9.冒険者見習いの初仕事
シャロに撫でられていたカルルカンはいい加減にしろと鳴いてから、シャロと距離を取るように俺の、というよりも岩の後ろに隠れた。
それを見てシャロは残念そうにしながらも、それなりに満足するまで撫でられたようでそれ以上撫でたいとは言わなかった。言わなかったのだが、別のことを言い始めた。
「これでカルルカンさんとは少しだけ仲良くなれた気がします!」
「そこのところどうなんだ?」
明らかに仲良くなれた様子ではなかったのにそんなことを言うのだから本人というか、撫でられていたカルルカンに確認を取ると首を横に振りながら抗議するように鳴いていた。
どうにも撫で方が悪かったらしい。撫でるのならもっと優しく、時に強く、時に毛並みを整えるように、それと撫でる場所が同じ場所ばかりではなく耳の裏や角の付け根もたまには撫でるべき。と、割と注文が多かった。
「全然駄目だとさ」
「ふ、触れ合うことで深まる絆があると思いますっ」
めげないな。その触れ合っていたカルルカンは未だに抗議の声を挙げているというのに。
「それに、一度では無理でも二度三度と繰り返すうちに仲良くなれるはずですよね」
「二度目があると思ってるのか……」
「……え?」
シャロは何度か繰り返せば仲良くなれると言っているが、今回カルルカンは渋々撫でられていたが、抗議を続けているので相当に不評のようだった。
そんな様子を見た他のカルルカンは自分は撫でられたくないと小さく鳴いていたり、寛いでいたのにシャロから少し距離を取るように移動していたり、どうにも次はなさそうに思える。
カルルカンたちの反応を見たシャロは自分の言った二度目三度目が絶望的だとわかったらしくショックを受けていた。
だがすぐに、それでも俺ならばどうにか出来るのではないか、と期待の眼差しを向けてきた。
「こいつらが嫌がってるから無理じゃないか?」
「そ、そんな……!?」
古典的ではあるが、ガーン、という文字が見えそうなほどショックを受けているシャロを放置して手を横に出せば、岩の後ろに隠れて鳴き続けていたカルルカンが丁度手が頭に乗るように出てきた。
随分と我慢していてくれたので感謝と労いの意味を込めて撫でてやれば、シャロに撫でられていたときとは違って気持ち良さそうにしていた。
先ほど言っていたので少し強く撫でたり毛並みを整えたり耳の裏、角の付け根も撫でたり指先で掻いてやる。するとカルルカンは満足したのか一鳴きしてから俺の足にすり寄るようにして座り込んで寛ぎ始めた。
「カルルカンさんが満足そうです……主様は撫でマスターですね……!」
「撫でマスターってなんだよ。というかお前が下手なだけだろ。さっきめちゃくちゃ文句言われてたぞ」
「い、いえ、私が下手なのではなくて主様が上手すぎるのだと思います!だって小鳥さんとかリスさんはいつも私に撫でさせてくれましたよ!」
「……下手だけど我慢してくれてた、とかじゃないのかそれ」
「そ、そんなはずは……!…………あ、ありませんよね……?」
「いや、俺に聞くなよ。それよりもカルルカンの相手してないでそろそろ薬草を採取したらどうだ?」
何やら動揺したように俺に聞いて来るがそんなことを俺が知っているわけがない。
そんなことよりも、草原に到着してすぐにカルルカンに心奪われてから今まで完全に忘れているであろう薬草の採取という冒険者ギルドで受けた依頼を口にすると、シャロは少しだけ首を傾げてから何のことか思い出そうとしていた。
そして数秒ほどしてからようやく思い出したのか、しまった、というような表情を浮かべた。それから何と言い訳をしようか考えているのか、目が泳ぎまくっている。
「え、えっと、その、あの……」
「……カルルカン、あれが残念な子だ」
完全に目的がカルルカンと仲良くなる。ということで上書きされて本来の目的を忘れ去ってしまうようなシャロを残念な子と表現してしまったが、それも仕方ないことだ。
また、カルルカンもそれを聞いてあの子大丈夫?とか残念な子だけど、それが良いって人もいるよ。とか撫で方が下手だった。とか好き勝手言っている。
「うぅ……依頼のことを忘れたのは私が悪いですけど……主様ばっかりカルルカンさんと仲良くしててずるかったです……」
「それで?」
「私も、カルルカンさんと仲良くしたくて、それでつい忘れてしまって……」
「なるほどな……別に怒ってるとか責めてるとか、そういうのはないから思い出したならさっさと依頼に取りかかれよ」
「は、はい!」
怒っていない、責めていない、と言ってもシャロは信じていないのか、返事をしてから急いで薬草を探し始めた。
これは信用されていないとか、そこまで仲が深まっていないとか以前に、シャロとしては本来の目的を忘れてしまったことを負い目に感じているのかもしれない。
もしくは少し前に話した何も出来ない奴はいらないという言葉が頭にあるのだろうか。
とりあえずシャロが薬草を集めている間、俺はそれを手伝うことはせずに眺めているしかない。
別に手伝っても良いのかもしれないが、薬草くらいならシャロ一人で見つけることくらい簡単だろう。
エルフの里は森の奥にある。ということでそうした薬草などの見分けはつくようで、手際良く薬草を見つけては摘み取っているので、やはり俺の手伝いなど必要なさそうだ。
「冒険者ギルドの依頼だと薬草は三つで一束にしないとダメだからな。ほら、この紐でまとめとけ」
「三つで一束ですね?わかりました!それとありがとうございます」
