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【投稿】異世界転生なんてろくでもない【停止中】  作者: 理緒
第二章 友と戦い、朋と笑う
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95.まずは落ち着いて

 野営地から離れてとりあえずは安全だと思える場所まで移動することが出来た。

 移動する間ずっと俺がシルヴィアの手を引いていたのだが、周囲の警戒をアルとアナスタシアの二人がしてくれていたので助かった。

 俺も周囲の警戒は怠っていないが、シルヴィアの手を引いている以上はどうしてもそちらに気を向けなければならない。そうなると俺ではちゃんと警戒しているつもりでも、疎かになってしまう可能性もある。

 だからこそ二人が警戒してくれていたことが有難かった。


「そろそろ大丈夫だな」


「野営地からはそれなりに離れているとは思いますわ。ただ……相手が本気で捜索するようであれば、見つかってしまうのではなくて?」


「見つかるだろうな。だからって何処までも逃げるわけにはいかないだろ」


「それはそうかもしれないけど……何か考えがあるのかな?」


「離れれば離れただけ相手も大人数での捜索はしなくなるし、見つかってもそいつらだけ片付ければ良いから楽だと思うぞ」


「確かにそれもそうですわね。念話を習得していなければ、という前提条件が付いてしまいますけれど」


 念話というのは魔法使いであれば習得している可能性がある。盗賊団の中にどれだけの魔法使いがいるのかわからないが、全ての魔法使いが念話を習得出来ているわけではない。

 だから、習得している人間がいるとしてもそう多くはないはずだ。それに見つかったのであれば念話を使われるよりも早く仕留めてしまえば良いだけだ。接近に気づくことが出来れば、ではあるのだが。


「わかってる。ただ……助けられるならすぐにでも助けたいって考えてそうなのがいるからな。離れすぎるってのも出来そうにないと思うんだよ」


 言ってからシルヴィアを見ると、不安そうにしながら俺たちの話の成り行きを見守っていた。

 ユーウェインたちのことでショックを受けていたシルヴィアとしては、助けることが出来るとわかれば助けに向かおうとするだろう。

 例え自身がまともに戦えるような状態ではないとしても、だ。


「……シルヴィア様、ユーウェインたちを助けたいと思う気持ちはわかります。ですが、状況がわかるまでは行動に移ることは出来ません」


「うん……わかってるよ。わかってるけど……」


 アルがシルヴィアのことを心配して、それでいて一人で助けに行かないようにと言葉をかける。それに対してシルヴィアはわかっていると返したが、本当にわかっているのだろうか。


