107.磔の女王
坑道を進むがその道中に盗賊団が集まっているような場所はなかった。
地図を確認していたので集まれそうな場所がないのはわかっていたが、道中にいないならいないで別の場所でアルたちの足止めになってくれるだろう。
それでもボスがいるであろう奥の区画の前に人が集まれそうな広場があるのできっとそこには集まっているだろう。
そして本当に集まっていた場合はそこを制圧してからボスとの対面。ということになる。
ボスがいるという区画の前で戦闘を行えば当然相手に気づかれてしまうので不意打ちは出来ないだろう。正面切っての戦いというのはあまり好きではないが、避けられないことがわかっている。
そこはとりあえずアナスタシアとテッラがいるので問題はないと思う。ただ相手がどれだけの強さなのかわからないのが困りものだ。
「そろそろ人がいてもおかしくないか」
「そうですわね……容赦などはなくてもよろしてく?」
「手加減する理由がありませんよ。見つけたら叩き潰して制圧。これに限ります」
「まぁ、敵だからな」
アナスタシアの言葉を受けてなかなかにバイオレンスなことを言うテッラだったが、敵に対して情けをかけてやる必要はない。テッラのいうように全員叩き潰して制圧してしまうに限る。
そのことがわかっているアナスタシアは一つ頷いてケースを持ち直した。
「それにしても……テッラさんは武器を持っていませんわね」
「私は持ち歩くには不便な武器を使うので……戦う前になれば呼び寄せますから大丈夫ですよ」
「そういうことなら構いませんけれど……」
言葉ではそういっても懐疑的な視線をテッラに向けるアナスタシア。
それを受けてもテッラはどこ吹く風で気にした様子はなく、すたすたと歩き続けて俺たちの前へと出ていた。
「……何と言うべきか、猫を被っていたようですわね」
「シルヴィアたちの前で、ってことか?」
「ええ。いえ、冒険者であればあれくらいは当然かと思いますけれど」
「そうだな。まぁ……猫どころじゃないかもしれないけどな」
「それは、どういう……?」
アナスタシアの言葉が聞こえなかったことにして歩を早めてテッラに並ぶ。
「あ、お待ちになってくださいまし!」
俺たちを慌てて追ってくるアナスタシアだったがそう慌てることはない。どうせ目的地は目の前なのだから。
坑道には当時の名残が多く残り、辿り着いたこの場所は少し大きな休憩スペースといったところだろうか。そんな場所に盗賊団の人間が十人ほど集まって酒盛りをしていた。
警戒心の欠片もないその姿に呆れながらもそれを表に出さず、ナイフをくるりと回して逆手に持つ。
そして気づかれていないうちに一人か二人倒してしまおう。そう考えていたのだがそれに待ったをかけたのはアナスタシアだった。
「ここはわたくしにやらせていただいても?」
「やってくれるって言うなら任せる。その方が楽そうだからな」
「そういう理由で任せられると何とも言えませんわね……」
楽そうだから、という理由を口にした俺に対してアナスタシアは脱力したように言ってから前に出た。
流石に、というかこうして話をしていれば酒盛りをしている盗賊たちにも気づかれてしまう。驚いた様子で急いで武器を手にする盗賊を見てこの状況からどうするつもりなのかとアナスタシアを見ると、手に持ったケースを盗賊たちに向けていた。
「特注品ですわ。存分にお楽しみくださいまし」
言って、良く見るとケースの取っ手についていたスイッチのような物を押した。
その瞬間、ケースの側面が左右に開き、僅かに砲身のような物が見えたかと思うと重低音の破裂音のような物を響かせて何かが射出された。
するとケースが向けられた直線上にいた盗賊が一人壁に叩きつけられた。だが奇妙なことにそこから崩れ落ちることなくまるで壁に縫い付けられているように動かなくなった。
いや、良く見ると何かが肩に突き刺さり、事実として壁に縫い付けられていた。
「さて、続けていきますわ」
それだけを言うと連続で何かを射出し続け、容赦なくその場にいた全員を壁に叩きつけ、縫い付けていくアナスタシア。
盗賊たちの呻き声や叫び声が聞こえてきそうなものだが、容赦のない連射による轟音が続くばかりでそういったものは聞こえて来ない。
むしろ射出する際の轟音のせいで耳が痛くなりそうで両耳を塞いでしまった。テッラの様子を窺えば耳を塞いで不快そうな表情を浮かべていた。
そんな俺たちなど関係ないと連射すること十数発。坑道が崩れてしまうのではないかと思ってしまうほどの衝撃を与えられた壁の一部が土埃を上げ、盗賊たちの姿を隠していた。
その土埃が落ち着きどうなったのか確認出来るようになると、この場で酒盛りをしていた盗賊たちが全員壁に縫い付けられていた。
それを確認したアナスタシアがケースを向けるのをやめて口を開いた。
「ふぅ……片付きましたわね」
「そうですね。私たちとしてはそんなことよりも先ほどの音のせいで非常に不愉快な思いをしたことについて話をしたい気分です」
「それは失礼いたしましたわ」
何処か得意げに片付いたと口にしたアナスタシアに対して、テッラは不愉快さを隠さずにそう言い捨てた。だがアナスタシアは完全に聞き流しているようで意にも介さない。といった様子だった。
どうにもこの二人は相性が悪いような気がしてならない。いや、俺にとってはこうしたやり取りの方が馴染み深いと言えば馴染み深いのだが。
とりあえずそんな二人を放置して、壁に縫い付けられている盗賊たちの様子を見ることにした。
轟音とほぼ同時に壁に叩きつけられていたせいか弱々しい呻き声しか漏らすことの出来ない盗賊たちを縫い付けている物は大きな鋼鉄の杭だった。
