114.依頼の品は
シルヴィアたちに無事な姿を見せて安心させる。というか面倒なことにならないようにするために坑道を戻っている最中にアナスタシアが何かに気づいたようで俺とテッラを見てから口を開いた。
「そういえばお二人とも、傷の手当てをしなければならないのではなくて?」
「傷……あぁ、そういえばそれなりに怪我はしてるのか」
「あたしは大したことないけどな。あのおっさん、あたしの攻撃を受けるばっかりで時間稼ぎしかしてなかったし、その前の奴らは大したことなかったからな」
「イリエスの部下が大したことはない、ということはあり得ないと思いますけれど……」
テッラが大したことはなかったと言うと、アナスタシアは困惑したようにそう言った。
だが実際に戦ってみればわかることだがある程度の練度があり、連携を取って戦うことが出来たとしてもテッラの言うように大したことはない。という評価になってしまう。
「イリエスは大佐とか呼ばれてたな」
「ええ、本来ならそれ以上の地位のはずですけれど、前線に出て戦いたいという理由でそれ以上の地位にはならないようにしている。と聞いたことがありますわ」
「それならまだ部下は他にもいるんじゃないのか?今回連れてたのが大したことがない連中で、帝国に戻ればイリエスが本当の意味で鍛え上げた兵士たちがいる。とかあり得そうだろ?」
「……確かにそれもそうですわね……今回はたまたま、ということもあり得ますわ」
「まぁ、今回は何とかなったんだからそれで良いと思うけどなー。別に帝国に行ってイリエスと戦うつもりはないんだろ?」
テッラの言うようにわざわざ帝都にまで言ってイリエスと戦おうとは思わない。なのでそこまで気にするようなことではない。と言われてしまえばその通りだ。
ただどうしてかまたそのうちイリエスと戦うことになるのだろうな、という嫌な予感がしているのでため息が零れてしまいそうになる。だがそれを押し殺して言葉を吐き出す。
「何にしてもイリエスのことを考えるのはやめようか。考えれば考えるだけ頭が痛くなると思うからな」
「アッシュさんの言う通りですわね。イリエスについてはあれこれ考えるだけ無駄かと思いますわ。はっきり言って帝国軍の中でも異質な存在ですもの」
「そうするか。それにそんなことよりも俺としてはアッシュと飯食いに行く方が重要だしな!」
テッラにとってはまた遭遇するかわからないイリエスよりも先ほど約束した俺と食事を、という方が重要らしい。非常にテッラらしいと言えばらしいと思う。
だがそうして食事をするよりも先にテッラから幻想の終わりを回収しなければならない。
素直に渡してくれれば良いのだが、もしそうはいかないとなれば一戦交えることになるだろう。
「はいはい。あぁ、それよりもテッラ」
「ん、どうした?」
「フランチェスカから盗んだ物があるよな」
「…………あ、あー……ほとんど売り捌いたから手元にほとんど残ってないんだけど……あれか?やっぱり依頼を受けたとか……」
「ご明察。どういう依頼だと思う?」
「えっと……俺が盗んだ物の奪還、だよな?」
「まぁ、わかって当然だな」
何かを察したようでアナスタシアは口を噤み、俺とテッラから少しだけ距離を取って様子を窺っている。
テッラは気まずそうというか、顔色を悪くしながら俺を真っ直ぐに見据えている。次の俺の言葉次第では戦わなければならないと思っているのだろう。
「フローレンシア・フランチェスカの曾祖母、フランディーヌ・フランチェスカの形見の品」
「あー、もしかしてあのやたら厳重に保管されてた……」
「それの可能性が高いな。何かは聞いてないけど、それの奪還が俺への依頼だ」
「あ、そうなんだ。それならセーフだよな、うん、セーフセーフ」
セーフ、と言いながらテッラは俺と同じように使える、とまでは行かないが物の出し入れくらいなら出来る玩具箱の中から不思議な色合いをした宝石が埋め込まれている首飾りを取り出した。
「これがたぶんそれだな。うん、たぶん」
「俺が貰っても?」
「あぁ、良いぞ。だいたいこれを渡さないとあたしと戦うとか言うだろ?」
「言うだろうな」
「勘弁してくれよ。あたしはアッシュと敵対するようなのは嫌だからな」
少しだけ拗ねたようにそう言ってからテッラは俺にその首飾りを手渡してきた。
受け取った際に先ほどとは違う色合いになった宝石に興味が湧き、角度を変えてみると光の加減によって宝石の色が変わった。
アレキサンドライトと同じような原理なのだろうか。と思いながら果たしてこれが幻想の終わりで良いのか確認することにした。
それを持ったまま手の平の上に風の刃を形成するが、首飾りに触れると同時に霧散してしまった。魔法を無効化することが確認出来たのできっとこれが幻想の終わりなのだろう。
魔法を無効化するそれがどうして玩具箱に収納出来たのか、その点は良くわからないがテッラはそれらしい物はこれしか持っていないようなので、違った場合はどうしようもない。
まぁ、一緒に王都に戻ることになると思うので違った場合はまた少し話をさせてもらおう。
最悪、ハロルドに頼るとしよう。ハロルドであれば何かしらの情報を探し出してくれるはずだ。
「まぁ、たぶん本物だろうな」
「だと良いんだけど……で、渡したんだから敵対はしないよな?」
「そうだな……まぁ、俺もテッラと敵対したいとは思ってないしな。というか、素直に渡してもらえて助かった、ありがとうな」
