10.初仕事、無事終了
冒険者ギルドへと戻る道中、俺がカルルカンの言葉を理解していたというかカルルカンと会話をしていることに思い至ったらしいシャロがそういえば、と口を開いた。
俺はそれに対してイシュタリアの加護でカルルカンたちの言葉がわかると返せば、シャロはまたも羨ましい。俺ばかりずるい。自分もカルルカンと話がしてみたい。と言っていた。
その後も幾らかの言葉を交わしてわかったのは、どうにもシャロは動物が好きなようで、色々な動物と友達になりたいらしい。
その中でもカルルカンはふわふわの撫で心地と見た目の可愛らしさ、イシュタリアのお気に入りということで話には聞いていたので昔から友達になりたかった、といった理由で一番好きな動物とのことだ。
そんな話をしながら冒険者ギルドに戻ると、忙しそうにしていたフィオナが俺たちに気づいたが申し訳なさそうに小さく頭を下げていた。
どうにもすぐには手を離せそうにないので依頼の受注、達成報告をするための受付で先に報告だけ済ませておくことにした。
とりあえずはフィオナに小さく手を挙げて気にするなと伝えて、玩具箱から薬草の束を取り出してシャロに渡し一度依頼を達成する。そのまま同じ依頼を受けて再度達成。ということを繰り返す。
受付嬢はそうした行動に慣れているようで特に咎めることもなく、三度目からは後何度繰り返すかを聞いてきた。
それに対して合計で八回だと答えれば、まとめて処理をしてくれた。
「助かる」
「いえ、仕事ですので」
礼を言えば淡々と返された。
それから受付嬢は声の抑揚を変えることなく言葉を続けた。
「フィオナから話は聞いています。あの子はお節介な所がありますから、冒険者の方にとっては鬱陶しいかもしれません。ですが悪気はないのです」
確かに大半の冒険者にとってはフィオナのようにあれやこれやとお節介を、となれば鬱陶しく思うだろう。
俺も少しばかり鬱陶しいと思ったのでそれは否定しようがないい。ただ、本当に相手のことを思っての行動だと何となくだがわかるので多少鬱陶しく思えても、仕方ないと受け入れてしまえる。
「みたいだな。それにあれはああいう物として諦めるしかないような気もするんだけど……お前はどうだ?鬱陶しいか?」
「私はむしろ有難いです。そう関わりを持っていないのに、心から心配して色々と言ってくれているのがわかりますから」
「こいつはこう言ってるのと、俺は諦めてるから問題ないな」
「そうですか。それならば良いのです」
シャロは少し嬉しそうに、俺は仕方がないと軽く肩を竦めたから言えば受付嬢は安心したようにそう零してから姿勢を正すと一礼してから名乗った。その際に深紫色の長い髪がさらりと揺れるのが何処か印象的だった。
「失礼しました。名前を申し上げるのが先でしたね。私の名前はシャーリー。以後お見知りおきを」
シャーリーと名乗った受付嬢は物静かで冷たい、それでいて美しい女性といった印象を受けた。
ついでに言えばフィオナは明るく朗らかでどちらかと言えば可愛いらしい女性だ。
俺の主観なので他の人は違うように感じるかもしれないが、そう表現することが出来ると思うのだがそういえばと思い返すと、フィオナと話している時に他の冒険者の視線を感じていた。あれはシャロがいるから見られているのだと思ったがもしかしたら違うのかもしれない。
フィオナと話をしていたから見られていた、という可能性がある。またシャーリーと話をしている今も冒険者からの視線を感じるのであながち間違いではないだろう。
「俺とこいつの名前は聞いてるんだよな」
「はい。アッシュさんとシャロさん、ですよね」
「そうです。よろしくお願いします、シャーリーさん」
「ええ、よろしくお願いします」
シャロとシャーリーが挨拶を交わす間に視線を感じる方へと目を向ければ数人の冒険者が俺たちを見ていた。物珍しさから、というよりも嫉妬のようなものを感じられるので彼らはシャーリーのことを狙っているのかもしれない。
だからこそ、話をしているだけで見てくるというか、もはや睨んでくるのだろう。
「挨拶はそれくらいにして、そろそろ報酬をこいつに渡してやってくれ」
「かしこまりました。薬草の採取の依頼を八回達成されましたので、合計で四千オースの報酬となります」
「おい。薬草の採取なら八回で三千二百オースじゃないのか?」
確か薬草の採取の依頼を達成した場合の報酬は四百オースだったはずだ。
それなのに何故か五百オースになっている。これはどういうことだろうか。
「本来であればそうなります。ですが、冒険者見習いの方を支援するという意味合いを込めまして少しばかり色を付けています。これはギルドの規定によるものですので、報酬を間違えた。ということではありません」
「支援、ですか……」
「はい。冒険者見習いの方には今後を期待している。ということで割合で報酬が増えます。勿論これは受ける依頼の報酬が高額であればあるほど恩恵は大きいかと思います」
報酬が高額の依頼を受ければ、とは言っているが冒険者見習いが受けられる依頼など高が知れている。
一番報酬が高い依頼は確か王都の魔物除けの範囲外。そこで徘徊しているゴブリンの討伐が千五百オースだったはずだ。