僅かに見えた砲身はこれを射出するためのものだったのかと納得すると同時に、なかなかえげつない武器を持っている物だと呆れてしまった。
「特注品か……いや、恐ろしい武器を使うんだな」
「恐ろしい、というよりも素敵な武器と言って欲しい物ですわ。わたくしの磔の女王の音は素晴らしかったと思いませんこと?」
「酷い音でした」
「……あまり素晴らしいとは言い難かったな」
「まぁ……お二人とも、美的センス、というものがありませんわね……」
あの音を素晴らしいと評する方がその美的センスというものがないと思う。
「……なぁ、もしかしてあれって」
「磔の女王、ですわ」
あれ呼ばわりが気に入らなかったのか即座に訂正されてしまった。
「……磔の女王は本来四肢に打ち込むのか?」
「拘束するためであればそれが確実かと思いますわ。名前の由来でもありますものね」
磔の女王というのは、磔にされた方ではなく磔にする方のことらしい。
なかなかに物騒な名前だと思うが、アナスタシアは磔の女王のことを相当気に入っているようで説明と言うか、話をしている間はとても楽しげだった。
そんなアナスタシアに微妙に引きながらテッラはどうかと見れば、俺と同じように、ただ俺よりも露骨に引いていた。
「……武器に愛着があるのはわかります。でもそれを素敵だとか言うのはどうかと思いますね」
「…………磔の女王の素晴らしさがわからないということは、どうにもテッラさんには美的センスの欠片もないようですわね」
お互いに睨み合い、火花が散っているような姿を幻視してしまう。
テッラが少し猫を被るのをやめただけでこれ、というのはこの先で盗賊団のボスと戦うのに大丈夫なのか心配になってくる。
戦力としては申し分なくとも相性が悪くて負ける。ということがないとは言い切れないのでどうしたものかと頭が痛くなってきた。
「アッシュさんはテッラさんと違って磔の女王の素晴らしさがわかると思いますわ!」
「いえ、アッシュさんにはわからないと思いますよ。そんな変な物の良さ何て。というか良さとかありませんよ」
お互いに対立した意見のせいかそこにいた俺を仲間に引き込もうと話を振られたようだった。こういった場合はどちらの意見に賛同しようとも面倒なことになるとわかりきっている。
だからといってどちらにも賛同しないような曖昧な言葉を口にするともっと面倒なことになる。
まぁ、どちらにせよ面倒なら素直に思ったことを言ってしまおう。
「音は……まぁ、目立ちすぎだな。隠密行動の方が好きな俺としては好ましくはないぞ」
「ほら、アッシュさんはやはり良くないと言っていますよ」
「む……まさかアッシュさんもテッラさんと同じだとは思いませんでしたわ!」
「ただ鋼鉄の杭を撃ち出すってのは良いな。あの速度であの大きさの杭が撃ち出されるなら鎧くらい簡単に貫くだろうし、拘束も可能。そういうのは好きだぞ」
「アッシュさんならわかってくれると信じていましたわ!!」
「でもその分扱いは少し難しそうだよな。もっと簡単に取り回せる武器の方が良いと思うんだけど……」
「アッシュさんなら素晴らしさの方を理解してくださるはずですのに……失望いたしましたわ!」
「まぁ、ただ連射出来て火力がある武器ってのはそういった取り回しどうこうを度外視出来るから問題ないと言えば問題ないのかもな」
「ええ!磔の女王の火力は素晴らしい物がありますわ!鋼鉄の重厚な扉でさえ貫通する威力は惚れ惚れしますものね!それを一目見て理解するとは流石アッシュさんですわ!!」
手の平ぐるんぐるん回っているような気がする。いや、アナスタシアは真剣と言うか、真面目に言っているようなのだが。
磔の女王の話をしているアナスタシアはキラキラと曇りなき瞳で無邪気な様子を見せていた。いや、その話をしているのが物騒な物でなければ本当に無邪気と言えたのかもしれない。
「また杭がなくならないようにアッシュさんの使う玩具箱に似た魔法を磔の女王の内部に術式として刻印していますわ!つまり、撃ち放題!最っ高ですわ!!」
そんなアナスタシアを見てテッラは非常に嫌そうな表情をしてから、ボスのいる区画に続くであろう坑道の先を見た。
「アッシュさん。あの人は放っておいて先に進みましょう。あんな意味の分からない話を聞いていると頭が痛くなりそうです」
「……まぁ、行くか。アナスタシアだって状況を思い出せばまともになるだろ」
「あの人がまともになるとは思えませんね。まともそうに見えても頭のネジがぶっ飛んでるタイプですよ」
言ってからアナスタシアを見るテッラ。それに釣られて俺もアナスタシアを見る。
「連射性能も高くて多数の敵を相手にしても問題なく戦えますわ!しかも敵が多ければ多いほど無駄なく撃てますわね!」
「かもな。そのぶっ飛び具合が戦闘で役立ってくれるなら良いさ」
「…………妙なテンションになって乱射とかしそうで怖いです」
「あー……俺たちに向けて撃ってこなければ良いってことで一つ」
「それに名前も磔の女王というのは可愛らしいと思いませんこと!?名前も見た目も可愛らしい何て……あぁ!もう堪りませんわ!!」
「はぁ……もうそれで良いです」
呆れたような、拗ねたような、そんな様子でそう言ってからテッラは歩き始めた。
先ほどから何か言っているアナスタシアは完全無視の姿勢のテッラに苦笑を漏らしながら俺もそれに続くことにした。
アナスタシアはきっともう少しして落ち着いたらやって来るだろう。
まぁ、最低でもボスのいる区画に辿り着くまでには追いついて来て欲しいものだ。