127.料理の出来る人、出来ない人
小部屋で俺とアナスタシアが武器の整備をしている間に時間が過ぎ、夜になっているようだった。
ようだった、というのは微かではあるが何かを料理する匂いが漂ってきていたからそう判断しただけに過ぎない。
「アッシュ、飯にしようぜ!」
「飯にしよう、って言っても作るの俺だろ」
「とーぜんだろ!」
飯にしよう、ということだったが作るのは俺になるだろうな、と思いそう返すとテッラはニッと笑って言い切った。
「はぁ……適当にしか作らないからな?」
「適当って言ってもアッシュはまともな物作ってくれるから大丈夫だろ」
「信用されていますわね。これは下手な物は出せないのではなくて?」
「自分がまともな物が食べたいだけなんじゃないのか?」
たぶんそういうことなのだと思ってため息混じりに言えばアナスタシアはただ優美な笑みを浮かべるだけだった。
図星だとしてももう少しマシな誤魔化し方があると思うのだが、どうして笑みを浮かべるだけにしているのだろうか。もしかすると優美に笑めばどうにかなる、とでも思っているのだろうか。
「そうやってれば何でも誤魔化せるわけじゃないからな」
「さて、何のことだかわかりませんわね」
「誤魔化せるっていうよりも癖みたいなもんかもな。処世術ってやつとか?」
「あぁ、それはあるかもな……」
何事も優美に笑んで受け流す、というのは相手からしてみれば暖簾に腕押しであり、処世術としてはありだと思う。まぁ、相手によっては完全に逆効果になってしまうこともある。
俺とテッラにとってはあまり効果がないというか、意味がないのだが。
「あの、そこで冷静にどうしてそうするのかと考えられると、わたくしとしては微妙な気持ちになってしまうのですけれど……」
「わざとやってるからな」
「わざとやってるだけだぞ」
「性質が悪いとは思いませんこと?」
わざとやっていると俺とテッラがしれっと答えるとそれに対して呆れたように性質が悪い。とアナスタシアは零した。
そんなアナスタシアに小さく笑うだけで返した俺と、にひひっと悪戯っ子のように笑って返すテッラ。
グィードに疑われている、という状況でも俺たちはそうして何でもないように過ごすことが出来ている。無駄に神経が図太いのか、単純に疑われることに慣れているのか。さて、どちらだろうか。
「まったく……今回のことはアッシュさんが美味しい食事を用意してくれるというのであれば水に流しても構いませんけれど、アッシュさんはどうするおつもりで?」
「そうかそうか。これはアッシュが頑張るしかないよな!」
「はいはい。とはいえ手元にある物なんてのは限られてるんだから大した物は作れないけどな」
「そこはそれ、アッシュの腕前に期待ってことで!」
「テッラは調子の良い奴だな、本当に」
そう言ってから俺は仕方がないので食事の支度をする。先ほど口にしたように大した物を作る気にはならない。面倒だ、ということもあるがあんな夢を見た後だ。テッラが覚えているかわからないが、同じ物を作ってみようと思う。
勿論、あの時のような屑野菜を使うのではなく、普通に買った野菜を細かく刻んでスープを作るだけだ。流石に同じ物を作るとは言っても屑野菜まで再現は出来ない。
そう考えて料理を始めると俺を見ながらアナスタシアとテッラが話を始めた。始めた、というかつい口から零れた、というべきかもしれない。
「……ところで、テッラさんはアッシュさんを手伝う、ということはするつもりはありませんこと?」
「あたしが手伝っても邪魔になるだけだからなー」
「あー……それは、その……確かにそうかもしれませんわね……」
「昔さ、手伝うって言ってアッシュの周りをうろちょろしてたんだよ。それで気づいたらアッシュに味見してくれって言われて気づいたら味見係になってたってことがあってな」
「それは邪魔になるからそうして邪魔にならないようにされたのか、アッシュさんがついついやってしまったのか。それによって反応が変わってしまいますわ」
「んー……あたし以外が手伝うことがあった時は普通だったんだけどなぁ」
「ということはテッラさんが邪魔にならないよう、ということですわね」
「まぁ、あたしはアッシュの近くをうろちょろして味見させてもらえるってのは好きだったからそれで良かったんだけどな」
「テッラさんがそれで良かったと言うのであれば何も言えませんけれど……」
本当に、この二人は俺が思っているよりも仲が良くなっているようだった。
いや、仲が良くなっているというよりもアナスタシアが時折テッラを見守るような目をしているのが気になる。だがそれについて聞き出そうとするほどの興味はなかった。
敵意や悪意の込められた目で見ているのであれば警戒もするが、ああいう目をするのであれば放っておいても問題はない。
まぁ、変に拗らせて面倒なことになる可能性が零ではないが、それはテッラに頑張ってもらおう。テッラはいつまでも俺が面倒を見続けなければならないほど子供ではないのだから。
「けどさ、それを言うならデカ女はアッシュを手伝わないのか?」
「別に手伝っても良いとは思っていますけれど……テッラさんとしては快く思わないのではなくて?」
