115.ある意味いつも通りに
腕に抱き着くというか、しがみつくようにしているテッラにキャンキャンとあれこれ言われているアナスタシアは時折どうしたら良いのかと俺を見てくるが俺はそれに気づかないフリをしている。
アナスタシアとしては完全に言いがかりのような、テッラの完全な主観での物言いに対して言い返そうとしたところで更に言葉をぶつけてくるのでやりづらいのだろう。
よくわかる。一方的に言葉をぶつけてきて、更にそれがテッラのように子供っぽい相手ともなれば猶更だ。とはいえ、そういったことになるのはまだまだ甘ったれな証拠のようなものなのかもしれない。
「テッラ、そろそろ他の冒険者たちとすれ違うだろうから放せ」
「……嫌だって言ったらどうするんだ?」
「振り払うだけだな」
「む……はぁ、わかった、放す。アッシュのことだから本気でやりそうだしさ」
「本気でやるとも。それとあんまりアナスタシアに噛みつくなよ」
「……はーい」
渋々といった様子で俺の腕を放し、アナスタシアに噛みつかないようという言葉に従うことにしたようなテッラだったが未だにアナスタシアを睨むようにしているので言葉だけ、というところだろう。
まぁ、それでも俺の腕を放しのは事実で、言葉にしてアナスタシアに噛みつかないのも事実だ。なら俺としてはそれ以上言うことはない。
「あの、アッシュさん?何も言わなくなった代わりに随分と睨まれているのですけれど……」
「そうだな……まだまだテッラも子供ってことなのかもな」
「そういう一人だけ納得するの、やめていただけまして?」
アルヴァロト解散後、暫くしてから王都を離れたテッラと本当に久々に再会したのだが、もしかするとテッラはあまり精神面では成長していないのかもしれない。いや、見た目もあまり成長しているようには見えないのだが。
「アッシュ、今失礼なこと考えただろ?」
「あぁ、考えたかもな」
「そこは否定しろよ!?」
失礼なことを考えた自覚はあるので肯定するとテッラからはそうしたツッコミをもらうことになった。
とはいえこれで否定したとしてもテッラはちくちくと、もしくは遠慮なくがつがつ追及してくるのが目に見えているのだから素直に答えるのが一番だと思った結果だ。後悔も反省もしない。
そんなことをしている間にも他の冒険者たちがいる場所を通ることになり、あまり気にしてはいなかったがそれなりに傷を負っている俺と、大したことはないが幾らか傷を負っているテッラのことを心配するように見てくる冒険者が数人いた。
お人好しだからか、もしくは片が付いて怪我をしているのが気になったからなのか。そのどちらにしても声をかけられても言葉を返すのが面倒なのでさっさと通り過ぎることにした。
「見られていましたわね」
「まぁ、他が比較的傷が少ないのに俺みたいなのがいれば目に付くだろ。それよりシルヴィアたちは何処にいるんだ?」
「この先ですわ。それとテッラさん、馴れ馴れしくしているというよりも普通にしているだけですのでそう睨んで来るのはやめていただけまして?」
「……それが馴れ馴れしいんだよ」
「はぁ……テッラ、後で構ってやるから落ち着け」
「言ったな?絶対だぞ?絶対の絶対だからな!!」
まぁ、今までの行動は構ってもらいたいのに構ってもらえない八つ当たり、のような物が含まれていたことは何となくわかっていたのでそう提案すると、思っていた以上の食いつきを見せた。
「あ、あぁ……大丈夫、約束だ、約束」
「よっしゃ!それならこんなデカ牛女も気障優男も雑魚勇者もどうでも良いな!!」
「大声でその呼び方するのはやめような」
「アッシュが言うなら仕方ねぇな。特別に名前で呼んでやるよ、アナスタシア!」
「……アッシュさん、わたくし実は子供の相手というのは苦手でして……」
完全にテッラのことを手のかかる面倒な子供認定したアナスタシアがそう告白してくるが俺としては慣れた物なので気にしない。というか、俺に対してはあまり害がないような気がするので気にしない。
それにしてもシャロの方が年齢的には下だと言うのにテッラの方が手のかかる子供状態なのはどうしてなのだろうか。と一瞬考えてしまう。
育ちが原因なのか、本当に幼少期から一緒にいたことで遠慮なく甘えようとするからなのか、よくわからない。ただシャロと違ってテッラは本当に遠慮がないので一度甘やかすと際限なく甘えようとしてくる。
シャロとテッラではどちらが子供っぽいのかと言われればテッラの方が子供っぽいのかもしれない。いや、俺にとってはどっちも充分子供なのだが。
「シャロみたいな良い子なら大丈夫だろ?」
「シャロさんは……ええ、きっと大丈夫かと思いますわ。ということは子供が、というよりもテッラさんの相手が苦手ということですわね」
「相性が悪そうだな」
「悪いどころではないかもしれませんわね……」
「あぁ、それはあたしも思った。たぶんあたしはこいつとは相性悪いぞ。あとそのシャロってのは水色チビ助のことだよな、後で詳しく聞かせてもらうからな」
「だと思った。それと詳しく話すのはお断りだ。縁があれば顔を合わせるくらいするだろうしその時にでも判断してくれ。あと、泣かせたり脅したり罵倒したり睨みつけたりしたら怒るからな」
