118.意外な反応
グィードの姿を探して坑道を歩いているとどうしてもアナスタシアとテッラが注目を集めてしまうがそれにうんざりしながらもなるべく気にしないようにしていると見覚えのある姿を見つけた。
相手も俺たちの姿を見つけたらしく、驚いた表情を浮かべてから駆け寄ってきた。
「師匠!無事だったのか!」
「ルークか。俺たちはどうにかな。そっちはどうだった?」
「ヒュプノスローズのせいでまだ二人動けない状態だな。俺たち以外の冒険者にもそういう人はいるから、たぶんヒュプノスローズの花粉か蜜か、摂取し過ぎたとかそういうことだと思う」
「確かにヒュプノスローズの症状が深刻になれば目が覚めても動ける状態にはならないからな。最悪昏睡状態になることを考えればまだマシとも言えるけど」
ヒュプノスローズの花粉や蜜による症状は最も深刻な物で昏睡状態になり目が覚めなくなってしまう。というものだろうか。特効薬などはなく、本当に死ぬまで眠り続けることになった人間がいるとかいないとか。
何にしても今回はそういった被害者が出ていないということで不幸中の幸い、とでも思っておけば良いのかもしれない。
「ヒュプノスローズについてはある程度知ってたけど、そんなことにまでなる物なの?」
そんなことを考えているとルークの後ろからやってきたエレンが嫌そうな表情をしながらそう言った。
「なるらしいぞ。まぁ、そういう話を聞いたってだけだから実例を見たわけじゃないけどな」
「そう……とりあえず、そうならなくて良かったと思っておくわ」
言い終えるとエレンは俺の後ろにいるアナスタシアとテッラを見てスッとルークの前に出た。
「それで、そっちの二人は初めて見る顔ね」
「だろうな。自己紹介くらいはするべきか?」
「ええ、お願いできるかしら」
ルークの前に出たと言うことは警戒している。ということだと思うのでここは素直に自己紹介をしておくべきだろう。
勿論それは警戒を解く必要があるから、ということではなく、余計な問題を起こさないため、という意味でだ。
そのことを理解しているアナスタシアとテッラは俺が視線を向けると一つ頷いて自己紹介を始めた。
「アナスタシアと申しますわ。以後お見知りおきを」
「テッラだ」
「エレンよ」
「あ、えっと、あの……」
「それで、こっちがルーク」
自己紹介としてアナスタシアは名前を名乗りいつものように優美に笑んでから会釈を一つ。テッラはどうでも良さそうに名前だけを口にする。
アナスタシアとテッラの姿を確認した途端に言葉を詰まらせるルークに代わってエレンが名前だけの紹介を済ませた。
女性相手にまともに話すことが出来ないと言っていたのはどうやら本当のことのようで、顔を赤くして言葉を詰まらせ、何かを言おうとしても言えない。という状態では確かに女性と話など出来ないだろう。
「エレンさんとルークさんですわね」
「あたしは特に仲良くしようぜ、なんて気はないからな」
「そう、私も特に仲良くしようとは思ってないから安心しなさい」
当たり障りのない言葉を口にするアナスタシアに対してテッラは投げやりにそう言った。するとエレンは一切気にした様子はなく、それでいてはっきりと仲良くする気はないと言い切った。
どうにもルークを守るために正体のわからない相手を近づけないようにしているのかもしれない。
ただエレンはルークに対して思慕の念を抱いているようなので単純に他の女性を近づけないようにしているだけのような気もする。
「へぇ……何だ、気が合うじゃん」
「そうね、お互いに仲良くなろうと思ってないっていうのはどうかと思わなくもないけど」
「最初から喧嘩腰というのはどうかと思いますわ。お互いに歩み寄る気がないのであればそれはそれで構いませんけれど……表面上だけでも友好的にすべきではなくて?」
「……まぁ、いがみ合うよりはマシね」
「あたしはそれでも気にしないけど……」
表面上だけでも、という言葉を平然と口にする辺りアナスタシアもどうかと思うが、エレンはそれに賛同していた。テッラはいがみ合うことになっても別に良いと思っているようだが俺をちらりと見て言葉を続けた。
「アッシュの迷惑にはなりたくないからな。表面上くらいは仲良くしてやっても良いぞ」
「……何で上から目線の言葉なのかしらね……」
自然と上から目線での言葉を口にするテッラに対して呆れたようにエレンは言って、一つため息を零した。
