109.不意打ちと眠りの薔薇
イリエスたちから仕掛けてくることはまだないが、これは自分たちの圧倒的優位を感じて先手を譲ってくれているということだろうか。
だが現状では先手だろうが後手だろうが関係なく俺たちが不利だと思う。
「準備は良いか?」
「いつでも行けますよ」
だからと言って何もしないままではいられないのでテッラに確認を取る。
テッラであれば俺に合わせることが出来て、俺もテッラに合わせることが出来る。だからお互いの死角を潰す形で戦わなければならないが、さて一体どうなることやら。
そう思いながら一瞬だけテッラに目だけを動かして視線を向けると、テッラも同じようにして俺を見た。
そしてお互いに一つ小さく頷いてから地面を蹴り、駆け出した。
それと同時にイリエスとヘルマンが下がり、代わりに残りの十二人の兵士たちが前に出た。自分が戦うまでもない、という意思の表れだろうか。
だが二人敵が減ったのであればそれだけやりやすくなる。まぁ、途中で不意打ちをされる可能性もあるので警戒だけはしておこう。
ナイフを一振りだけ持った俺とほぼ同じ速さで駆けるテッラは大戦斧を軽々と振り上げて大地よ砕けろとばかりに兵士の一人へと叩きつけるようにして斬りかかった。
速く鋭く容赦のない一撃は兵士に避けられ地面を捉えることとなったが、魔力による強化がかかっているようで地面を叩き割り、その破片が周囲の兵士へと散弾のように飛来する。
大戦斧ということを考えれば大振りになってしまい、振り抜いた際に出来る隙を狙われてしまうように思えるがテッラの振るう大戦斧にそんな隙は存在せず、叩きつけた勢いをそのままに斧を起点にしてぐるりと回転するようにして破片を防いでいた兵士へと再度斧を叩きつけるように斬りかかった。
勢いや遠心力を利用したテッラの攻撃は当たればただでは済まないと見ただけでもわかる。そしてまともに剣で受けようものならその剣と一緒に体まで真っ二つに、もしくは斬り潰されてしまうだろう。
「テッラ!」
「わかってる!!」
名前を呼ぶだけで俺の意図を察したテッラはそのまま兵士たちを分断するために地面を叩き割った斧を振り上げて無理やりに地面を隆起させた。
テッラであれば俺に合わせられると思っていたが、こうして分断して戦うのも一つの手だ。お互いに戦いながら相手のことを気にかけ、必要となるなら手助けをする。というのが好ましい。それが出来るかどうかは別として、だが。
「まだ終わりじゃねぇ!!」
完全に被っていた猫を全てかなぐり捨ててそう叫んだテッラは隆起させたそれを斧で分断した自身が担当すべき六人へと向けて斬り飛ばした。
最初の一撃のインパクトと、強引過ぎる力技でどうにか不意を衝く形で分断することには成功したがそのまま倒せる。という都合の良い展開にはならず、それぞれがテッラの攻撃を避けて剣を構えて前衛を務めるために前に出る四人と銃を構えた後衛が二人という布陣を敷いた。
そこまでは確認出来たのだがすぐ近くで空を裂く音が聞こえてきた。どうやら俺が担当する六人のうちの一人が斬りかかって来ているようなので剣をナイフで斬り払い、玩具箱からナイフを取り出して喉笛を狙ってナイフを突き出すが何かが炸裂する音――銃の発砲音が聞こえたと同時にそのナイフが弾き飛ばされた。
「チッ!」
テッラの方ばかりに気を取られていた。
俺を狙っている六人のうち銃を持ったのは五人。剣を持った一人は先ほどの俺の攻撃に眉一つ動かさなかったことから仲間がナイフを弾くことがわかっていたことになる。
つまりは連携の面で非常に優秀ということになる。そして銃を持った敵が五人いるとなれば気を抜けば体のどこかに風穴を開けられてしまう。
ゾッとしてしまう事実を認識した瞬間、射線上に仲間が入らないように移動して俺に受けて銃口を向けている姿を視認した。
そしてマズルフラッシュと共に全ての銃口から弾丸が射出される。前世のアサルトライフル寄りの連射性能を有しているようで容赦のない銃撃が襲い掛かってくる。それでいて剣を持った兵士には掠りもしないとは見事な腕だ。
いや、感心している場合じゃない。もしくは現実逃避をしている場合ではない。
こんなものを食らっては死んでしまうことがわかりきっているのでどうにか避けなければならない。救いがあるとすれば全員が俺を狙っていて銃弾が散っていないことか。
