていない。
「そう言われると確かに、と思ってしまいますわね」
「だろ?だからこれくらい簡単な物でも文句は受け付けないからな」
「作っていただいた身ですので文句など口にはしませんわ。味に不満があったとしても口には出さず、胸中で不満を、という程度はしますけれど」
「味次第か。それなら大丈夫だと思うぞ」
「では、その言葉を信じさせていただきますわ」
そんな会話をしてから、アナスタシアが野菜スープを口にしようとしたタイミングでテッラが空になった器を俺に対して突き出してから言った。
「おかわり!」
俺とアナスタシアが会話をしている間、やけに静かだとは思っていたがどうやら一人で黙々と野菜スープを食べていたらしい。
「テッラさん……その、食べるのが早すぎるのではなくて……?」
テッラが一人で先に食べていたことが気になったのかアナスタシアはそんな疑問符を浮かべながらテッラを見た。
「あたしが早いってよりも二人が話をしてて食べてなかっただけだろ」
「まぁ、確かにそうだな」
「だろ?だからデカ女の指摘は間違ってるからな」
「は、はぁ……確かにそうかもしれませんけれど……あぁ、いえ。あれやこれやと口にしても面倒なだけですわね」
俺もテッラも特に気にしていないことがわかるとため息が混じりそうな調子でアナスタシアはそう口にした。
こうして考えたり指摘したりということを結局は面倒なだけだ、と判断する辺りアナスタシアは俺と似ているような気がする。
考え方や境遇にも似たところがあるので、もしかしたらそうした点がテッラと打ち解ける要因になったのかと一瞬だけ考えて、結局考えるだけ意味がないというか、考える必要もないというか。
とにかく、そうして考えるのをやめてテッラから突き出された器にスープを入れる。
「ほら、こんな簡単な物でも、泥水よりはマシだろうさ」
スープの入った器をテッラに差し出しながらそう言うと、テッラは一瞬だけ呆気に取られたような表情を浮かべ、それからすぐに小さく笑ってからそれを受け取った。
「泥水よりはマシ、と言うのはおかしいのではなくて?泥水とスープを比べる意味がわかりませんわ」
「アナスタシアにはわからないだろうけど、良いんだよ。本当に、泥水よりはずっとマシだからな」
「そう言ってもらえて何よりだ。また沢山食えよ」
「言われなくても食うっての!」
テッラはあの日のことを覚えているようで、泥水よりはマシと言う言葉を聞いて楽しそうに、嬉しそうにそう返してきた。
アナスタシアは何が何だかわからない。という顔をしていたが、俺とテッラの間にだけ通じるものがあるのだろうと思い至ったのか、疑問符を浮かべながらもそれ以上聞いてくることはなかった。
「……まぁ、わたくしがあれやこれやと口にすることではないようですわね」
「あぁ、そうだな。俺とテッラの間で通じればそれで良い話ってやつだ」
「随分と、限定的ですわねぇ……」
「他の奴が知りようのない昔の話だからな」
「はぁ……そういうことでしたら確かにお二人の間で通じれば問題はなさそうですわね。どういうことがあったのか、気にならないと言えば嘘になりますけれど、詮索は無粋、とも思いますものね」
口では気になると言いながらアナスタシアは一切気になるといった素振りを見せず、詮索をするのは無粋だろうとすんなりと引き下がった。
そしてスープを口にした。味に関しては問題なかったようでふっと口元を緩ませてから本格的に意識を食事へと切り替えたようだった。
それを見て俺も自身の手元のスープに口を付ける。味はあの頃よりは良い、と思う。まぁ、あの頃は調味料など揃っているはずもなく、野菜本来の甘みと僅かな調味料で味付けをしただけなのだから当然か。
そんなことを考えながらも三人で食事を続け、とりあえず腹を満たすことは出来た。
後片付けは魔法でぱぱっと終わらせて、やはり魔法は便利だと一人で再認識しているとアナスタシアがそんな俺を見ながら口を開いた。
「アッシュさんは魔法の使い方を間違っているのではなくて?」
「アッシュは昔からあんな感じだぞ。魔法は生活を便利にする手段くらいの使い方ばっかりだったな」
「本当に使い方を間違っているのではなくて?」
「間違ってないだろ」
「調理器具や器を水の魔法で洗っているのを見た後だとその言葉に説得力がありませんわね……」
わかっていたことだがやはり俺のように魔法を日常生活を便利にするために使う。というのは間違った使い方をしていると思われるようだ。
魔法を使えるのは基本的に魔法使いだけで、魔法使いというのは自身の魔法に一定以上の自信を持っているので俺のように手軽に、気楽に使うことはあまりない。
その理由として最もわかりやすいのが、魔法を使える人間はその魔法に対して才能を持っているから。ということがある。
魔法は才能なくして使うことは出来ず、火の魔法の才能があれば火の魔法が、水の魔法の才能があれば水の魔法が、というように属性毎に才能が必要になってくる。
大魔法使いと呼ばれるような存在は全ての魔法に対しての才能を持っているとか持っていないとか。
「というか、アッシュさんは複数の属性の才能を持っていることに少なからず驚いていますわ」
「まぁ、少しばかり事情があるからな」
勇者であるシルヴィアは聖剣に認められた時点で多くの魔法の才能を得ることになる。聖剣とは元々神造兵器の一つなので、その聖剣に込められた神の祝福によってそうして才能を得ることが出来る。
