119.本人たちにとっては重要なこと
ルークについて考えるのはやめてグィードに話を聞くために歩き、わからなければ冒険者に訊ねて姿を探す。そういったことを続けていると漸くグィードの下に辿り着くことが出来た。
場所としては入り口付近の小部屋だった。一応机などが置いてあって話し合いをするのに使える場所なので、リーダーとして、責任者としてあれやこれやと指示を出し終え、これからのことを話し合ったりギルドへの報告をまとめるのには丁度良い場所だった。
ただそこまで広いわけではなく、大人数が詰めることは出来ない。せいぜいがグィードのパーティーと他のパーティーが一組だけ、といったところだ。
礼儀として小部屋の扉を軽くノックしてから反応を待つ。
「鍵はかかっていない。入ってくれ」
するとグィードの声でそうした言葉が聞こえたので遠慮せずに扉を開けて小部屋へと足を踏み入れた。
中ではグィードとその仲間が机を囲むように座り、地図は崩れないように丁重に扱ったのか端が欠けている程度で充分に地図として機能する状態で壁に貼り付けられていた。
「あぁ、君たちか……?」
君たちか、と俺とアナスタシアを見ながら口にしたが、すぐにテッラへと視線が移り、疑問符を浮かべた。
元々テッラは冒険者の中にいたのではなく、あの惨状の後に野営地にやって来たのだろう。たぶん、俺たちと同じように何があったのかを確認するために。そして俺たちがやって来るのがわかって同じ冒険者と言う体で利用しようとしたのではないだろうか。
まぁ、結果としてその利用しようとした冒険者が俺だったので普通に同行することになったのだとは思う。
「俺の連れだ。それより少しばかり話が聞きたいんだけど良いか?」
「君の連れか……アルトリウス殿とそこにいるアナスタシアくんが連れだったと思うのだがね」
「不思議なことにな。それで、聞きたいことがあるって言わなかったか?」
テッラについて言うことはないとはっきり態度で示すと小さくため息を零して、やれやれ仕方がないな、とでも言いたげな表情を浮かべてグィードは口を開いた。
「まったく仕方がないな、君は……良いだろう。それで、私に何が聞きたいのかな」
「これからどう動くつもりなのか、それが聞きたいんだ」
「ふむ……盗賊団は全員捕まえることが出来た。と、言いたいが実のところ盗賊団の首領とされているクレイマンという人間が見つかっていなくてね。まだ捜索中となっている」
「クレイマンか」
「そうだ。君は何か知っているのであれば教えてもらいたいものだが……」
「教えても良いけど……先に答えて欲しいことがある」
「答えて欲しいこと、か。答えるかは置いておくとして、それは何かな」
「お前、何者だ?」
クレイマンが見つかっていない、ということで放っておいても探し続けるだろう。
であればクレイマンが盗賊団の首領だったというのは嘘の情報で、それを流したのがイリエスだと言う必要がある。いや、イリエスのことは言わないまでも別の誰かの仕業だと納得させなければならない。
ただの冒険者が相手ならば多少なりと誤魔化すことも出来るが、シルヴィアがグィードのことを知っていることからただの冒険者だとは思えない。
ならばその正体について問いただすとしても仕方のないことだ。
「何者か、と問われればAランクの冒険者だ、と答えておくべきなのだろうが……君が聞きたいのはそういう話ではないのだろうね」
俺の言葉の意図を理解したグィードはそう言った。
「あぁ、はっきり言って俺は最初お前が盗賊団の人間の可能性すら考えてたからな」
「ふむ……理由を聞いても?」
「行軍中のお前の仲間の配置、その仲間との冒険者を見張るような動き、野営地の場所、とかがわかりやすく怪しかったからな。それとあの行軍は冒険者だとしてもきつかったんじゃないか?顔には出さなくても、な」
「なるほど、良く見ていた、ということか」
どういう点が怪しくて盗賊団の人間なのではないかと疑っていたのかを口にするとグィードは一つ頷いてから、何かを考える素振りを見せた。
それから俺、アナスタシア、テッラへと視線を動かし、周囲の仲間に対して目配せをした。何かあるのかと思っていると二人ほど扉の外へと出て行った。扉を閉めてから足音はすぐに止まったので扉の左右にでも立っているのではないだろうか。
そんなことを考えているとグィードは俺たちに真剣な眼差しを向けてきた。いや、そんな優しい物ではなく相手を射殺してしまうのではないかと思えるほどの鋭さを持った視線を向けた、と言う方が正しいのかもしれない。
それなりに修羅場を潜り抜けている俺たちが一瞬とはいえ殺気立つほどのそれは常人が行えるものではなく、Aランクの冒険者だから出来る。というものでもないように感じられた。
「私が何者なのか、それを話す前に約束してもらいたいことがある」
「正体について口外しない。とかその辺りか?」
「そうだ。察しが良くて助かる。それで、どうする?」
俺としてはグィードの正体を知ったからと言って口外する気は微塵もない。