そしてまるで仕方ないな、とでも言いたげな表情を浮かべてから一度俺を見て、それからテッラへと視線を向けて言った。
「まぁ、良いわ。それにあんたは大丈夫そうだものね」
「何が大丈夫そうなのかわかんねぇけど……まぁ、良いか」
エレンが何を考えたのかははっきりとわからない。ただ先ほど考えたように他の女性を近づけないように、ということであればテッラはルークに靡くことはないと判断したのかもしれない。
あくまでも推測と言うか、馬鹿げた邪推でしかないので断言は出来ない。それでも恋する少女というのは、その恋を守るために必死になるものらしいので仕方のないことだとは思う。
まぁ、その恋が報われるかどうかはわからない。ルークの様子を見る限り、エレンがどういう感情を抱いているのかわかっていないような気がする。
「はいはい。楽しい楽しいお喋りは終わりで良いか?」
「これが楽しそうに見えたんなら相当性格悪いんじゃないかしら?」
「あぁ、自覚はある。それよりも……ルークが今にも死にそうになってるのは放っておいて良いのか?」
言ってからルークを見る。
テッラは女性とは言えまだ年齢的に自身より下ということもあって言葉が詰まる、といった程度で済んでいたのかもしれない。
だがアナスタシアは違う。ルークよりも年上で、背が高く凛とした立ち姿。肌の露出自体は少ないがそれでもふわりと優美に笑んで見せ、所作は美しく、何も知らない人間にとってはまさに高嶺の花というやつだ。
そんなアナスタシアがルークに視線を向け、ふわりと優美に笑んでから会釈をしたことがきっかけで顔を真っ赤にして今にも顔から火を噴きそうになっているが、放っておいても良いのだろうか。
ついでに言えばルークの視線がアナスタシアの胸元に向けられていることに関しては気づかないふりをしておこうか。
「る、ルーク!?」
「え、あ、その……お、お名前は!?」
完全にテンパっているルークは先ほど聞いたはずのアナスタシアに名前を訊ねた。相変わらず真っ赤になっているが、聞くと同時にアナスタシアの顔を真っ直ぐに見ていた。
まぁ、何と言うべきか。赤いまま、真剣な眼差しを向ける姿にもしや。と思ってしまう。
「わたくしの名前はアナスタシアとお申しますわ。ルークさん、ですわね。どうぞ、お見知りおきを」
先ほど名乗ったばかりだが嫌そうな顔をせずに先ほどと同じように、というか焼き増しを見ているような気がするほど同じ動きで自己紹介をするアナスタシアに僅かなりと呆れてしまうのは仕方のないことだろう。
ルークはそれに気づく様子はなく、エレンは本来女性と話が出来ないはずのルークが名前を訊ねたことに驚き戸惑い、テッラはそんな三人をどうでも良さそうに見ていた。どうでも良さそう、ではなく事実としてどうでも良いと考えているのだとは思うのだが。
「あ、アナスタシアさんですね!?あ、あの、よ、よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
「は、はい!」
今のルークの様子をわかりやすく言い表すとしたら、近所に住む憧れの綺麗なお姉さんを前にした子供、とでも言えば良いのだろうか。ラブコメだか日常系だか、そういう類で良く見かけるあれだ。
よろしく、という言葉だけで嬉しそうにしているのでやはり一目惚れだと、そういうことなのだろうか。
「嘘……」
そんなルークに声をかけるエレンだがその声にはルークが声をかけたことに対して、そしてその態度に対する驚愕などが浮かんでいたような気がする。
ついでに言えば、相当ショックを受けているようにも見えた。思慕の念を向けている相手がぽっと出の女に対してそんな反応をしていれば当然のことなのかもしれない。
「あー……アナスタシアは置いて行くか」
「はぁ!?」
「本当か師匠!?」
「いらないわよ!!さっさと連れて行ってよね!?」
「いらない、という言い方はどうかと思いますわね……」
状況が面倒なことになりそうだったのでアナスタシアだけ置いてグィードに話を聞きに行こうかと思い、少しだけそれを口にすると絶対に嫌だと言うような表情のエレンははっきりといらないと言った。
ルークはアナスタシアと話が出来ると思ったのか嬉しそうに俺を見た。まともに話が出来るのかどうかは知らないが、俺としては勝手にやってくれ、としか言いようがない。
とはいえ放っておいた方が面倒なことになるのかもしれない。主にルークとエレンが、という意味で。
「はぁ……エレン、失礼なこと言ってる自覚はあるか?」
