126.意味のない言葉の応酬
テッラの頭をくしゃくしゃにしながらさて何を言えばさっさとシルヴィアが帰ってくれるのか。そんなことを考える。
考えるのだが、途中で面倒になって来て適当にテッラで遊びながら放っておいたら帰ってくれないだろうか。とさえ思ってしまうのはどうしてだろうか。
「うぁ~……今日のアッシュはあれだな、サービス満点だなぁ……」
何かと会いに来ると言うか、話がしたいと言うシルヴィアを追い返そうと話をしても意味がないと何となしに理解出来てしまったからだろうか。
シルヴィアは何か否定的な言葉を投げると困ったような、悲しそうな表情を浮かべることが多いがそれでも決して自身の想いを譲ろうとはしない。いや、多少なら譲るなり後回しにはする。
それでも最終的には自身の想いを貫くタイプだ。それがわかってしまっているのでここで追い返そうとしても意味がない、と理解してしまった。
「まぁ、あたしから甘えなくてもこうやってしてもらえるってのは最高だよな!」
となればここは追い返すために話をするのではなく、シルヴィアが多少なりと満足するようにちゃんとした会話に興じるべきなのかもしれない。
果たして俺にそれが出来るだろうか。本音を言ってしまえばシルヴィアとはあまり関わりたくはない。
現状として懐かれていることもあまり良くない事態だとさえ考えている。
単純に王族の勇者との関わりというのは俺にとっては遠慮したい。という思いと、あまりにも懐かれ過ぎているから、というのが理由だ。
多少懐く、ということであれば理解出来るが何故初対面の怪しい人物に対してここまで懐くのか、それが理解出来ない。いや、可能性としては思い浮かぶものもあるがそんなはずはない、と自分の中ですぐに否定しているのだが。
「って、アッシュ?聞いてるのか?」
「……あぁ、悪い。少し考え事をしてた」
「ふーん……まぁ、その考え事ってのはどうせ雑魚勇者に関することだろ?あたしはアッシュがこうしてくれてる間は大人しくしとくから好きにしたら良いんじゃないか?」
「他人事だと思って、随分と適当に投げやりに言ってくれるな」
「おう、他人事だからな!って言っても……アッシュがあたしに相談したいとか、あたしの力がいるっていうなら喜んで協力するぞ!」
「そいつはどうも。そんな時が来たらいつも通りに頼らせてもらうさ」
「おう!」
いつもの調子でテッラと話をして多少気が楽になる。
まぁ、いつも通りに深くは考えずに、くだらない話をするように適当に話をしてしまえば良い。ということにしてしまおう。
「さて、どうせ何か話をしないとシルヴィアは戻らないだろうし、何を話したもんかな」
「考えるのを放棄しましたわね……」
「考えるだけ意味がないこともあるだろ?」
「考えることに意味がある、ということもあるのではなくて?」
「ある意味ではそうかもな」
「意味深に頷きながら口にしてもアッシュさんのそれは意味のない行為ですわ」
「意味のない行為にこそ、何か意味が隠されている。何て考えるのが生きる術の一つじゃないか?」
「ええ、確かにその通りですわ。ですけれど、この会話には」
「意味が」
「ありませんわ」
くだらない言葉の応酬をアナスタシアと繰り広げてから、俺とアナスタシアは同時にシルヴィアを見る。
その表情には困惑が浮かんでいるが一切気にせず、言葉を投げかける。
「シルヴィアがしたい話ってのは、こんなくだらない意味のない会話でも良いのか?」
「くだらない、意味のない会話だからこそ深く考えることなく続けることが出来たのですから決して悪い物ではないと思いますわ。勿論、意味のある会話の方がよろしいとは思いますけれど」
「あぁ、そうだな。ただ、本当に意味のある会話ってのがどれだけ存在する?」
「さぁ?わたくしにはわかりかねますわ」