テッラに礼を言ってから首飾りを玩具箱の中に納める。これで依頼は完遂出来た。ということになれば良いのだが。
「おう、どういたしまして!」
元気よく、先ほどまでの拗ねたような様子を微塵も残さないで満面の笑みでテッラはそう言った。
「お二人とも、仲が良いのはわかりましたけれどそろそろ勇者様の下に戻りませんと、余計な心配をさせてしまうことになりますわ」
「あたしは別にどうでも良いんだけどなー」
「そうも言ってられないと思うんだけどな……シルヴィアにとってテッラは庇護の対象みたいだぞ?」
「見た目のせいだろ。あたしだって好きでチビなわけじゃねぇってのに……」
小さいことを多少なりと気にしているテッラはそのままぶつぶつと悪態をついていたがそれに気づかないふりをして歩く。
こうなったテッラに対して下手に声をかけたりフォローをすると面倒なことになると経験で理解している。
前は何だったか。大きくなるために協力するようにと縋り付かれた気がする。どうすれば大きくなれるか、真剣に考えるのは良いがアルヴァロト全員を巻き込んで大変面倒だった記憶がある。
「あの……テッラさんは放っておいても?」
「あの状態のテッラに関わると面倒なことになるぞ。それでも良いなら声をかけてみたらどうだ?」
「……遠慮しておきますわ……」
俺が面倒なことになる。と言ったことから何を想像したのかまではわからなかったが、それでも関わるべきではないと判断したようで嫌そうな顔をしながらアナスタシアはそう言った。
それに対して俺は何も言わず、ただ一人だけ二人とも先を歩くだけに留めて置いた。アナスタシアをからかっても良いのだが、アナスタシアとは考え方が似通っているので下手をするとテッラを押し付けられる可能性がある。
俺ならからかわれるようなことがあればそうする。となればアナスタシアもそうするだろう。
「ほら、二人ともさっさと戻るぞ」
「はぁ……ええ、そうしましょう」
俺が何を考えていたのか、やはりわかっているようでため息を零してから同意して俺に並ぶように歩を早めたアナスタシアに小さく笑ってからテッラを見ると、一人だけ取り残されている状況を察したようで急ぎ足でアナスタシアとは反対の、俺の隣にやってきた。
ついでに、アナスタシアに噛みつくようにしてこう言った。
「あたしを置いて行くなよな!それと、前から思ってたんだけどさ」
「何だ?」
「何かありまして?」
「アッシュに対して馴れ馴れし過ぎるぞ、デカ牛女」
噛みつくように、というのは間違いだった。完全に噛みついている。
「なっ!?で、デカ……牛……!?」
「あのアルとか言う奴も、勇者もそうだけどアッシュに馴れ馴れし過ぎるんだよ。ぶっ飛ばすぞ」
「アッシュさん!?」
「テッラ」
先ほどまで俺と会話していたテッラはどちらかと言えば機嫌が良さそうだった。それがアナスタシアと話をするというか、噛みついたテッラは非常に機嫌が悪そうだ。いや、機嫌が悪い。
それがどうしてそうなったのか、という意味を込めてアナスタシアが俺の名前を呼んだ。
「……だって、あたしがこっちに戻ってきたらアッシュは見たことのない水色チビ助と一緒に楽しそうにしてるし、この依頼で顔を合わせたと思ったらお互いに知らないって体で振る舞ってるのにあたし以外の三人はアッシュに馴れ馴れしいし!!」
「えぇー……そんなことを言われましても……」
「良いか!デカ牛女とか気障優男とか雑魚勇者よりもあたしの方がアッシュと仲が良いんだからな!ガキの頃からの知り合いなんだからな!!」
そう吠えてからテッラは俺の腕に抱き着くようにして更にアナスタシアに噛みついて行く。
まぁ、テッラは昔からこうだ。俺に対しては子犬がじゃれついて来るような様子を見せるが、他の人間に対しては全力で威嚇をする。
思慕などではなく、単純に物心がつく頃から俺が面倒を見ていたので親か、兄のように思われているのだろう。そしてそんな俺が他人と仲良くしていると気に入らない。
自分と仲の良い誰かが、知らない誰か、もしくは嫌いな誰かと話をしていると気に入らない。という割と子供のような感情での行動と見て良いだろう。
「べ、別に馴れ馴れしくはないかと……」
「馴れ馴れしい!!あたしよりも仲良さそうにするとか、ダメだろ!」
「そんなことを言われましても、こう……考え方が似通っている相手ですもの。ある程度は遠慮を捨てて会話をするのは当然ではなくて?」
「そうかもしれないけど!あたしが!気に入らないんだよ!!」
困惑するアナスタシアに対して尚も威嚇しながらキャンキャンと吠えるテッラに頭を抱えそうになる。
アナスタシア一人に対してこれならばアルとシルヴィアもいる場所ではどうなることやら。それと先ほど言っていた水色チビ助というのはシャロのことだろう。
そのシャロと同じ家に住んでいて甘やかしていると気づかれたらまた吠えそうだ。とりあえずシャロに害がないようにテッラを宥めなければならないのだと思うと気が重い。
そんなことを考えながらテッラが腕に抱き着いた状態でシルヴィアたちのいる場所まで歩き続けることとなった。その間も当然のようにテッラはアナスタシアにあれやこれやと言い、その結果としてアナスタシアが困惑したり頭が痛そうにしていたりとなかなかにカオスな状況になっていた。