Side.騎士と勇者のよもやま話
アッシュが焚火を起こし、アナスタシアと共に周囲を警戒するために離れて行った。
離れている間に襲われる可能性があることからアッシュが何やら仕掛けていたようだったが、アルとシルヴィアには何をしているのかわからなかった。
わかったことと言えば、アッシュとアナスタシアがこういった事態に非常に慣れているということだ。自身たちと違って取り乱すことはなく、面倒だという態度を見せながら冷静に話し合いを行っていた。
他にも思うことはある。ただそれを本人に聞くことが出来る状況ではなかった。
だが、何よりもそうして冷静な二人がいてくれたおかげで本当に最悪の事態は避けられたのだと思うとアルとシルヴィアには感謝の念しか浮かんでこなかった。
そして、二人に仮眠を取るように言われたシルヴィアは眠ろうとはしているのだが、やはり連れ去られたユーウェインたちのことが気掛かりなこともってすんなりと眠ることが出来そうになかった。
それでもどうにか眠ろうと瞳を閉じてじっとしていると焚火の火が小さく爆ぜる音と木々が揺れることによる葉の擦れる音が耳につく。
普段であれば耳障りだということはないはずの音が、どうしてか今は耳を塞ぎたくなってしまう。まるで何かに責め立てられているような、そんな気がしてしまうのだ。
布団に包まったまま、音が聞こえないように耳を塞ぐシルヴィア。そんなシルヴィアを見ていたアルはこのまま放っておくわけにはいかないと声をかけた。
「シルヴィア様」
「…………アル、どうかしたの?」
「いえ、どうにもシルヴィア様がお休みになられていない様子でしたので……」
声をかけられたシルヴィアが包まっていた布団を外し、アルを見ると心配そうな表情を浮かべていた。
「……心配させちゃったかな?」
「あ、いえ……その……」
「アルのことだから、心配させちゃったに決まってるよね……えっとね、何だか眠れなくて……」
「やはり、ユーウェインたちのことが?」
「うん……どうしても、ね」
二人とも気にしているのはユーウェインたちのことだった。
やはりというべきか、他の冒険者たちよりも自分たちにとって縁のある人間を気にしてしまうのは当然のことなのだろう。
「それに、他のみんなのことも心配だよね」
「はい。無事ならば良いのですが……」
「……アッシュがたぶん大丈夫だって言ってたから、それを信じるしかないかな……」
「そうですね。今は大丈夫だと信じて、しっかりと休むことが先決だと思います」
それでも他の冒険者たちを心配する辺りがアッシュに善良だと言われる由縁だろうか。
何にしても、アルの言うように今は休まなければならない。
「わかってるけど……ううん、こういう言い方は良くないね。アッシュにもでもでもだって、はやめろって言われちゃったからさ」
「あぁ、確かに言われていましたね。何と言えば良いのか……アッシュは不思議ですよね」
「うん、一目見た時からどうしてかわからないけど色々話がしたいと思って、話をしたら今度はもっと仲良くなりたいって、そう思えたんだ。そんなこと、今までなかったのにね」
「わかります。僕も初めて会った時はどうしても話がしたいと思って僕から声をかけましたから」
「あ、アルもなの?本当に不思議だよね」
アッシュの名前が出ると二人の話題はアッシュについての物に変わっていった。
先ほどまでの様子とは違い、会話をする声が少し明るくなっている。どうやらこの話題での話は良い方向に働いているようだ。
「はい。それからどうにか友人になるまでは出来ましたが……こうして一緒に行動するとは思っていませんでしたよ」
「……ねぇ、アル」
「はい、どうかしましたか?」
「えっとね……どうしてアッシュと一緒に行動するようになったのか、聞かせてもらっても良いかな?」
「それは構いませんが……」
「何となく気になってね。それにアッシュの話なら聞いてみたいかなって」
「そう、ですか……わかりました。面白い話ではありませんが、それで良ければ」
本来であれば仮眠を取らなければならない二人であったが、話が盛り上がってきたせいか眠ろうとする様子は一切なかった。
シルヴィアはアルにアッシュとの話をして欲しいとお願いし、アルも言葉では面白い話ではないと言いながらも乗り気になっているようだった。
これをアッシュが見れば何と言っただろうか。くだらない話をしていないでさっさと眠れ、と言ったところかもしれない。
何にしても、アルがアッシュと行動を共にするようになった経緯を話すために姿勢を整え、シルヴィアもまた話を聞くために姿勢を正していた。
「僕がアッシュと行動を共にするようになった理由は、まずはシルヴィア様に何かあってはならないと護衛のためにこの依頼に参加しなければなりませんでした」
「うん、でも……本来なら冒険者じゃないと参加出来ないんだよね?」
「はい、アッシュが言うには最低でもBランクの冒険者でなければ参加出来ないそうです。ただどうしても参加しなければならなかったことと、そのための手段が思いつかなかったのでアッシュを頼ったのが一緒に行動をするようになった始まりです」
「えっと……つまり、アッシュの協力で冒険者じゃなくても参加出来るようになった。ということかな?」
「いえ、その……実を言うとあくまでも潜り込んだ、というだけで正式に参加はしていません……」
アッシュに依頼することで、言い方は悪いが非合法な手段で依頼に参加していることを言い難そうに口にしたアルだったが、それも仕方のないことだろう。