「…………二人とも、僕に話しかけたのに僕のことを放っておくっていうのは良くないと思うんだけど?」
アナスタシアとまた言葉の投げ合いをしているとシルヴィアが拗ねたようにそう言った。
驚いたり困惑したり拗ねたりと忙しいな、と思いながら一瞬だけアナスタシアとアイコンタクトで意思の疎通を行う。本来ならば簡単に行えるようなことではないが、今は適当に話をして帰ってもらう。という目的があるのである程度は簡単に出来た。
「そう拗ねるなよ。それで、何を話そうか?シルヴィアから話題を振ってくれないとまた無駄話で時間だけが浪費されるぞ」
「ええ、そうなる可能性が高いと思いますわ」
「そ、そんなこと急に言われても……え、えっと、あの……き、今日はいい天気だよね!」
「ここからだと空は見えないぞ?」
「あ……け、怪我は大丈夫なのかな!?」
「見てわかるように、既に傷一つありませんわね」
「ぐ、グィードさんに疑われてるって言ってたけど大丈夫?」
「どうだろうな?俺は特に気にしてないけどさ」
「え、えっと、えっと……アッシュの好きな食べ物とか、何かあるのかな!?」
「アッシュさん、そろそろシルヴィア様で遊ぶのはやめて普通に当たり障りのない話題を提供するべきではなくて?」
「遊ばれてたの!?」
俺としてはこのまま会話とも言えない会話を続けても良いかと思っていたのだが、流石にシルヴィアが不憫だと思ったらしいアナスタシアが遊ぶのをやめるようにと言った。するとシルヴィアがそれに反応して俺を見た。
「遊んでないぞ。ほら、普通に会話してただろ?」
「……そう言われると、確かにそうだけど……」
「アナスタシアが捻くれた考えをしたせいだな。ところでシルヴィア。今日はいい天気だな?」
「今それを言うってことは完全に僕で遊んでたってことだよね!?」
まぁ、アナスタシアがどうこうと言いながらも遊んでいたので素直に、わかりやすく遊んでいたという証明になる言葉を口にした。
それに対してシルヴィアは非常に遊び甲斐のある良い反応を返してくれた。というか、そういう反応を返してくれると思ったのでわかりやすい言葉を口にしたのだが。
「そうかもしれないな。ただそれは置いておくとして」
「置いておけないよ!?」
「どういう話がしたいんだろうな。好きな食べ物を聞き始めたってことは俺について知りたい。ってことで良いのか?」
「え、あ、うん……そうだけど……ねぇ、急に話を進められるとそれはそれとして釈然としないんだけど?」
「そうか?それなら今日の天気の話でも……」
「それはもう良いよ!!」
せっかく話を進めようとしているのにそれを止めるシルヴィアに天気の話題を振れば、もう良いと怒られてしまった。
まったく、遊ぶのをやめて話を進めたのにこれ、となると困ったものだ。少し自分勝手が過ぎるのではないだろうか。
「そこで僕のことを困った子供を見るみたいな目で見るのはおかしいよね?おかしいよね!?」
「そいつは悪かったな。それで、俺のことが知りたいってのはスリーサイズも含めるのか?それはちょっとな……」
「誰もそういうことは聞いてないんだけどね!」
「完全に遊ばれていますわねぇ……」
「良いんじゃないか?アッシュが楽しそうだしさ」
シルヴィアで遊んでいると部外者となってしまっているアナスタシアとテッラが呑気にそんなことを言っていた。だがそれはシルヴィアには届いていない。
「もう!僕は確かにアッシュについて知りたいって思ってるけど、スリーサイズまでは求めないよ!」
「そうかそうか。それなら何を知りたいって言うんだ?」
「それは……好きな食べ物とか、普段は何をしてるのかとか……?」
「漠然としてるな」
「うっ……た、確かにちょっと漠然としてるとは思うけど……本当に、そんなことが知りたいなぁ、って思って……」
