LIGHT 6:炎の檻
あるケータイアプリゲームにはまってしまって、更新が遅くなりました(__)
(さてと、どうするかなぁ……)
勝利はワルーモノの前に立った。ワルーモノの4つの目が、勝利をじっ……と見つめていた。その目はどこか勝利をあざ笑っているようだ。ゆらっと、目の中の何かが揺れた。
そのときだった。
どこからともなく、ドスの利いた声が勝利に話しかけた。
『……オ前ガ地球ノ希望ノ光カ?』
「え?」
勝利は目だけを周りに移した。誰もいない。この場にいるのは、勝利と頭2つのワルーモノだけ。
(何だ? 幻聴?)
勝利は頭を振った。そして、ぱんっと自分の頬を叩いて気合いを入れた。
しかし、幻聴のはずである、あの声がまた聞こえた。
『美味ソウナ体ダナ……』
ゲテゲテと、ワルーモノは口から涎をたらしていた。勝利はじっと、ワルーモノの4つの目を見た。4つとも深緑で、それぞれに勝利の姿が映っていた。
「お前がしゃべってんのか?」
『驚イタカ? ワルーモノハ 脳ミソノ無イ 只ノ卑劣ナ侵略者ダト思ッテイタノカ?』
勝利から見て、ワルーモノの左の顔の口角がにんまりと上がった。
『ダガ違ウ 我々ハ只ノ侵略者ナドデハナイ 我々カラ見レバ オ前達コソガ侵略者ナノダ』
右の顔がボッと炎を吐いた。それは人間が唾を吐き出す姿に似ていた。
「何、ワルーモノのくせにペラペラしゃべってんだ」
勝利はぐっと足に力を入れ地面を蹴った。すると勝利の体がふわっと宙に浮き、ワルーモノの顔の高さまで上がった。
「もうしゃべんな」
勝利は右足の蹴りを、ワルーモノの左の顔に食らわせようとした。しかし、ワルーモノの口から炎が吐き出され、勝利は寸前のところでそれを避けた。
「ちっ……」
『ナント小サキ光 ソレデ地球ヲ守ルツモリカ?』
2つの顔が勝利をあざ笑った。そして勝利を囲むように、左右の口から炎を吐き出した。轟々と燃える音が世界を包み込んだ。勝利の目に赤一色の世界が映った。
「くそっ!」
勝利はもう一度飛ぼうと、腰を低くしたが、はっと考えた。
飛んだからと言って、またあの炎にやられてしまうのだ。勝利の力で炎を消す……というような魔法などない。炎にどう対応するべきか考えなくては……。
(まいったな……)
勝利を囲む炎の輪はちりちりと音を立てて、どんどん空気を燃やしていく。
大量の汗が勝利の体を濡らした。だんだん息が苦しくなっていく。
勝利はがくっと片膝を地面に付けた。
『モウ終ワリカ?』
左の顔がケケケと笑った。そして、ぐにゃりと首が伸び、顔を勝利の目の前にやった。
『ドウダ? 炎ノ中ニイル気分ハ?』
「べ、別に?」
勝利は息を切らしながらも、余裕ある笑みを浮かべた。
どんなに追い込まれても、敵に弱いところは見せない。
それが勝利のモットーだ。
『オ前ヲ倒セバ コノ星ハ我ラノ手ニ戻ル ワルーモノ様ノ世界ニ生マレ変ワルノダ』
右側の顔が炎を吹き出すと同時に、喜びの声を上げた。左側の顔もニタニタと笑い、勝利を見下ろしている。
(バカにしやがって……でも、早くなんとかしないと、マジでやばい……)
ぐらりと、勝利の目の前が歪んだ。酸素が無くなってきている証拠だ。
周りは炎と煙で充満している。空気を吸うと、炎の熱が勝利の喉を焼き、しかも煙も一緒に吸い込んでしまうので、じっとしているだけで勝利の体力が奪われていく。
(俺は倒れちゃいけねぇ)
ふらふらする頭に、ぐっと力を入れる。勝利は汗が目に入らないように、額を手で拭った。まるで大雨のように流れていた汗は、拭った指先からぽたぽたと滴り落ちている。
『楽ニナレ 小サキ光ヨ』
ワルーモノの嬉しそうな言葉に、勝利の手がぴくりと反応した。
「楽になる?」
『ソウダ オ前1人デ守リキル事ナド不可能ダ』
勝利の背より、遥か高く燃え上がる炎の先にワルーモノの顔が見える。勝利は時々ふらつきながらも、目線だけはワルーモノから離さなかった。
(楽になる? そんなこと……俺には出来ない)
勝利の心の中に、ぽつんと瑛子の姿が浮かんだ。瑛子はいつもの笑顔を勝利に見せていた。
(俺は決めたんだ。絶対守るって、決めたんだ)
「俺が1人だから守れない?」
ワルーモノはぴたりと体の動きを止め、炎の中にいる勝利を見た。
「ふざけんな。俺は1人でも守ってみせる。決めたんだ、絶対守るって」
