123.仲間外れ?
アナスタシアを残して小部屋から出た俺とテッラはそのまま扉の左右の壁に背を預けるようにして見張りをすることにした。
とはいえ本当に他の冒険者たちが来る気配はなく、非常に静かなのでもし誰かが近寄ってくるようなことがあればすぐに足音に気づくことが出来るだろう。
「よし、やっと落ち着いて話が出来るな」
「そうだな。それで、帝都に行ってから何をしてたんだ?」
「別に特には何もしてないぞ。ただ、アッシュにべったりだと良くないって全員が思ってたことだしな」
「全員って……いや、それはないだろ。だいたい俺にべったりだったのはテッラくらいだろ?」
「あー、アッシュはそういう風に思ってたのか。アリスとかピースとかあれでアッシュにべったりだったぞ」
「いやいや、アリスは俺に対して文句言って来るし、ピースは俺に自分の考えをああだこうだと言って来てただけだろ」
テッラが全員が俺にべったりだった。というようなことを言っていたのでそんなことはない、と俺は思っている。なのでそれを伝えた。
すると何を言っているんだ、とでも言いたげにテッラが口を開く。
「あの二人はアッシュにそうやって構ってもらおうとしてただけだぞ?」
「子供かよ」
「あたしが構ってくれって突撃してたからアリスやピースも同じようにしようとしたけど結局恥ずかしくて出来なかったとか言ってた気がするな。だから文句を言うって形で絡むことにしたんだって」
「子供かよ!」
そんな理由で俺に絡んで来ていたのか。と呆れてしまう。
いや、テッラが口にした理由が本当のことなのかわからないのでまだ呆れるのはやめておこう。本人たちの名誉のために。
「他にも何だかんだで全員がアッシュにべったりだったからなぁ」
「信じられないな……エアとか普通だっただろ?」
「エアは……まぁ、アッシュの前では普通に見えるようにしてたな、うん」
「……もしかして、マリアとかエヴァも?」
「だから全員だって言っただろ」
「……まぁ、解散したから気にしなくても良いか」
呆れたようにしているテッラの話を聞いていると頭が痛くなってきたので考えるのをやめた。
というか俺にべったりだった。というのはテッラくらいのものだと思っていた。それがテッラが言うには全員がそうだった。と言われて戸惑ってしまう。
とりあえず、もし次にあいつらに会うようなことがあれば適当にカマかけでもしてみようか。アリスとピースにそんなことをすればまた文句の一つや二つ言われてしまいそうなのだが。
「そのうち会うかもな。どうせそのうちふらっと姿を見せるか、たまたま遭遇しそうな気がするぞ」
「ない。とは言い切れないな……まぁ、良いか。王都に戻ってきた理由も聞いたけどそれにしては数年経ってたな……」
「マリアと聖都に行ったり、ピースがいるからって廃都に向かったり、エヴァがセウフィティスにいるって聞いてそっちに行ったり、アリスが魔族に会うために海を渡るって言うからついて行ってみたり、海を渡ったのは良いけどそこでエアに会ってアリスと一緒に港まで魔法で飛ばされたり……」
「え、ちょっと待て。テッラは他の奴らが何してるか知ってるのか?」
俺はアルヴァロト解散後の他のメンバーがどういう動きをしているのか全く知らない。
だがテッラはピースがいるから、エヴァがいると聞いて、アリスが、と口にした。ということはある程度は動向を知っていた、ということになる。
「ん?あたしが、って言うよりもアッシュ以外はある程度連絡を取り合ってるぞ」
「はぁ!?」
さも当然のことのように信じられないことをさらっと口にしたテッラ。
まさか仲が良かった仲間からハブられているとは思ってもいなかったのでテッラの言葉を聞いて信じられないという思いと、なにハブってやがる。という気持ちでつい声が挙がってしまった。
場合によってはテッラを締め上げて全員を集めた上でぶちのめしてお説教と文句と憂さ晴らしをしなければならないかもしれない。
そうなればきっと俺は容赦しない。特にエア。あいつは一番まともな気がしていたのにそういうことをする。というのであれば遠慮はなしだ。
「別にアッシュを仲間外れにしてる、とかじゃなくてほとんど抜け駆け禁止用だぞ」
「……抜け駆け禁止用?」
「おう。アッシュにべったりな状況をどうにかしようって話になったのにアッシュに会いに行くとかなし。ってことになってたんだよ」
「でもテッラはこうして俺と話をしてるよな?」
「いやー、そのうち抜け駆けするつもりだったけど今回は偶然だからなー、仕方ないよなー、偶然だもんなー!」
自分で抜け駆けする気だったと言いながらも今回は偶然だから仕方がない。とわざとらしい口調で言いながら自分を正当化させようとしているテッラに呆れてしまい、ため息が零れる。
「……気にするだけ意味がなさそうだな……まぁ、とにかく俺を仲間外れにしたわけじゃないって言うなら今回は納得しとくか」
積もる話でも、と思っていたのに全く違う話になってしまった。ということもあるのでそう言ってこの話は終わりにすることにした。
というかこの話を続ければ続けるだけ俺の知らなかったあれやこれやが出てきて頭が痛くなると思ったので打ち切るしかなかった。