それを受けた場合はどれくらいになるのかわからない。ただ、報酬が増えてもわざわざ魔物除けの範囲外まで出ることと、ゴブリンと戦うリスクを考えると冒険者見習いは大人しく薬草の採取などの比較的安全性の高い依頼をこなした方が良いように思える。
「とはいえ受けられる依頼のランクには限度があるからな……」
「ええ、一番高額でもゴブリンの討伐になりますね」
「ゴブリンくらいなら、私でも倒せますね」
やはり一番高額でもゴブリンの討伐か。と思っていたところにシャロがゴブリンであれば倒せると言った。
まだ十歳のシャロがゴブリンを倒せるというのは俄かに信じがたい話ではあったが、俺の判断の基準はあくまでも人間に限った場合のそれだ。
もしかするとエルフの里では幼い頃から戦うための訓練をしているのかもしれない。少し、シャロの話を聞いてみようか。
「報告も終わったし、そろそろ食事にでもしようか。フィオナはまだまだ忙しそうだしな」
「あ、はい。主様はお昼前に少し食べただけでしたからね。シャーリーさん、ありがとうございました」
「いえ、仕事ですのでお気になさらず。アッシュさん、シャロさん、お疲れ様でした」
一礼して見送ってくれるシャーリーから離れてみれば、先ほどまで俺たちに嫉妬の混ざった視線を向けていた冒険者たちが我先にとシャーリーのいる受付に群がっていた。
俺の考えは間違っていなかったようだ。と一人で納得しながらフィオナを見ればまだまだ忙しそうだった。
シャロが初めて依頼を達成したということで幾らか話をしたいとフィオナは考えているのかもしれないがあれでは無理だろう。俺としても少しくらいは話をしておきたいような気もしたのだが。
そんな風に考えていると、ふと顔を上げたフィオナと目が合った。するとフィオナは申し訳なさそうに頭を下げてきた。
俺はそれに対して気にするな、という意味を込めて軽く手を振った。フィオナはこの行動に込められた意味を理解してくれたようでほっとしたように頬を緩めてから俺たちを見送ってくれた。
「主様、フィオナさんは忙しそうでしたね」
「ギルドの職員はやることが多いみたいだからな。それにどうもフィオナは人気者、ってのも忙しい理由かもしれないな」
「そうなのですか?」
「フィオナってよりも、周りの様子を見る限りはな」
「なるほど……でも、確かにフィオナさんみたいに明るい方に対応してもらえると、何だか元気を分けてもらえるような気がします」
「そういうところがフィオナの良いところ、って感じか」
冒険者ギルドを出てシャロとそんな会話をしながら大通りを歩く。
これから食事をするのと、シャロの面倒を見ると言った手前やっておかなければならないことを片付けに行こう。そのために向かう先はストレンジだ。
ハロルドは冒険者ギルドには依頼出来ないような依頼を受けては俺や他の信用できる人間に仲介していて、その伝手を使えば用意できない物はない。とすらされている。
とはいえ本人が言っているのではなく、あくまでもそうした依頼主たちが言っているだけなのでハロルドとしては誇張表現が過ぎる。とのことだった。
今回、俺はそんなハロルドを頼ってシャロが王都で住む場所を見つけてもらおうと思っている。
王都の外から来た場合は宿を取るのが普通だが、それではあまりにも費用が嵩んでしまう。ハロルドならば宿よりも安くて安全な場所を見つけることもきっと可能だろう。
「これから向かう場所は俺が世話になってる人の店だからお前には少し合わないかもしれない。ただ、王都で生きていくのに必要な物は揃えてもらえるようにするからそこは安心してくれ」
「主様がお世話になってる方、ですか?」
「そうだ。主に仕事と武器や道具なんかの調達なんかやってもらってるな」
「仕事というのは、冒険者ギルドで受けられる依頼とは違う。ということでしょうか?」
「危険度は幾らか高くなるが、その分報酬が良い仕事が多くてな。スラム街の出身ってこともあってあまり褒められたような仕事じゃないことの方が多いが……」
そこで言葉を切ってシャロを見る。戸惑いはあるようだが、嫌悪の色は見えない。
「あくまでも俺の仕事だ。お前にやれとは言わない。お前はお前で冒険者ギルドの依頼をこなせば良いんだ」
スラム街の出身だから、ということで一瞬でも嫌悪の色を映す瞳で見られたことで俺が苛立っていたのを察していたから嫌悪の色を浮かべなかったのか。それとも少しばかり接することでそうしたスラム街の出身ということだけで判断しなくなったのか。
どちらなのか俺にはわからない。ただ、きっと俺のやっている仕事の大半が、シャロのような善良な存在にとっては忌避すべき内容なのだろうと思うと、少しだけ虚しさを覚えた。
「まぁ、いいさ……ほら、さっさと行くぞ」
「は、はい……」
仕事の内容を伝えず、そして虚しさを誤魔化すようにそう言って歩く俺の後ろをついて来るシャロは、何かを言いたそうにしていたがそれに気づかないふりをして前を見た。
最近はなかったが、昔は良くあることだった。自分がろくでなしになったことを実感すると、どうしても虚しさがついて回る。そんな自分の精神面の弱さにうんざりしながら、ストレンジへの道を進んだ。