玩具箱から返しの風を取り出す。指輪型のマジックアイテムであり飛び道具を反射する効果がある。あるのだが、装備者の魔力を消費し続けるために長時間の使用は出来ない。オンとオフの切り替えは意識一つで出来るには出来るがそれでも消費される魔力の量が多いのが非常に難点だ。
今回は緊急ということで使うことにしたがさっさと銃持ちを処理しなければ魔力切れで倒れてしまう。どうにかして敵の数を減らさなければならない。
全ての銃弾を反射し、本来であればこれで銃持ちの五人をどうにか出来るはずなのに驚くべきことにそれぞれが反射された銃弾を避けてしまった。僅かに驚愕の色が見て取れるので予想外のことではあったらしい。それでもそれを避けるというのはどういう訓練を積んでいるのだろう。
きっと返しの風では倒すことが出来ない。ならば直接倒すしかない。そう判断してまずは目の前の剣を持った兵士を片付けることにした。
返しの風でどうにかなるのは飛び道具だけであり、剣などはどうしようもない。それでも銃弾を返しの風で対処してその間に一人片付ける。ということであればきっと出来るはずだ。
振るわれる剣を避け、弾き返し、受け流し、どうにか隙を探すがなかなか隙と言えるようなものがなく、その間にも銃弾が飛び交い、それを反射することで魔力が消費されてしまう。
兵士たちは時折目配せするようにしてお互いの位置を気にしながらも移動し、何かを狙っているように思えた。嫌な予感がするが、俺がそれに対して何かをする前に目の前の兵士がそれを察知してか邪魔をするように剣を振るう。
俺を殺すために剣を振っているのではなく、あくまでも俺の行動を阻害するためのそれは自身に隙が生じないようにしか振るわないようで俺から攻めることが出来ない。
だからこのままではどうしようもない。いや、それ以上に自身の敵になるということで驚喜していたイリエスが失望するようなことがあればその時点で殺される可能性がある。ならばどうするか。
簡単だ。幾つかある手を使ってこの状況を打開するだけだ。勿論、あまり使いたくはないのだがそれはそれ、仕方ないことだ。
「悪いけど、少し本気でやらせてもらうぞ」
剣を振るい続ける兵士にだけ聞こえるようにそう言えば、一瞬だけ眉を顰めたが反応としてはそれだけだったが剣を振るう力が増したことが受け止めたナイフから伝わってくる。
相手に対して警告よりも挑発の意味の方が強い言葉だったが効果はあったらしい。これならきっと上手くいくはずだ。
そのまま飛来する銃弾を返しの風で返しながら少しばかり強引に攻めに転じる。
突き出された剣を半身なって交わし、片腕を取って後方に引きながら鳩尾に肘を突き刺す。
「グ、ゥ……」
一瞬だけ呻き声が聞こえたが思っていたよりダメージはないらしい。だが腕を掴んでいる今なら追撃が出来る。
すぐさま鳩尾に肘を決めた状態から一瞬だけ身を引いて今度は腹に蹴りを叩き込む。その際も腕を引くことで無理やりに威力を増しているが苦悶の表情を浮かべるだけで剣を手放そうとはせず、すぐさま俺の手を振り払って距離を開けた。
それと同時に俺を狙った弾丸が飛んでくるが先ほどから徐々に移動しながらのそれは何を意味するのか、天啓にも似た閃きにより理解した。
自身の位置、銃を持った兵士の位置、そしてその兵士の後方で斧を振るうテッラ。
もしこれでその兵士の放った銃弾を反射した場合どうなるのか。答えは簡単だ。銃弾はテッラを捉えることになる。
「小賢しいことをしてくれるな!」
その銃弾は反射するわけにはいかないことがわかり、自身の立ち位置を変えるべく、そして剣を持った兵士を倒すべく、そしてとある目的のために開いた距離を無理やりに詰め、ナイフを振るい、蹴りを放ち、先ほどとは一転して攻勢に出た。
テッラのような脳筋ではないのでどうしても一撃一撃は軽くなってしまう。それでも相手に何もさせないような連撃で押していくことは出来る。
そうして狙いやすい位置にまで移動したところで口を開く。
「とっておきだ!精々耐えて見せろ!!」
そう叫べば俺が何かをしてくると判断した兵士に緊張が走る。そんなことは関係ないと更に連撃の速度を上げていく。
相手が徐々に警戒心を強めていく中で、そろそろ頃合いだと判断して全力で右手に持ったナイフを使って剣を弾き、左手に持ったナイフをその顔面に突き立てるように突き出す。
当然それは銃弾によってナイフが弾かれ、未遂に終わってしまうがそうなることを見越した上での行動なので問題はない。