「そ、それは……まぁ、言ってるとは思うけど……」
「ならするべきことがあるんじゃないのか?」
「うっ……わ、わかったわよ……」
とりあえず、小さなことから正す。というよりも常識の範囲で行動してもらおう。
こういうものは放っておくと後々余計な遺恨となる可能性もある。他人事なのでどうでも良いと割り切ることも出来るが、この先も何だかんだと縁が続きそうなので手は打っておこう。
「その……悪かったわね、言い方とか……」
「はぁ……わたくしは気にしませんけれど……あぁ、いえ、謝罪は受け取っておくべきですわね」
「そうね、一応受け取っておいてもらえると助かるわ……それと」
言い方が悪かったという自覚のあるエレンはアナスタシアに謝り、アナスタシアはそれを気にしないと言いながらも、むしろエレンを気遣って謝罪を受け取ることにしたようだ。
またエレンはそうして謝罪を受け取ってもらうとすぐにルークへと向き直った。
「とりあえずあの二人の看病に戻るわよ。大丈夫だとは思うけど、何かあってからじゃ遅いものね」
「え、で、でも……」
「つべこべ言わない!さっさと戻るわよ!」
「ま、待てよエレン!っていうか痛い痛い!!」
「素直に看病に戻らないあんたが悪い!それじゃ、私たちはこれで離れさせてもらうから、またねって言っておくわ」
一刻も早くルークとアナスタシアを引き離そうと思ったのかエレンはそう言ってからルークの耳をつまみ、引きちぎれるのではないか、と思えるほどの力で引きずるように遠ざかって行った。
そんなエレンとルークを見送る形になり、看病するべき二人の下に戻ったのを確認してからため息を零す。
こう言っては何だが、余計なことに捕まってしまったようで時間を無駄に消費してしまった。
「やれやれ……まさかルークがアナスタシアに、ね……」
「一目惚れ、というやつですわね。まぁ、わたくしは自身の外見に関しては整っていると自負がありますのでそういう方がいることに理解はしていますわ」
「理解しててあの態度か。あぁ、いや……普段通りか」
「ええ、わたくしは普段通りに振る舞っただけですわ。それに一目惚れというのは所詮外見に惹かれただけのこと。時間を置いて冷静になれば好いたことは気のせいだったと思うのではなくて?」
「そうだと良いんだけどな。まぁ、そんなことよりも……どうでも良い話のせいで時間を無駄にしたのに、文句を言わずに黙ってたテッラでも褒めてやるべきか?」
言葉には出さないまでもどうでも良い、さっさと行こう、早くしてくれ、という考えがひしひしと伝わって来ていたテッラに冗談交じりに言えばバッと顔を上げて俺を見る。
「褒めてくれるって言うなら褒めてくれても良いんだぞ!っていうか、褒めてくれよ!!」
「はいはい。よく我慢したな。これからも我慢するところは我慢できるようになれば良いんじゃないか?」
「へへっ……アッシュがそう言うならちょっとくらいは我慢できるようにならないとな!」
ぽんと頭に手を乗せてから言えばテッラは俺が言うなら、と我慢できるようにならないといけない、と口にした。まぁ、昔からそんなことは言っていたのだがあまり我慢できるようにはなっていないと思う。
「甘やかしますわねぇ……」
「あー……まぁ、前はこうじゃなかったんだ。その……シャロと一緒にいるようになってからどうにも、な」
「シャロさんとの様子を見ていればわかりますけれど、随分と甘いようですものね」
「あぁ、それは自覚してる」
事実としてシャロに対しては相当甘いと思う。ついでに白亜に対しても甘くなったような気がする。
そんなことを考えているとテッラがジト目で俺を見ていることに気づいた。
「……そのシャロっていう水色チビ助とは話をしないといけないかもな」
「ほどほどにな」
「ほどほどにな、って言いながら目が笑ってないってどうなんだよ!」
釘を刺しているので何かあれば怒る。という意味を込めてほどほどに、と言うとテッラから抗議の声が挙がった。だがそれを流して小さく笑み、グィードに話を聞くために歩き始める。
するとテッラは抗議の声を挙げ続けながら俺に続き、その更に後ろからアナスタシアがついて来る。
予想外のことに時間を取られたが、そこまで急ぎと言うことでもないので問題ない。問題があったとすれば先ほどのルークの様子だけだ。
何かの縁でまた会うことになれば少し面倒かもしれない。そう頭の片隅で考えながら今度こそ話を聞くべく歩を進め続けた。




