第1話 出会い
サフィラ
「死に曝せぇ、悪魔ぁぁぁぁぁぁああっ!!」
エンリル
「やーっ!!
何でもするから、殺さないでーっ!!」
その昔。
天使が支配する「天上国」と、悪魔が支配する「地上国」が存在していた。
天上国は、地上国の真上に在り、それの国王は、齢100歳の大天使、ミカエル。
彼女は、100歳だとは到底思えない美貌を持ち、先の天上国防衛戦で先陣を伐り、志半ばで討死したとされている夫を亡くしてから、彼女を狙う者は少なくない。
それでも、ミカエルが再婚しないのは単に、娘が可愛いから。
彼女の娘は、今年24歳になる、サフィラ。
この天上国の西に位置する地域、ウエストスカイの狩人だ。
母親に似て、大変な美貌の持ち主で、聖歌はまるで、漣の様に穏やかで、春の陽射しの様に暖かいと言われている。
そんな彼女だが、ひとつだけ問題があった――――。
ウエストスカイの南端に位置する街、サウスクロス。
そこは、地形が十字形の少し小さいが、都心に負けないくらいの都会の街だ。
その街の東門を抜けて東へ歩くと、巨大樹の森が見えてくる。
その巨大樹の奥から、叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああっ!」
まるで、断末魔のようなそれは、立て続けに聞こえる。
森の奥へ行けば、チェーンソーを持った女性が返り血を浴びて立っていた。
足元には真っ黒な服を着た、赤い目に黒い羽が生えている悪魔がその女性に踏まれている。
その悪魔は、涙と鼻水で顔面が崩壊していた。
どうやら、叫んでいたのは悪魔の様で、女性は、その美しい金砂のウェーブがかった長髪を赤く染め、悪魔を冷ややかに見下ろしている。
「すみません、ごめんなさい、もう、天界で暴れたりしませんから、命だけはぁぁぁっ!」
死に物狂いで命乞いをする、悪魔。
だが、女性はその命乞いを、音楽でも聴くかの様な楽しそうな顔で聞いている。
「良い声で啼くじゃないか。
私は、死に物狂いで命乞いをする声が一番好きだ」
悪魔のような顔で微笑みながら、女性はチェーンソーの電源を入れた。
ブィィィィィン、と、モーターが唸り、チェーンが回転する音が聞こえる。
悪魔の目には、天使である筈の彼女が悪魔のように映った。
たしかに、彼女は天使に見えない。
むしろ、外道悪魔そのもので、悪魔に同情もしたくなってくるのは、気のせいではないだろう。
幾ら何でも、外道過ぎる。
「褒美に、一発で逝かせてやろう。
私の慈悲に感謝しろ」
真っ黒に微笑むと、女性は大きくチェーンソーを振り上げて、悪魔目掛けて、降り下ろした。
風を切る音と共に、鮮血が舞う。
チェーンソーを払いあげると、赤黒い物体が血の中から飛び出した。
その時には既に悪魔は、真っ二つに斬れていて、辺り一面が血の海になっていた。
女性は、先ほど、悪魔の体内から出てきた赤黒い物体を踏み潰す。
ブチャッ、と不快な音を立てて、赤黒い物体が潰れると、悪魔の亡骸が透けて、その場には、血だけが残っていた。
先ほど、彼女が潰したのは、悪魔の心臓。
悪魔は、心臓を潰す事によって、完全に消滅するのだ。
ただし、体内から抜き出して潰さなければ、消滅はしないが。
「ふん、口ほどにもない」
呟いて頬に付いた返り血を手の甲で拭うと、女性は軍服の胸ポケットから、金色に光る懐中時計を取り出した。
「おっと、もうこんな時間か」
時計の文字盤を見ると、驚いたような声で呟いて、返り血を振り払って手に持っていたチェーンソーを背負った。
最近では、弱い悪魔ばかりでつまらなすぎる。
何処かに骨のあるような奴は居ないモノか、と、女性はため息を吐いた。
普通、天使というモノは平和を願い、人々を幸福に導いて、死者があれば悪魔からその魂を守るのが役目なのだが、彼女は天使の中でも極々稀に見られる、好戦的な天使なのだ。
その為、他の狩人からは「悪魔とのハーフかクォーターではないのか」と、影で言われていたりするが、彼女はさして気には留めていない。
どうせ、出来ない奴の僻みだ、と彼女は相手にしていないのだ。
狩人に必要なのは、悪魔狩りにおける狩りのセンスと腕だ。
それを兼ね揃えている彼女は、悪魔の間でも畏怖の存在でもあり、なるべくなら出くわしたくない天使の一人となっている。
そんな彼女の名前は、サフィラ。
そう、彼女こそがあの大天使、ミカエルの娘なのだ。
「あーくーまー あーくーまー
天界にーとーまれー
天界にきーたーなーらー 叩き潰しちゃらぁ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃーっ!!」
そんな歌を口ずさみながら、サフィラは街へ向かう。
ちなみに、サフィラが口ずさんだこの歌の初めの辺りは、「蝶々~蝶々~菜の葉に止まれ~」の節で歌える。
何て歌を歌っているのだろうか、周りに人が居なかっただけ、救われたであろう。
こんな歌を聴いたら、誰だって精神異常者を疑ってしまう。
少なくとも、彼女はそんな人種ではない。
ただ、過度な好戦者なだけで。
こんな歌を聴いて、悪魔が出てくるはずがない。
いや、そんな命知らずな悪魔が存在するのかが疑問である。
と、いうか、天使としてその歌はどうかと思われる。
そんなだから、結婚適齢期になっても貰い手がないんだ。
「あーくーまー あーくーまー
目ーのー前ーにー出ーてーこーいー
じゃーなーきゃー 魔界にプルトニウムとウランを核融合させた物体ぶち込むぞ、ゴルルァァアア!!」
天使として・・・・・・いや、人としても最低な歌を口ずさむ、サフィラ。
要するに、原子爆弾を落とす、と言っています。
怖い・・・・・・と、いうか、天使としてどうかと思われる。
非人道的すぎるそんな歌を聴いて、悪魔が出てくる筈がないだろう。
と、思っていた。
「ひぃぃぃ!!
ごめんなさい、ごめんなさい!!
出てきますから、原子融合体を魔界に落とさないで下さいー!!」
茂みの中から、黒い物体が飛び出してきた。
悪魔召喚、たったかたったったー!ではなくて。
本当に悪魔が出てくるなんて、誰が想像しただろうか。
しかも、その悪魔は大泣きしている。
「でも、俺なんかいたぶったって、面白くないですよ―!!
やっと昨日、ランクDからCに昇格したばかりで、天使さんが相手にしたって話にならないですってー!!
うわぁぁぁぁぁあああ!!
神様、仏様、天使様、キリスト様ーっ!!
悪魔の生に後悔してます、懺悔しますから、どうか助けてーっ!!」
真っ赤な目を涙で濡らし、日差しを浴びて光を反射している銀色の髪を振り乱しながら、死にものぐるいで必死に命乞いをする、悪魔。
これが、まるで正反対の外道天使とヘタレ悪魔の出逢いだった。
エンリル(18/♂)
魔王、サタンの息子。
魔王の息子の割にはヘタレで、悪魔の中でも出来損ない、と言われるほどに弱い。
最近、漸くDランクからCランクへ昇格するも、また落第する可能性あり。
銀の髪に紅い瞳という、何処から見ても悪魔な風貌なのに、心は天使。
泣き虫。
左目に眼帯をしている。
サフィラに狩られそうになったところを命乞いしたら拉致られたという、何か可哀相な悪魔。