片膝を地面から離し、勝利は自分の背よりも高く燃え上がる炎を目の前にして立ち上がった。
諦めない勝利の姿を見たワルーモノは、少し困惑した顔をした。
『マダ言ウカ オ前1人デ何ガ出来ル? ヨク周リヲ見ロ 今オ前ハ1人ダ』
「1人? それは違うな!」
突然、炎の外側から勝利たち以外の声が聞こえた。勝利もワルーモノも突然の第3者の乱入に驚き、きょろきょろと辺りを見渡した。
「木山 勝利! 聞こえるかっ」
(この声……さっきの軍人か!)
勝利は炎の中から、声が聞こえた方に振り向いた。
そう、突然の声の主は梅山 太一なのだ。
勝利はすぐに、太一にこの場から離れるよう怒鳴った。しかし煙を吸い込んでしまったため、うまく言葉を口にすることが出来なかった。
太一の声が途切れることなく聞こえてくる。
「木山! お前1人でかっこつけるなっ」
「なんだとぉ?」
ごほごほと咳き込み、勝利は叫んだ。
(危ないだろーが。さっさと逃げて……)
『何ダ マタ小サキ光ガ現レタナ』
ワルーモノは4つの目を太一のほうに向けた。その目と合った瞬間、太一は頭から1本の長い釘を打ち付けられたような感覚に襲われた。
(何だ、この感じ。これがワルーモノ?)
太一はワルーモノから目が離せなかった。
目線を外してしまったら最期。太一が向こうの世界に飛ばされてしまう。
先程の威勢がどこに行ったのか、太一は何も言えずにただ、ワルーモノを見ていた。
(静かだな)
勝利の耳に入ってくるのは、自分を囲んでいる炎の音とワルーモノがときどき鳴らす喉の音だけだった。ただ、太一は炎の外にいるのは分かった。ワルーモノがじっと、太一がいるであろう場所を見ている。その目は餌を見つけた獣のように、標的を見定めタイミングを待っているようだ。
「おい、お前! 自分の命が大切ならさっさと……」
「黙れっ」
太一の叫びに勝利は怯んだ。
「私は逃げてはいけない……逃げるわけにはいかない!」
「お前……」
勝利の目には太一の姿が映らなかったが、勝利の心には太一がはっきりと見えていた。ワルーモノを見ている太一の瞳。今の勝利と同じ瞳をしていた。
(ま、俺は震えてなんかいないけど)
ふっと口元で勝利は笑った。
(……よし。とりあえず、この炎から脱出だな)
ワルーモノは幸いに太一に気を取られているようだ。始めは目だけを向けていたが、今は体ごと太一を見ている。
あいつ意外と役に立つな……と、勝利はくっくっと笑った。そして、ぐっと足に力を入れ軽く地面を蹴った。ぴょんっと飛んだ勝利の体は、一瞬で炎の高さを飛び越えた。
「お前無茶するなぁ」
太一とワルーモノの間に着地を決めた勝利。ワルーモノの目に勝利の姿が映ったとき、左側の顔が炎のほうを向いた。
『イツノ間ニ……』
「あんたが目ぇ離した隙に。あれくらい飛ぶのは、俺にとって楽勝なわけ。ただ、あんたがいたから飛べなかったんだよね」
勝利はにこりと笑い、後ろにいる太一に話しかけた。
「えっと、梅干しだっけ?」
「梅山だっ」
「ふんっ。それだけ元気があるなら大丈夫だな」
勝利の肩が細かく震えた。どうやら笑っているようだ。
「お前は後ろに下がってな」
「!! 私は下がらないっ」
カッとなった太一は勝利の左肩を掴んだ。勝利は振り向きもせずに諭すように続けた。
「生身のお前に直接ワルーモノと戦わせねぇよ。地球の救世主としてな」
「……っ」
それでも、なかなか下がらない太一に対して勝利は、疾風の速さで太一の後ろに回り込み、太一の首根っこを掴みぽいっと後ろに投げた。
「よっしゃ、もう速攻でやっつけてやるよ」
勝利はぐっと腰を落として戦闘態勢に入った。ワルーモノはじっと勝利の様子を伺っていた。
2人の沈黙を破ったのはワルーモノだった。
ワルーモノは得意の炎を両方の口から吐いた。ごうっと勢いよく吐き出した炎は、とぐろを巻いて勝利に向かってきた。勝利はカッと地面を蹴ってそれを右に避けた。そしてそのまま一直線にワルーモノ目掛けて走り出した。
『フンッ』
向かってくる勝利に対して、ワルーモノは息を吸い込み、また炎を吐き出した。それを勝利は左右に避けながらも、足を止めなかった。勝利が攻撃を避ける度に、ひゅんひゅんっと空気が切れる音が聞こえた。
(コイツ……速クナッテイル!?)
