111.援軍
イリエスが銃を抜いてから致命傷をお互いに負うことなく、少しずつ削り合うような状況になっている。
銃を抜いたからと距離を取ることはなく、寧ろ先ほどよりも距離を詰め、拳を振るい蹴りを放ち銃弾を撃ち込む。俺はそれを先ほどと同じように防ぎ、受け流し、避け、時に弾丸をナイフで斬って弾く。
イリエスの銃弾が俺の頬を掠めれば傷口からは一筋の血が流れる。俺のナイフがイリエスの腕を掠めれば僅かな傷を作り、血が滲む。本当にお互いが傷を負うとなればその程度の物だ。
銃を使われている状況で先ほどと大して変わりがないのはイリエスが手加減をしているからであり、また非常に厄介なことになっている。
イリエスが銃を使う、というのは返しの風があれば何の問題もないように思えた。
だがとある可能性を考えていた俺にとっては面倒になるどころではないような、そんな気がしていた。そしてそれは思い過ごしなどではなく、現実として起こってしまった。
「魔弾使いなんて聞いてないんだけどな!!」
「言っていないからな!いや、それよりやはり魔弾は反射出来なかったか!!」
イリエスの使っている銃は魔弾を使える特殊な銃だったようで、実弾と魔弾を使い分けながら攻められてしまい返しの風で対処するのではなく、ナイフで弾くか避けるしかなくなってしまっていた。
いや、返しの風は魔力の消費が激しいことから今の状況では使えないので使ってはいない。そのことがイリエスにばれているかわからないが、そうした戦い方をしているイリエスには関係のないことか。
「さぁ!この程度で終わりではないはずだ!!」
「手加減痛み入るさ、本当に!ついでに戦いに飽きて帰っても良いんだけどな!」
「戦いに飽きる?そんなことあるはずがない!特に敵と出会えたのならば猶更だ!!」
「戦闘狂かお前は!!」
叫ぶように言葉を叩きつけ合いながらも俺もイリエスも手と足が止まることはなく打撃音、銃声、金属音が鳴り響き続けていた。
はっきり言ってしまえばこのままではジリ貧だ。お互いに同じ程度の消耗をしているとはいえ、イリエスは戦闘狂のようでそんな消耗などお構いなしに戦い続けるだろう。
であるならば、本気を出して来る前にどうにかして無力化するなり、手傷を負わせて戦いを終わらせるしかない。
「テッラ!!」
一人で戦うよりもテッラと協力した方が良いと判断して名前を呼び状況を確認することにした。
だがテッラはテッラでヘルマンを相手に苦戦しているようで苛立ちが色濃く見て取れる声で返事が返ってきた。
「あぁクッソうぜぇ!!さっさとくたばりやがれ!!」
「大佐の邪魔はさせん。貴様は今暫く俺に付き合ってもらおう」
「お前の相手なんてしてられるかよ!!アッシュがあたしを呼んだんだから助けにいかないと!!」
どうにもテッラの助けは見込めないようだ。
ヘルマンはテッラを倒すために戦っているのではなく、イリエスが俺と戦うことを邪魔されないように時間を稼いでいるだけ、ということならば仕方がない。
となれば本当に俺一人でどうにか現状を打開するしかないということになる。
「仲間を頼ることは不可能だ。さぁ!精々足掻いて見せろ!!」
「チッ……!」
舌打ちを一つしてからどうするかを考える。
現状を打開する手段としてまず灰を使うことが頭に浮かぶがこれはあまり使うべきではない。シャロを探すときは何かあってからでは遅いからと使ったが本来であればそう易々と使うような代物ではない。
そのうち小言の一つや二つ貰うことになるのだろうな。そう思いながら別の手を考える。
イリエス相手に通じるかわからない手が幾つか思い浮かび、しかしそれを使うにはタイミングが重要になってくる。やはり不意打ちをするようなもので上手く決まらなければ意味がない。
「……何かを企んでいるな?」
「あぁ、この状況を打開する手は何か、企むくらいするだろ」
「ふふ……どんな手を使って来るのか楽しみだ。それが上手くいくかは知らんが、な」
笑みを浮かべながらそう言ったイリエスは俺が不意打ちが得意と明言していたことと、ヘルマンや他の兵士に対して不意打ちを行ったこと。この二つから俺がタイミングを見て不意打ちを仕掛けてくるとわかっていて警戒しているように思えた。