「何にしてもまずは話をしないとな。まぁ、その前に多少なりと素性を明かす、ってくらいはしておこうか」


「素性、と言われましても……わたくしに明かすような素性などありませんわ」


「俺にもないな。ただ……一人だけ、シルヴィアが顔を見ていない男がいるだろ?」


 俺の言葉を聞いてシルヴィアがアルを見た。

 そして、アルも自身がシルヴィアに対して顔を見せずに接していたことに思い至ったのか小さく声を挙げた。


「あ……そ、そうだった……」


 アルは慌てた様子でフードを外し、素顔をシルヴィアに晒した。

 それを見たシルヴィアは驚いたような、安堵したような、信じられないような、とにかく色々と入り混じった表情を浮かべていた。ような気がした。


「アル……?」


「はい……アルトリウス・カレトヴルッフ、此処に」


 アルがそう名乗ったことで、その素性を知ることになったシルヴィアは一人納得したように頷いていた。


「アルトリウス・カレトヴルッフ……なるほど、どうして潜り込みたかったのか、何となくではありますが見えてきましたわ」


「へぇ……その名前を知っていたのか」


「名前とどういう立場の方なのか、という程度ではありますけれど……よく考えてみれば勇者様が参加するというのであれば護衛になる方がいてもおかしくないと思いますわね」


「名前がわかったなら察しも付くよな……まぁ、シルヴィアも顔見知りがいる方が落ち着いてくれるだろ」


「だと良いのですけれど……」


 俺とアナスタシアがそんな会話をしている間に、俺の言うようにシルヴィアは多少なりと落ち着いて来たのか、顔色の悪さが少しはマシになっていた。


「えっと……どうしてアルが……?」


「実は、まだ実戦経験の浅いシルヴィア様たちだけでは何かあった際に対応出来ないのではないか。そう判断した団長の指示により護衛の任に就いていました」


「そうだったんだ……うん、確かに僕たちだけだったらもう終わってたと思うから、ライゼルさんの判断は正しかったね……」


 落ち着いたと言っても取り乱さずに話が出来るというだけで、日中に話をしていた時よりも精神的に消耗している様子が手に取るようにわかった。

 言いながらも強がりなのか、笑んで見せるが非常に弱々しい笑みにアルは何処となく悲痛な表情を浮かべた。

 それを見てアルはこの状況をどうにかしなければならないと思っているようで、非常に張り詰めた様子を見せている。

 現状、冷静にこれからどうするのか判断できるのは俺とアナスタシアだけなのかもしれない。


「どうにも状況が悪いように思えますわね……いえ、アッシュさんが見てきた物を聞けば更に悪い判断せざるを得ないかもしれませんわね」


「まぁ、悪いだろうな。二人とも、話を聞くことは出来そうか?」


「う、うん……僕は大丈夫。聞かせてくれるかな……?」


「シルヴィア様が大丈夫なら、話を聞かせて欲しい。僕にどうにか出来ることなら、力になりたいからね」


「そうか、それなら俺が見た野営地の状況からだな」


 俺がそう前置きをすると、それぞれが俺を見つめる。そして一言一句聞き逃さないようにと真剣な眼差しを向けてくる。


「まず雨が降ってる」


「やはりあの雨音は野営地からでしたのね……」


「見事に野営地のみに降ってたのと、その雨の中にヒュプノスローズが混ざってたな」


「ヒュプノスローズが……?」


「あぁ、普通はあり得ない光景だったからあれは人為的な物で間違いないと思うぞ」


 雨が降っているにしてもあそこまで綺麗に境界が出来ることは珍しい。その雨の中に更にヒュプノスローズ、となれば盗賊団の仕業だと断言しても問題ないだろう。

 ただ、この話を聞いた三人は半信半疑。という様子だった。


「どうせ後で調べに行くんだ。本当だってのはその時にわかるだろうな」


「調べに……」


「シルヴィア様、また後で、ということです。今はご自愛ください」


「う、うん……」


 調べに行く、と言われて今からでも行きたい、と言い出すかもしれないと思ったのかアルがそう釘を刺した。まぁ、実際にシルヴィアはすぐにでも調べに行きたいと言いそうだったのでアルの判断は間違ってはいないと思う。

 とはいえ、毎度こうして話の腰を折られると話が進まないので俺からも釘を刺しておくとしよう。


「シルヴィア。まずは大人しく話を聞け。調べに行くのも、助けに行くのも、まずは状況の整理が終わってからだ」


「わ、わかったよ……でも、本当に助けに行こうって思ってるの?」


「何だ、シルヴィアは助けに行こうとは思わないのか?」


「そういうことじゃないよ!?でも……状況が悪いようなら、無理に助けに行かずに一度王都に戻るとか、そういう選択だって出来るんじゃないかって……」


 不安そうな瞳で俺を見るシルヴィアが何を考えているのかわからない。

 どうにかして助ける、という話で進めようとしているのにどうして王都に戻るという選択肢を提示してきたのだろうか。


「あ、その……僕としては皆を助けたいって思うけど、それにアッシュやアナスタシアを巻き込むわけにはいかないから……」


「別にわたくしは構いませんわ」


「どうして?だって、どう考えても僕たちだけで盗賊団と戦おうなんて、危険すぎるんだよ?」


「わたくしにとって、危険ではなかった仕事などありませんでしたわ。どれほどの危険であろうと、目的を達成するためにはその渦中にさえ潜り込む。当然のことではなくて?」


 危険だから、という理由で巻き込むわけにはいかない、と言ったシルヴィアだったがそれに対してアナスタシアはどうということはない。といった様子で言葉を返した。


「アッシュさんなら理解できると思いますわ。わたくしたちは所詮同じ穴の狢。危険だからと避けるのではなく、危険だからこそ渦中に潜り込み、内側から喰い破る。そのくらいの気概がなければやっていけませんものね」