漠然としてると俺が指摘すると本人にも自覚があるらしく、弁明をしながらも徐々に声は小さくなり、最終的にはごにょごにょと何かを言っている。という程度まで声が小さくなってしまった。
ついでに言えば顔が赤くなっていて、そんなことが知りたいと思っているということを俺に言うのが恥ずかしかったのかもしれない。まぁ、本人に君のことが知りたい。というのは下手をすると口説いているようにも聞こえてしまうので仕方ないのかもしれない。
「まぁ、多少なら話しても良いとは思うけど……悪いな、時間切れだ」
「え?」
少し考えればわかることだ。喧嘩をしているからとはいえ、シルヴィアが姿を消したらどうなるのか。
答えは単純に、その場にいる人間が心配になって探し始める、だ。
「シルヴィア様!!」
この声は非常にわかりやすい。ユーウェインのものだ。
「ほら、お迎えだ。あれやこれやと話がしたいならまた今度にしてくれ」
「あ、もしかしてこうなるってわかってて僕で遊んでたの!?」
「いや、そういうわけじゃないぞ?」
「ということは単純に遊ばれただけ!?」
「良い反応するよな、本当に」
言ってから小さく笑うとシルヴィアは拗ねてしまったようで頬を少し膨らませて俺を睨んできた。
睨んで、といっても拗ねてしまっているので怖いとは思わず、どちらかと言えば笑みが零れてしまうような可愛らしさがあるような気がする。
だが俺はそれを表には出さずに流してからシルヴィアの方に手を乗せてそのままくるりと反転させた。
「ほら、迎えも来たんだから帰った帰った。話なら王都に戻ってからゆっくり出来るだろ?」
「……ゆっくり話が出来る。とか言って、またはぐらかしたり僕で遊ぶ気でしょ」
「かもな。でもこのままここで話をしようとしてもユーウェインに邪魔されるだけだぞ」
「そうやって適当に返すのは良くないと思うんだけどな!」
「わかったわかった。良くない良くない」
「もう!次は絶対にゆっくり、ちゃんと話をしてもらうからね!絶対だからね!」
ぷんぷんと擬音が聞こえてきそうな怒り方をしながらユーウェインの声がする方へと歩き出したシルヴィアを見送る。聞こえてくる声からユーウェインが随分と近くまで来ていて合流したことがわかった。
それと、俺たちについては何も言わずにいてくれたようでユーウェインが騒ぐこともなく、足音が遠ざかって行った。
「アッシュさん、遊び過ぎではなくて?」
「かもな。ただ途中で時間稼ぎでもするか、と思ったからやっただけで俺の趣味じゃないぞ」
「疑わしいですわね……」
趣味ではない、と俺が言ったのだがアナスタシアには疑われてしまった。
疑念に満ちた目で俺を見てくるが、すぐにそれをやめてテッラを見た。
「アッシュの趣味も混ざってると思うけどなー。それよりも、これからどうするんだ?」
テッラの言葉を聞いてやはりか、というようにアナスタシアは呆れた様子を見せたがそれを気にせず今後のことについて口にする。
「そうだな……グィードの調査次第で考えれば良いんじゃないか?仮眠は終わってもここで休む以外に出来ることもないしな」
「それもそうか。ならてきとーに休ませてもらうとするか」
「先ほど仮眠を取ったばかりですので休むも何もありませんけれど……磔の女王を使った以上は少し整備をしておきたいところですわ」
「そうか。まぁ、俺も迷子の双子の整備がしたいから丁度良いと言えば丁度良いな」
適当な話し合いでとりあえずはグィードたちの調査待ち、という結論になった。
何にしてもこの依頼を受けた冒険者の責任者であるグィードが王都に戻ると言わなければ戻れないのだからそれも仕方のないことか。
とりあえずは銃の整備をしながら結果をのんびり待たせてもらおう。個人的にはさっさと王都に戻ってシャロの顔が見たいが、もう暫しの我慢、ということにしておこう。