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1時間目:国語

 太陽が眩しく輝く中、坂道が悠然と頂上に続いていた。坂道には登校する学生に溢れており、学校へと続く道の最終関門として学生に試練を与えている。

 その登校する学生の中に、哀愁を背負い目を血ばらせた男がいた。

 男はくたびれた学生服を着て、萎びた鞄を運んでいる。その凛々しい風貌は最高学年に相応しい貫禄を周りに与えるが、身なりによって台無しにしていた。

「おはよう早瀬」

 男の名前は早瀬といい、

「はよう、長谷川」

 挨拶したのは早瀬のクラスメイトの長谷川だった。

 長谷川はきっちりした制服に身を包んでおり、朝にピッタリのさわやか笑顔で言った。

「早瀬は勉強した?」

 もちろん早瀬はしていた。今回のテストはまさに試金石。このテストである程度取らないと早瀬にとって未来はなかったからだ。

 しかし下手に答えれば火傷をする。なぜなら、これは学生間の暗黙の了解であり、合言葉と同じような意味を持っていたからだ。

 これらを考慮に入れて、早瀬は答えを導きだした。

「それなりにやった、おかげで眠い。長谷川は?」

「僕もそれなりかな」

 笑顔を崩さないまま長谷川が言った。早瀬はその笑顔を横目で見ながら思った。

 そのままの意味ではないだろう。長谷川はかなりできる部類だ。おそらく、日頃から今日のための準備をしているはずだ。

 ……確かめてみるか。

「んじゃ、単語出し合おうぜ」

 鞄から古文単語帳を出しつつ早瀬は提案した。

 直後長谷川の目が光り、間を置かずうなずく。早瀬はページを捲り適当なところで止めた。

 お手並み拝見だ。


 テスト直前のざわついた空気が教室を支配する。教室の中では、お互いに問題を出し合うもの、雑談を楽しむもの、寝るもの、一心不乱に問題を解くものがいて、互いに無関心だった。

 一種、特殊な空気が支配する中、それを打ち破るようにドアが開く。

「おー、早瀬に長谷川。遅かったな」

 ドア付近で問題を出し合う群れの一人が、教室に入ってきた人物らを見て言った。

「そうか? いつも通り来たが」 

 早瀬はそう言いつつ窓際にある自分の机に向かう。そして荷物を机に置くと群れの中に加わった。長谷川も荷物を机に置くと群れに加わる。

 早瀬が群れに加わると、中心で椅子に座っていた男が声をかけた。

「やべーよ早瀬、俺何もしてないよ」

「そればっかりだな、矢部。もう聞き飽きたよ」

 周りから文句が出る。

「うるせえよ、焦ってるんだよ俺は」

 矢部が怒鳴り、周りがニヤニヤする。いつも通りの風景。

 確かに駄目人間だが周囲を和ませる能力を矢部は持っている。そう早瀬は評価していた。

 現にテスト前に関わらずここだけ雰囲気が緩い。

「なんだよ、大丈夫なのか?」

 早瀬が呆れた声で言った。

「大丈夫じゃないから勉強してるんだよ。お前もやれ」

 矢部が単語帳を早瀬の目の前に突き出した。

 異論もなかった早瀬はそれに付き合う。

 そして10分ぐらいが過ぎ、先生が入ってきた。生徒たちは慌てる素振りも見せずに席に戻る。

「よし、今からテストを始めるぞ。荷物を廊下に置いたら、名前順に座れ」

 諸注意を終えた先生は、そう言うと生徒たちを急かした。

 早瀬も荷物を置きに席を立つ。早瀬が廊下に出ると長谷川が声をかけた。

「今日のテスト、バッチリそうだね」

 早瀬はドキッとした。

 自分のキャラ的に本気で勉強したという事がばれるのは好ましくなかった。努力したというのが見えるのは今までの立場上おもしろくないのだ。だからこそ隠している。

 しかし今の発言から察すると長谷川に見破られてしまった可能性がある。それならば不味い、何とかしなければ。

 早瀬は探りを入れるために質問した。

「バッチリてほどでもないさ。どうしてそう思うんだ?」

「だって、単語とかほぼ完璧に覚えてるからね。いつもなら覚えてこないだろう?」

「覚えてくるだけで、点数貰えるなら安いもんだ。だから今回はやってきたんだよ」

「なるほどね、そういうわけか」

 早瀬は長谷川の笑顔を見ながら涼しげに答えたが、内心ではこの答えに納得してもらえるだろうかとビクビクしていた。

 油断していた。それが早瀬の一番の感想だった。

 まさか、そこまで見ているとは思わなかった。自分だけが試しているとばかり思っていたのに……。童顔のくせにやりやがる。

 早瀬は悪態をつきながら教室に戻り席に着く。早瀬の席は教卓の真ん前にあった。

 しばらくして先生がテストを配り始め、クラス全員に行き渡らせる。

「不正行為は絶対するなよ。では始め」

 戦闘の開始を示す、紙をめくる音が一斉に鳴った。シャーペンを握る早瀬の手に力がこもる。

「やってやる」

 早瀬は人知れずつぶやいたのだった。

 

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