11.不釣り合いな青年
ストレンジに向かう道中、俺の様子が少し変わったというか、おかしくなっていることを察したらしいシャロが心配そうに何か声をかけようとしていたが、俺はそれに気づかないふりをした。
何を言われようとも俺の心情を語ることはない。だからどうせ誤魔化すことになる。だったら余計なことを喋らなくて良いように黙っておけば良い。
そう考えて黙々と歩く俺と、その後ろを話しかけようとしながらも話しかけることの出来ないシャロ。周りから見れば奇妙な二人に見えたかもしれない。
そうしてそう時間をかけずにストレンジの近くまで来たのだが、その扉の前に見たことのない青年が立っていた。
金糸の髪、端正な顔立ち、凛とした立ち姿といった何処の正統派王子様だと言いたくなるその姿は、ストレンジにある程度居座ることのある俺には何となく判断が出来るのだが、明らかにストレンジに来るような人間ではないように思えた。
それにあれは準備中の札が扉にかかっているから入れないという様子ではなく、人が入らないように入り口を塞いでいるように見えた。
つい足を止めてしまった俺の後ろでシャロも同じように足を止め、俺が見ている物が何なのか確認してから口を開いた。
「主様。あの方が主様の言っていた方ですか?」
「いや、違う。でも何処かで見たことがあるような……」
そう、何処かで見た記憶がある。ような気がする。
あの青年を見かけたのは何処だったか。それを思い出そうとしていると俺とシャロに気づいたらしく目が合った。
それと同時に目を見開いて、じっと俺を見つめてきたと思ったら首を振ってから平静を装い声をかけてきた。
「どうかしたのかい?」
「いや……少し、そこに用があるんだ」
「そうか。でも今は準備中みたいだから、また後で出直した方が良いと思うよ」
「そこの主人と知り合いなんだ。準備中でも中に入って良いって言われてるから、どいてくれるか?」
先ほどの様子に違和感を覚えながらも話しかけて来た青年にそう答えると、少し困ったような表情へと変わった。
ハロルドに入っても良いと言われてる身としてはさっさと入りたいのだが、何か事情があるのかと考えてすぐに思い至ることがあった。
ハロルドが今日は客が来ると言っていた。もしかするとその客の付き添いや護衛の人物なのかもしれない。
「中で依頼の話でもしてるのか」
「依頼って……もしかして君はここがどういう場所か知っているのかな?」
半ば確信を持って言えば驚いたように目を見開いていた。
だがその言葉を聞いて俺の予想は間違いではなかった。と思うと同時に、ハロルドの客は随分と身分の高い人間のようだと思った。
そうでもなければこうして付き添いなのか護衛なのかわからないが、この青年のような人を伴って話をしに来るということはないはずだ。
「知ってる。こいつは違うにしても、俺は仲介された仕事をこなしてるんでな」
シャロを示してからこいつはハロルドから仲介される仕事をしていないと明言しておいた。
そんなことはしなくてもシャロのような子供がハロルドからの仲介を受けているとは思われないだろうが、一応言っておかなければ。
「そうか……その子はもしかしてエルフ……?」
「そうだ。王都だとほとんど見かけないから驚くのもわかるけど……あんまりジロジロ見てやるなよ」
「あ、す、すまない……気分を害してしまったかな……?」
「いえ、私は大丈夫です……それよりも、主様は中へは入れないのですか?」
シャロは別段気分を害している様子はなく、俺がエルフが珍しいことを伝えていたのでそういうものだと納得しているのだろう。
それとシャロにとっては珍しいからと見られるよりも俺が目的地であるストレンジに入れないことの方が気になるようだった。それは単純な興味から出てきた言葉のようで、道を開けろというニュアンスは含まれていなかった。
「えっと……中での話し合いが終わるまではちょっと、ね……」
「そうですか……」
「やれやれ……ハロルドも随分と気合を入れていたからな……邪魔するのも悪いとは思うけど、ここで立って待ってるってのもどうかと思うんだよな」
「あぁ、確かにそうだね……えっと、この近くで何処か座れるようなところってあるのかな……?」
少し嫌味っぽくなってしまったが青年は気分を害した様子もなく、座れる場所がないかと周囲を見渡していた。当然、そんな場所はないのだが。
「おい、暫く立ちっぱなしになるかもしれないが、大丈夫か?」
「私は大丈夫です。でも、主様が……」
「俺がこんなので疲れるわけないだろ。お前が大丈夫だってことなら俺は良いんだけど……」
子供であるシャロのことを少し心配して言えば、何故か俺が心配されてしまった。
いや、世話役ということであれば主の心配をするというのはわかるのだがどう考えても立っているだけで疲れるわけがない。
シャロには言ったが俺はスラム街の出身だ。その程度で疲れるようならあの場所では生きてはいけない。
「すまない……何処か座れれば良かったんだけど……」
「いや……確認なんだが、話を始めて結構経つのか?」
「そう、だね……思いのほか話が長引いている。という印象があるくらいには時間は経っているね」
「ならもう少し待てば良いような気もするな……」
言いながらシャロを見やれば、自分はそれで問題はないという風に小さく頷いた。
それを見て、それならばここで待つことにして、青年に聞きたいことがあるので確認することにした。
「こいつもそれで良いみたいだからな。それで、聞きたいことがあるんだけど良いか?」