「それよりも王都に戻ったらどうするつもりなんだ?」
「王都に戻ったら、か……特に決めてなかったな。というかアッシュに会いに行こうかな、くらいしか考えてなかったからなぁ……」
「それで俺がシャロと一緒にいるのを見かけた、と。いや、それよりもフランチェスカを狙った理由は?」
「マジックアイテムがある!ってだけだな。まぁ、マジックアイテムで盗めたのはアッシュに渡したあれだけだったみたいだけどさ」
確かにマジックアイテムというのは価値の高い物が多い。だから狙うというのはわからないでもない。
ただそうして盗みを働いたとなると一つ問題が出てくる。
「顔や姿は見られてないよな?」
「見られてないな。ただ、手口は昔のままだったからあたしが、っていうかクレイマンがやったってばれててもおかしくはないと思うぞ」
昔のままの手口、ということであれば確かにクレイマンの仕業だと見抜かれてもおかしくはないだろう。
クレイマンの手口とは基本的に派手で、強盗をするにしても目立ち過ぎる方法を選んでいた。それはクレイマンという存在が異常で異様な存在であり、敵に回すべきではないと知らしめるための物だった。と、アリスがドヤ顔で説明していた。
どうにもアリスの入れ知恵らしく、それが思惑通りに行っていたのだから俺は何も言えなかった。ただ、あのドヤ顔には軽いチョップで返答したのを覚えている。
「そうか……なら暫くはクレイマンとしての活動は控えろ。そうすれば王都でも普通に出歩けるだろ」
「あー、これも昔のままだな。クレイマンとして派手に動いた後は暫く自重して、ほとぼりが冷めたら。って感じだったよな」
俺の言葉を受けてテッラは昔を懐かしむようにしてそう言った。
まぁ、昔とは言ってもせいぜいが数年前の話なので昔も何もないのだが。
「懐かしい、と言えば懐かしいとも言えるか」
「数年前の話だけど、アッシュと離れてからは長く感じたからな……」
一人でうんうんと頷きながらそう言ったテッラに何を言っているんだか、と思ってしまう。
それでも依存していたような対象から離れてからの数年。ともなれば確かに長く感じるのかもしれない。その数年で多少なりとマシになったかと思えばそんなことはなかったのだが。
ただあくまでもあれやこれやと考える基準が俺と言うだけで、俺の言うことを全て肯定するわけではない。仕事で敵になればちゃんと敵として戦えるので問題視するほどではない、と言えばそうなのかもしれない。
「あ、王都に暫くいるならアッシュのところに世話になっても良いか?」
「それは別に良いけど……」
「よっしゃ!なら暫く頼むな!」
「その代わりシャロの子守りくらいはしてもらうからな」
「えー……ってか、子守りって何しろってんだよ……」
王都で俺を見かけたと言うことできっと俺の家の場所も知っているのだろう。だからこそ世話になりたいと言ってきたのだと思う。
俺としては別に構わないので交換条件としてシャロの子守りを提示すると嫌そうな顔をしてテッラはそう言った。
「俺がシャロの傍を離れないといけないようになった時にシャロに危険がないようにしてくれればそれで良い」
「それってあたしがついて行けないようなことなのか?」
「ジゼルのところに行くこともあるだろ。テッラはジゼルが苦手だろ?」
「あー……そういうことか。わかった。ジゼルのところには絶対に行きたくないからな……」
テッラはジゼルが苦手なのでそう言うと思った。というか、ジゼルが苦手であり、ジゼルがいる場所が苦手なので仕方ないと言えば仕方ない。
ただそれでも俺はジゼルに会いに行かなければならないこともあるので、その際にシャロのことを見ていてくれる誰かがいるというのは非常に助かる。
「でもなー……水色チビ助はアッシュに対して馴れ馴れしいどころじゃないし……」
わかった、と言いながらもやはりテッラとしてはシャロの子守りは嫌なのだろう。
見るからに嫌そうな表情を浮かべている。しかも、それを隠そうともしない。
「頼む。シャロのことはちゃんと守りたいんだ」
「……まぁ、アッシュにも色々あるってことはわかるから仕方ないか。ただし!子守り一回で俺の我儘に一回付き合ってもらうからな!」
それでも俺が真剣な様子を見て仕方がないな、というように笑ってテッラは自分の我儘と引き換え、と言ってきた。
「我儘の度合いによるけど……」
「大丈夫だって!構ってくれって言うよりも甘えさせてくれって程度だからさ!」
「あー……そのくらいなら良いか」
「よっしゃぁ!それならそういうことで水色チビ助の子守りは任せてくれ!ついでにジゼルがあたしに興味を持たないようにしておいてくれよな!」
我儘と言うのは甘えさせろ。というお手軽な我儘だったようで、その程度ならば問題ないと言うとテッラは非常に嬉しそうにそう言った。
隙あらば甘えようとするテッラらしいと言えばらしい条件だったが、前までは何をしているのかと呆れてしまったこんなことも、シャロと過ごすうちに微笑ましいと思えるようになっていた。
その結果、テッラに対してシャロのように、とまではいかないが甘くなってしまいそうだ。まぁ、それも悪くはないかもしれない。
ただテッラの依存のようなものが酷くならないようにだけは気を付けなければならない。