ワルーモノの4つの目が光った。
ワルーモノが気付いたとおり、勝利の足のスピードがだんだんと速くなっているのだ。攻撃をする間を与えない勝利は、いつの間にか、ワルーモノの足下にいた。
「あれ? ちょっと速すぎたかな?」
『オノレ チョロチョロト……』
ワルーモノはごぉっと、大きく息を吸った。それは、地球上の酸素を全て吸い込んでしまうような大きな音だった。勝利は飛ばされないように、ワルーモノの足にしがみついた。
(次、大きいな……よし、次で終わらせるっ)
吸い込みが終わったのか、ぴたりと吸い込まれていく酸素の音が止まった。ワルーモノを見ると、ぱんぱんに腹が膨れ上がり、ほっそりとしていた長い首や、顔の頬までも、空気が詰まっているようだ。ちょんっとつついただけで、破裂してしまいそうだ。
『ド ドウダ コレダケ吸イ込ミ炎トナレバ イクラ逃ゲ足ガ速クトモ逃ゲラレマイ』
ワルーモノは得意気ににやりとした。しかし、口を動かすのが辛いのか、ワルーモノの言葉の節々に苦しそうな感じがした。
勝利は思わず吹き出してしまった。勝利の立っている場所から、ワルーモノの顔は見えない。膨れ上がった腹の下だけが勝利の目に映っている。だから、苦しそうなワルーモノの表情が分からないのだが、あんなに偉そうに話していた敵が自分で腹を膨らませ、その結果苦しそうな声になったのを考えると、可笑しくてたまらなくなったのだ。
『ナ 何ガオカシイ!』
ワルーモノはにゅっと首を伸ばした。ぱんぱんに膨れた顔を間近で見せられ、勝利は耐えられなかった。腹を抱えて勝利はその場に崩れた。
「やっべぇ。お前やべぇよ。その格好で地球を支配するだって? マジ笑えるんですけど」
大きな風船になったワルーモノは伸ばした首を元に戻した。勝利はまだ大声で笑っている。
『貴様! 笑ッテイラレルノモ今ダケダッ』
ワルーモノは背中を後ろに反った。破裂しそうな腹が空を仰いだ。
(かかったな……)
勝利はぺろっと舌を出した。
そう。わざと、ワルーモノの腹を空気でいっぱいにして、それをからかうことで怒らせたのは、勝利の作戦だったのだ。
(頭は2つあるけど脳みそは無いみたいだな)
勝利はワルーモノを見上げた。大きな腹には既に、ぱんぱんに空気が入っているにもかかわらず、また空気を吸い込んでいる。少しずつだが、むくむくと腹が大きくなっていく。
底なし沼……じゃなくて底なし腹だ、と勝利は呆れた。
しばらくして、ぐんぐん大きくなったワルーモノの体の動きが止まった。
『次デ最期ダ!』
ワルーモノは勢いよく右足を前に踏み込み、反らしていた背中を前に倒した。と同時に2つの口から、今までとは比べものにならないくらいの、空を焼き尽くすような真っ赤な炎が勝利目掛けて走った。
勝利はぐっと足に全神経を集中させた。どこからともなく、小さな光が両足に集まり、ワルーモノの炎の赤色に対抗するように真っ白に光った。カッと地面を蹴ると、素早い動きで炎を交わした。しかし、ワルーモノの攻撃はミサイルのように勝利を追いかけた。それに当たらないように勝利は走った。とにかく走った。
しかし、ワルーモノの攻撃は止まらない。腹いっぱいに溜め込んだ空気が炎となって勝利を追いかけ回すのだ。
(どんだけ空気を吸ってたんだよっ)
この異常な炎は勝利の計算違いだった。