「ほら、とっておきだ」
だから、そう言って玩具箱の中からあの森の中で見つけたヒュプノスローズを一輪取り出して握り潰し、鼻先に放り投げてやった。
ヒュプノスローズの本当に厄介なところは呼吸せずとも皮膚に接触しただけでも効果があるというところだろうか。更に言えば磨り潰す、握り潰すということをすると短い時間ではあるが普段よりも強力な催眠効果を発揮するという点もある。
まぁ、今回はいきなり鼻先に放り投げたこともあってしっかりと呼吸してくれていたのだが。
「なっ……う、ぐ……ッ!」
だから今俺がしたように握り潰したヒュプノスローズが鼻先に放り投げられるようなことがあれば抵抗など出来ないまま意識を手放すことになってしまう。
現に剣を持った兵士は膝から崩れるようにして倒れ伏し、動かなくなってしまった。だが足に無理やり意識を保とうとして剣で斬りつけた形跡があるので咄嗟にそうした行動が出来る辺り軍人としての練度は高いのかもしれない。
何にしてもまずは一人倒した、と言えるかは微妙だが無力化することは出来た。
そしてそんな俺に対して仲間が倒されたと判断されたのか先ほどよりも容赦なく弾丸が撃ち込まれて来るがわざわざ剣を持った兵士を押して立ち位置を変えたのには意味がある。
「馬鹿の一つ覚えはやめた方が良いぞ」
兵士たちとしては銃弾を反射する返しの風のことを知らないまでも魔法によるものだと判断し、魔力切れを狙ってのことだと思うがナイフでも持って斬りかかって来る方が返しの風を相手にするには効果があるのだが。
いや今回のように人数差があるのであれば効果がないとは言い切れないのか。
とはいえそのことがわかっている俺にとっては悪手でしかない。その銃弾は利用させてもらおう。
「見てるだけだと退屈だよな?」
撃ち込まれた弾丸を反射する返しの風だが、扱いに慣れると変わったことが出来るようになる。
具体的に言えば、矢、投げナイフ、投石、銃弾などを好きな場所へと反射を利用して弾き飛ばすことが出来てしまう。
銃弾が返しの風の効果範囲に入る前にその場でくるりと回転しながら弾丸をとある人物――イリエスへと向けて弾き飛ばした。
「大佐!!」
いち早くそれに気づいたヘルマンが叫ぶと銃弾を撃ち込んできた兵士たちやテッラと戦っていた兵士がイリエスを見る。その表情は驚愕や焦燥などが浮かび、俺がイリエスを狙うとは思っていなかったようだ。
だがそんな兵士たちと違い、イリエスは一切動じることなくいつの間にか手にしていた銃の引き金を引いていた。
これには俺も完全に予想外だったがイリエスが手に持った銃から放たれた銃弾を、俺が弾き飛ばした銃弾に当てることで全て撃ち落としてしまった。
「吠えるな、ヘルマン。この程度で私が傷を負うとでも思っているのか」
「し、失礼いたしました!!」
俺以外にも兵士たちも予想外のことだったのかもしれないが、イリエスにとっては当然のことなのか。
それについて驚くよりも呆れてしまったが、兵士たちに隙が出来た。そしてその隙を見逃すようなテッラではなかった。
「隙だらけだぜぇ!!」
そう叫んでからのたった一振りで剣を持った四人を薙ぎ払ってしまった。
咄嗟のことではあったが剣による防御が間に合ったようで上半身と下半身が泣き別れ、ということにはならなかったが凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられることになっていた。
酷い音を立てて壁の一部が崩れている様子からどれほどの力を込めていたのか、考えるだけでも恐ろしい。
「相変わらず脳筋過ぎるだろ……」
そう苦笑を漏らしながら意識がイリエスからテッラに向いた兵士たちへと玩具箱から先ほどと同じようにヒュプノスローズを数輪取り出し、握り潰してから投げる。
それに気づいたの兵士たちが逃げようとするが、潰したヒュプノスローズの効力はその程度でどうにか出来るわけもなく、俺が担当していた残りの五人全員が眠りに落ち、倒れた。
テッラは前衛を無力化したことでより前に出られるようになったことで銃を持った兵士へと斬りかかっているようで放っておいても良さそうだ。
俺はこの一連の動きを感心したように見ているイリエスと、その隣に立つヘルマンの相手をしなければならないだろう。斬り合い、ということではなく舌戦という意味で、なのだが。