「まぁ、そうなるな」
「ですからわたくしは手伝いたくても手伝うことが出来ない、という状況ですわ。あぁ、本当に、出来ることならアッシュさんの手伝いをするべきなのですけれど、仕方ありませんわね」
「手伝わない言い訳にあたしを使ってないか?」
「気のせいですわ」
アナスタシアが俺に対して手伝いを申し出なかった理由はテッラが不機嫌になるから。というそれらしい理由を盾にして単純に手伝う気がないから。ということがわかった。
それならそれで別に構わない。というか、この狭い場所で料理をするとなれば手伝いがいたとして邪魔になるだけだと思う。
そんなことを考えながら玩具箱から必要な物を取り出して料理を開始する。
調理器具は全て入っていて食材もある。火に関しては魔法を使えば煙も上がらない。であれば問題なく料理をすることが出来る。
もしこれが屋外で料理をするというのなら適当に木でも燃やすのだが、流石にこの小部屋でそれをやると煙が充満してしまうし、最悪一酸化炭素中毒になってしまう可能性もある。
本当に魔法というのは便利だ。まぁ、こういう使い方をするのに便利だと考えるのは俺くらいの物だろう。
「ふーん……まぁ、あたしはこれでも料理出来るし、もう少し広ければ手伝うくらい出来たかもしれないけどさ」
「…………そ、それは、その……わ、わたくしも邪魔にならない程度に広ければ手伝うことも吝かではありませんことよ?」
「とはいえそうなればあたしとしてはデカ女にアッシュの手伝いとかさせる気はないけどな!」
「そ、そうでしたわね。テッラさんはそういう方でしたわね……で、でしたら、わたくしがアッシュさんの料理を手伝うと言うことはするべきではありませんわね!」
そんなことを言って必死に取り繕っているアナスタシアを見て、テッラは当然だ。とでも言うように頷いていた。
ただ俺としてはアナスタシアは料理があまり得意ではない、むしろ苦手なのだろう。と思っていたがこの反応を見る限りは得意ではないとか苦手だとか、そういうことではなく普通に出来ないのではないか。と思ってしまった。
それを指摘するのは無粋なのでしないが、きっとこの先何かあってもアナスタシアに料理を頼むことはないだろう。そうした考えを自身の胸の中に仕舞っておく。
何にしても俺は黙って料理をすることにしよう。野菜を細かく刻んでスープを作るだけの簡単な料理だが、それでも味付けには気を付けなければならない。
「ってかさ、デカ女は料理出来るのか?」
「な、何を仰いますの!?わ、わたくしは、り、料理くらい出来ますわよ!?」
わざとやっているのか、と言いたくなる反応を示したアナスタシアだったがテッラはそれを見ても特にツッコミを入れることもなく、更に言葉を続けた。
「そっかそっか。まぁ、あたしたちみたいな人間は盗むか、残飯漁るのが普通だったから出来るのかどうか疑問だっただけだ」
「え、えぇ……確かにスラム街の人間にとってはそういうことの方が普通だとは思いますわ……」
「だよな。って言ってもアッシュに世話になるようになってからはガラっと変わったけどさ」
テッラの場合は盗むことも、残飯を漁ることもまともに出来ていなかったと思う。
それでも自身の周りが、スラム街の人間がそうしていたからそういうことが普通だと言ったのだと思う。
そして俺がテッラの面倒を自分の都合で見ると決めた際に最低限の衣食住は保障すると決めていたので、俺が面倒を見ている間はそうした残飯を漁る。ということはさせていない。盗みに関してはあれこれとやって来ていたが。
「アッシュさんは面倒見が良さそうですものね……」
「おう、めちゃくちゃ面倒見が良いぞ。本人は否定するけどな」
「簡単に想像がつきますわ。あぁ、ですけれどシャロさんの面倒を見ることに関しては本人も面倒見が良いというか、面倒を見過ぎていることを自覚しているようでしたけれど」
「へぇ……あの水色チビ助とは話をしないといけないみたいだな……」
「あまり怖がらせるとアッシュさんに怒られますわよ?」
「……は、話をするだけだから大丈夫だって……たぶん……」
俺に怒られる。という言葉を聞いて話をするだけだと言ったテッラだがどうにも怪しい。
シャロと最初に顔を合わせる時は俺がちゃんと見張るしかないようだ。
「テッラさん、アッシュさんの目が一瞬だけ剣呑な色を浮かべていましたわ」
「…………もしかして、水色チビ助と話をしない方があたしにとって安全なんじゃ……」
「そうかもしれませんけれど、そうもいかないのではなくて?」
「そう、だよな……よ、よし……怖がらせないように気を付けるから、アッシュも安心してくれよな!」
微妙に声が震えているがそれを指摘することなく俺はふっと小さく笑って口を開く。
「あぁ、わかった。安心してシャロとの話を聞かせてもらうさ」
「あー……監視されるってことかぁ……」
「過保護ですわねぇ……」
遠い目をするテッラと呆れた様子のアナスタシア。それを気にせず俺はスープを作る。
こうしたやり取りでテッラがシャロと話をする際には俺が同席しておいた方が良い。と判断出来た。
まぁ、シャロを怖がらせるようなことはないと思うが、それでも念のため、という奴だ。




