LIGHT 5:若い瞳
新キャラ登場です
瑛子が退院して翌日の朝。
勝利は瑛子と学校に行くため、瑛子の家の前に立っていた。
「おはよ?」
瑛子の声が聞こえ、勝利は片手をあげた。瑛子はきょとんとした顔だ。どうして勝利がここにいるのか分からないようだ。こほん、と勝利は小さく咳をした。
「また何かあっちゃ大変だからな」
「心配してくれてるの?」
瑛子が笑いながら、勝利の腕に手を通した。勝利が、ひっつくな、と慌てて瑛子の手をはがそうとした。
「あー、そんなことするんだ。やっぱり私のことなんて好きじゃないんだ」
頬を膨らませ、瑛子は勝利よりも3歩前に出て歩きだした。
「何怒ってんだよ」
後ろから聞こえる勝利の声は、瑛子を振り向かせることが出来なかった。
どんどん前に進んでいく瑛子。勝利はその場に突っ立ったまま、瑛子の不機嫌な背中を見つめていた。
『瑛子ちゃんは何らかの形で関わっている』
木山所長の言葉が勝利の頭に響いた。
(そんなこと……そんなことない。瑛子は普通の人間だ)
「勝利?」
意識が飛んでいた勝利の頭が、自分の名前を呼ばれたことで、現実の世界に戻った。前を歩いていた瑛子が、いつの間にか勝利の顔を下からのぞき込んでいる。
「うわっ」
勝利の心臓が飛び跳ねた。と同時に、右足が一歩後ろに下がった。そんな勝利の反応を見て、瑛子はますます不機嫌になってしまった。
「何さ、何さ。そんなに驚くことないじゃない?」
「ごめんって。ちょっと考えごとしてた」
「……お祖父様のこと?」
退院が決まったあの日。一旦、病室を出た勝利と木山所長が戻ってきたとき、勝利はとても難しい顔をしていた。一方、木山所長は悲しそうな雰囲気で肩を落としていた。そんな2人を見た瑛子は、とても心が痛んだ。
(勝利とお祖父様。何を話してたの? 2人とも何だかおかしいよ)
瑛子はそう思いながら退院の日を過ごした。
「じっちゃんはカンケーねぇよ」
ほら、行くぞ、と勝利はぽんっと瑛子の頭を叩いて止めていた足を動かした。
ぽかぽかと暖かい日差しが教室を照らす昼下がり。勝利のクラスは英語の授業を受けている。
勝利の席は一番後ろの窓側。そのためか、勝利は寝て授業を過ごすことが多かった。今も机に横顔をくっつけて、夢の中に入る体制だ。
「……ちくしょー」
授業が始まって数十分、そろそろ深い眠りに落ちようとしたとき。勝利の体が危険信号を発した。
ワルーモノが現れたのだ。
勝利はふわぁっと大きな欠伸と、腕をいっぱいに伸ばした。
「木山君?」
英語科の先生が、授業中にも関わらず、大きな欠伸と伸びをやってのける勝利を見て、口をあんぐりと開けた。
「先生、俺お仕事に行ってきます」
ぱちっと先生と目が合った勝利はそう言って、さっさと授業道具をカバンに詰めて席を立った。まだ授業が始まったばかりだと言うのに、あまりにも堂々と帰り支度をする勝利を、新任の英語教師はただ黙って見送るしかなかった。
「ま、待ちなさい」
勝利がいよいよ教室を出るとき、やっと教師らしい言葉を放った新任教師。勝利は面倒臭そうに溜め息をついた。
「先生、知らないの?」
クラスの女子がからかうように笑った。それが合図のように、静かだったクラスがざわざわと騒がしくなった。ただ瑛子だけは後ろを振り返り、心配そうな顔で勝利を見ていた。
「何だよ」
勝利が瑛子のそばに寄った。瑛子の席は後ろの一列の廊下側だ。
「気を付けてね」
「大丈夫だって。ちょちょいのちょいって終わらせてくるから」
勝利は姿勢を低くして瑛子の額に軽く口付けた。
「じゃあな」
勝利は新任教師を見た。どうやらクラスメイトから説明を受けたようだ。勝利を止めるような態度には出なかった。
勝利は教室を後にして校庭に出た。カバンの紐を肩にかけ、その場にしゃがみ込んだ。全神経を足に集中させると、キラキラと光の玉が勝利の足に集まった。
「よしっ」
勢いを付けた勝利はぴょんと飛び上がり、ワルーモノのもとへと向かった。
勝利が現場に着いたとき、惜しくも戦況は不利なものだった。
日の丸の軍隊は手も足も出せない状態で、自分の身を守るので精一杯のようだ。
(一応、対ワルーモノ部隊なんだからさぁ。もうちょっと頑張ってくれよ)
勝利は肩を落としたが、すぐに戦う顔になり、軍隊の前線に向かった。