しかし、この戦いにようやく終わりが近づいていた。
炎を吐ききったワルーモノは高らかに笑った。
『アノ威勢ハドコニ消エタ? オ前ハマタ 我ラノ炎ニ囲マレテイルデハナイカ!』
ワルーモノの目の前に、自分で撒き散らした炎があった。その色はとても赤く、この世の全ての赤が吸い取られたようだ。チリチリ……と、空気が燃える音がところどころから聞こえた。
「そうかな? よく周りを見てみなよ」
勝利はにやりと口の端を上げた。ワルーモノはぎょろぎょろと目を回して辺りを見たが、勝利が炎に囲まれているのを確認してまた笑った。
『ソノヨウナ脅シナド 我ラニハ効カン 貴様コソ周リヲヨク見ルンダナ 炎ニ囲マレテ……』
堂々としていたワルーモノの態度が、だんだんと変わっていった。それと同じように、ワルーモノの目に現実が鮮明に映りだした。
「どうなってるんだ……?」
勝利に投げられた太一がワルーモノの姿を見て呟いた。太一に気がついた勝利はふっと涼しい顔をした。
「さっきまでは、こちら側が劣勢だった。なのにいつの間にか……」
『ウオォォォォッ』
ワルーモノは空に向かって鳴き叫んだ。勝利を炎の中に閉じ込めたつもりが、いつの間にか自分が炎の檻の中にいたのだ。
勝利はただ、攻撃を避けるために走っていたわけではなかった。ワルーモノの周りを走ることで、ミサイルのように追いかけてきた炎でワルーモノを囲んだのだ。
『小サキ光ヨォ 許サン 許サンゾォッ』
赤色に染まっていくワルーモノはぎろりと勝利を睨んだ。ワルーモノの皮膚が、灼熱の炎に焼かれて溶けだしていた。どうやら体内とは、体の造りが違うようだ。皮膚はどろどろになり、そこから鼻が曲がるほどの異臭が放たれた。
『オ オ前ノヨウナ光ガ存在シタトコロデ…… ワルーモノ様ノ世界ニハ変ワリナイ』
ワルーモノの体が半分ほど溶け、炎も次第に小さくなった。溶けた体液の山の先に、2つの顔と鋭い爪を持った片腕があった。しかしそれらも次第に形を失い、最期は1つの顔が残った。勝利はゆっくりとそれに近づいた。
「おい、危ない!」
太一が止めようとしたが、勝利は振り返らなかった。
「とどめを刺す……」
きらきらと、足に集まっていた光が勝利の左腕に集まった。
「じゃあな」
勝利の左手の握り拳が天に突き上げられた。
『……コレデ我ラガ黙ルト思ウカ?』
もう両目も溶けたワルーモノの顔が勝利を見た。口だけが動いている。
『次ハオ前ノ番ダ』
「いちいち、うるせぇんだよ」
より一層、白く輝く左の拳が横に細かく震えた。そして天高く突き上げられた拳は、すっと光の直線を上から下に描いた。ワルーモノの溶けた体が飛び散り、その一部が勝利の頬に付いた。
『……四天王……』
「!」
勝利はワルーモノの体にぶち込んだ拳を抜いた。どろどろだったワルーモノは光に包まれて、ぱんっと弾くように消えた。
「すごい……っ」
その様子を見ていた太一は勝利の元に駆け寄った。
「お前、本当に地球の希望の光だったんだな! あんな巨大なワルーモノを一瞬で消した……すごいっ」
太一は興奮していた。
生まれて初めて、ワルーモノを目の前にして、生まれて初めて、地球の希望の光を見た。
太一の頬は紅潮し、目がらんらんとしていた。しかし勝利は厳しい顔つきだ。
『四天王……リヴァウス様……』
ワルーモノの最期の一言が勝利の心に響いた。