元気良く返事をしてからシャロは俺の持っていた紐で薬草を三つをまとめて一つの束にした。それを数回繰り返して短時間で八束を作り上げた。
どうやらシャロは薬草を見分けるだけではなく、雑草に隠れている薬草まで見つけることが出来るようでハイペースで採取しては束ねている。
「あれは取りすぎてないか?」
カルルカンに聞いてみれば首を振りながら二度三度と鳴き声をあげた。
どうやら最近は薬草の採取をする人が少なくて、数に余裕があるらしい。カルルカンの見立てでは三十近くまで採取しても問題ないのだとか。
「流石にそれは多いと思うんだけどな……」
思わず零したその呟きに対して同じように鳴いて答えてくれた。
カルルカンたちは薬草を食べて体調を整えることをするが、それでも成長してから時間が経った薬草は硬くて苦いので食べたくないという。
だからいっそのことそういう薬草は採取してもらって、その後に成長してくる柔らかくて美味しい薬草を食べたい、らしい。というわけで、硬くて苦い薬草は全部持って行っても良いとのことだ。
しかし、俺にはそうした硬くて苦い薬草というのは見分けがつかないのでそんなことを言われてもどうしようもない。
ただもしかするとシャロならわかるのではないだろうか、と思って一応伝えておくことにした。
「成長して時間が経った薬草なら全部持って行っても良いそうだぞ」
「そうなのですか?それならもう少し取れそうですね……」
俺の腰かけている岩の周辺だけでもそうした薬草は意外とあるらしく、シャロは一度薬草を採取した場所から再度薬草を採取していた。
どうやらシャロにはそうした見分けが付くようで、素直に感心してしまった。
「へぇ……やるもんだな……お前たちもそう思うだろ?」
カルルカンたちも感心しているようで、思い思いに鳴き声を上げて同意であったり賞賛であったりそれでも撫でるのは下手だったなど好き勝手に言っていた。
それに気づいていないシャロはせっせと薬草の束を作っている。ただカルルカンたちの鳴き声が聞こえているようで、時折目だけを向けて様子を見てくる。
そして手持ちの薬草を全て束にして、それを持ってから俺の傍へと戻ってきた。
「主様、薬草の束を、えっと……二十四束ですね、出来ました」
「二十四ってことは依頼を八回達成できるな」
「これで八回ですか……丘に回れば、同じくらい作れるのでしょうか?」
「どうだろうな……丘も同じような状況だと思っても良いのか?」
訊ねてみればカルルカンたちは鳴き声をあげる。
どうやら丘の方が薬草の数が多いらしい。それと最近丘を縄張りにしているカルルカンたちに子供が出来たとのことで今度見に行くと良いとのことだ。また、先ほどからシャロの撫で方が下手だと言い続けているカルルカンはとりあえず頬を引っ張って黙らせてやった。
そのカルルカンは楽しそうに鳴き声を漏らしているので意味がないようにも思えたが、俺もちょっと楽しいので悪くない。かもしれない。
「あ、主様!私もほっぺたをムニムニしてみたいです!」
「頑張って仲良くなったら出来るんじゃないか?それよりも、丘の方が薬草の数が多いらしいから明日にでも丘で薬草を探すとしようか」
「仲良く、なれるでしょうか……?」
「そこはお前の頑張り次第だろ、たぶん」
「頑張り次第……わかりました。私、カルルカンさんと仲良くなれるように頑張ります!」
「その前に見習いが取れるように頑張れよ」
カルルカンと仲良くなれるかもしれないと淡い期待を胸に抱き、希望に満ちているシャロにそう釘を刺してからカルルカンを解放して薬草の束を受け取る。
「はい、それは勿論頑張ります!」
「そうか。なら良いんだ」
「あ、そういえば主様」
「今度は何だ?」
「主様は先ほど薬草を束ねるための紐を持っていましたが、何処に持っていたのですか?私のように鞄を持っている様子もありませんが……」
受け取った薬草の束を収めようとしていたところで、どうしても気になるという様子でシャロがそう訊ねてきた。
シャロの言うように俺は鞄を持っていない。それなのに何処からともなく取り出したのでそれが気になったのだろう。
「玩具箱って知ってるか?」
「玩具箱……確か小さな物であれば収納出来る魔法ですよね?」
「小さなってよりも、使用者が片手で持てる大きさの物が収納できるって魔法だ。片手で持てるからって剣くらいの大きさだと無理だけどな」
「なるほど……主様はその魔法を使っているのですね。というよりも、魔法の心得があるなんて知りませんでした」
「仕事柄必要になる魔法くらいはな」
答えてから受け取った薬草の束を玩具箱で収めて、岩から立ち上がる。
それに反応して俺の周りで寛いでいたカルルカンたちは、俺が立ち去ることを察して同じように立ち上がった。
「さて、数も充分だから依頼を達成しに戻るぞ」
「わかりました。カルルカンさんたち、また今度来たときはよろしくお願いしますね」
「本当にお前はカルルカン大好きかよ……またな、お前たち」
俺たちの言葉を聞いて、別れの言葉を一鳴きで残してカルルカンたちは去って行った。
そうして去って行くカルルカンの中で最後に離れて行ったのは、シャロの撫で方が下手だと言っていたカルルカンだ。そのカルルカンが別れ際に残したのは次までには上手くなっていろ。という言葉だったので、また撫でられても良いとは思っているらしい。
そのことを伝えればきっとシャロは喜ぶだろうがそんなことをする義理はないので黙っておくことにして、去って行くカルルカンに手を振っているシャロを促して王都に戻ることを優先しよう。




