121.信じがたい事実
とりあえず、今回はグィードが本当に憲兵団の団長だとして話を進めることにしよう。
いや、事実としてグィードは憲兵団の団長なのだとは思う。シルヴィアと縁があるのはそれが理由であり、こうして部下を引き連れていることを考えれば納得することが出来る。まぁ、無理やり納得させているだけでもあるのだが。
そして憲兵団の団長という立場であれば帝国の軍人であり、英雄とまで呼ばれるイリエスについて何か知っている可能性がある。
「まぁ、シルヴィアのことや俺がスラム街の人間だってことはどうでも良いんだ。お互いに疑ってた理由もわかったし納得もした。それで終わりで良いだろ」
「ふむ。ということは漸く本題に入る。ということで良いのかね」
「あぁ、クレイマンが見つかってないって話だったよな」
「うむ。何か知っているのであれば話が聞きたい」
クレイマンについて。テッラがクレイマンだと言うつもりは一切ない。
テッラも俺がそのつもりだと理解してくれているようで特に反応は示さず、それでもグィードとその部下を警戒しているようだった。
「まず俺たちは坑道の奥で盗賊団のボスと戦っていた」
「うむ、そのような話は聞いている」
言ってから一度だけアナスタシアに視線を向けて、再度俺を見る。
「それがクレイマンだった。ということかね?」
「いや、そうじゃない。俺たちが戦った相手は盗賊なんかじゃなかった」
「……続けてくれ」
俺の言葉から何かを感じ取ったであろうグィードは真剣な、というよりも少しばかり険しくなった表情で続きを促した。
「俺たちが戦った相手はイリエス・ロウメツム。帝国の英雄って呼ばれてるらしい相手だ」
イリエスの名前を出した瞬間、グィードの表情が驚愕の色に染まり、すぐに机を叩くようにして立ち上がった。
「あり得ない!!イリエス・ロウメツムが王国領に、ましてこうまで王都に近い場所にまで来ているなど!!」
「俺は事実を口にしてる。まぁ、信じるも信じないもお前に任せるけどな」
どうやらグィードはイリエスのことを知っているらしい。それも俺が思っているよりも詳しく知っている可能性がある。
まさか名前を出しただけでこうまで反応するとは思っておらず、素直に驚いてしまったがそれを表に出さないようにして信じるかどうかの判断はグィードに丸投げした。
信じられないのか、信じたくないのか。一体どちらなのかわからないが、俺は事実のみを続けることにした。
「イリエスは帝国軍に対する反乱軍に協力したクレイマンを追ってこの辺りまでやって来たらしい。クレイマンの性格を考えて名前を騙れば姿を現すと思って盗賊団の頭領がクレイマンだって情報を流しながら待っていた。まぁ、本人はそこまで本気じゃなかったみたいだけどな」
「待て!私はまだイリエスが来ていたなどと信じてはいない!!」
「ついでに言えば勇者であるシルヴィアに対してはほとんど興味がないみたいだったから、わざわざ探そうとは思わなかったって言ってたぞ」
「そのような話が信じられるわけが……!!」
「ついでに言えば変な武器を持ってたな。筒状の武器で、何かがその筒から飛び出て来てたような……」
銃と言う武器をグィードが知っているかどうかはわからないが、俺がその名称を知っていると悟られたくはないのでどういった形状だったのかを口にする。するとグィードは一瞬だけ怯んだような様子を見せた。
どうやら銃について知っているようで、当然のようにそれは王国領ではまず見ることのない物だと言うことも理解しているだろう。
銃は帝国で用いられている武器であり、相手がイリエスではないにしても帝国の人間が来ていたのではないかという疑念が湧くはずだ。
「グィードは何か知ってるのか?」
「まさか……いや、だが……」
「まぁ、良いか。結果だけ言えばイリエスはクレイマンもシルヴィアもどうでも良いからって帝国に戻ることにしたらしい。ただ、帝国に戻ってやるべき仕事がある。みたいなことを言ってたような気がするな」
「…………本当にイリエスだったのかどうか、調べなければならないな……」
俺の話を聞いてもしかすると本当にイリエスがいたのではないか、そうした疑念を抱えたグィードがそう零す。そしてすぐに部下に向かってこう言った。
「坑道の奥に向かい、何者がいたのか痕跡を探してきて欲しい」
「この者の言葉を信じるのですか?」
「筒状の武器というのがあれだとすれば、帝国の人間である可能性が高い。何にしても一度調べなければならないだろう」
「了解いたしました」
完全に信じたわけではなく、可能性の面での考えによって帝国の人間がいたと考えて動くことにしたようだ。
ただ気になることがあるとすればイリエスたちが帝都へと戻るとしてもすぐに戻るための行動を取っているのかどうか。ということだ。
イリエスの部下の中には怪我の治療をしなければならない者もいただろう。俺としては帝都に戻るというイリエスを追う気になどなれなかったが、グィードたちが見つけた場合はイリエスを見逃すようなことはしないはずだ。
となれば最悪戦闘が起こる可能性がある。グィードの部下たちがどれだけの強さなのかわからないが、イリエスが相手では勝ち目はないと思う。神の加護には色々とあるがイリエスが与えられた加護はあの傷の治りを見るからに再生の加護を与えられていると考えるのが妥当だろう。