騎士である自身がそのような手段を頼ったことを恥じたのか、はたまたこのことを口にしてシルヴィアからアッシュに対する心象が悪くなると思ったのか。どちらなのかはわからない。
だが、それを聞いたシルヴィアの反応はアルの想像とは違っていた。
「へぇ……もしかしてアッシュは裏稼業とか、そういうのを生業にしている。とかなのかな」
「え、あ……はい。そういうことになりますね……」
「なるほど……そういう人がいるって話は聞いていたけど、アッシュがそうなんだ……」
「……あの、シルヴィア様?」
「ん、どうかしたのかな」
「いえ……その、こういう話を聞いてもアッシュに対してあまり悪く思わないようでしたので……」
どちらかと言えば好意的。とまではいかないまでも何処となく感心しているような様子を見せているシルヴィアに対して、そのことを疑問に思っているとアルは素直に口にした。
するとシルヴィアは少し照れたようにしながら、その理由を話し始めた。
「あ、うん。その……勇者として旅をしないといけないでしょ?だから世の中にはどういった人がいるのか、そういう情報は色々と聞いていたんだ」
「はぁ……もしやその中にアッシュのような裏稼業。と言えるような仕事をしている人の話を?」
「うん。だから、変な話になるけど少し感動しちゃって……」
そう言って頬を掻くシルヴィアは本当に言葉の通りに少しばかりの感動をしていたようで、それを理解したアルはそれならばあのような反応に対してそういうことかと納得をした。
「そういうことでしたか……」
「少しおかしいかもしれないけど……何て言えば良いのかな。アッシュだから、ということもあるのかも?」
「ふふ……確かに、ありそうですね」
和やかに話をするアルとシルヴィア。少し前までの、アッシュがどうにかしなければならないと考えていた精神的に不安定になっている時とは大違いだった。
そして、そこまで話をして二人とも同じタイミングで口を閉ざした。気まずい沈黙が流れることはなく、非常に穏やかな沈黙、といったところだろうか。
ただそれも長くは続かなかった。
「……ねぇ、アル。もしかしてアッシュに会ったのは、僕がライゼルさんにお願いしたことが関係してるのかな?」
「はい……団長がそうした依頼を出来る場所がある。というので同行した際に」
「そっか……見つかる、かな……?」
「わかりません。団長が言うには当時の状況が悪すぎるということで、生存していること自体が可能性としては低い。とのことでしたので……」
元々ライゼルがハロルドに対して依頼の話をするためにストレンジを訪れていた。
その依頼はシルヴィアがライゼルにお願いという形で話をし、それは自身だけでは不可能だと判断したライゼルがストレンジへ。という流れになっていた。
「やっぱり、そうだよね……でも、見つかる可能性だって零じゃないんだよね?」
「可能性の話であれば、ですが……」
「うん、それなら僕は見つかる方に賭けてみるよ。だって、死んでるって決まったわけじゃないんだから、生きてるって思った方が良いからね」
「……はい、その通りです。僕も、生きているのであれば会いたいと思いますから」
二人が言っている人物が何者なのか。それを知る物はアルとシルヴィア、そしてライゼルの三人しか存在しない。
もし他の誰かが三人が探している人物の話を聞けば生きていることなどあり得ないと言うだろ。もしくはそんな人間が存在しているわけがない、と切り捨てるのかもしれない。
それでもアルとシルヴィアの二人にとってはどうしても会いたい相手のようで、僅かな可能性に縋り付いているような、そんな状態だった。
「まぁ、そのためにはまずはみんなを助けて、無事に王都に戻らないとね」
「ええ、僕だけではなくアッシュとアナスタシアもそのために尽力してくれることでしょう。ですので、必ず皆を助けて無事に帰りましょう」
「うん。そのためには……まずはちゃんと休まないとね?」
「そうですね……ですが、アッシュの話を聞きたいと言い始めたシルヴィア様が言いますか?」
「あはは……そこはほら、気にしないでもらえると嬉しいかな」
「なるほど。では、そのように」
アルの性格を考えれば、こうした冗談を口にするなど考えられないことだった。
もしかするとこれはアッシュの影響なのかもしれない。そう思いながらも小さく笑ってからシルヴィアが言葉を返すとアルも小さく笑みを浮かべて言った。
そして二人でそうして小さく笑んでから、シルヴィアから口を開いた。
「うん、何だか今なら眠れそうな気がするよ」
「それは良かったです。ではシルヴィア様、ごゆっくりとお休みください」
「アルも、ちゃんと休んでよ?」
「勿論ですよ」
「言うまでもなかったかな。それじゃ、おやすみ、アル」
「はい、おやすみなさいませ、シルヴィア様」
短い言葉を交わして、今度こそ眠ろうと毛布に包まったシルヴィア。
その耳に入ってくるのは焚火の火が爆ぜる音と木々が風に揺れることによって起こる葉の擦れる音。
先ほどと変わらないはずのそれを耳にしても、今は何も気にならなかった。
そして、目を閉じて、そうした音を聞いているうちにだんだんと睡魔が寄ってきたシルヴィアはそれに抵抗することなく静かに眠りに落ちて行った。
アルはそれを確認してから自身も同じように眠りに就くことにした。
本当ならばそうして眠りに就くことなど出来ないような状況だというのに、それを可能にしてくれたアッシュとアナスタシアに心の中で感謝しながら意識を手放した。