正体について聞こうとしている理由は、俺が怪しいと判断した人間のことをシルヴィアが随分と信用しているようだったのが気になったのと、イリエスについて話しても問題ないかどうか、それを判断したがため、というものだ。
イリエスについて話すべきではない、話すだけ意味がないということであれば適当に誤魔化す予定にしているので、ここは素直に約束しておくべきだろう。
「俺は約束出来る。アナスタシアとテッラはどうだ?」
「わたくしも口外するつもりはありませんわ。というよりも、外に出て話が終わったら戻ってくる。ということでも構いませんわよ?」
「あたしも口外はしないけど興味ないから外で待ってても良いぞ。デカ女と一緒ってのは気に入らないけどな」
「安心してくださいまし。わたくしもテッラさんと一緒に待つと言うのは気に入りませんわ」
アナスタシアとテッラは口外しないと約束出来るが、外で話が終わるのを待つということでも良いと口にした。
ただその後にテッラが余計な言葉を続けてしまったために売り言葉に買い言葉、というようにアナスタシアも言い返してしまった。
「ですので、お一人で外に出るというのは如何でして?わたくしとアッシュさんは二人でグィードさんの話を聞きますわ」
あえて俺と二人で、という部分を強調して口にしたアナスタシア。どう考えてもテッラに対しての当てつけだ。完全に喧嘩を売っている。
そしてテッラの性格上、そうしたわかりやすく喧嘩を売られて平静ではいられない。ついでに言えば俺に関することとなれば猶更だ。
「あ?何を馬鹿なこと言ってんだよ。アッシュとあたしが話を聞くからデカ女が消えるべきだろ」
そう言って予想通りにアナスタシアから売られた喧嘩を買うテッラに小さくため息が零れてしまう。
また少しだけグィードの様子を窺えば先ほどと打って変わって困惑しているように見えた。
「いえいえ、テッラさんのようなお子様では難しい話もありますわ。ここはわたくしのような大人に任せるべきですわ」
「あぁん!?だーれがお子様だってんだ!!こんのデカ牛女!!無駄にでかいだけで将来垂れるようなもんぶら下げていい気になってんじゃねぇぞ!!」
「なっ!?た、垂れるなどと言うのはやめていただけまして!?それにそれは将来的にそうなるとしても今のわたくしには関係のないことですわ!!」
「うるせぇ!お前みたいな奴にあたしの気持ちなんてわかんねーんだよばーか!!」
癇癪を起した子供のようなテッラに対して、アナスタシアは多少なりと気にしていたことを言われてしまったようで狼狽していた。
何というか完全に気が緩んでいる証拠、ということで良いのだろうか。聞いている方からすればどうでも良い、ただし本人たちにとっては非常に重大な問題のようで、必死さが伝わってくる。
「だいたいお前はデカすぎるんだよ!身長も!!その無駄な贅肉の塊も!!」
「好きで大きいと言うわけではありませんわ!それにわたくしが大きいのではなくてテッラさんが小さすぎるのではなくて?ええ、身長も、その非常に慎ましいというよりももはやないと言っても過言ではない貧相なそれも!!」
「あーりーまーすー!小さいって言ってもちゃんと触れば柔らかいんですー!」
「それはそれは……触らなければそうしたこともわからないほど、ということですわね!」
この場に男がいるということを忘れているのではないか、と思える内容の言い合いをしている二人を見て少しばかり頭が痛くなってきた。
グィードはどうしたら良いのかと俺を見てくるし、グィードの仲間たちは居心地が悪そうにしていたり、時折視線がアナスタシアとテッラの胸元へと向けられているのは男の性とでも言えば良いのか。
とりあえずそうした視線を向けた輩に関しては、軽く睨みつけることでやめさせておいた。アナスタシアに対してその視線を向けることに関しては何も言わないが、テッラに向けるのはやめさせなければならない。
「あー……その、女性の悩み、というものは我々には理解しがたい物だ、ということで良いのだろうか……?」
「理解したくない、でも良いかもな。というかあの二人は放っておいても良いんじゃないか?完全に俺たちの話なんて聞こえてないだろうからな」
あまりの必死さにグィードが何とも言えない表情を浮かべていたが、俺はそんなことは気にせずもはやこちらの会話など聞こえていないであろう二人を放っておいて話をするのはどうか、という意味の言葉を口にする。
「俺はちゃんと口外しないって約束するから安心しろ」
「ふむ……あの二人も先ほど口外しないことに同意をしていたか。ならば話しいる間に聞こえても問題ないだろう」
「まず聞こえないと思うけどな……」
「あぁ、それは……確かにそうかもしれないが……」
真面目な雰囲気になりそうだったが、先ほどから続いている二人の言い合いがBGMとなって台無しだ。
心なしかグィードが疲れたような表情を浮かべているような気がするがきっと気のせいだろう。真面目な話をしようとしていたのに空気が弛緩してしまうどころか妙な空気になっていることに対してなのか、二人の会話が気になって仕方ない仲間に対してなのか。
それがどちらなのかわからないが、とりあえずは俺だけでも真面目に話を聞くとしよう。