そして俺の場合はイシュタリアに色々と押し付けられているのでその結果として魔法の才能を持っているだけなので、そうした魔法の才能があることに誇りがあるだとか自信を持っているだとか、そういうことは一切ない。
だからこそ火を起こすのに使う、調理器具などを洗うのに使う、玩具箱をガンガンに使う。というように気軽で気楽に魔法を使っている。
「その事情については……まぁ、聞かない方が良いかもしれませんわね。面倒事、とまではいかないまでも下手に首を突っ込むべきではないような気がしますわ」
「そうしてくれると俺としても楽で良いな。あぁ、そうだ。魔法と言えばテッラは少し面白い魔法を使えるぞ」
俺の魔法の才能についてこれ以上突かれても面倒なのでテッラの使う魔法が面白いと言ってテッラに意識を向けさせることにした。
俺の意図に気づいているであろうアナスタシアは、それでも何も言わずにテッラを見た。
「あぁ、あたしの魔法か。変わり種ではあるかもな」
テッラが言うように、テッラの扱う魔法は少し変わっていて面白い物だと俺は思っている。
俺もイシュタリアの加護や祝福があるので同じような魔法を使うことが出来る。それでも本来の才能の差があるためか、もしくは本人のセンスの差か。とにかくテッラの方が腕前は上だ。
「どのような魔法なのか、というのは聞いても答えていただけまして?」
「いや、無理だな」
「そうだと思いましたわ。自身の手の内を明かすわけがありませんものね」
「そうそう。まぁ、あたしたちの敵になるにしろ、ならないにしろ、機会があれば使うこともあるだろ」
「魔法を主力とした方でなければその機会は訪れそうにありませんけれど……というよりも、テッラさんのあの怪力は魔法によるものだと思っていたのですけれど、違っていまして?」
「テッラは強化系の魔法を一切使わないであれだぞ」
魔法と言えば、テッラの怪力は強化系の魔法によるものではないのか、と思ったらしいアナスタシアが確認の意味を込めて口にした言葉に否と返す。
テッラの怪力は魔法や加護、祝福など関係のない、徹頭徹尾テッラ本人の力によるものだ。
出会った当初はどちらかと言うまでもなく非力だった。それが成長するにつれて見事な怪力少女へと変貌を遂げていった。
いきなり怪力になったわけではなく、徐々にその力を強めていったので気づいたときには今のように大戦斧を振り回せるようになっていたはずだ。
最初は驚いたが、そうして力が強いことは無駄にはならないのでそれならばそれで良いか、と投げやりに適当な考えを浮かべた記憶がある。
「……あの小柄な体の何処からあれほどの力が出てくるのか、不思議でなりませんわ……」
「同じく。とはいえその何処から出てくるのかわからない力があるからあの大戦斧を振り回せるんだ。悪いものじゃないさ」
テッラの戦い方にはあの怪力が必要不可欠なので決して悪いものではないと思う。
ただ、問題点があるとするならば燃費の悪さだろうか。
テッラは同年代の少女に比べてよく食べる。いや、同年代の少女どころか成人した男性冒険者よりも食べる。あの小さな体の何処に消えているのかと思うほどに本当に良く食べるのだ。
先ほども俺の作ったスープの八割ほどを一人で平らげていた。それでもテッラにとっては満腹にはならなかったように見える。
「んー……気づいたら力は強くなってたな」
「そうだな、気づいたらいつの間にか怪力になってたな……」
本当に気づけば、だった。最初は妙に力が強くなっている程度で、俺としてはテッラの武器となるものだと思ったのでそれはそれで良しと考えていた。
まぁ、それがすぐに怪力と呼んでも差し支えない程になり、使う武器も小さなナイフから大型の武器に変わっていった。
「気づいたらそうなっていた、というのはそうあることではないと思いますけれど……お二人がそう言うのでしたら本当のことだと思っておきますわ」
「嘘を言っても仕方ないから本当のことを言ってるんだけどな」
「本当に気づけば、だったよなー。別に鍛えたわけでもないのにナイフを投げたらそれが岩を砕いた時は何事かと思ったぞ」
「……貫通、というのではなく砕いていたというのが微妙に真実味を帯びさせますわね……」
あの時は投げたナイフがぐちゃぐちゃになり、岩を砕いていたので本当に何事かと思った。
まぁ、それ以降は大型の重量武器を使えるように鍛えて力加減も覚えさせたのでそうして武器を壊してしまうことはなくなっていた。
「信じられないだろ?あたしも自分でやって信じられなかったからな!」
どうしてか自慢げにそう言ったテッラにアナスタシアと共に少しだけ呆れてしまった。
その後もあれやこれやとその時の話をするテッラに補足を加えたりしながら時間を過ごしていたのだが、夜も更ける頃になると小部屋の扉をノックする音が聞こえた。
こんな場所に、それもこんな時間に一体誰が何の用で来たのだろうか。そう考えながら念のためアナスタシアとテッラに目配せをすると一度小さく頷いてから扉から離れて、また扉を開けただけでは何処にいるのかわからないような配置に付いた。
それを確認してから俺も何があっても動けるようにと念のために袖口にナイフを隠してから扉の前に立った。さて、一体誰が何の用でやって来たのやら。