「過保護かよ!?」
お互いに相性の悪さは何となく察していたようで、だからこそテッラは容赦なく八つ当たりの対象にしていたのかもしれない。
それとシャロについて触れて来たので泣かせたりしないように言い聞かせると過保護だと言われてしまった。別に過保護だからということではなく、テッラならやりかねないから釘を刺しただけなのだが。
そんなくだらない話をしている間にも歩を進め続けていたこともあってか聞き覚えのある声が聞こえ始めた。
「アル、やっぱり僕たちもアッシュを助けに行った方が良いんじゃないかな……」
「そうですね……盗賊たちは既に全員捕まえることが出来ている状態で未だに戻らないとなると……」
「……あの女が死ぬと言っていた以上は死んでいるのではありませんか?」
「ユーウェイン!!」
「……アナスタシアがそう言っていたからそうかもしれない。でも僕は生きている可能性があるなら助けにいかないといけないと思うんだ。それが自分自身が危険な状況に陥るとしても」
「アナスタシア様、冒険者よりも自分を大切にして」
「ヨハンの言う通りです。有象無象の冒険者より、御身の無事が最優先です」
「ローレン、アッシュたちのことを有象無象の冒険者と呼ぶのはやめてもらえるかな。僕の大切な友人なんだ」
「……アルトリウス。貴方はわかっていないようですが我々と冒険者であるその友人と呼んだ人間とでは身分の違いという物があります。本来であれば関わり合いになることはなく、互いが互いの領分の中で生きていくべきです。それを友人などと言い、互いの領分を犯してまで付き合いをするなどおかしなことだとは思いませんか?」
「君たちにとってはそうなのかもしれない。でも僕にとってはおかしなことじゃないんだ。大切な友人と仲良くしたいと思うことが誰だって思うような、普通のことのはずだ」
「友人になるなら、貴族同士の方が良いに決まってる。僕たちは誰と縁を持ち、誰と友好を深め、誰と共にあるか、それを家のために見定める必要がある。平民と共にいて、君の家にどんな利益があるのかわからない」
「確かに貴族として家のために、というのは理解出来る。それでも、何らかの利益がなければ共にいられないなんて馬鹿げているよ」
どうにもアルとシルヴィアの取り巻き三人は仲が良くないというか、考え方の違いによって壁があるらしい。
いや、貴族というのはあの三人のような考え方の方が多いと思う。それどころかああした考え方はまだ貴族の中では甘い方で、酷い場合は平民は使い捨ての労働力だと考えることもある、らしい。
そんな中でやはりアルのような考え方は珍しいを通り越して非常に奇異な物だと思う。まぁ、俺個人としてはアルのような考え方の相手の方が楽だと思うのだが。
言い合いが続くにしても顔くらいは見せておこう。余計な心配をさせて面倒なことになるのを避けるためにもそうするべきだろう。
「随分と楽しそうにお喋りをしてるな」
「あれが楽しそうに見えるのであれば目に異常があるのではなくて?もしくは脳に」
「デカ女、アッシュは皮肉で言ってるんだけど?」
「ええ、わかっていてこうした言い回しを選びましたもの」
「皮肉も何も、楽しそうだろ?俺たちにとってはああいうのが日常茶飯事なんだから」
「あー……確かに、ああいう会話の方が多かったかもなー……」
「否定できませんわねぇ……」
そんなふざけたことを言いながらシルヴィアたちに歩み寄れば、流石に俺たちに気づいたようで全員が俺たちを見た。
シルヴィアとアルは俺たちを見て驚き、安堵の表情を浮かべ、すぐさま俺の傷を見て心配そうにしていた。俺の傷の方が目に付いたせいで反応はないが、テッラの変わりようを見ればどういう反応をするのやら。
「アッシュ!無事、ではないようだけど……その、大丈夫なのかい?」
「あぁ、これくらいは慣れたもんだ。そっちこそ怪我はないか?」
「うん、僕たちは大丈夫だよ。ヒュプノスローズのせいですぐには戦えない人もいたけど、僕とアルで代わりに戦えたから他の人たちもほとんど怪我はしてない、はず」
「そうか。まぁ、無事なら良いんだ」
「アッシュの方が無事には見えないけどね……」
とりあえずシルヴィアとアルの二人は問題ないようなのでそれに多少なりと安堵したのだが、やはりというか俺の怪我の具合が気になるらしい。この程度であれば俺としては大したことはないと思うのに。
「アッシュなら大丈夫だって。そこらの雑魚と一緒にするなよな」
「……え?」
「えっと……テッラ、だよね?その、随分と雰囲気が変わっているけれど……」
テッラの変わりように今気づいたのかショックを受けてしまったせいか動かなくなったシルヴィアと戸惑いながらもそう口にしたアル。
まぁ、そうなるな。と思いながらテッラのことを話題として話をすればイリエスについて教える必要はないかと考える。
というよりもイリエスのことはまず話せない。帝国の人間がいた、それも英雄と呼ばれる人間が。そんなことを話したところで信じられないだろう。
まぁ、それでも勇者であるシルヴィアが関わった以上、必要とあればその話をしなければならない。勿論、それは一般の冒険者を相手にするのではなくギルドの上の人間に対して、となると思う。