「まぁ、確かにそうかもな。必要なことなら危険だとか安全だとか関係ないよな」


「ええ、とはいえ安全である方が好ましくはありますけれど」


「つまり、二人にとって危険であろうと安全であろうと、そうしなければならないと判断した以上はもはやそういったことは関係ない。ということなのかい?」


「それでよろしいかと」


「それで良いんじゃないか?」


 危険であろうとその渦中に潜り込むのは必要だから。そういった意図を察したアルがそれを言葉にするとアナスタシアはしれっとそう答え、俺も同意した。

 事実として必要であれば危険だとしても潜り込み、安全ならば安全でより確実に仕事をこなす。そうして来た身としては今回の状況は危険だからさっさと王都に逃げ帰りたいと思うのではなく、面倒だな。という程度にしか思えなかった。


「とりあえず……シルヴィア。巻き込むわけには、とか思うならお門違いだ」


「え……?」


「結局、俺もアナスタシアもそれぞれの目的があってこの依頼に参加したんだ。それで状況が悪くなったからって逃げ帰るわけがないだろ?」


「で、でも……」


「目的のためですものね、当然ですわ。それともシルヴィア様は危険だからと自らの勇者としての役目を投げ出すつもりでして?」


「ち、違っ……僕はそんなつもりで言ったわけじゃなくて……!」


 アナスタシアの言い回しというか、言い方は俺のような人間に対してならば何ら問題にならないようなものでも、シルヴィアにとってはそうではなかったようだ。

 先ほどまで少しは落ち着いてきた、と思ったのにまた様子がおかしくなり始めていた。精神的に強いわけではないシルヴィアにとってはこの言い方や現状は厳しい物があったのだろう。


「アナスタシア」


「……失礼いたしましたわ。シルヴィア様に対して、聊か言い過ぎてしまったようですわ」


「はぁ……相手を考えろ。温室育ちのシルヴィアにアナスタシアの言い回しはきついだろ」


「……そんなことは、ないのではなくて?」


「あるんだよ」


 言い過ぎた、というよりも言い回しがきつかったのだがそれを指摘するとそのことに思い至っていなかったようで随分と雑な誤魔化し方をされてしまった。

 それにため息を零す。という形で呆れていることを示してからシルヴィアの様子を見る。今にも泣きそうになりながらどうにか弁明をしようとしていた。


「シルヴィア」


「あ、アッシュ……僕は、勇者の役目を投げ出したりは……」


「わかってる。ほら、とりあえずもう一度落ち着け」


 言ってからシルヴィアの手を取って、正面から目を合わせて見つめる。落ち着いてくれれば良い、と思っての行動だが、こういうのはアルのような人間がするべきだと思っている。


「え、あ、アッシュ……?」


「俺はシルヴィアが勇者としての役目を投げ出すような人間じゃないって思ってる。だから、今は深呼吸をしてもう一度落ち着いて、それから話を続けよう。良いな?」


「う、うん……」


 真摯な様子で、というのはシルヴィアやアルのような人間に対して行えば多少は落ち着いてくれるようだった。

 ただ、俺としては落ち着かせるための行動でしかないが余計にシルヴィアに懐かれてしまいそうで、そこがどうしても俺にとってネックになってしまう。と思ってしまった。

 今回の依頼が終わった後に面倒なことにならなければ良いのだが。そんなことを考えながらシルヴィアが落ち着くのを待つことにした。

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