勿論、表面上はそういった様子は一切ないので俺がそう思っただけだ。だが、あながち間違いではないだろう。
ならばチャンスは一度だけ。それが失敗した場合は灰か、もしくは別のとっておきの手を使うしかない。
後者に関しては坑道が崩落する危険もあるので使えないような気もするが、自分の命が惜しいのとイリエスを仕留めるためなら仕方がないとしておこう。
「……テッラ!」
「悪い!すぐには行けそうにない!」
「いや、ヘルマンを頼むぞ!邪魔されれば面倒だ!」
「……何だよ、結構余裕そうじゃん!だったらこっちのおっさんは任せとけ!」
タイミングを逃してはならないと、ヘルマンを抑えるようにテッラに言えば、先ほどまでの苛立ちなどなかったように楽しそうな声が返ってきた。
「悪く思うなよ、おっさん!アッシュの邪魔は絶対にさせねぇからな!!」
「……それは本来の俺の言葉だが……」
手の平を返すように言い分が変わったテッラに戸惑いを隠せないようなヘルマンは、それでも剣を振るいテッラと斬り合いを続けていた。
これでヘルマンに邪魔されるようなことはなく、またテッラに乱入されることもない。
後はタイミングだ。先ほどから同じことの繰り返しで、その中でどうにか隙を見つけなければならない。一瞬にも満たない隙だとしても、それを逃せば終わりと考えなければならないとは、本当に厄介だ。
「さて……隙の一つくらい見せてくれても良いんだぞ?」
「貴様に隙を見せれば何をされるか……」
鼻で笑われてしまったが、別にそれについてはどうでも良い。
仕切り直しがしたかっただけなのでくだらないことを口にしただけに過ぎない。
そうして俺はナイフを握り直し、イリエスも銃を俺に向ける。
そして次の瞬間、お互いに肉薄し、戦いが再開される。そう思った俺の背後から、つまりは俺たちが進んできた坑道から足音が聞こえた。
「磔の女王!存分に歌ってくださいまし!!」
誰の声なのか、考えるまでもない。というか考えが吹っ飛んだ。
何故ならば磔の女王から放たれた鋼鉄の杭が俺に当たらないギリギリを掠め、イリエスへと襲い掛かったからだ。
軽い風切り音ではなく、重厚な杭が空を穿ちながら飛ぶ音というのは骨の髄に響いてくるような、そんな気がした。
連続で撃ち出された杭はイリエスを襲うが少し驚いたような表情を浮かべていたイリエスはそれを余裕をもって回避してみせた。それどころか手に持った銃を巧みに操り杭と杭の間を縫うようにしてアナスタシアへと銃弾を放っていた。
だが俺としてはいきなりアナスタシアが現れたことに対して驚きはあったが上手くやればイリエスに隙を作らせることが出来るのではないか。と考えた。
だからアナスタシアが撃たれてしまわないように玩具箱からナイフを取り出してイリエスの銃弾を防ぐように投擲する。
アナスタシアの放つ杭には当たらず、それでいてイリエスの放つ銃弾を防ぐように投げる。というのはそう簡単なことではないのだがアナスタシアは俺にはない火力があるのでそれを失うわけにはいかず、普段は使わないイシュタリアから与えられた加護を使ってしまった。
そのおかげで簡単に実行出来て、今ならばイリエスのやったように銃弾を銃弾で撃ち落とす。くらいは出来そうだった。
イシュタリアには加護や祝福には基本的に頼らないと言っているのに使ってしまったので、今度会った時にニヤニヤしながら何か言われるだろうな。などと現状とは関係のないことを思い浮かべてしまう。
「くっ……随分と上手く当ててくれるな!!」
「あぁ、今ならこのくらいは余裕だな」
そうして言いながらもイリエスは見事に杭を避け、銃弾を放ち、そして自身の立ち位置を変えていく。
「まったく……だがこういう場合の対処は楽だ。わかるだろう?」
イリエスが移動したのはアナスタシアとイリエスの間に俺が入るような位置で、それでいて先ほどよりも俺に接近し、アナスタシアから狙いづらい位置取りとなっていた。
「射線上に俺を入れるな。って言いたいけど、元々入ってたか」
「あぁ、そしてこれだけ近づけばあれの攻撃は当たらんだろうな」
