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ウツセミ

作者: 鏡原レイ

全身サイボーグのモノローグ。近未来の人間の苦悩を描く。

 セミの鳴き声が聞こえてくる。また夏が来たのだ。今年もまた、草の裏や木の幹に、沢山のセミの抜け殻があるはずだ。


 子供の頃、地上に出てきたセミの幼虫を捕まえて、家で羽化する姿を一晩中見ていたことがある。朝には立派な成虫になるものもあれば、失敗して死んでいくものもいる。うまく成虫になると、主を失った幼虫の殻は“抜け殻”と呼ばれる。


 成虫が飛び立つ先は、太陽のまぶしい光の中ということもあれば、黒く重たい曇り空ということもある。飛び立つ日がまぶしい陽光の射す日であっても、その後の日々は雨降りばかりということもあるだろうし、その逆もある。

 

 私は五十歳の時に全身をサイボーグ化し、脳を定期的に最適化している。もう百年以上生きているが、全ての能力において生身の時を上回っているし、外見も生身の人間の四十代前半といっても十分に通用するだろう。


 サイボーグ化できるかできないかで人生は大きく変わるようになった。中でも全身をサイボーグにできる者は、財産を多く持つ者か社会に対する影響力を持っている者、それらの者と特別な関係を持っている者だけだ。北米で、南米で、欧州で、アフリカで、アジアで、世界中で同じことが起きた。

 生身の人間が財産や特別なコネクションを得るために手っ取り早い方法は、生命をかけたコンテストに参加し、生き残るだけでなく、サイボーグが喜ぶようなパフォーマンスを示すことだ。この分野の成功者になれば、莫大な財産やコネクションを得て、サイボーグになれる。

 女性であれば、サイボーグの代理母になることも一つの選択肢だ。我々、サイボーグは生殖能力を持たないが、大多数の者がサイボーグになる前に精子や卵子を採取し、冷凍保存している。子供が欲しくなったら、生身の人間の女性の子宮を借りる。代理母になった人間の女性に対して、依頼人たるサイボーグがサイボーグ化の費用を負担するケースもある。


 サイボーグの精子や卵子を使って生まれた子供も、最初は生身の人間だ。しかし、彼らは、親が富裕なので、将来、サイボーグになる選択肢を持っている。

 私にも生身の子供が二人いる。サイボーグになってからできた子供だ。私は彼らがサイボーグになるかどうかは、彼らの意志に任せるつもりだ。

 

 私は望んでサイボーグになった。子供達がサイボーグになりたいと言ったら、反対はしない。しかし、私から彼らにサイボーグ化を薦めることはないだろう。


 サイボーグ化は、身体的な困難を抱えた人間にとっては夢の実現だった。身体に不自由はないが、能力を強化し、かつ永遠の生命を得たいと願った人間にとっても、また福音だったと、一般的には考えられている。


 私は身体に不自由のない人間だった。

 

 夏になると、生身の人間時代の鮮烈な記憶がよみがえる。セミの抜け殻のせいだ。マムシに咬まれた時の毒が体内をめぐっていく感覚、川で溺れた時の川底から見た光、サーフィンをしていて流され、茫漠な海原に放り出された時の孤独と恐怖、フルマラソンを走り切った時の疲労、切り落とされた指が手術によってつながっていく感覚、憧れの女性との愛の交歓・・・・・・。どれもが“生”を感じたことだ。


私は確かにいた

今もいる

ずっといる

いるはずである・・・・・・


 私は生身の人間を脱皮して、永久の生命を得た。


私は“抜け殻”ではない。


だが、私は一年のうちの大半を、限りなく続くかもしれない退屈と、自らの生身の亡霊と格闘しているのだ。



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