「どんな感じなの?」
前線で指揮を取っている軍隊長に、勝利は少しイライラしながら聞いた。隊長は初めて見る地球の救世主に敬礼をした。
「はっ! 実は今こちらが押されてまして……」
耳を隊長のほうへ向け、勝利の目はワルーモノを捕らえていた。
今回のワルーモノは今までよりも、一回りも二回りも小さい。しかし頭が2つに分かれていて、それぞれの口から炎が吐き出されていた。
「あの炎は、我が国の対ワルーモノ戦闘機の機体を、簡単に溶かしてしまう程の熱を持っています」
隊長が大きな声を上げて勝利に報告をした。
確かに、ワルーモノを囲んでいる各隊の攻撃は、全て吐き出される炎で溶けてしまい、ワルーモノに当たらない。ワルーモノは自身を守ると同時に、勝利達に攻撃もしているのだ。
「やっかいだねぇ」
勝利は腕を組み、かりっと右手の親指を噛んだ。これは勝利の、考えごとをするときの癖だ。その癖は木山家に受け継がれているようで、勝利の父親、勝貴も木山所長も、同じ癖を持っている。
(とりあえず、いつものように軍には下がってもらって……)
黙々と作戦を考えている勝利のそばで、先程の隊長のもとに、若い隊員が駆けつけていた。その隊員はじっと勝利を見ている。勝利もこの視線に気付き、何だよ? と、あからさまに嫌な顔をした。
「貴様が地球の救世主だと?」
若い隊員は、隊長の止める声を振り切って、勝利のそばに寄ってきた。
「私たちを下げるつもりじゃないだろうな?」
隊員はぎろっと勝利を睨んだ。見た目からして、勝利と同い年のようだ。
「あんた、どういう教育してんの?」
勝利は無礼な隊員を指さしながら隊長に聞いた。
「申し訳ありません。こいつは最近入隊した者でして……梅山、謝れ! 頭を下げろ!」
隊長は若い隊員、梅山 太一を叱りつけた。しかし太一は怯むことなく、勝利を真正面から睨み続けた。その瞳は、強い正義感でキラキラと輝いていた。勝利はふぅと溜め息をつき、呆れた顔になった。
「あのさぁ、君はまだ入ったばかりで知らないだろうけど……」
「何が救世主だ、ただの目立ちたがりじゃないか」
太一は強い口調で言い放った。その態度に、簡単に済ませようとしていた勝利はかちんっと頭に来てしまった。ふつふつと何かが湧き上がる。
「俺が目立ちたがりだって? そんな目立ちたがりに毎回、助けられてるのは誰なんだよ?」
勝利はぐっと太一の胸ぐらを掴み、馬鹿にするような目で太一を見下ろした。太一は、なおも怯まない。それどころか勝利と同じように、勝利の胸ぐらを掴みかかった。
「私は貴様を認めない」
「……はぁっ?」
勝利と太一がいがみ合っているとき、近くの隊がワルーモノの攻撃を受けてしまった。その爆発音を聞いて、勝利は太一から手を離した。
(くそっ。早く号令を出していればっ)
勝利はすっと目を閉じ念じた。
『これより各隊、この領域から離脱。あとは俺に任せろ』
勝利の声が、この戦闘区域にいる隊員全てに伝わった。
よし、と勝利は袖をまくってワルーモノに近づこうとしたとき、背後から太一の怒声が聞こえた。
「待てよ、冗談じゃない! 下がれだと? 俺たちはショーの前座じゃねぇ!」
「梅山っ!」
勝利の代わりに、太一直属の隊長が、太一の頬に握り拳を食らわせた。太一の口から血がたらっと流れた。
「我々は、領域から離脱する、という命令を受けた。それに従わないのなら、軍法会議にかけられ……」
「だって腹立つじゃないっすか!」
先程までは軍人として強い口調でいた太一も、隊長の言葉の前では心の叫びを思い浮かんだままに口にしていた。
「俺はこんなことをするために軍隊に入ったんじゃない。俺がワルーモノを倒さないと」
「……とりあえずさ」
若い瞳から涙を流した太一を見て、勝利はぽりっと頭をかいた。
ワルーモノの暴れようはどんどんヒートアップしていた。周りの木々をなぎ倒し、コンクリートの道路には亀裂が入り、高層ビルは傾いていた。いくら体が小さいからと言っても、人間と比べると何十倍も何百倍も大きい。
(そろそろ相手をしないとな……)
勝利は太一の肩を叩いた。
「後でお前のケンカ買うからさ。とりあえず、今は下がってくれ」
そう言い残して、勝利はぴょんっと高く飛んだ。
「ちょ、ちょっと」
太一の言葉はワルーモノの火炎放射の轟音でかき消されてしまった。