もしグィードの部下の中に毒を扱う者やイリエスを即死させることが出来るようなことが出来る人間がいれば良いが、もしいなければ返り討ちに会うことになる。
「グィード、イリエスを見つけても戦おうとするなよ」
「わかっている。と、言いたいが……王国領内でイリエス・ロウメツムを見つけるようなことがあれば黙って見逃すことは出来ない」
「そうだとしてもだ。あいつの本気を見たわけじゃないけど、たぶん化物みたいなもんだぞ」
「奴の逸話を聞けばそれくらいはわかっている。だが、憲兵団の人間として戦わなければならないこともある」
どうにもグィードは危険だとはわかっていてもイリエスを見つけた際には一戦交えるつもりのようだった。そしてそれは俺が止めただけではどうしようもないほどに強い決定事項としてグィードだけに留まらず、その部下たちも同じ考えのようだ。
そういうことであれば俺はこれ以上何も言わない。一応警告はしたのでもう良いだろう、という考えもある。
「そうか。なら好きにしてくれ」
「うむ。君の警告を無視してしまう形になるがそれでも我々はそうするしかないのだ。それに、君には悪いがまだイリエスがいたという話を信じたわけではないのでね。まぁ、帝国の人間がいたのかもしれない、という可能性は考えているのだが……」
「いや、俺みたいな一介の冒険者がどうこう言えるようなことじゃないから気にしてないさ」
イリエスが見つかり、戦うことになり、その結果としてグィードやグィードの部下が死ぬことがあったとしても俺にとっては関係のないことなので好きにしたらいいんじゃないかな。とさえ思い始めているのでそう言って気にしていないと答える。
俺の言葉の真意を理解していない様子のグィードは申し訳なさそうに、完全に理解しているアナスタシアはほんの少し呆れたように、テッラはどうでも良さそうに、という三者三様の反応を見せている。
「とにかく、クレイマンはいなかった。本当のボスはイリエスだった。俺たちはどうにかイリエスが飽きたから生きて戻って来れた。ってことで理解してくれたか?」
「クレイマンがいなかったことと、どうにか生きて戻って来れた。という点だけは理解しよう。イリエスがいたのかどうかまでは信じていないが……それにあのイリエスが飽きたからと生きて返すかどうか……」
「まぁ、飽きたからってのと、帝都での仕事が残ってるから俺たち程度は捨て置いた。ってところじゃないか?」
「ふむ……とりあえず、そうした理由から生き残ったということにしておこう」
イリエスのことが信じられないのであれば仕方ないが、とりあえずは納得してくれたらしい。
それならば次は今後の予定について、というよりも坑道の奥を調べた後の話をしておこうか。
「それで、坑道の奥を調べた後はどう動くつもりなんだ?」
「そうだな……イリエスにしろ、帝国の人間にしろ、本当はクレイマンがいるにしろ、それらの調査が終われば王都に戻ることが出来るだろう。だが今日は調査を行えば日が暮れることは明白だ。一晩ここで過ごすことになる」
「食料は盗賊団の物があるし、俺たちが持って来た物もある。だから大丈夫か」
「盗賊団の監視はどうするおつもりですの?」
イリエスについて話が終わり、自分がボロを出すようなことはないと判断したのかアナスタシアが話に入ってきた。
それに対してグィードは特に何も言わず、どうするつもりなのかを教えてくれた。
「監視は私の部下が行う。君たちは休んでいてくれ」
「良いのかよ。あたしはやる気ないけど、そういうのだってちゃんとやるって奴がいるんじゃないのか?あの勇者とか優男とか」
「優男……?」
「アルのことだろ。テッラ、少し黙ってろ。話が進まなくなる」
「はいよ。アッシュが言うなら黙ってるよ」
肩を竦めてそう言ったテッラは大人しく引き下がった。その際に俺と一瞬だけ目が合い、大人しく引き下がるのだから貸し一つ。と言いたげだったのを見逃さなかった。
というか話に入ってきた理由はそれかと思いながら、先ほどのアナスタシアとの言い合いによる憂さ晴らしに何かしたいのだろうと当たりをつける。
もしくは王都に戻るまでに思っていたよりも時間がかかりそうだと判断して構ってくれ、とでも言ってきそうだ。
「でも本当に良いのか?そういうのはこの依頼に参加した冒険者なら仕事だって割り切ってやると思うぞ?」
「うむ。それはわかっている。だが……我々がこうしていられるのは君たちが頑張ってくれたおかげだとシルヴィア様から聞いている。それならば我々に出来ることは我々が行い、君たちには今まで負担をかけた分しっかり休んでもらいたいと思っているのだよ」
そう言ったグィードはほんの少しだけ申し訳なさそうに、それ以上に自分たちやシルヴィアを助けた俺たちに対しての感謝の念が見て取れるような気がする笑みを浮かべていた。まぁ、完全に主観でそう思えたというだけで実際はどうなのか知らない。
「そうか。それなら俺たちは大人しく休ませてもらうことにするさ」
「あぁ、そうすると良い。後のことは我々に任せてくれ」
任せてくれというのなら任せてしまおう。そして大人しく休むのも良いだろう。
別に大丈夫だとは思うが昨夜から、というよりも昨日に目が覚めてから今に至るまで俺とアナスタシアは一睡もしていないので休むのであればそれはそれとして丁度良いのかもしれない。
まぁ、俺はイリエスと戦い、久々に戦闘に使える加護を使ってしまったので疲れはあるのでテッラにでも見張りを頼んでひと眠りさせてもらおうか。