LIGHT 4:瑛子
「任務終了」
勝利は高く上げた腕を下ろし、制服のネクタイを緩めた。先程まで、足元に倒れていたワルーモノが跡形もなく消えていった。
ピロロロッ、ピロロロッ……。
今まで緊迫していた空気を、勝利の携帯の呼び出しメロディーが破った。勝利は軍人に預けていたカバンを受け取り、中をあさった。必要最低限の荷物しか入っていないはずなのに、なかなか携帯が見つからない。
「あっれぇ、どこだ?」
カバンの中身全てを外に出して、やっとそれは見つかった。ピッと通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『おー、わしじゃ』
電話の主は木山所長だった。
『もうワルーモノは倒したか?』
「まあな。ったく、朝っぱらからやめてほしいぜ。今から学校に行くなんてよぉ」
勝利は大きな溜め息をついた。電話の向こうから、くすくすと笑い声が聞こえた。木山所長に勝利がうんざりした様子が見えたのだろう。
「で、何の用?」
しゅるっと勝利はネクタイを外し、携帯を肩と右耳に挟み、ネクタイを結び直した。
『喜べ。瑛子ちゃんが今日退院するんじゃ』
勝利はネクタイを結ぶ手を止めた。木山所長はよっぽど嬉しいのか、報告してくれた声が弾んでいた。
『今日は早く帰って瑛子ちゃんに顔を見せてやりなさい』
「今から行くよ」
勝利はブレザーを羽織り、足を学校方面から研究所のほうへ向けた。
『おいおい、学校はどうするんじゃ?』
「そんなことより、瑛子だろ」
勝利は所長の返事も聞かずに電話を切ってしまった。そして足早にその場を去った。
「勝利っ」
病室に入ると、瑛子がいきなり勝利に抱きついた。勝利は驚いて一歩後ろに下がった。
「お前、大丈夫なのかよ」
「うん! もうすっかり元気っ」
瑛子はガッツポーズを勝利に見せた。勝利はふっと笑うと、くしゃくしゃと瑛子の頭を触った。
「あら、今日は学校をサボるのかしら?」
瑛子の後ろから、笑っている南が見えた。その隣には木山所長が、こほんっと咳をしていた。
「まあ、今日は仕方がない……かのぉ」
「ふふ、今日も朝からお疲れ様」
勝利は瑛子から労いの言葉をもらった。ふぅと溜め息をついた勝利は、病室の椅子に腰掛けた。
「……疲れた?」
「あ、いや」
勝利の顔には明らかに疲れの色が見えていた。元気な瑛子も勝利を心配した。
勝利が疲れるのも無理はなかった。
リヴァウスが現れてから毎日、ワルーモノが地球に現れるようになったのだ。
「勝利、ちょっと」
木山所長が勝利に目で合図を送った。勝利は小さく頷き、所長と一緒に病室を出た。そんな2人を瑛子は心配そうな顔で見ていた。
勝利と木山所長は病院の1階に下りた。そこには患者の受付と、畳が敷かれている休憩所、長椅子がいくつも並べられているロビーがあった。ロビーの大きなテレビからは朝の地方番組が流れていた。「座ろうか」
木山所長が長椅子の端に腰掛けた。勝利はその隣に座った。
「瑛子のこと?」
勝利の言葉に木山所長は少し驚き、静かに頷いた。
「よく分かったな」
「病室を抜けてまでする話って言えば、そうかなって」
病室には瑛子がいる。わざわざ部屋を出たのは、瑛子の耳に入れてはいけない話なんだろう。木山所長はこほんっと咳をした。
「実は瑛子ちゃんを診察した医者……わしの親友なんじゃが、そいつがちょっと気になることがある、とわしに教えてくれたんじゃ」
ごくっと勝利の喉が鳴いた。だんだんと心臓の鼓動が速くなっていく。木山所長は少し間をおいて、閉じた口を開けた。
「瑛子ちゃんがこの病院に運ばれた夜、譫言のように口にした言葉を聞いたそうなんじゃ。それが、『ワルーモノが目覚める、再び地球を手に入れるため』……これを何度も繰り返していたみたいじゃ」
「……そんな」
勝利の疲れた顔が、さらに疲れの色を強めた。
(瑛子は一体、どうしたっていうんだ? 何かワルーモノと関係があるのか?)
勝利が考え込んでいると、木山所長がぽんっと肩を叩いた。
「瑛子ちゃんから目を離さないほうがいい。これはわしの想像じゃが、瑛子ちゃんは母『コア』について何か知っているかもしれん」
「! そんなことないっ。瑛子は普通の人間だ」
「確かにそうじゃ。……四天王に会うまでは、な」
木山所長の言葉に勝利は心を震わせた。所長の目は真剣すぎて、勝利はふっと目を伏せてしまった。
「……今の瑛子はいつもの瑛子だ。きっと、気を失って変になってただけなんだよ」
「じゃがな、リヴァウスとやらに遭ったとき、瑛子ちゃんはいつもの瑛子ちゃんじゃなかったのじゃろ? しかもリヴァウスは瑛子ちゃんを知っているみたいだ……と、教えてくれたのは勝利じゃないか」
「何だよ……じっちゃんはそんなに、瑛子を敵にしたいのかよ」
重く冷たい勝利の言葉は、閑散としたロビーに響いた。木山所長ははっとして、違うんじゃ、と慌てて答えた。
「そうは言っておらん。敵味方ではなく、何らかの形で関わっているかもしれん……という仮定の話じゃ」
「そうは聞こえねぇよ」
勝利はキッと木山所長を睨むと、すっと席を立った。木山所長は勝利を呼び止めようとするが、勝利は一度も振り返らず、瑛子の病室に戻った。
「勝利……」
ぽつんと一人残された所長は、しばらく勝利の背中が消えた廊下の先を見つめていた。カチ、コチ……と、ロビーの時計の秒針が大きな音を立てていた。