イリエスの言うようにアナスタシアからは狙いづらい位置取りになっているせいで被弾の可能性は大きく下がっているように見える。
それでもアナスタシアは俺に当たらない、それでいてイリエスが少しでも位置取りを変えれば当てることが出来るようにと磔の女王を撃ち続けている。
「アッシュさん!当たってしまった場合はご容赦くださいまし!!」
「そこは当てないようにしろよ?」
「何を言っているのか聞こえませんけれど、同意は頂けたと判断させていただきますわ!!」
「同意してないんだけどなぁ……」
磔の女王を撃てば撃つだけ響く重低音のせいでアナスタシアに俺の声は届いていないらしい。
それでも都合良く当たってしまった場合は仕方がないと俺が同意したことにする辺りそれで良いのかと思ってしまう。いや、俺もたぶん同じことをするとは思うのだが。
「……どうにも一度あの小娘を止めねばならんか」
「させるとでも?」
「少しばかり本気になれば押し通ることくらいは簡単だ」
「そうか……ならやってみろ!出来るものならな!!」
「言われずともやってやるさ!!」
言ってからナイフを握る手に力を籠め、イリエスを迎え撃つために構える。
イリエスは獰猛な笑みを浮かべ、右手に銃を持ち、左手を握り締め拳を作っていた。そして一瞬だけ磔の女王から放たれる杭が途切れる瞬間があった。
その瞬間にイリエスは俺に向かって駆け、肉薄してくる。右の銃ではなく、左の拳を引き絞っているのを見ると格闘戦から開始し、どうにか押し通るつもりのようだった。
先ほどとあまり変わらないような状況が、少しだけ変わっていることに内心で笑みを零し、イリエスを迎え撃つ。
迷いのないイリエスの動きと、後方から飛んでくる鋼鉄の杭、そして自身の行動がスローモーションに見える不思議な感覚に陥りながら俺はナイフを手放し、玩具箱からある武器を取り出しながら右手をイリエスへと向ける。
既に引き絞られた拳は放たれようとしていたが、それよりも俺の方が早い。俺が取り出した物を見て、驚いたように目を見開いたイリエスにそれを向けたまま、指先に力を籠める。
炸裂音と共に、放たれたイリエスの左手が後方に血液をまき散らしながら大きく跳ねた。見えた左手は歪な形をし、その衝撃もあってイリエスは体勢を崩してしまう。
そんなのはお構いなしに左手にも同じように玩具箱から取り出した物を握り、指先に力を籠める。左右の手で同じようにしたそれは軽快な炸裂音と共にイリエスの体に穴を開けていく。
それでも倒れることなく、どうにか自身の足で立っているイリエスは信じられない物を見るような表情で俺を見ていた。いや、俺というよりも俺の持っている二丁の銃を見て、というのが正しいのかもしれない。
「銃、だと……?」
「迷子の双子。良い銃だろ?」
以前から定期的な整備を欠かさなかったこの双銃は俺が使うためだけに調整された銃であり、本当に良い銃だと思う。特に何も知らない相手に不意打ちの道具として使用するには最高だ。
銃という存在を知らない相手に通用するのは当然として、銃について知っているイリエスのような人間が相手でも最後の最後まで抜かなければ持っているなどとは思われない。
「あの小娘も、貴様も、どうして……?」
どうして磔の女王のような武器や、俺が銃を持っているのか。それを純粋に疑問に思ったイリエスの言葉に答えても良いかと思い、口を開こうとするとそれを遮るように声が挙がった。
「大佐!!!」
「アッシュの邪魔してんじゃねぇ!!」
「グゥッ……!!」
「アッシュ!さっさと殺っちまえ!!」
「そのようなこと、させて、なるものかぁ!!」
イリエスへと駆け寄ろうとするヘルマンを押しとどめたテッラだったが、そう叫んでテッラの大戦斧を無理やり弾いたヘルマンは必死の形相で駆け、イリエスを支えた。
どうにか俺たちの勝ちに傾いているがこれからどうなるかわからない。帝国の英雄と呼ばれたイリエスがこの程度で終わりだとは思っていない。
何があっても対処できるように警戒しつつ、可能であればイリエスには退いてもらいたい。
帝国の英雄を殺したせいで帝国を敵に回す。そんなことは御免だからこその判断だが、最悪の場合はここで終わらせるしかないのかもしれない。