「君たちが良いって言ってくれるなら僕としても助かるよ。それで、何が聞きたいんだい?」
「お前の上司のこと。って言って教えてくれるんなら聞きたいもんだ」
「それは……申し訳ないが教えられないんだ」
「だろうな。そんなことだろうとは思った」
身分の高い人間であればこうした場所に依頼を持ち込んでいるというのは知られたくないはずだ。
だからこそ教えられないと言われることは予想がついていた。むしろこれで断られたということは、その上司と言われた人物は周りには言えない依頼を持ち込んだことになる。
そうしたことであれば無用な詮索をするべきではない。
「僕は教えることは出来ないと言いながらこんなことを言うのは図々しいと思われるかもしれないけど……その、少し聞いても良いかな?」
「俺とこいつの関係か?奴隷とか、そういうのじゃないからな」
「そ、そうか……いや、その……すまない……」
「はぁ……良い。どうにも珍しいエルフの子供を連れて、しかも主なんて呼ばれてればそうも思われるみたいだな……なぁ、呼び方変えないか?」
これから先、同じようなことを言われる可能性を思えば呼び方を変えさせるべきだと思いシャロにそう言ったのだが、当のシャロは首を傾げていた。
「どうしてですか?」
「だから、奴隷とその主。なんて思われて確認を取られるのも面倒だろ?」
「それはそうですが、主様と呼ぼうとアッシュ様と呼ぼうと、あまり変わりはないような気もしますよ」
「…………マジかよ……」
シャロに言われてその状況を想像してみたのだが、確かにシャロは他の人のことはさんを付けて呼ぶのに俺だけが様を付けられていればそう思われる可能性は充分にあった。
いや、それならシャロに様を付けずに呼べと言えば良いだけか。
「だったら様なんて付けずに呼ぶようにしたら良いだろ」
「いえ、それは出来ません」
「……それは、俺の世話役をやってる原因が関わってるのか?」
「はい、そうです」
イシュタリアのせいということがわかって、少しばかり頭が痛い。
あのろくでなしの女神は余計なことしかしないのか。と思ってしまうが、これを口に出すとシャロに窘められるのが想像出来るので口にはしない。
シャロはシャロで、敬虔な信徒というわけではないにしてもイシュタリアを信仰しているようなので、そのイシュタリアからの神託ともなればそう簡単には敬称を外しはしないだろう。
「なるほど……その子は君のお世話役なのか」
そうした俺とシャロの会話を聞いていた青年が一人納得したようにそう言った。
「そういうことになる。こんな子供に何を世話されろって言うんだか……」
「あはは……でも、王族の方は幼い頃に自分と同じくらいの年齢のお世話役を傍付きとしているからね。ちゃんとお世話役としての教育さえ行われていれば身の回りのお世話くらいは出来るんじゃないかな?」
「はい、私はお世話役として必要なことはしっかりと学びました。ですので、主様のお世話はお任せください」
「ほら、この子もこう言っているよ」
何といえば良いのか。二人にそう言われて内心で世話されるのは俺の望んでいることではない。と思ったのは仕方のないことだろう。
というかシャロは俺の世話をするのに何故そこまで意気込んでいるのだろうか。
「そうだ。自己紹介をしていなかったね。僕は……そうだね、アルと呼んで欲しいな。親しい人はそう呼んでくれるからね」
「私はシャロと申します」
自己紹介を始めた二人だったが、すぐに俺を見てきた。
どういう意味なのか察して、ため息を一つ零してから俺も自己紹介をすることにした。
「アッシュだ。スラム街出身のろくでなし」
「スラム街の出身だからって、誰も彼もがろくでなしではないと思うんだけど……」
「…………そうかもしれないけど、俺はろくでなしなんだよ」
スラム街の出身だと言ってもアルと名乗った青年は特に驚くことも、嫌悪の色を浮かべることもなく素直に思ったことを口にした。という様子だった。
そのことに対して俺が少し驚いたのと、割とこいつは良い奴じゃないか?なんてちょろいと思われるような感想を抱いてしまったのは誰にも言えない。
とりあえず自分はろくでなしだと再度言って、少し黙ってしまったのを誤魔化しておく。誤魔化せない気もするのだが。
「君がそう言うなら僕は付き合いもないから否定も出来ないけど……うん、アッシュとシャロだね」
「よろしくな。って言って良いのか……」
「主様。こういうときはそう言っておいて問題はないと思います」
「そうか。それならよろしくな、アル」
「よろしくお願いします、アルさん」
「うん、よろしくね。二人とも」
どうせ今回が最初で最後だと思いながら、シャロに言われるままによろしくと言っておく。
それから育ちの良さそうな二人が意外と早く打ち解け始めているのを見ながら先ほどのアルの言葉を思い出す。
わざわざ例えに王族を引っ張ってきて、更に言えば傍付きについても少し言及していた。
この世界というか、王都では王城の中の出来事に関してはあまり外に出回らない。それは王族の幼い頃の話もだ。それなのにアルは幼い頃に世話役を傍付きにすると言った。
つまり、王城の中について知る機会がある、ということになる。可能性としてあるのは王族に仕える人間である、もしくは王族と関わりのある人間ということだ。
ともなれば何処かで見たことがあるというのは王族に関係のある行事などで見かけたことがある。ということなのかもしれない。
もしこの考えが合っているのであればハロルドの客というのも王族に仕えているのか、王族の関係者なのか。確かにこうして依頼をしているのは人には知られたくないのも納得だ。